第30話
「ちょっとくらい待ってくれてもいいのに!」
「フレイ様は乙女心などわからない人ですから」
残念な人を見るように、リゼットはフレイを見送っている。
奏は食事が終わってゆっくり休んでいる暇もなく、フレイを追いかけるために慌てて身繕いする。
「行ってくるね!」
「あまり慌てないでくださいね」
「わかってる」
奏はそういいながらもフレイの影を眼で追っている。見失いそうになって、リゼットへの挨拶もそこそこに駆け出す。
(フレイってば足が速い!)
行先は同じなのにフレイはもう影も形も見えなくなった。
やはり騎士には敵わないと奏は悔しくて唇と噛む。途端にフレイに追いつきたい気持ちになって、走る速度を上げる。
「!!」
「おっと……」
ろくに前を見ずに走っていた奏は、突然現れた人影にぶつかりそうになって慌てる。相手は余裕そうに奏を避け、バランスを崩しそうになった奏を支える。
「ごめんなさい!」
「気を付けて」
奏はガバリと頭を勢いよく下げる。相手はとくに気にした風もなく優しく注意を促してくれた。
奏は相手を見るため顔を上げようとして戸惑う。
「え?」
頭を撫でられている。それも遠慮なく、がっつりと。
「ええ?」
「ん?」
奏の戸惑いが相手にようやく伝わったようだ。怪訝そうな声が聞こえてくる。
「あの手を……」
「ああ、髪を乱した?」
(え? いやそうじゃなくて……)
「あれ? カナデ様では?」
「そうですけど……」
「びっくりした。人違いだったら大問題だよ」
(私なら問題ないとでも!?)
会話の最中も頭を撫でられ続けている。遠慮がないとか最早そういう問題ではない。
相手は奏のことを知っている様子だが、奏に頭を撫でてくるような知り合いはいない。というか、頭を撫でられているせいで相手の顔が見えない。
相手はかなり長身らしく、見降ろされているのが視線の強さでわかる。間違いなく凝視されている。
奏はダラダラと汗を掻く。
(やばい人と遭遇!?)
「カナデ様」
「はい!?」
謎の人物に呼びかけられた奏の肩がビクッと跳ねる。
「甘いものは好き?」
「え? 好きです」
「そう。これ訓練の合間に食べて」
奏は手に小さな包み紙を握らされる。
カサリという音に茫然としていた奏は我に返った。
(なになに!?)
話していたはずの相手がいなくなっていた。
数秒ほど気を失っていたのかもしれない。そうじゃないなら、今までここにいた相手は一体どこにいったというのか。
(い、いない!? え、幽霊じゃないよね。頭を撫でられたよ!?)
「フレイ! 怖いよ!」
奏は半泣きになりながら、フレイに助けを求めて全力疾走した。