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第28話

 奏は夕べの苦しさが嘘のように身体が軽いことに安堵した。朝になって起き上がれなかったらと不安で就寝した夜とは違って、久しぶりに爽快な目覚めだ。


(あんなに苦しいって思っていたのに……)


 夢うつつに助けを求めていたことは覚えている。この世界でたった一人きりで、苦しくても誰にも頼ることはできないから……。

 歯を食いしばって耐えていた時、優しく髪を撫でられているような感覚があった。心地よくて自分は一人じゃないと感じられたのだ。

 ただの夢だろうし、朝になれば一人だったと実感するほかなかった。

 けれど、その夢を見た後は、もう苦しいとは感じなかった。むしろそれまで感じていた不安は、何だったのだろう。


「おはようございます。カナデ様。よく眠られましたか?」

「リゼット、おはよう! すごくよく眠れたよ」

「元気になられたようでよかったです。今日からは安心していられますね?」

「うっ、はい」


 朝から釘を刺される。リゼットが完全復活を果たしたようでなによりだ。


「朝食は普通に戻しますから、無理せず食べてくださいね」

「すごくお腹が空いているけど、適度で済ませるよ」


 一度に沢山食べすぎると逆に胃もたれしてしまう。それにリゼットが注意してくれることは聞いておくべきだ。


「今日はフレイ様が朝食を御一緒したいとおっしゃっています」

「そうなの? そういえばいつの間にかフレイがいなくなったような……」


 侍女よろしく奏の側にいたフレイは知らぬ間に帰っていたようだ。


「騎士団から呼び出しがあったからな」

「あ、フレイ! おはよう!」

「おはよう。朝から元気だな」


 フレイが欠伸をしながら部屋に入ってきた。疲れた様子でソファに腰かける。


「疲れているね」

「そうだな。誰かさんのお陰で」


 フレイの嫌みに奏は苦笑いで答える。


「ははは……。その節はお世話になりました」

「冗談だ。真に受けるな」

「侍女の仕事を楽しんでいたくせに!」

「ああ、いつでも世話してやるぞ?」

「結構です!」


 いつもと変わらない軽口の応酬に奏は頬が緩む。知らず知らずに自然と会話も楽しめるようになれた。不安や緊張で過ごした日々からは考えられない。


「朝食の用意ができましたから、二人ともこちらへどうぞ」

「はーい」


 フレイが一緒ということで、朝食は奏の部屋に用意された。いつもは別室で奏が一人で取ることが多い。そのせいで食が進まないことが度々あったが、今日はそういうこともなさそうだ。


「ねえ、リゼットも一緒に食べない?」


 恐る恐る窺いを立てる。リゼットは目を細め、チラリとフレイを見てから頷く。


「今日だけですよ」

「え! いいの?」

「フレイ様もご一緒ですからいいですよ」


 いつも同じようにリゼットを誘っていたが、固辞されるばかりだった。心境の変化でもあったのだろうかと奏は首を捻る。

 奏はいそいそとリゼットの席を用意する。今日だけでも一緒に食事を楽しみたい。


「朝から豪勢だな。いつもこんなか?」


 リゼットが容易したボリューム満点の朝食にフレイが目を見張る。


「カナデ様がどういった食事を召し上がってこられたかわかりませんから、料理長が毎回はりきっているのですよ」

「カナデは小食だから料理長はかわいそうだな」


 フレイが料理長に同情していたが杞憂に終わる。


「おかげで料理長はやる気です!」

「ええ! そんなやる気はいらないよ!」


 朝食から挑戦状を突きつけられた心境に陥った奏が抗議の声を上げる。しかし、その抗議はあっさりと無視される。


「じゃ、たくさん喰え」


 フレイはそういうと、奏の皿へどんどん料理を取り分けていく。

 相変わらず口が悪いのに面倒見がいい。侍女として張り付かれていた時のことを思い出す。今日はリゼットが給仕をしないからフレイは遠慮しない。


「こんなにたくさんは無理だよ!」

「消化がいいものだけだ。食べられるだろ?」


 皿に盛られた量が半端ない。どうして食べられると思うのか疑問だ。


「騎士は訓練をしていればいいってわけじゃないぞ。食べることも大事だ。それにカナデは食わず嫌いがあるだろ」


 奏はギクリと身体を強張らせた。フレイにしっかりばれている。

 見たこともない料理を口にするのは躊躇(ためら)われた。それでなくても口に合わない料理が多いのだ。ここの料理は奏には少々濃すぎる。


「無理そうなやつは避けたから、とにかく一度食べてみろ。それでもダメなら俺が残りを食べてやる」

「わかったよ。ごめん……」


 奏は項垂れる。病気持ちのくせに好き嫌いをしている場合ではないと反省する。


「さすがフレイ様! 保護者の鏡!」

「誰が保護者だ!」


 まったくフレイの言う通りで、奏は反論の余地もない。奏のためにと考えて料理を用意してくれた料理長に申し訳が立たない。


「美味しい」


 とりわけられた料理を口にした奏は食べられる喜びを噛み締める。噛み締めている間に次の料理を勧められる。


「これはどうだ?」

「これも美味しい」


 奏は勧められるままに料理を口に運ぶ。


「食べられるだろ?」

「食べられるかも」


 フレイが取り分けてくれた料理はどれも美味しい。消化のいいものばかりで、味もさっぱりとしていて、どんどん食べ進めることができる。瞬く間に無理だと思っていた量の料理はなくなっていた。

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