表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/201

第27話

 どうやら道に迷ったらしい。

 スリーはゼクスと別れてから用意された部屋へ向かっていたはずだった。

 やはり長期の遠征でそれなりに疲れてはいたらしく、ぼんやりと歩いているうちに、あまり見覚えのない場所に入り込んでしまった。

 城には慣れているからと、部屋への案内を断ったのは間違いだった。


 スリーは「仕方ない」と嘆息すると、部屋の場所を聞くために人を探したが、夜も遅いせいかまったく人気がなく、誰も捕まらない。

 しかし、運が悪いと嘆いている場合ではない。夜な夜な徘徊していると思われては困る。


(どこかの部屋をあたろう)


 幸い人気はないが客室はあるようだ。誰か滞在しているようなら聞けばいい。

 とりあえず目の前の扉をノックする。応答はない。すでに就寝しているのかもしれない。

 スリーは次の部屋を確認する。


 ガタン!


 どこからか聞こえた物音にスリーは反応する。大きくはないが確かに聞こえた。

 物音がしたと思われる方向にスリーは眼を凝らす。やはり誰も見当たらないが、部屋の中から聞こえたのなら誰かいるだろう。


 ガシャン!


 今度は何かが割れる音がハッキリと聞こえた。


(この部屋か……)


 音が聞こえた部屋の目星がついた。スリーは足早に歩み寄ると部屋の扉をノックするために腕を上げたが、扉が開いていることに気づき眉を顰める。

 いくらなんでも不用心過ぎはしないかと、スリーはそっと周囲を見渡すが、やはり誰もいない。


「夜分に失礼します。どなたかおりますか?」


 スリーは部屋の奥に向かって声をかけた。すると小さな声がスリーの耳に届く。苦しそうな息遣いとうめき声が聞こえて、スリーはハッとして顔を上げる。

 不法侵入であることは重々承知でスリーは部屋へ入っていく。

 スリーは部屋の主がいると思われる寝室を目の前にして立ち止まった。ここまで来てしまったが躊躇いがある。


「!?」


 スリーが部屋の前で逡巡していると、今度はすすり泣きのような声が聞こえてきた。迷っている場合ではないと決意すると扉を開ける。

 部屋のベッドに人影が見える。暗くてはっきりはしないが、女性のようだ。ベッドからは苦しさから逃れるように伸ばされた華奢な腕が、だらりと垂れさがっている。

 よく見れば、その腕の下あたりには、用意されていたと思われる水差しが無残に割れて転がっていた。スリーが聞いた物音は、この水差しが落ちた時の音だろう。

 スリーは静かに近づく。


(カナデ様!?)


 スリーは驚きに目を見張る。ベッドに眠っているその女性の顔には覚えがあった。長期遠征の前に会っている。

 会話らしい会話をした覚えはないが、キラキラした笑顔で「師匠になって欲しい」と迫られたことだけは記憶に残っていた。

 初対面にも関わらず物怖じせず、ゼクスに信じられない要求を突き付けていた。それを笑いながら応じていたゼクスにも驚いたものだが、ゼクスが召喚した異世界人ならばどこか人と違っておかしくはないと納得した。

 黒髪黒眼という異質さも屈託のない笑顔を向けられれば普通の女性であると感じられた。

 彼女はこの国に必要な存在だ。それなのに何故、こんな人気のない部屋で一人苦しんでいるのか。


「……っ、ううっ」


 奏の呻きにスリーの思考は停止する。一体どうしたらいいのか。


「いや……」

「カナデ様」


 スリーは咄嗟に宙に伸ばされた奏の手を握る。ひやりとした冷たさにスリーの胸が痛む。


「いや、死にたくない……」

「!?」


 スリーが知る限り、奏はとても元気にしているように見えた。突然の召喚に緊張しているようではあったが、それを周りに感じさせないように明るく振舞っていた。気を使って無理をしていたのかもしれないが、死を連想させる要素はなかったはずだ。


(いったいどうして……)


 悪夢を見ているのか、奏の顔はとても苦しそうだ。

 スリーは汗で貼りついた奏の前髪を掻き上げる。奏のさらりとした髪の感触に、スリーはしばらく撫で続けてしまう。そうしているうちに気がつけば、苦しそうだった奏の表情は穏やかなものに変わっていた。

 スリーは安堵する。奏の苦しみが少しでも和らいだのなら、ここに自分が居合わせた意味がある。ただ、迷い込んだだけだったとしても……。


(朝までその眠りを妨げるものがないといい)


 スリーは握っていた奏の手を名残惜し気に離す。いつまでも部屋に居座るわけにはいかない。


「次に会うときは……」


 スリーは信じられないことを口走りそうになって、慌てて口元を手で覆う。けれど、その表情は驚きばかりではなく、かすかに笑顔であった。


 奏は深い眠りに包まれていて、一人の男が静かに去って行ったことを知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ