屍の上に立ちながら幸せを望んでもいいのだろうか 5
結婚式は質素に、それでいて予想よりは豪華に執り行われた。特にカリティヤードは参列した招待客をうっとりとさせる美しさで、シジマは決戦前に鼻血を出して倒れそうになった。
カリティヤードはこの三日間、シジマを襲いそうになるのを我慢していたようだ。互いに誓いの言葉を口にして誓いのキスをした時、シジマは実感した。今夜は食われる、と。
神聖なる口づけはカリティヤードが暴走したお陰で、しんと静まりかえる事態となってしまった。シジマはディープな口づけに泡を食った。「こんなことどこで習った!」とイアルを疑ったほどだ。
「俺はしばらく役立たずになるかもなぁ。ドラゴンって性欲強いの?」
「……むろん」
「あーそー」
新婦の父リントヴェルムが申し訳なさそうな顔をした。シジマは諦めの境地に至る。
「お父さん。カリティヤードが次の日から卵産んでも許してくれよ」
「そんなに早く産むことはない」
「そんなもん?」
「ドラゴンの性欲が強い理由は、妊娠しづらいからなのだ」
「あー。数打ちゃあたるってか……」
ドラゴンは中々繁殖しない。元々数が少ないというのも理由の一つだが、何より手当たり次第頑張っても成果が上がらないということが大きい。
「シジマなら沢山の子供を授かるはず」
「血が濃いからなぁ。でもよ、不純物が混ざりまくってんだけど、そこんとこどーなわけ?」
「本来ならドラゴンの血など飲んだら死んでいた。シジマが生き残った理由は血の相性が良かったからだろう」
「相性ねぇ。俺ってばドラゴンと縁が深いみたいだし、案外ドラゴンの番だったりして」
ドラゴンの血を飲まされるという実験はシジマだけがされたわけではない。何十人、何百人が犠牲になった。その中で生き延びることができたのはほんの一握り。その一握りもさらなる実験によって殺された。シジマは逃げ出したから助かった。
死にたい、と何度も思ったその果てで、生き残れたことを喜べた試しはない。けれど、もしカリティヤードの番として生き残る定めがあったのなら、生きてきたことにも意味はあるのかも知れないと思えた。
「可能性は否定できない。カリティヤードがあれほど興奮するとは……」
「あー興奮……。娘さんが興奮って。俺は居たたまれないつーの」
なにゆえ新婦の父親とこんな会話をしなければならないのか。男同士の猥談ならいくらでも盛り上がれるが、こればっかりはさすがのシジマでも盛り下がった。
「イアルが待ちきれなくて暴れる前に卵を産ませて欲しい」
「マジかっ! 親に推奨されるとか、ないわー」
シジマのモラルはかなり低めなのに、ドラゴンのモラルの低さにはドン引いた。リントヴェルムは遠回しに言っているけれど、子供を急がせる理由の一つが、息子の嫁を産ませるというのはどうかと思う。
「無理は承知なのだ」
「いや、無理つーか。俺は子供ありきの結婚したいわけじゃねーから。カリティヤードを大事にしたいんだって。こんなじじいの嫁になってくれて、大事にしなきゃ、男が廃るつーの」
「気持ちは分かるが……」
「イアルは面倒くせーな」
おちおち新婚生活を楽しんでもいられない。義理の弟は本当に色々と面倒だった。
「数年は我慢も利くがあまり時間をかけると二次被害が起こるかも知れない」
「二次被害って誰に?」
「八つ当たり先はシジマだ」
「俺かよ。発散なら他でやれよなぁ」
リントヴェルムからは子供の催促。イアルからは八つ当たり。どっちもストレスに感じる。もし思うようにカリティヤードが妊娠しなかったら、これがずっと続く。それを思うとゲンナリするシジマだった。
「すまない。イアルにはシジマの邪魔をしないように厳命する」
「まあ襲撃とかは止めて欲しいけどよ。イアルは言うことなんか聞きそうにないんだよなぁ」
ドラゴンの兄妹は猪突猛進。誰に似たかは言うまでもない。
「ドラゴンを増やすことはシジマにとっても命題なのだろう」
「まあな。けどよ、当事者になると話は別だって」
滅びかけているドラゴンという種族を増やすことは、シジマの贖罪の一貫でもある。滅びを早める原因を作ったようなものだから。
しかし、生めよ増やせよ、なんてことは第三者としてなら言えること。まさか自分がそちら側になるとは夢にも思っていなかった。
「カリティヤードがシジマ以外を受け入れるならいいのだが、それはないだろう」
「あってたまるかよ!」
ドラゴンが多情だとしてもシジマは受け入れられない。
「では、初夜は頑張ってくれるな?」
「おーい。プレッシャーかけんなよ。ただでさえ勃つか微妙だってのに……」
「……我が娘に欲情せぬと?」
「いや。鼻血で死ぬかと思ったぐらいにカリティヤードの花嫁姿はいかしたつーの」
「では、何故勃たせぬ」
「俺はデリケートなんだって。やれやれ言われたら逆に萎えるよ。それでなくても何百年ご無沙汰してると思ってんだよ。俺の気分が盛り上がるのを待って欲しいもんだね」
カリティヤードに迫られるのはそそられない。シジマとしては襲いかかるのがセオリー。遠い昔過ぎる体験を思い出すには時間がかかるのだ。
「大丈夫なのか?」
「俺のテクニックを心配してるなら問題ナッシング! 俺はできる男だからなっ!」
自信はなかったけれど、シジマは格好つけ故に言い切った。しかし、過剰な期待を牽制するべくリントヴェルムに伝言を頼む。
「俺の花嫁に伝えてくれね?」
「何を伝えればよい」
「おしとやかなカリティヤードが見たいって」
これでカリティヤードが大人しくなったら御の字。襲われて萎えるなんて男としては末代までの恥だ。
さて、それからどうなったかというと、シジマの伝言は功を奏した。母親からの助言もあったのか、初夜はシジマ主導で万事滞りなく完遂した。
翌々日には卵出産がなされ、二つの卵から孵った子供は、狂喜乱舞したイアルが女の子を奪うように引き取り、もう一人の男の子は初孫に浮かれたカリティヤードの両親が、これまた奪うように面倒を見始めた。
心配するだけ無駄という結果に落ち着いたとうことだ。
それからシジマは心置きなくラブラブ新婚生活を満喫した。お陰でカリティヤードは沢山の卵を産んだ。ドラゴンは妊娠しづらいという話が嘘のようなベビーラッシュに国中が沸きに沸いた。
後にセイナディカはドラゴンの棲まう国として栄え、『ドラゴンの花嫁』の作者が夢見たように、ドラゴンが珍しくもない世界となったという。
完