第20話
夕食を食べるというだけで、なぜこんなに華美な装いをしなければいけないのか。これからはじまるのは、実は舞踏会か何かじゃないのだろうか。
奏は慣れないドレス姿に重い足取りで廊下を進んでいく。
少し前に奏をエスコートするために現れたフレイも、いつもと違って正装している。
簡素な騎士服を着ている時でもカッコいいというのに、正装などしたらとんでもないことになった。もはや表現できないほどの男前になっている。
そんなフレイにエスコートされて、奏は緊張するばかりだ。
奏のドレス姿を見て「綺麗だ」と珍しく照れた様子で褒めてくるフレイにも居たたまれない。いつものような穏やかな空気は霧散して、微妙な空気になっている。
「胃が痛い……」
「緊張しすぎじゃないか?」
奏はぐったりとした。フレイがよろめいた奏の身体を慌てて支える。
「フレイみたいな鉄の心臓が欲しい」
「鉄なわけあるか。不安なら俺だけみとけ」
「そんな男前発言は求めてない……」
余裕を見せているフレイが気に入らず、奏は悪態をつく。
フレイの存在が、より緊張を増す結果になるとは思っていなかった。
「王とは普通にしていただろ」
「そうだけど……」
一国の王に向かって無茶ぶりしたこともあったが、それとこれとは話が別だ。あの時はまだそこまで深刻に物事を考えてはいなかった。
「王が苦手か?」
「そんなことない」
「じゃ、なんでそんなに嫌がる」
「ドレスが重い! まだ着かないの!」
深く突っ込まれても理由は話せない。奏は強引にフレイの会話をぶち切った。
◇◇◇
「二人ともその恰好はどうした?」
「はい?」
開口一番ゼクスに問われたことに、奏とフレイは唖然とする。
「いくらなんでも堅苦しい」
「王様が正装しろって!」
「そんなことを言った覚えはないぞ。……ああ、リゼットの仕業か」
部屋の隅に控えているリゼットを見て、ゼクスが苦笑しながら言った。
リゼットはそろりと奏たちの視界に入らないように移動している。
「リゼット!?」
フレイは合点がいったとばかりに頷いている。何かおかしいと思ってはいたようだ。
「フレイ! 気づいていたなら言ってよ!」
「あー、別に問題ないだろ」
「そうですよね! カナデ様のドレス姿を見られて感謝していますよね!」
フレイの援護射撃ともいえる発言に、リゼットが喰いつく。若干の強引さは否めない。
その上、ゼクスが追従して、
「綺麗じゃないか、カナデ。騎士服など無粋な恰好はやめて、いつでもドレスを着ればいいだろう。似合いそうなドレスを贈ろう」
などと言い出す。
「どうしてドレスを着せたがるの!?」
「嫌がる理由がわからんな」
ゼクスは本気で言っているようだ。奏の嫌がる素振りなど意に介していない。ドレスも冗談ではなく贈ってきそうだ。
「カナデ様ならどんなドレスも似合うと思いますが、落ち着いたドレスが好みだそうです!」
「それなら装飾品は派手なくらいでも構わないな」
「さすがゼクス様! 楽しみです!」
装飾品まで追加される。ゼクスからの贈り物は、どんなに頑張っても受け取り拒否はできそうにない。リゼットが嬉々として受け取ることは間違いないから。
カナデは諦めの境地に至る。
「大人になれ」
「うん、そうする」
フレイの慰めにカナデは素直に頷く。最強コンビに敵うわけがない。抵抗したらもっとまずいことになりそうだ。
「カナデ。久しぶりだな。元気にはしているようだが訓練は順調か?」
「まだフレイを叩きのめすには至ってないかな」
フレイに勝つことは目標にしているが、訓練をはじめたばかりで敵うわけがない。
病気の身体にしては動いているほうだ。
「どういうことだ? まさか本当に勝てないとでもいうのか?」
奏は冗談めかして言ったのだが、その言葉はゼクスには許容できないことのようだった。
奏は、探るようなゼクスの強い視線に耐えられなくなり、視線を反らす。あからさまな態度だったが、ゼクスはそれ以上追及してはこない。
「フレイ・オーバーライトナー。カナデの相手は大変だろう?」
「そうですね」
「なるほど、パトリスが珍しく褒めるわけだ」
ゼクスの関心がフレイに移り、奏はそっと胸をなでおろす。奏はゼクスの一挙一投足に身も心も縮む思いだ。
結局、その後の食事は食べた気にならず、会話を振られても奏はろくに返事をすることができなかった。