屍の上に立ちながら幸せを望んでもいいのだろうか 3
シジマは熟考の上でカリティヤードと結婚することを決めた。しかし、そう簡単に結婚できる気はしなかった。
「……俺が良くても反対されんよ」
「パパは賛成なの」
「なにぃ!?」
シジマは目を剥いた。混じりっけのないドラゴンのリントヴェルムなら絶対に反対すると思っていた。ドラゴンの血を無理矢理飲まされ続けたシジマはドラゴンに近いとはいえ異形なのだ。リントヴェルムはシジマの異常さを誰よりも分かっているはずなのに……。
「ママはイアルのことを心配してるけど、反対じゃないみたい」
シジマは天を仰いだ。リントヴェルムがこの結婚に賛成しているなら、目下の障害はイアルになる。イアルのカリティヤードへの執着はただならないため、シジマは恋敵でなかった頃から命を付け狙われていた。多分、カリティヤードがなかなか懐いてくれなかったのもイアルが故意に仕向けていたからだ。
「イアルの説得なんてできる気がしねー」
「大丈夫よ。イアルは賢いもの。カリとシジマの子供なら先祖返りすることも知ってるの」
「……なんだって?」
純血のドラゴンはリントヴェルムを残すのみ。シジマは先祖返りという極めて低い確率にかけてきた。それもどれだけの時を要するのか、気の遠くなる未来の話だ、と半ば諦めていたことだ。
それをカリティヤードは実現出来る、とシジマに希望を持たせることを言うのだ。
もしそれが本当ならシジマは幼妻を得られるという魅惑の話に乗る。いや、イアルを倒してカリティヤードを奪う覚悟すらあった。
過去は清算できないけれど、未来に託すことならできるから。
「シジマの身体に流れているドラゴンの血はとても強いの。シジマが壊れてしまわないかって、カリはずっと心配していたの」
「そっか。俺の気持ち悪い血も役に立つんだな」
忌まわしい血。苦しまされ続けたことを思うと手放しで喜べなかったシジマだ。未来への可能性がこの血にあるなら、過去の苦しみも無駄ではなかったと思えた。
苦しんだ分だけ幸せになってもいいのか、とそんな風に思えてくるのだった。
「……カリをお嫁さんにしてくれる?」
「う~ん。どうしたもんか。俺はじじいだ。勃たせなけりゃならんもんが勃たなかったら、子供は作れないんだよなぁ」
五百年は長すぎた。色恋から遠いところで生活していたシジマは、気持ちは兎も角、カリティヤードに欲情する自信がまるでなかった。
「カリがやってあげる」
「ちょっと待ったぁ! 幻聴が聞えてきた……」
可憐なカリティヤードの口から男が喜ぶ破廉恥な言葉が。シジマは喜ぶより先に心配した。間違いなくイアルの教育によるものだ。でなければ、カリティヤードが平然と男のナニを勃たせるなんて言うはずがない。
「イアルの入れ知恵かよ」
「ううん。ママが教えてくれたの」
「リシェーラちゃん、なに教えてんの……」
女同士とはいえ、あまりにも明け透けだ。イアルに教えられたのではないと知り、シジマは安堵した。
「駄目?」
「うんにゃ。それは取り敢えず、俺がどうにかするから心配すんなって」
「うん。沢山卵産むね」
「そういや、ドラゴンは卵生だったなぁ」と遠い目をするシジマ。自分の子供が卵なんて想像できない。
「……カリティヤードに、卵を、産ませる? ……何故、僕はシジマを殺しておかなかった。こうなる前に……」
まるで呪いを吐き出すような声音。イアルの憎しみがシジマに襲いかかり、敏感に反応したシジマはビクリと身体を震わす。
「イ、イアル? れ、冷静にだな」
「死んで下さい。死ね!」
黙っていたかと思えば、シジマを殺す機会を窺っていたらしい。イアルは叫び声を上げるとドラゴンに変化した。人間の血が混じっているイアルは人の形で生まれてきた。ドラゴンに変化は可能だとしても、それはかなり無理をしてのことだ。あまり長い時間変化していると力が暴走する。
「落ち着けって!」
「グルルルルゥ!」
イアルはあっという間にドラゴンの力に飲み込まれた。人語を話せなくなり、咆吼を上げ続けた。
シジマは巨体に押しつぶされそうになって焦りを浮かべた。イアルに残っている自我はシジマを敵と認識したままだ。
このままではいずれイアルにペチャンコにされる。シジマが戦々恐々としていたその時、
「イアルのおたんこなすー!」
カリティヤードの蹴りがイアルの顎に炸裂した。顎を叩かれ脳を揺らされたイアルの巨体が地に伏す。
「やり過ぎじゃね?」
「カリは怒ってるの! シジマはお腹に穴が開いてるんだよ。押しつぶしたら中身が出ちゃう」
「うげぇ……」
想像したシジマは顔を顰めた。イアルに開けられた腹部の穴はドラゴンの血に宿る能力のせいか徐々に治ってきている。それでもドラゴンに押しつぶされたら、内臓はおろか、色んなところから洒落にならない物が出てくる。
「カリは生まれた時からシジマのものなの! イアルは妹の胸を揉むなんて変態ね! 訴えられたくなかったら大人しくしていて!」
愛しの妹にトドメを刺されたイアルはゆっくりと人に戻った。悔しそうに唇を噛み締めている。
「……妹の卵を一つ下さい。それで我慢します」
「それどうするつもりだよ」
「もちろん、僕の妻にします」
「まさかの紫の上計画!? イアル、性教育は十歳になってからにしろよ!」
シジマは斜め方向からイアルに忠告した。イアルはニヤリと笑う。
「楽しみです」
「俺の娘にエロエロ教育なんかすんな! これだからエロドラゴンは……」
「一つで済ませようというのです。そんな目くじらを立てることではないでしょう」
「数は関係ないって。俺の娘がエロドラゴンの餌食になんて……」
「幸せにします。誰よりも」
「よし! よく言った!」
二人の男は固く握手を交わした。爽やかさを装っているが見事に裏取引が成立していた。
「イアルは卵を選ぶのね」
カリティヤードが不思議そうに首を傾げた。
「ん?」
「生まれてみないとどっちか分からないのに、いいのかなって」
シジマは考えこんだ。「どっちとはなんぞや」と。それは性別のことだと悟った瞬間、
「あー。ドラゴンはどっちもありだっけか……」
種族の違いを実感したシジマ。「リアルにBLかぁ」と選ばれた卵が息子だった場合を心配した。
「やっぱり生まれてから選びます」
「BLは嫌なんだ? ドラゴンなのに?」
「僕は半分人間ですよ。ドラゴンの見境なさは継承したくはありません」
「そういうもんか。まあ俺も息子には可愛い嫁を見つけて欲しいから、それでいっか」
シジマはうんうんと頷いた。イアルは妹に執着する変態だとしても、息子にエロを働く方面の変態ではなかったと安堵した。