屍の上に立ちながら幸せを望んでもいいのだろうか 2
(つーか、なんで俺はこんなに怒ってんだ?)
ふと疑問が湧き上がった。シジマは怒りに身を震わせながらも心は冷静だった。
(近親相姦はどうかと思うけどよ。両思いなら別にオッケーじゃね? まあセクハラは教育的指導もんだけど……)
思考がグルグルと訳が分からないことになっていた。
「さっきまでの威勢はどうしたんです? もう死んでくれますね?」
「……どさくさに紛れて変な質問するなよな」
「面倒な人ですね。じゃあ、死んで下さい」
イアルの爪がシジマの喉元に迫った。シジマは鋭い攻撃を避けきれずに目を瞑った。万事休すだ。
「やぁー!」
フワリと暖かい何かがシジマに触れた。イアルの攻撃はあたらなかったようだ、と恐る恐る目を開けると、身を挺してイアルを牽制しているカリティヤードを認識した。
「カリティヤード、危ないから下がっておいで」
「やっ! シジマに攻撃するイアルなんか嫌いっ!」
カリティヤードに顔を背けられたイアルが絶望したように青ざめた。
「カ、カリティヤード。僕は、僕らの結婚を阻む障害を取り払おうと……」
「カリはシジマのお嫁さんになるの! イアルはおかしい! 兄妹で結婚なんかできないもん!」
「そんな……」
はっきりと拒絶されたイアルは打ちひしがれた。
シジマは気の毒そうにイアルを見遣り、腰にへばりついているカリティヤードを引き剥がした。
「こら。兄妹で喧嘩はよせよ」
「だって、カリの胸触ろうとするんだもん。カリの胸はシジマにだけ触って欲しいのに」
「おいおい。じじいがそんなことしたら普通に犯罪者だっつーの」
セクハラでは済まされない。今度はイアルではなくリントヴェルムに殺される。
「シジマは結婚したら妻に手を出さないの?」
シジマは答えに窮した。当然、この結婚が望んだものなら「出すに決まってるだろ」と答えられるけれど、相手がカリティヤードとなると答えられないし、考えたこともないことは答えさえない。
「シジマは不能?」
「ちげーよ!」
うっかり返事をするとカリティヤードが嬉しそうに笑った。
「良かった! シジマの子供は沢山欲しいの!」
「良くねー! 俺はじじいだって言ってんだろ! 老い先短い老人と結婚なんて冗談は大概にしろって!」
「シジマはおじいちゃんに見えないよ?」
「見た目の問題じゃねーよ」
生きた年月はうろ覚えだとしても五百年以上立っていた。十六歳で異世界へ落ちてきたシジマはドラゴンの血のお陰か成長を止めて死ななくなっていたはずが、時が流れるに連れて少しずつ成長するようになっていた。実際に今が何歳なのかはさておき、二十代後半という見た目である。「じじい」と訴えていてもカリティヤードに誤解させる要因となっていた。
「カリティヤード。カリの記憶に飲まれんなよ。……イアルに惚れてんじゃないのかよ」
苦々しいことだがイアルが言っていることは本当なのだろう。兄妹同士でどうかと思うが、ドラゴンという種族ではそれがまかり通っているのだから、部外者がどうこういうことではない。
「……カリはシジマが好き」
「カリはそうだとしてもカリティヤードは違うんじゃないのかよ」
「カリティヤードなんて呼ばないで!」
瞳を潤ませたカリティヤード。シジマは狼狽えた。昔からカリティヤードの涙には弱いのだ。
「なあ、カリ。俺を恨んじゃいないのか?」
ため息をついたシジマは「カリ」に向かって問いかけた。カリティヤードがカリの生まれ代わりだと知った瞬間、逃げ出したくなった根本原因に向き合うことにした。
「恨むわけないよ。なんでそんなこと聞くの?」
「俺がいたからカリの親は殺されたようなもんだろ。その後だってカリは辛い目にあったんじゃねーの? 俺は復讐に囚われてちゃんとしてやれなかったから……」
後悔があるとするならカリの行く末を気にしなかったことだ。カリが仲間と旅だった後、シジマは欠片もカリのことを思い出さなかった。いや、思い出さないようにしていた。
「シジマと別れたカリはすぐに死んじゃったの」
「うぉおおお……」
シジマは頭を抱え込んだ。カリの短い生涯を知って胸が痛む。
「カリはずっとシジマと一緒にいられなかったことを後悔したの。だからカリはもうそばを離れないの」
「そばにいてやるだけじゃ駄目なのか?」
恨まれていないならずっとカリティヤードを見守っていきたいという気持ちがある。もちろん、結婚することはできないけれど。
「カリティヤードは死んで生まれ変わったの。カリの気持ちを受け止めて。シジマのお嫁さんになるのがカリの夢だったの」
「だけど、俺はじじい……」
そこまで言われたらぐらつかないシジマではない。けれど、打ちひしがれていたイアルが復活して、恨みがましい視線を向けられていたらカリティヤードにいい返事なんかしてやれない。
「記憶はあるからカリも一緒よ。年齢差はないの」
「そんな屁理屈はないって」
「カリのこと嫌い?」
「そんなわけ……」
カリティヤードのことが嫌いじゃないから話がややこしくなる。シジマは恋愛感情がなかったとしてもカリティヤードが可愛くて仕方ない。
「なあ。カリティヤード……」
「カリって呼んで」
「そんな適当に付けた名前はねーよ。カリティヤードは綺麗な花の名前だろ。お前にはあってんよ」
カリの名前は本当に適当だった。拾った卵は孵らなければシジマが食べていた。だから名前も「仮に一緒にいる」という意味でつけたのだ。
「でもカリがいいの。カリティヤードなんて他人みたい」
「他人って。カリティヤードはどこに行ったってんだよ」
「ここにいるよ。カリとカリティヤードは一緒なの。でもカリの気持ちのほうが強いの。シジマに恋い焦がれて、衰弱して死んじゃったから……」
カリティヤードは自分の胸を手で押えた。
「……ってもなぁ。結婚は無理じゃん」
シジマはガクリと頭を下げた。もう後悔云々ではなく、責任を取らなければならない心境に陥るけれど、カリティヤードとの結婚は色んな障害が立ちはだかっている。シジマの気持ちも実は定まっていない。
「どうして? カリは魅力ない?」
はっきり言えばカリティヤードは魅力的な女の子だ。大人になれば誰をも魅了する美女となることは間違いない。