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療養先は!?  作者: 春夏秋いずれ
番外 シジマ編
197/201

屍の上に立ちながら幸せを望んでもいいのだろうか 1

 最後のドラゴンが伴侶を見つけた。

 それから二十年がたったある日、シジマはリントヴェルムの住処へ遊びに来て、困惑するドラゴン夫婦を前に十四歳になった娘のカリティヤードから猛烈なアタックを受けていた。


「な、なんだぁ!?」

「シジマ、大好き! お嫁さんにして!」


 飛びついてきたカリティヤードを受け止めたシジマは、意味が分からずに目を白黒させる。

 カリティヤードのことは可愛がっていたけれど、そこまで好かれていたとは、今の今まで知らなかった。


「カリティヤード、ちょ、ちょっと落ち着け。俺は五百歳を越えた爺さんだ。結婚相手には相応しくねぇって」

「やー! カリはシジマと結婚するのー!」


 小さな腕でぎゅうぎゅうと抱きしめてくるカリティヤード。親に似て美人になりつつあるカリティヤードのことは嫌いではないのだけれど、現実問題として無理があるため、シジマは努めて平静にカリティヤードを宥めた。


「あのな。気持ちは嬉しいちゃ、嬉しいんだけどさ。カリティヤードはもっと別の男を伴侶に迎えな」

「シジマはカリが嫌い?」


 潤んだ瞳でカリティヤードに見つめられたシジマは、困ったようにガリガリと頭を掻いた。


「好きって気持ちが一緒じゃねぇって。カリティヤードは自分の孫。ん? ひ孫か、それ以上になんのか? まあ、爺ちゃんが孫を好きってレベルで好きだけどさ」

「カリは孫じゃないもん」

「いや、血のつながりは関係ないって……」


 将来カリティヤードが大人に成長しようと年齢差は埋められないどころか、倫理的にヤバい年齢差では両親に申し訳が立たない。無論、愛があれば別かも知れない。とはいえ今の所、シジマに恋愛感情は全くなかった。

 それに以前のカリティヤードはシジマを少し怖がっていたはずだ。特に生まれたての頃は懐いてくれないカリティヤードに、シジマは草場の影で涙を流したことが幾度もある。カリティヤードが懐いてくれたものシジマの長年の努力が実ったからで、それでも以前よりマシという程度の懐き方だったはずだ。いきなり求婚なんて有り得ない。


「シジマ。カリティヤードがおかしいのだ」


 カリティヤードを宥められずに困っているシジマに、同じように困り果てていたリントヴェルムが声をかけた。


「おかしいのは態度見てりゃわかんよ」


 カリティヤードはシジマの腹に顔を埋めて嗚咽していた。シジマに振られて本気で泣いているのだ。


「そうではないのだ。記憶が混乱しているようなのだ」

「記憶?」

「シジマは昔ドラゴンを育てたことがあっただろう。カリティヤードはどうやら生まれかわりらしい」

「はあ!?」


 シジマは俄に信じられなかった。それが真実ならば今すぐここから逃げ出さなければならない。


「マジで言ってんのか! 止めてくれ!」

「我は冗談など……」

「そんなもん冗談で済ませてぇよ! いまさらどの面下げて……、カリに謝れば……」


 五百年以上たってもシジマは鮮明に思い出せてしまう。強烈な過去を。だから、後悔しかないカリとの思い出は、風化するままに任せてきた。それなのにカリティヤードとして生まれかわったなんて。


「なんでカリに謝るの? カリはシジマにまた会えて嬉しいだけなのに、シジマはどうしてそんなに悲しそうなの?」


 シジマは見上げてくるカリティヤードの腕をそっと引き離した。カリティヤードは拒絶されて大粒の涙を流した。シジマは辛そうに顔を背ける。


「……俺を見んな。勘弁しろ」


 そう言うとシジマは暗殺者としての実力を発揮してカリティヤードから逃げた。

 カリティヤードの泣き声がシジマの後ろ髪を引いている。それでも混乱を極めたシジマは泣き声に耳を塞いで一人になれる場所、王宮の地下にある自室へ向かった。

 ところが、自室が目と鼻の先というところで、背後から放たれた殺気に反応して歩みを止める。


「イアル……」

「カリティヤードを泣かせましたね。死んで下さい」


 シジマの後を追ってきたのはカリティヤードの兄であるイアルであった。宣言すると同時に恐ろしく鋭い爪がシジマの身体を貫いた。脇腹を貫通させたドラゴンの攻撃は元暗殺者のシジマであっても避けきれるものではなかった。

 引き抜かれた爪にこびりついた自分の肉を見つめながら、シジマは暗い色の瞳をギラつかせるイラルと対峙した。


「泣かせるくらい大目にみろよ。じじいと結婚なんて洒落になれねー話は蹴ったんだからよ」

「許しません」

「このシスコンが。俺なんか殺しにこないで泣いてるカリティヤードを慰めてやれっての」

「殺してからにします。今までも目障りでしたが、やはり殺しておくのでした」


 閃いたイアルの爪をシジマは隠し持っていた短剣で弾いた。特注品のはずの短剣が一撃でボロッと原型を留めないほどに砕けて落ちた。

 シジマは本気の殺気に額から汗が流れるのを止められなかった。これまでもイアルの襲撃は何度かあり、命からがら退けてきた。

 しかし、今回は冗談抜きで命の危機を覚える。


「カリティヤードのあれは冗談だからな?」

「冗談ではないようなので、あなたを闇に葬ります。さっさと首を差し出しなさい」

「か、仮にだな、冗談じゃなかったとしてもカリティヤードと結婚はしないって。つーか、ねーだろ。十四歳はマズイだろ。どう考えたって……」


 シジマはジリジリと後退りながら逃走経路を見つけ出そうとするかのように視線を彷徨わせた。残念ながら逃げられる道はなかった。イアルが前方を塞いでいる限り、どこにも逃げ場のない袋小路に追いやられていたからだ。


「もちろん結婚など許しません。が、カリティヤードを振るなんて死に値する蛮行。もはや生きている価値もありません。あたなは存在自体が罪です」

「……そんなことは分かってるつーの。だからって殺されてなんかやんねーよ。俺は老衰で死にたいからよ」


 人間でもなくドラゴンでもなく、紛いもの存在となってしまったシジマ。ただ生き続けているだけだとしても、自ら命を断つことは出来なかった。存在が罪だということは知っている。けれど、シジマにはまだ生きたい理由があった。


「救いようのない人ですね。死にたいというなら死になさい。口先だけでしたか」


 シジマは図星を指されてうっと声を詰まらせた。イアルが小さい頃、上司に扱き使われて腐っていた時に愚痴った内容を十年以上たった今言われても。


「俺はお前らの成長を見届けるまで死なねー!」

「もう成長しました。僕はカリティヤードと結婚します。後は邪魔者であるあなたを血祭りに上げるだけです」

「まだそんなこと言ってんのかよ。お前がカリティヤードと結婚なんて近親相姦じゃねーか」


 五百年以上生きていると倫理観などなくなってくる。それでもなけなしの倫理観に引っかかるのだ、近親相姦は。ドラゴンが滅びゆく種族ということは変わらないとしても、シジマが思い描く純粋なドラゴンの誕生が可能な選択しだとしても。


「僕たち種族は普通のことです」

「え、マジ!?」


 シジマは大きく目を見張った。

 ドラゴンの生態については知らないことが多い。ドラゴン自体の数が少ないということもあって、リントヴェルムが語らないことは誰も知りようがないのだ。

 たしかドラゴンは繁殖のためになのか、人間のように一夫一婦制ではなく、一夫多妻制という。まさか近親相姦もありなんて、シジマには考えられないことだった。


「理解しましたね。死んで下さい」

「い、いや、ちょっと待て! カリティヤードはその話をオッケーしてるのか!?」


 重要なのはカリティヤードの気持ちだ。カリティヤードが生まれた瞬間から異常な執着をしているイアルの気持ちは聞く意味もない。


「カリティヤードなら僕と同じ気持ちです」

「そうか。……ん? じゃあ、俺に結婚迫ってきたのは何かの間違い……うおっ! なんでさっきより怒ってんだよ!」


 イアルの怒りを炸裂させて襲いかかってきた。冷静な話し合いをしていたはずなのに、命をかけた攻防戦が始まる。


「ま、待て! 俺の話を聞けって!」

「……カリティヤードが顔を赤くして僕になんと言ったと思うんです。『シジマと結婚するからもう胸は触らせない』ですよ!」


 シジマはその言葉を聞いてポカンとした。イアルは真面目な顔をしてとんでもないことを言った。


「胸、だと!?」


 驚愕のあまりシジマは震えた。カリティヤードはまだ十四歳。成人もしていないのにイアルは兄という立場を利用してカリティヤードの身体に触れていたのだ。


「僕たちは許嫁です。小さい胸に嘆いているカリティヤードの手伝いは当然ことでしょう」

「いつからだ!?」


 頭に血が上ったシジマは隠し持っていた暗器をイアルに向かって投げた。イアルは眉を上げるとなんなく避ける。


「なんの真似ですか」

「セクハラヤローには罰だ」

「セクハラとは異なことを。カリティヤードは可愛い声で鳴いてくれましたよ」

「てめぇ!」


 シジマは込み上げてくる怒りに叫んだ。例えカリティヤードの了承があったとしても看破できなかった。

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