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療養先は!?  作者: 春夏秋いずれ
番外 リゼット編
195/201

リゼットの野望─もう一度愛を囁いて─ 11

 正装したジーンを見たリゼットは目を見張った。


「それはどこの制服でしょうか?」

「兵団に決まってるだろう」


 リゼットは首を傾げた。以前街で目にした兵団の制服は、皆が着崩していたため判別不能だったからだ。


「普通に着られたんですね。胸筋を見せびらかすために、あえてそうしていただけですか……」


 素敵な胸筋を反芻したリゼット。奏は具合が悪くなったと心配してくれたけれど、事実はリゼットが胸筋に心臓を射貫かれて悶絶していただけだった。


「勘違いするんじゃねぇ。兵団の制服は騎士団と対になってる。お陰で(ひん)(しゅく)を買ってまともな着方をするヤツがいないだけだ」


 どうりで見たことがある気がしていた。騎士団は青を基調とした制服で兵団は黒を基調とした制服。どことなく似ているのに兵団の制服は、騎士団の制服に比べると少しばかり質素な作りだ。


「腕章はしていないんですね」

「あれは目立つ。外周りには必須だけどな」


 リゼットは頷いた。兵団の制服はきちんと着ていれば、腕章がなくても街の破落戸と間違われることはない。


「……ジーンさんがいつもより素敵に見えます」

「いつもは駄目かよ」


 そういって頬に触れてくるジーンを潤んだ瞳で見つめるリゼット。いつもは駄目というより別人なので、素敵の意味合いが違う。


「包丁を振るうジーンさんも素敵です」

「可愛いな、リゼット」


 リゼットは迫ってくるジーンを慌てて避けた。二人の世界に入っている場合ではないからだ。


「じゅ、準備が出来たら決戦です」

「ああ、そうだったな……」


 ジーンの声から力が失われた。慣れない正装で窮屈そうにしている。


「気が重いぜ。公爵は重鎮だからな。反対されんだろうな……」


 リゼットと同じ懸念をジーンは持っていた。やはり兵団という立場で公爵家の令嬢と結婚を望むのは無謀なのだ。

 たがジーンは知らない。公爵家でのリゼットの取り扱いは通常と異なることを。


「反対はされるでしょう。けれど、それは身分の違いについてではありません」

「他に反対理由があるのか?」

「私も父がどうでてくるのか予想がつきません」


 父については薄らとした記憶しかない。小さな頃からメイエリングと山で暮らしていたリゼットは、父とあまり話をしなかった。国の重鎮らしく常に忙しそうにしている父は家に帰ってきても仕事ばかりだった。

 たまに会えば甘やかしてくれる父を嫌いではなかったが、大人になるにつれ鬱陶しくなってきた。メイエリングと競い合うようにリゼットを懐柔しようとする父を持て余していたリゼットは、「婿を連れてくる」と宣言して家を出た。その時の父の様子は少し心配になるほどやつれていた。

 だから本当にジーンを婿として紹介したら何を言われるやら。想像がつかないリゼットだった。


「こうしていても拉致が明かん。どうせ避けては通れない道だ。行くか」

「はい。父が障害になるようなら私が排除します」

「止めてくれ……」


 リゼットは当然のように主張したが却下された。仕方ないので後はジーンに任せることにした。


 公爵家を目にしたジーンはゴクリと唾を飲み込んだ。緊張しているらしいジーンの気持ちを和らげるために、リゼットは冗談を言ってみた。


「城よりは狭いです」

「俺にはどっちも似たようなもんだ」


 奏の言うことは本当だった。ジーンには冗談が通じない。

 それはさておき、


「おかしいですね。出迎えがありません。伝えておいた時間は間違っていないはずですが……」


 いつもなら客が訪れる際に出迎える執事がいない。さらに言えば、公爵家は無人のような静けさを醸し出していた。


「いきなり訪問拒否か?」

「そんなことはないはずです。事前に伝えたら母は浮かれまくっていましたから」


 母の攻略は簡単だった。それはもうリゼットが驚くほどに。


「ちゃんと俺の身分伝えたんだろうな」

「はい。兵団の猛者中の猛者と伝えました。母はもう私を貰ってくれるなら誰でもいいそうです」

「ははっ……」


 ジーンは乾いた笑い声を上げた。

 しばらく様子を窺っていたが状況は変わらなかった。二人は仕方なく公爵家へ乱入する。予告はしてあるから平気だろうと思っていたら、


「不埒者を捕らえよ!」


 という命令と共に、どこからともなく家人が飛び出してきた。あっという間にジーンを拘束する。


「なにをするんですか!?」

「兵団無勢に娘はやらん!」


 リゼットは怒鳴り声の主に視線を向けた。二階から下りてくる公爵家当主が見えた。


「……話も聞かずに拘束ですか。見損ないました」

「リゼットがこんなむさ苦しい男の嫁になるくらいなら見損なわれても構わん」

「ジーンさんはむさ苦しくないです。兵団の中では美男子です」

「は?」

「美的感覚が狂っているようにおっしゃいますが、私の眼に狂いはありません。ジーンさんは粗野な印象でむさ苦しい感じになっていますが、顔の造作はとても整っています」


 リゼットは理路整然とジーンの美男子ぶりを説いた。あまりの真面目さに家人がジーンに注目する。


「あら。本当に綺麗な顔してるわ」

「本当だな。兵団というには整った顔立ちだ」

「男っぷりに惚れそう」

「強そうだ。嬢が選んだだけのことはある」


 などなど、公爵には信じがたい感想が次々と交わされていた。


「へ、兵団の男など許さん!」


 公爵はしぶとかった。リゼットは最終手段を取ることにした。


「父が心配するので自分で対処してきましたが、私には数十人のストーカーがいます」

「ストーカー?」

「私を追い回し、つけ回し、私生活を荒らす男たちです。私の愛を巡って熾烈な戦いを勝手に繰り広げているので、人数はこれでも減っています」

「な、なんということだ!?」


 公爵が頭を掻き毟った。仕事にかまけていて娘の現状を知らなかったとはいえ、驚き過ぎだ。


「ということで、ジーンさんは兵団最強の猛者なので守ってくれます」

「……ゼクスには報告したのか?」

「はい。太鼓判を押してくれました。ジーンさんを逃したら私は生涯独身間違いなしと」


 師を倒したその足で渋るジーンを連れてゼクスに突撃したリゼット。シェリルとの蜜月を邪魔するようで気は咎めたけれど、父と会う前にどうしても報告をしておきたかった。

 やむを得ずとは言え事情を話すと、ゼクスは喜んでくれた。遠征でジーンの人となりも知ったようで、反対することもなく、父を説得するための材料も用意してくれた。


「いいだろう」


 ゼクス効果でジーンはようやく解放された。家人全員に取り押さえられていたジーンは、固まった身体をゆっくりと伸した。


「貴様はリゼットの素行を知っているのか!?」

「知っていますが……」


 公爵の問いはジーンを戸惑わせたが、逆らわずに答えを返した。


「貴様はリゼットの師であるメイエリングを打ち倒したのか!?」

「いえ、負けましたが、一応は認められたようです」

「認められた……? メイエリングが認めた!?」


 愕然とする公爵。ジーンは頬を掻いた。


「アリアス様に師事したことが功をなしたようです。まあ別の理由もありましたが……」

「貴様何をした!?」

「狩り場を教えました」

「狩り場! 貴様の名は!?」

「ジーン・ハウトヴァストです」


 ジーンが名乗ると公爵が目を見開いた。


「ハウトヴァスト……。ルエン・ハウトヴァストの息子か」

「父をご存知でしたか」


 リゼットは眼を瞬いた。面白い展開になりつつある。


「ルエンには世話になった。我が国の現状を知っているか?」

「父は寡黙な人なので詳しくは語りませんが、セイナディカは資源豊富な土地故に近隣諸国から常に狙われてきたことは知っています。リントヴェルムという絶対的な守護者を得るまで、国の防衛は大変だったことでしょう」

「貴様は先の戦争に駆り出された口か」

「はい」

「だったらルエンの偉大さを知っているな。貴様は後を継いでいないようだが……」

「父の情報は父だけのものでしょう。祖母より伝わったことは俺には伝えられていません」


 二人はリゼットの知らない話をしていた。リゼットにも秘密があったように、ジーンにも秘密とまではいわないが、リゼットの知らない顔があったのだ。


「リゼットは大変な婿殿を連れてきたものだ。ルエンは恐ろしい。何も伝えずに後を継がせおって」

「お言葉ですがそんなことはないはずです」


 ジーンは頭を振った。


「いや。リゼットを手に入れた時点で貴様は跡継ぎとなった。いずれはルエンから伝えられることもあるだろう」

「……それはどういうことですか」


 険しい顔のジーン。公爵の言葉の真意を問い質した。


「昔、息子の嫁にとリゼットを請われたことがある」


 預かり知らぬ所でジーンが婚約者になっていた可能性が浮上した。公爵は断ってしまったようだが、リゼットは残念で仕方なかった。

 二人の話は依然として理解できなかった。じれったくても話は途切れないので黙って聞いているしかない。


「父の目的を俺は知りません。リゼットと知り合ったのは偶然です」

「だろうな。ルエンは息子を野放しにした。それで運命が回ると信じていた」

「意味がよく分かりません」

「私も分からん。が、運命は貴様をリゼットに導いた。ルエンの予言どおりに……」


 公爵は昔を思い出すように遠くに視線を向けた。


「父にそんな力はありません」

「ないとは言い切れん。予言は言いすぎかも知れないが、ルエンにはそういう所があった」


 そう言われたジーンは考え込んだ。


「確かに父にはそういう所があります。ですが、やはりリゼットを手に入れても、父に利はないでしょう」

「貴様にはある」

「俺の幸せを願って、というなら父はおかしいです」


 ジーンは顔を顰めた。リゼットが思うにジーンも親子関係に苦労していそうだ。


「馬鹿もん。子供の幸せを願わん親などいない。ルエンには別の思惑がありそうではあったがな」

「俺には関係ないと言いたいところですが、父を相手にそうは言っていられないでしょうね」

「息子にそう言われるようではルエンも歳を取った。で、跡継ぎはどうでる?」

「何も。父が何か言ってくればその時に対処します。今はリゼットの事が気がかりです」

「むっ」


 公爵の視線が僅かにリゼットに向いた。すっかりリゼットを蚊帳の外において、ジーンとの話を優先していたことに気付いて、あからさまな動揺を見せる。


「私に分かるように説明して頂けますね?」


 おいてきぼりにされたリゼットは少々立腹していた。ジーンがいち早く気付かなければ暴れていたかも知れない。

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