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療養先は!?  作者: 春夏秋いずれ
番外 リゼット編
194/201

リゼットの野望─もう一度愛を囁いて─ 10

 現将軍が野次馬となって見守る中、ジーンと前将軍の死闘が始まった。


「さてジーンが生還できるか見物だ」


 アリアスは遠巻きにしている騎士たちを牽制しつつ、真剣な眼差しで二人の戦いを見ていた。

 この態度を意外に思ったリゼット。イヤイヤながらアリアスの隣でジーンの生還を祈っていた。


「騎士たちを散らしてくれたことは感謝します」


 滅多に見られない前将軍の戦いを遠くからしか見られない騎士たちは哀れではあるけれど、結婚のかかった真剣な勝負を衆人の眼に晒されなかったことに、リゼットはホッとしていた。


「ジーンに恥じかかせたくなかったからな」


 やはりアリアスはジーンを知っている。リゼットは探るようにアリアスに視線を向けた。


「他人に興味を持つなんて珍しいですね」

「俺はジーンを騎士団に引き抜きたかった」


 リゼットは目を見張った。アリアスはジーンの力を認めている。アリアスがこんなに誰かを褒めるなんて信じられないことだ。


「師もついに倒れる時が!」

「馬鹿いえ。俺が倒せないものをどうやったらやれる」


 尤もなことを言われてリゼットは意気消沈した。


「黙って見ていろ。お前が結婚できるかどうかって瀬戸際だ」


 アリアスと話している内に二人の決着がつきそうになっていた。

 ジーンはすでに肩で息をしていた。師といえば、どこふく風かと思えば、冗談抜きで本気を出していた。


「ジーンさんがこれほど強いとは……」

「結婚相手の力量を知らんとは、お前はまだまだだな」


 アリアスに馬鹿にされてカチンと頭にきたものの、白熱した戦いに見入ったリゼットは口答えすることはなかった。

 依然として師が優勢であることは揺るがなかった。それでもジーンは食いついていた。現将軍のアリアスでさえ倒しきれない相手を。


「結婚式には呼ばれてやる」

「え?」


 唐突なアリアスの言葉にリゼットは戸惑う。それ以上は何も言わずに去って行くアリアスを見送ると、ドサリとジーンが倒れ伏した。

 決着はついた。ジーンが敗れるという結末は予想していたが、師の様子が少しだけ違っていた。

 いつもなら勝利に喜ぶ子供のような師は難しい顔をしてジーンに問う。


「貴様の名前は?」

「ジーン・ハウトヴァスト」

「ハウトヴァストはセイナディカでは聞き慣れない名だ」

「爺さんは北の国の狩猟を生業とした一族の出らしい」

「北と言えば、なんかヤバい連中がいたな。……貴様はどこで武術を学んだ?」

「爺さんに扱かれた。小さい頃から害獣狩りに連れてかれて散々な目にあったぜ」


 昔を思い出してなのか、師との死闘で疲れ果てたのか、ジーンの声は掠れていた。


「それにしては俺の型に似ていたようだ」

「ああ、アリアス様に訓練を付き合って貰っていたからじゃねぇか」

「なんと!」


 驚きに目を見張った師。ジーンはこっそりとアリアスに師事していたようだ。


「ジーンさんはどこでアリアス様とお知り合いに?」

「爺さんが生きてた頃に狩り場で会った。アリアス様はブルーリールに追われて這々の体で逃げてきたらしい。当時から料理は俺の担当で、爺さんに教えてもらった料理を平らげていったな。何年かして兵団で料理担当をしていたら噂を聞きつけてやってきた。ガキの頃の出会いはお互いに忘れてたんだが、俺の料理を食べたアリアス様が思い出してな。それから時々会うようになった」


 ジーンは北国の料理をアリアスに教え、そのかわりに訓練相手をしてもらったという。アリアスが何者か知ったのもこの時のことだったらしい。


「そういえばアリアスが珍しく褒めていた男がいた。貴様か……」

「アリアス様に勝てた試しはないぜ」

「将軍になった男に勝てると思ったか」

「まさか。で、俺は結婚相手として不合格か?」

「気に入らんが、リゼットはくれてやる」


 不承不承というように師は言った。


「師よ。頭でも打ったのですか?」


 リゼットは簡単に許しを与えた師を心配した。主に頭の具合を。


「リゼットは結婚をぶち壊したいのか」

「そんなことはないのですが……」


 いつもならごねるのが師だ。ジーンは負けたのだから、最終的に折れるにしてもすんなりと話は進まなかったはず。

 ジーンに難癖をつけるなら理解できるのだが、何故か認めてしまっているので、納得しきれなかった。


「気概のある婿だ。……いい狩り場を教えろ」

「それが目的ですか!?」


 リゼットは目を剥いた。戦い好きの師の悪い癖である。


「狩り場なら山程あるが……」

「リゼット! でかした!」


 リゼットは憮然とした。師を喜ばせるためにジーンを選んだわけではない。


「山へ帰って下さい!」

「俺を邪険にするのか!?」

「ジーンさんを狩りに付き合わせるつもりでしょう!」

「何故分かった!?」

「師はそれしか頭にないでしょう!」

「リゼットの子供の事も考えている! もう仕込んだのか!」

「仕込みの段階にはありません!」


 ハッとするリゼット。師につられて言わなくてもいいことを言った。


「……まだ?」

「知りません!」

「知らないで済むか! 貴様ぁ! リゼットに手をださんとはとんだ腑抜けだな!」


 師に指を突きつけられたジーンがたじろいだ。


「リゼットの師を前に生々しいことは言いたくないが、狩り場は全部教えてやるから邪魔だけはしないでくれ」

「いいだろう」


 キラリを光った師の瞳。リゼットは頭を押えた。ジーンを連れていかれることはなさそうだが、これで騎士団は弱体化を余儀なくされる。ただでさえアリアスの天下で騎士たちの二極化が始まっているというのに、害獣狩りという訓練以上に鍛錬できる場を失ったら、ゼクスの目指す騎士団統一が難しくなってしまう。


「師よ。ほどほどにしないとゼクス様が怒ります」

「騎士が狩っている害獣程度ではつまらん。ジーン、強い害獣の狩り場を教えろ」

「ブルーリールが天敵と恐れる害獣がいるのを知っているか?」

「むろん」

「西の国境辺りに狩り場がある。そこなら騎士団と被ることはないぜ。国境に生息する害獣を全て狩るのは御法度だが、リントヴェルムがいる今なら別に構わないだろう」


 ジーンは何気なく狩り場を師に教えているが、内容はかなり物騒だった。ブルーリールは群れで襲いかかる害獣の中で群を抜いている。そのブルーリールが天敵としている害獣の狩り場を知っているジーンは、当然のように害獣を狩ってきたのだろう。

 師が認めるのは当然だった。ジーンは対人戦より害獣狩りにこそ、力を発揮する性質なのだろう。


「腕が鳴る。ジーンはさっさと子供を仕込んで後から来い」

「ジーンさんにおかしなことを吹き込まないで下さい」

「リゼットはさっさとジーンに愛されろ。……やり方が分からんわけではなかろう」

「余計なお世話です」


 リゼットは頬を染めながら目を反らした。まだジーンに全てを許してはいない。けれど、逞しい腕に抱かれることを想像しなかったと言えば嘘になる。


「悪いがあんたは一人で狩りに勤しんでくれ。俺はしばらくリゼットを可愛がりたい」

「ジーンは溺愛系か。子供は二人以上だ」

「リゼットが望めばな」


 こうして死闘を繰り広げたはずの男二人は互いを理解しあった。師はジーンから狩り場を教えられて、ホクホクと上機嫌になって去って行った。


「本当に人騒がせな人です」

「難関はなんとか乗り越えたな。だがなぁ。俺はまだ気が抜けん」

「師は攻略しましたよ」

「……リゼット。俺にはまだ攻略しないとならない相手がいるだろう。それにゼクス様との関係もハッキリさせたいところだ」


 リゼットはギクリとして顔を強ばらせた。最大の難敵を攻略した直後で浮かれていたけれど、問題はすべて解決してはいない。


「攻略ですか……」

「メイエリング前将軍といい、アリアス様といい、リゼットの周りには大物ばかりだ。……前から口にしているゼクス様は、俺の勘違いであって欲しいと思うが、王のことだろう。そう考えれば色々と腑に落ちる。カナの侍女をやっている経緯は分からんが、リゼットは中枢に食い込み過ぎてんだよ。俺はどんな大物に結婚の許しを請えばいい。リゼットは一体何者だ?」


 痛いくらいに突き刺さってくるジーンの視線。耐えかねたリゼットは口を割る。


「私は公爵家に生まれた一人娘です。ゼクス様とはイトコになります。初恋はゼクス様ですが噂のような関係にはありません」

「……公爵家の令嬢、だと?」

「はい」

「……ゼクス王とは深い関係になったことはないんだな?」

「はい」


 全てを明るみにしたリゼットはジーンの疑問に嘘偽りなく答えた。


「王の愛人という噂があった。シェリル様以外は眼に入ってなさそうな王に限ってそれはないと思っていたが……」

「ゼクス様は私に負い目があります。だからというわけではありませんが、ゼクス様が私の気持ちに気付くことはありませんでした。初恋とは儚いものです」

「それであんなことを言ったのか」


 ゼクスに気持ちを伝えることはなかった。リゼットは時間をかけて気持ちを昇華させていったが、振られたばかりのジーンはまだ気持ちの整理をつけていないように見えた。


「ロゼリアさんは迫力美人でしたからジーンさんが熱心に口説くのも分かります」

「……根に持ってやがるな」

「ち、小さな胸はジーンさんが育ててくれるのでしょう」


 比べられたことはもう忘れることにした。それでも気にしている胸を大きくできるならと、恥ずかしさを堪えてジーンに訴える。

 すると、ジーンは愕然とした顔をした。


「あの……?」

「嫁入り前の娘がそんな破廉恥なことを言うな!」

「ジーンさんが最初に言ったんですが……」

「言い方を間違えた。俺はどんなリゼットでも愛おしい。いい年のおっさんが若い女にうつつを抜かしてるようで居たたまれなくて、冗談めかして馬鹿を言った」


 リゼットは真剣な顔で吐露するジーンにキュンと胸を高鳴らせた。奏は冗談も通じないとぼやいていたけれど、リゼットは真面目なジーンが好きだった。


「愛おしいなんて言われたのは、初めてです」

「こんな恥ずかしいことを言ったのは、俺も初めてだ」


 二人は見つめ合った。自然と距離が近づいていく。


「……これも初めてです」

「本当か?」


 一度離れたジーンの唇がまた触れてくる。


「離したくねぇな」

「離さないで下さい」

「そういうわけにもいかんだろ。俺は公爵に頭を下げないとおちおち寝てもいられん」

「……そうでしたね」


 第二関門は師より鬱陶しいことになりそうなリゼットの父。別の意味で難攻不落だった。

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