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療養先は!?  作者: 春夏秋いずれ
番外 リゼット編
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リゼットの野望─もう一度愛を囁いて─ 7

 リゼットの実力を目にした騎士たちが改めて賞賛を注いでいると、二人の舌戦に決着がついた。

 キレたリゼットを宥めている内にジーンの口説きが炸裂したからだ。


「狡いです……」

「俺は恥ずかしいぜ。なんでこんな衆人の面前で気持ちを暴露する羽目になったんだか……」


 ジーンはぼやきながら動きの鈍ったリゼットに引導を渡した。木刀を弾かれたリゼットが弱々しい微笑みを浮かべる。


「負けました。嬉しくないです」

「ったく。リゼットは少しぐらい素直になれないのか。俺が愛を囁くなんて滅多にないぜ」

「ロゼリアさんには歯の浮くようなことを言っていました」

「な、なんで知ってやがる!?」


 焦りを浮かべるジーンをジト目で見るリゼット。


「名物化していましたから知らない人は少ないでしょう」

「……もう振られたんだからいいだろ」

「そうですね。あんな強烈な愛を向けられた後では霞む程度の戯れ言です」


 戦闘中に囁かれたジーンからの愛の言葉を思い出したリゼットはうっとりと目を細めた。


「そ、そうかよ」


 リゼットに反芻されたと気付いたジーンが挙動不審になった。ソワソワと落ち着きなさげに周りの騎士たちを意識している。


「誰も聞いてませんよ」


 本当に囁きだったのだ、ジーンの告白は。リゼットにだけ聞えればいいと言うように。


「聞えてたら俺の命は風前の灯火だ。結婚をかけて挑む前に儚く散るぜ」

「そんなまさか」

「……前から思ってたんだがな。たいして男に意識されてないと思ってやしないか」


 リゼットは面白いことを言われたと目を丸くした。それこそまさかである。


「ロゼリアさんのようにあからさまなお誘いは受けたことがありませんが、拐かされそうになったことは何度もあります。非力を装っていたわけではないので不思議だったのですが……」


 リゼットが憂い顔で報告すると、ジーンの眉間に大きな皺が発生した。それでもリゼットがそんな被害に遭っていたことを信じられていない顔をする。


「なんだって?」

「ですから、殿方の視線は常に意識していました。真っ向から挑んでくる人はバッサリとお断りさせて頂き、回りくどい人は裏から手を回しました。誘拐犯はその場で成敗しました。ゼクス様が煩いので加減はしましたが、学習しない人が後を絶たなくて苦労しています」


 リゼットを狙うしつこい男は打ちのめしても挑んできた。現在進行形で数十人から追い回されている。中でも諦めが悪いのは鍛冶師のユージーンである。腕はいいので軽くいなしていたら勘違いをされた典型的な例だった。


「……分かっていて、その態度か」


 ジーンが不快そうに唸った。リゼットに複数の男の影がチラついていることが気に入らないらしい。


「騎士団のことなら平気です。私に挑んでくる人は少数です」

「なんでそんなことが言える」

「では聞いてみますか?」


 リゼットは近くにいた騎士を何人か呼び寄せた。既にリゼットから手解きを受けて愛弟子のようになっている騎士たちだ。


「騎士団に私を拐かして迫るような人はいますか?」


 騎士たちはリゼットの質問に憤慨した。口々に否定の言葉を返す。


「は? リゼットを拐かすだと? 馬鹿も休み休み言えよ。そんな輩はリゼットに辿り着く前に俺らが成敗するぜ」

「そうだ! 騎士団の規律は守られている! リゼットの手を出すなど言語道断!」


 リゼットは満足そうに頷いた。


「ですが、ジーンさんは心配症なのです。つきまといもあるので……」


 騎士たちは戸惑いながら視線を交わし合った。非常に気になるのは兵団の男。天晴れな戦いぶりは評価に値するのだが、リゼットの隣にさも当然というように居座っている態度が若干気に入らない。


「なあ、リゼット。その男とはどういう関係なんだ?」


 一人の騎士が恐る恐るジーンのことを聞いた。


「どうと聞かれましても、はっきりと言える関係ではないので……」


 リゼットが言葉を濁すと、聞いていたジーンの目が吊り上がった。


「おい。俺の気持ちは伝わって──」

「ジーンさんの愛は受け取りましたが、受け止めきれていません。もう一度聞かないことには……」

「は? もう一度だと?」


 ジーンは怯んだ。近くで聞いていた騎士たちがざわめき出す。


「愛、だと……?」

「受け止めた? 何を? まさか……」


 徐々に理解し始めた騎士たち。混乱と共に殺気だつ。


「お、おい。話が違うじゃねぇか」


 殺気の矛先は当然のようにジーンへ。騎士たちに囲まれたジーンは額から溢れ出した汗を拭った。

 騎士たちが大人しくしているのはリゼットに対してのみ。恋敵に一切の手加減など持ち合わせてはいないのだ。


「ジーンさんは強いので平気でしょう」

「は……?」

「騎士たちを千切っては投げて下さい」

「やりやがったな!」


 ニヤリと笑ったリゼットを見て、ジーンは確信した。これはリゼットによる画策だと。


「騎士を全員倒して下さい。師の強さはこんなものではないので」


 そう言い残してリゼットは颯爽と立ち去った。残ったジーンは前後左右を騎士に取り囲まれて歯噛みした。


(とんでもない女に惚れたもんだ……)


 出会った頃からリゼットは不思議な女だった。誰の紹介なのか、いまだにはっきりとしないのだが、兵団の厨房を仕切っているジーンの助っ人としてやってきたリゼット。

 城に勤務している侍女らしいが、あまりに小さいリゼットが役に立ちそうにないと追い返そうとするジーンにこう宣った。


「私ほどの戦力は他にいませんよ。試しに一日扱き使って下さい。あ、無償で結構です」


 これには頭にきたジーンである。厨房はそんなに温い仕事場ではない。兵団の猛者どもの有り余る食欲を満たさないとならないのだから。

 たかが料理と侮っていたら肉体疲労で次の日には動けなくなる。慣れたジーンだからこそへばらずに続けていられるのだ。


「だったらこれで肉を切れ。一日中だ」

「はい。中々良い道具をお持ちですね」


 ジーン自慢の肉切り包丁をリゼットに持たせた。普通の女なら持てない重さなのだが、リゼットはほっそりとした手で軽々と包丁を振った。

 唖然としたジーンは更にリゼットの凄さを見せつけられる。包丁は持てたものの、一日どころか数分後には泣きついてくると思っていた。それなのに一日をやりきったのだ。

 それからリゼットは時々ジーンを手伝った。「給料を払う」と言ったが、断固として受け取ることはなかった。


(リゼットは何者だ。普通の侍女じゃねぇだろ)


 ジーンは戦力になるリゼットを不思議な女と位置づけながら、素性については詳しく聞こうとしなかった。

 それがある日、明らかに問題となりそうな人物を連れてきたのだ。

 そこからジーンは少しずつ探りを入れてきた。リゼット本人に害はなさそうなのに、何かに巻き込まれていきそうな予感がして仕方なかった。

 ところが、リゼットを探れば探るほど普通に優秀な侍女としての顔しか掴めなかった。

 美人で優秀な侍女。理想が高く冷たい侍女。リゼットの噂はそんな些細なものだった。

 だからこそ余計にリゼットの不自然さが際だった。あれだけ目立つ女がそんな程度の噂で収まるはずがない。


(誰かが情報操作してやがるか……)


 ジーンの疑惑は奏の護衛に抜擢されたことで確信に変わっていった。口が軽い奏にそれとなく探りを入れると、リゼットの本当の姿が少しばかり見えてきた。しかし、ジーンが知りたかったリゼットの正体はいまだに掴めていない。

 そんな時、長年口説いていたロゼリアに振られた。正直に言えば、ロゼリアに振られることは覚悟していた。挨拶のように口説くのもいい加減不毛になりつつあったジーンの気持ちが別の相手に動いたからだ。

 ただし、ジーンはその気持ちに気付いていなかった。リゼットが酔っ払ってコンラートにしなだれかかるという場面を目撃するまでは。


(あんな小娘に惚れるなんてな。……こんなオヤジは相手にならんだろ)


 ジーンは年の差を言い訳にしてリゼットに向かってしまう気持ちを無視した。それなのに遠征隊に加わる旨を伝えた時のリゼットは、まるで恋人の心配をする乙女そのもので、ジーンはうっかり口を滑らせた。自分の願望をねじ曲げて。

 まさかの色よい返事を聞いてしまったジーンは柄にもなく浮かれた。遠征から戻ってみれば、浮かれた気持ちはリゼットの冷たい態度によって粉砕されたが。

 冷静になったジーンは、求婚の返事をコンラートにしていないらしいリゼットに発破をかけようとしてやめた。

 リゼットが自分以外の誰かと結婚しても構わない。コンラートなら申し分はないという思いが少なからずあった。

 だから、逃げるようにリゼットから離れようとした。


(可愛い真似しがやって)


 リゼットに引き留められたジーンは観念した。素直になれないリゼットの精一杯の気持ちを受け止めて、不器用ながらも求婚した。あまり通じてはいなかったようだが。

 そこから普通ならトントン拍子で結婚話に進むはずが、何故か愛を囁くはずの相手と決闘紛いのことをする羽目になったジーン。リゼット相手だからと諦めの境地で始めてみたものの、リゼットが意外にも強かったので目算が外れた。

 リゼットの機嫌を損ねない程度で負かすつもりでいたのに、本気を出さないと勝てない見込みが出てきて焦った。女相手にというより、惚れている女を相手に本気など出せない。お陰で城中を騒がせることになった。

 そして現在、ジーンは苦境に立たされていた。惚れた女の画策によって。


(冗談抜きで本気をださんとならんか……)


 リゼットは騎士たちを軽くいなせるようなことを言っていたが、そう簡単な話ではない。


(たかだか兵団の一兵士が花形の騎士をボコったらマズイだろうが……)


 殺気立っているのはリゼットの取り巻きのような一団だけ。それならなんとかなりそうな気はしたが、本気でぶちのめしたらそれはそれで問題になりそうだ。

 ジーンは悩んだ末に騎士たちに声をかけた。


「あー、俺はリゼットの師とやらに挑戦しなくちゃならん。出来れば、穏便に済ませたい」


 そう言った途端に騎士たちが全員引いた。顔を引き攣らせてジーンから遠ざかっていく。


(なんだ……?)


 騎士たちの豹変にジーンは首を捻った。訳が分からないでいると、遠くから騎士たちの会話が聞えてくる。


「あいつ、死ぬかもな……」

「リゼットもついに本気か。あの人がヨボヨボの爺さんになった頃に挑戦しよう、と思って狙ってたんだけどな」

「馬鹿か。爺さんになったくらいで倒されるタマかよ。あの人だぞ」

「だよなぁ。だからリゼットは一生結婚できずに俺たちのモノでいてくれるとばかり……」


(……リゼットの師は化け物なのか?)


 騎士たちに恐れられるリゼットの師。ジーンは待ち受ける試練を想像して震え上がった。

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