第19話
「わ! 危なかった」
「慣れてきたからって気を抜くなよ」
訓練を開始してから一週間がたつ。奏は騎士たちと一緒に訓練することに大分慣れて、今では全体の訓練に混ざることを許可されていた。
今日は久しぶりにフレイと模擬戦をすることになった。といっても、奏は木剣で攻撃してくるフレイをひたすら避けるだけだ。
「相変わらず、すばしっこい」
奏はフレイに感心されていることに気づかず、ヒョイヒョイと攻撃をかわしていく。
剣の扱いがなかなか覚えられず、危ないから持つことを禁止されたので、奏は不満だったが、身体を動かせていること自体は嬉しくて仕方ない。
「……動物か」
「ん? 何か言った?」
「なんでもない」
フレイが余力を残して攻撃している。年齢を知られてから何故か微妙に手加減されている気がする
「フレイ、疲れちゃった?」
「まさか」
「それにしては動きが鈍いよ」
「……怪我させるわけにはいかないだろ」
フレイの言い訳に奏は唖然とする。今まで女とも思っていない言動を繰り返していたというのに信じられない。
「フレイは女騎士に手加減するの?」
奏の質問の意図が分からずにフレイは怪訝な顔をする。
「それはないな」
「じゃあ、私に手加減する必要はないよ」
「手加減しようと思ってしているわけじゃない。なぜだろうな。お前を見ていると弱い者いじめをしているような気分になる……」
「え、今さら?」
奏は本気で呆れた。散々意地悪をしておいて何を言いはじめるのか。
「フレイには私がどう映っているの……」
「おかしいよな。男と見間違われるようなお前が時々女に見える。リゼットにドレスを着せられそうになって逃げ惑っている姿を見ているのに、俺はどこかおかしくなったのかも知れない……」
(どうして女に見えることがおかしいの!?)
フレイの認識がおかしい。奏は性別に疑問を投げかけられて茫然とする。
確かに普段から騎士服を愛用していて、ドレスを着ることを拒否し続けている。そんなことぐらいで酷くはないだろうか。
しかもフレイは奏が女に見えてしまうことに戸惑っている。それで手加減するつもりはないのについ手加減してしまうというのだ。
「私は最初から女だけど!」
「そうだよな。疑問の余地はないはずなんだが……」
「……もういいよ」
勝手に悩んでいればいいと奏は投げやりになる。フレイに女と認めさせることを早々に諦め、訓練に集中する。
「それより! 打ち込みが甘いよ!」
「カナデに指摘されると腹が立つな」
「そう! その調子でかかってこい!」
「……やはり俺の眼はおかしくなっていた」
奏の性別の天秤がフレイによって男に傾けられた。それを敏感に察知した奏は心の中でフレイを罵倒するのだった。
◇◇◇
「カナデ様!」
「あれ、リゼット?」
珍しく息を弾ませてかけてくるリゼットの慌てた様子に、訓練中だった二人は動きを止める。
「何かあった?」
「訓練中に申し訳ないですが、切り上げていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいけど、どうしたの?」
「ゼクス様が夕食を一緒にどうかと」
久しぶりに聞いたゼクスの名前に、奏は少し身体を強張らせる。
最後に会話をしたのは十日も前の話だ。その時も忙しそうにしていたゼクスはすぐに行ってしまい、挨拶程度の会話しかしていない。
最近は顔を合わせることが少なく、特に呼び出されることもなかった。
奏はそのことに少し安心してしまい、このまま召喚された者の役割を果たさずにいられたらと考えてしまった。
しかし、ゼクスは優しい王だけれど、いつまでも放っておいてくれるほど甘くはないはずだ。
「いいよ。でも、まだ早くない?」
「着替えていただきたいので……」
夕食というには早い時間の呼び出しだ。それにリゼットが慌てているのもおかしい。
「ゼクス様は、フレイ様も一緒にと……」
「俺も?」
「無理にとは申しません」
「いや、行こう」
フレイはゼクスからの招待に驚いたようだが、何を思ってか断ることはなかった。
奏はフレイが一緒ということに安堵する。
フレイは召喚のことを詳しく知らない。それならゼクスが滅多なこと言いはしないだろう。
「ゼクス様も予定を無視した行動をやめていただきたいですが、時間がなかなか取れないので仕方ないと諦めてください」
リゼットらしいゼクスのフォローに奏は苦笑いする。やはりイトコ同士仲がいい。
「あ、カナデ様。ドレスを着ていただきますからね!」
リゼットのいい笑顔に、奏は引き攣った笑顔を返すほかなかった。