誰よりも愛しい君が舞い降りた日 4
神が家族の橋渡しをしてくれることになった。ただ、映像は一方的なものであるという。
「時間は五分だよ。みんな準備はいい?」
奏が合図をすると映像が送られる手はずだ。
リントヴェルムは居住まいを正した。リシェーラの家族に対面することはないとしても、印象を悪くしたくなかったからだ。
「リントヴェルムはちょっと硬いなぁ。そんなんじゃ、お嬢さんを下さいって、ちゃんと挨拶できないよ」
「言うべきことは決めてある」
「それならいいけど……」
奏は自分のことでもないのに不服そうに口を尖らせた。これから母になろうというのに、どこか幼いままだ。
「脱線したら私が軌道修正する」
「王様が? シェリルとイチャイチャしてたら無理じゃないかな」
映像を流す時間は短い。話し合った結果、「幸せをアピール」という奏の意見が通ってしまった。
硬い挨拶は悲しい別れになるからと、皆がその意見に賛成したのはいいけれど、いまだに蜜月中のセイナディカの王夫婦は、リントヴェルムから見ても不安になるほど破廉恥だった。
ぴったり寄り添って仲睦まじいのは結構である。しかし、王の手が王妃の全身を撫でまわしているのはどうなのだろう。彼女の両親が見たら何と言うか。
仲の良い夫婦で微笑ましいという許容範囲を超えている。
「ゼクス。その手を止めて」
王妃に叱られた王の手がピタリと止まった。無意識の行為だったようでばつが悪そうである。
「ゼクス様では心許ないので、私がその役を担いましょう」
「まあ、王様よりはいいかな」
宰相がそういうと奏は渋々頷いた。
「じゃあ、始めるよ」
パンッと奏が手を打ち鳴らした。リントヴェルムは神の視線を感じ取った。
「私はリントヴェルム──」
「リシェーラの愛しの旦那様よ!」
「リ、リシェーラ……」
リントヴェルムに挨拶はリシェーラに遮られて不発に終わった。泡を食うリントヴェルム。リシェーラに抱きつかれて挨拶どころではなくなる。
「仲がよろしいようで」
「あら。私たちもアピールしないといけないわよ」
寄り添う宰相夫婦がリントヴェルムたちの後を引き継いだ。リントヴェルムはまともな挨拶を諦めて、見守ることにした。
「そうですね。と言っても私は堅苦しい挨拶しかできませんが……」
「そう? じゃあ、私が紹介するわ。この人、国の宰相なの。敏腕だから将来安泰よ。ということで、心配しなくていいわ」
「ジェナ。そんな紹介がありますか……」
「だって、普通に紹介なんかしたら惚気で終わるだけよ。私はヴァレンテにぞっこんなの」
「……愛してます、ジェナ」
二人は熱烈な接吻を交わし合った。
リントヴェルムはギョッとしたものの、あちらの国ではこのくらい情熱的な夫婦は普通らしいと聞いていたので、一旦気持ちを落ち着かせた。
ただ、リシェーラが接吻をせがんでくるので、それだけは阻止する。何しろリシェーラはまだ十九歳と若い。リントヴェルムは両親の手前、あまりそういうことはしたくなかった。
それにリシェーラには妹を溺愛する恐い兄がいるらしい。しかも二人。彼らのためにもここは刺激しないように注意しなければ。
「ゼクスはどうするの?」
宰相夫婦がイチャイチャをはじめると王妃が王を促した。
「堅苦しい挨拶はカナデに止められてはいるが、そういうわけにもいくまい」
「そうね」
「こんな一方的な挨拶で申し訳ない。私はゼクス・ヴァイゼ・アーベントロート。セイナディカ国の王をしている。……どうかシェリルと共にあることを許して欲しい。必ず幸せにすると誓う」
王はそう言って頭を下げた。王妃はドラゴンの生け贄として召喚された。誤解があったとはいえ、国の犠牲となることを強いられそうになった。姉妹の両親にはこの顛末を話せない。ゆえに王は誠心誠意の気持ちを伝えたのだ。
「もう幸せよ。……シェリルは異国にお嫁に行ったと理解して。だから兄さんたちは暴れたりしないで。父さんと母さんを困らせないで大人しくしていてね」
姉妹の兄たちは本当に恐ろしい男のようだ。誰よりも先に釘を刺さなければならないほどに。
「私はリシェーラの兄に謝罪をしたほうがいいのだろうか……」
「兄さんたちに? 大丈夫よ。兄さんたちが暴れ狂ってもこっちには来られないんだから」
リントヴェルムは安堵し、二つの世界の綻びを修正してくれた神に感謝した。姉妹の兄なら気持ちだけで世界を渡ってしまいそうで恐ろしかった。
「うちの馬鹿兄たちはリシェーラに気持ち悪い愛を注いでいたわ。いつかお嫁に行くんだから過剰な愛は控えて欲しかったわね」
「そうよね。リシェーラがまた兄さんたちを甘やかすから増長したの」
「兄さんたちは姉さんたちも愛してたわ」
姉妹三人は顔を見合わせて微笑んだ。
「「「私たち幸せよ」」」
こうして映像は締めくくられてしまった。リントヴェルムは自分の情けなさに落ち込んだ。結局、名前しか言っていない。
「不甲斐ない……」
「リントヴェルムはそれでいいの。兄さんたちに目をつけられたら困るでしょ」
やはりリシェーラの兄たちはいつか渡りをするかも知れない。リシェーラ恋しさに。
「カナデに骨を折らせたというのにこれではな」
「いいよ。久しぶりにみんなに会えて楽しかったし」
「……カナデは良かったのか? その……」
リントヴェルムは言葉を濁した。奏には残してきた家族がいないということを失念して、いらないことを言った。
「イソラには結婚報告できたからいいよ。あっちの家族はイソラだしね」
「そうだな」
奏の隣に見守るように佇んでいる騎士。次代の将軍は奏の新たな家族として盤石のようである。
相変わらずリントヴェルムに鋭い殺気を飛ばしてくる。ドラゴンの生態を知っているから油断する気がないのだ。
「さて。我が国の誘拐疑惑はこれで晴らすことが出来ました。次は我が国の守護であるリントヴェルムの結婚披露パーティーを盛大に行いましょう」
リントヴェルムはハッとして宰相に視線を飛ばした。リシェーラとの結婚が大事になりそうな予感に震える。
「私は質素に──」
「許されません」
宰相にバッサリと切られたリントヴェルム。国を挙げて結婚披露することが決まった瞬間だった。
「腕が鳴りますね!」
「リ、リゼット!?」
懐かしい友人が顔を見せてくれた。それは嬉しいのだけれど、リゼットに参戦されたら結婚披露は大変な惨事に見舞われる。
「リゼットはもう侍女じゃないんだから王様に止められるよ」
奏が苦笑いしながら言った。
「フェデル家の威信にかけて口出しします」
リゼットは侍女を辞めるのを機に公爵令嬢ということが知れ渡った。結婚相手となる次期党首も決まったらしい。
「そこまでせぬとも……」
「私の大切な友人の門出です。お祝いをさせて下さい」
「祝いは嬉しいのだが……」
ただの祝いなら喜んで受け取る。だが、リゼットが相手となると不安が募る。友人になってから気付いたことだが、リゼットは悪戯好きの奏より厄介極まりないのだ。
「リゼット。お前がしゃしゃり出るとリントヴェルムの結婚披露が台無しになる」
「ゼクス様。そこまで言いますか……」
「あながち間違いでもあるまい。婿殿のためにも大人しくしていろ」
「……仕方ありませんね。今回はゼクス様に譲ります」
友人としてはあるまじき態度と思うものの、リントヴェルムはホッとした。
「リントヴェルムは質素な結婚が望みのようだ。国民に披露する場は設けるが、式自体は内輪で済ませるとしよう」
王の一言によってリントヴェルムの結婚式は小規模で行うことになった。
「リシェーラはそれでいいか?」
「私は旦那様に従うわ」
リシェーラはニッコリと微笑んだ。リントヴェルムに元に舞い降りた日と同じように。
完