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療養先は!?  作者: 春夏秋いずれ
番外 アリアス編
180/201

将軍が作る絶品料理の仕上げ方 後編

 食糧調達隊は順調に進んで行き、早めの昼食を済ませた後、目的の場所まで辿り着いた。ブルーリールの群れが残した痕跡を追いつつ、北側の山脈をぐるりと回るように進んでいく。


「エフィリーネ、帰っていいぞ」

「ど、どうしてですか!? まだブルーリールに遭遇すらしていません!」


 唐突なアリアスの命令にエフィリーネは驚いた。散会していた数人の隊員がエフィリーネの声に反応して何事かとこちらを窺っていた。

 アリアスは冷たかった山麓の空気が予想に反して熱くなっていることを敏感に感じ取っていた。ブルーリールの群れを追ってはいたが、その尻尾を捕まえるにはまだ早い。

 ところが、アリアスの鋭敏な感覚によってブルーリールの群れが近くにいるだけではなく、有り得ない数であることに気付いた時には遅かった。

 エフィリーネだけでも逃がしたかったアリアスだったが、警告が間に合わなかったのだ。


「遭遇どころかマズイことになった。……ちっ」

「何も舌打ちしなくてもいいじゃないですか!」


 アリアスはエフィリーネの抗議を無視して、首を巡らせた。ブルーリールの群れはこちらの動きを捉えている。逃がさないという意志のようなものが感じられた。


「帰れと言った時に帰らないから帰れなくなったぞ」

「舌を噛みそうな言い訳はよしてください!」


 これがエフィリーネを揶揄う為だけだったらどんなに良かったか。アリアスは端的に答えを返した。


「ブルーリールに囲まれた」

「じ、冗談ですよね!?」


 エフィリーネが息を飲む。アリアスの真剣な表情を見て取り、冗談ではないことを悟る。


「ブルーリールを多く狩り過ぎたな。知恵がついたか」

「知恵? どういうことです?」

「もうブルーリールの頭数で群れの状態を知ることができなくなった。……この俺を欺しやがったか……いい度胸だ。……刈り尽くしてやる」


 ブルーリールは本来狩りに適していない害獣だったが、珍味を食べたいリゼットのために食糧調達隊は活躍し過ぎたようである。

 ここ最近はカレーに入れる具材として定番化されてしまったため、ブルーリールは以前より狩られている。

 異世界には『キュウソネコカム』という言葉があり、追い詰められ獣はそれだけ厄介だということを意味しているらしいが、ブルーリールにも当てはめられるだろう。

 ただし、ブルーリールが弱い生物かというとそうではないのだが、狩られる側からすると必死にならざるを得ないといったところか。

 もしくはドラゴンの生息地へ遠征した際に、アリアスがブルーリールの群れを刈り尽くしたことが原因か。

 あの時は付け狙われて辟易していたアリアスだったが、部下のために張り切って狩ってしまったため、ブルーリールに覚えられていてもなんら不思議はなかった。

 ブルーリールは多くの群れを形成する害獣だが、知能は決して低くはない。むしろ害獣にしては学習能力が高いだろう。とすれば、連携して狩ろうとする人間を追い詰めることもある。

 そして現在、食糧調達隊は窮地に追いやられているわけだが、アリアスは狩られる側に回るつもりはないとエフィリーネが震え上がるような好戦的な表情を晒した。


「ひっ!」


 エフィリーネが一歩後退る。アリアスはそのエフィリーネの腕を掴んで引き寄せる。


「こうなったら働いて貰うぞ。死に物狂いで俺から離れるな」

「む、無理です。この数をどうやって仕留めるんですか。……それに私はアリアス様の足手纏いじゃないですか……」


 山の木々に隠れて見えていなかったブルーリールの本体が姿を現した。群れの数にエフィリーネが尻込みした。


「俺から離れたら足手纏いだな。ぴったりくっついていれば無傷で返してやる」

「……ぴったり? どの程度です?」


 勝算があることを告げるアリアスに目を白黒させたエフィリーネが怖々とした視線を向けた。頭は疑問で埋め尽くされているようである。


「腰にしがみついていろ」

「……は? あ、あの……? それでは働くどころではないような? ……え?」


 アリアスの答えにエフィリーネは混乱した。意味が良く分かっていないようだ。


「俺の邪魔をしないことがお前の仕事だ。下手に加勢しようなんて思うな。それこそ命を省みない愚行だ」


 ブルーリールの数は半端ないが、アリアス一人だけなら殺ってやれないことはない。エフィリーネという守るべき女がいなければ。

 ここでアリアスは珍しく後悔した。勿論それはエフィリーネが邪魔だからというわけではない。


「……あっ! そこに丁度いい大木がっ! アリアス様。私はそこにいますからっ!」


 やっとエフィリーネの脳が動き出したようだ。アリアスの提案に従えないと自ら代案を用意して実行に移した。

 エフィリーネは素早い動きで近くに木によじ登った。アリアスが止める間もない素早さで。


「おい。貴族の令嬢が木登りか?」


 アリアスは苦虫を噛み潰したような顔をした。木の上にいるエフィリーネには見せられない程、がっかりとした表情を晒していたが、エフィリーネの得意げな声を聞くに、見られてはいなかったと胸を撫で下ろした。


「得意なんです!」

「……そこで大人しくしていろ」


 エフィリーネが木の上に腰を据えると同時にブルーリールが襲いかかってきた。エフィリーネと会話を交わしながらもブルーリールの動きを注視していたアリアスは冷静にそれを捌いた。


「ああっ!」


 ブルーリールに群がられたように見えたのだろう、エフィリーネが悲鳴を上げた。


「いつまでも俺を煩わせるな」


 次々と襲いかかってくるブルーリールをアリアスはバッサリと斬り伏せた。


「ごくっ……アリアス様。凄すぎるわ……」


 大地に転がるブルーリールが山積みになった頃、木の上で震え上がっていたエフィリーネが小さな感想を漏らした。アリアスに聞えていないと思っているらしいが、バッチリと聞いていたアリアスはその賛辞に気持ちを高揚させた。エフィリーネの賛辞は心からものだから心地いいのだ。


「残りは何頭だ。面倒だから一度にかかってこい」


 調子に乗ったアリアスはブルーリールを挑発した。理解したのかしないのか、残ったブルーリールが一斉に襲いかかってきた。

 アリアスはそれを涼しい顔で返り討ちにして、剣を下ろした。


「……もう心臓に悪いですよ。どうしてアリアス様は楽しそうなんですか……」


 激闘というには一方的な戦いの幕引きにエフィリーネの声は上擦っていた。


「今夜はご馳走だ」

「余裕ですね……」


 大量の珍味を確保したアリアスがホクホクとしていると呆れた声が頭上から降ってきた。アリアスはブルーリールの死骸を眺めつつ、堂々と力を誇示した。


「下等な畜生がどれほど束になろうが俺の相手にはならん」


 アリアスは近くにいる隊員を呼び寄せ、全員総出でブルーリールの解体を急がせた。ある程度の肉を確保して引き上げる準備を終えると、まだ木の上から降りてこないエフィリーネの呟きが聞えてくる。


「ほ、本当に仕留めるなんて……」

「おい。モタモタしていたら次の群れに襲われる。降りてこい」


 すでに食糧調達隊の連中は帰路についていた。アリアス個人を狙ったらしいブルーリールの群れは撃退したが、北は元々ブルーリールが多く生息する地域である。この場に留まり続ければ、次の群れがすぐに嗅ぎつけてくるだろう。

 そのため、アリアスはエフィリーネを急かしたが、一向に降りてくる気配はなかった。


「……降りられません」

「飛べ」


 しばらくすると情けないエフィリーネの声がした。アリアスは眉を跳ね上げ、容赦ない命令を下した。


「梯子を──」

「用意している間に群れに襲われるぞ」

「ここで待っていますから……」


 尻込みするエフィリーネ。嬉々として木登りをしたくせに降りられないとは……。

 アリアスは次の群れが近づいてくる空気を肌に感じ、焦りを浮かべる。


「ブルーリールの性質を知っているならそんな危険は犯さないぞ」

「ブルーリールは木登りなんかしません、よね?」


 アリアスの脅しにエフィリーネがビクビクとした。顔色を窺ってくるがアリアスは冗談でいった訳ではない。

 それでも動こうとしないエフィリーネに痺れを切らしたアリアスは、ニヤリとすると更なる脅しをかける。


「登りはしないが跳躍はするぞ。足を囓じられないといいが保証はできん。……そこに一頭──」

「きゃああっ!」


 木の上で飛び上がるという器用なことをするエフィリーネ。身体能力は貴族令嬢より騎士に向いているが、これでバランスを崩して転がってこないため、アリアスは面倒臭そうにため息を漏らした。


「騒ぐな。ただの脅しだ」

「ひ、酷いです!」


 驚いて転がり落ちてくれれば面倒はなかった。

 アリアスは声を低める。


「脅しで済んでいるうちに飛べ。置いてくぞ」

「ううっ……」

「受け止めてやるから早くしろ」

「落とさないで下さいね」

「そんなへまするか」


 腕を広げて下で待ち受けるアリアス。飛ぶ以外に選択肢がないと悟ったエフィリーネは唾を飲み込むとアリアスの腕の中に落ちてくる。


「……っ!」

「よし。いい子だ」


 アリアスは震える身体を縮こめるエフィリーネの肩を優しく撫で上げた。


「子供じゃありません……」


 落ち着いてきたエフィリーネが口を尖らせた。


「淑女はこんなはしたない真似はしない」

「騎士なのではしたなくないです」

「騎士なら無様だな」


 痛烈なアリアスの皮肉にエフィリーネがビクッとした。アリアスの腕から逃れようと身体を捩るが、アリアスがそれを許さない。力を込めて抱き寄せる。


「……アリアス様は怒っているんですか?」

「機嫌なら悪い」

「私のせいですか……?」

「済まん。八つ当たりだ」


 激しく落ち込んでいるエフィリーネをアリアスは腕の中から解放した。ばつが悪そうにエフィリーネから視線を反らす。


「や、八つ当たり?」

「……エフィリーネがあれほど楽しみにしていたブルーリール狩りをさせてやれなかった。もう一人連れてくれば良かったと後悔している」

「もう一人増えても一緒だったのでは?」

「もう一人に注意を引きつけさせて一頭ぐらいはエフィリーネに狩らせてやれた」


 アリアスがした後悔。それはエフィリーネの願いを叶えてやれなかったことに他ならなかった。

 興味本位でエフィリーネに近づいたものの、ブルーリール狩りに意欲を燃やすエフィリーネはアリアスを惹き付けてやまなかった。

 エフィリーネは女騎士の身でありながら騎士という地位に胡座をかいていない頑張りを見せようとしていた。

 通常任務では出来ないことを食糧調達隊でなら叶えられるという期待は、アリアスが班の構成員を見誤ったために露と消えてしまった。


「それは申し訳ないんで、いなくて良かったです。……でもありがとうございます。ブルーリールを狩れなくてもアリアス様の凄さを間近で拝見出来たので貴重な体験でした」

「ふっ。次の機会はもういいのか?」

「機会があれば是非っ!」


 エフィリーネは目を輝かせた。アリアスは素直なエフィリーネのこういう反応が嫌いではなかった。


「俺の愛を受け入れれば機会はすぐに訪れる」


 エフィリーネに迷惑がられたアリアスは一旦引いたものの、やはりエフィリーネを手に入れたくなった。

 エフィリーネの様子を窺いつつ、探りを入れる。

 すると、前のように全力で逃げるような素振りは見せず、エフィリーネは戸惑いの表情を浮かべるではないか。


「あの、アリアス様は私を本気で……その、揶揄っているものとばかり……」


 エフィリーネはアリアスが興味本位で近づいてきたことを見抜いていたらしい。

アリアスとしては揶揄うつもりはなかったのだが、本気かと言えばそうではなかったので、エフィリーネの勘違いばかりではない。

 しかし、ヴァレンテに宣言した時点で本気でエフィリーネを落とそうと画策した。こういうところが独りよがりであることを自覚しつつ。


「俺の戯れで地獄行きになるヘールンツェは浮かばれんな。それで嫁ぎ先がなくなったエフィリーネもとばっちりだ」

「ええ!?」


 ヘールンツェの未来は経たれた。それを教えてやれば、エフィリーネは大袈裟なぐらいに驚いた。

 婚約者にまったく興味がなかったと言わんばかりである。政略結婚など所詮はそんなものではあるが。


 エフィリーネの婚約者の末路はまだヴァレンテから報告を受けていないが、近々粛正されることは間違いない。そうなればエフィリーネの婚約は自動的に解消される。エフィリーネに汚点がつくことなく。

 これでアリアスと関わる必要もなくなる。そういう意味でエフィリーネは自由となるのだ。


「晴れて自由の身だ。騎士として本腰を入れるなら鍛えてやらんでもない」


 エフィリーネを手に入れたいという欲望と、エフィリーネを自由にさせてやりたいという葛藤の末、アリアスは後者を選んだものの、エフィリーネとの関係を断ち切りたくなくて常ならぬ弱腰の提案をした。


「い、いいんですかっ!」


 エフィリーネが勢いよく食いついてきた。その勢いに提案したほうのアリアスがたじろいだ。


「構わないが、婚期を逃すぞ」

「……両親と相談してからでいいでしょうか?」

「どっちの相談だ?」


 騎士であることを優先してアリアスに師事すれば結婚の先送りは免れない。

 騎士を取るか結婚を急ぐか。どっちを優先するかは、貴族の令嬢なら一人では決められないだろう。


「どっちもです」


 アリアスに問いにキッパリと答えたエフィリーネ。

 心が決まったかのような清々しい笑みを浮かべるエフィリーネは、滅多なことでは動揺しないアリアスを揺るがしたのだった。


■■■


 無事にブルーリール狩りを終えて帰還した翌日。アリアスがいつも通り厨房で忙しく働いていると、息せき切ってやってきたエフィリーネが呼吸を整えた後に叫んだ。


「アリアス様っ! 両親を説得しましたっ!」


 堂々と胸を張るエフィリーネはよほど嬉しかったようだ。両親の説得は難航したのだろう。


「騎士になることはやはり反対されたか?」


 そう問いながらアリアスは料理人の目からエフィリーネを隠すように厨房から遠い場所へ連れ出した。


「いえ。騎士であり続けることは反対されませんでした」

「婚期の方か」


 エフィリーネは元から騎士を続けることを両親に伝えていた。これについては最初から反対されることはないという確信があったようである。

 しかし、結婚が遅れることについては説得出来なかったというのだが、それにしてはエフィリーネに憂いはないような気がする。


「嫁ぎ先になくなったので次の相手を探されました。自分の相手は自分で探すことに決めたので両親を説得するのに時間がかかりました。何しろ私は恋愛音痴のようで、両親にもそれではいつまで経っても結婚出来ないからと嘆かれてしまいまして……」


 エフィリーネは自分の信念を晒して両親を説得したらしい。自分で探すとは思い切った決断である。


「エフィリーネは恋愛結婚に向かんな」

「……そ、そうですよね……」


 固めた決意をアリアスに否定されたエフィリーネは項垂れた。自ら相手を探そうという根性は認めたいところだが、本人が恋愛に向いていないことを既に暴露しているのだ。無謀というものだろう。


「言い寄ってくるような男はいないのか?」


 アリアスは落ち込むエフィリーネを励ますように肩を叩いた。

 アリアスが何故それを確認したかというと、エフィリーネが相手を捕まえるより相手がエフィリーネを捕まるほうが早いからで、今現在、そういう男がいるのなら非常に手っ取り早い方法であるからだ。


「いましたが勘違いでした……」


 結婚への近道は経たれたらしい。


「飽きられたか」

「飽きられまし……っ」


 エフィリーネは悲しそうに言葉を詰まらせた。エフィリーネには酷だが、見る目の無い男に飽きられたからといって嘆くことはない。


「どこの馬の骨か知らんが、そんな男のことは忘れろ」

「忘れられない場合はどうしたらいいんですか……」


 相手のことを思い出したのか、エフィリーネの目が潤んだ。

 それを聞いたアリアスは寝耳に水だった。そんな相手がいる素振りはなかったはず……。


「……惚れてるのか。だったら捕まえろ。狩りと一緒だ。自分の手で捕獲しろ」


 エフィリーネのような女に惚れられている男が羨ましい。アリアスはそんな心を誤魔化すようにエフィリーネに発破をかけたのだが、この言葉にエフィリーネは飛び上がって喜んだ。それからおもむろにアリアスに向かって書類らしき紙の束を差し出してくる。


「アリアス様! これに署名してくださいね!」


 勢いのままに差し出された紙束を受け取ったアリアスは中を確認して、


「…………婚姻届? ……馬の骨は俺か……」


と、名状し難い気持ちを湧き上がらせた。

 それにしても婚姻届という捨て身覚悟というか、アリアスを追い詰める手法はなかなかである。


「そうですよ」

「これも説得済みか?」

「勿論です」


 アリアスの退路はもはや何処にもなかった。全てを掌握済みでは断りようもない。尤も断るつもりはさらさらないのだが。


 サラサラサラ


 エフィリーネの名前が記載済みの結婚届に筆を走らせるアリアス。項目が埋まっていることを確認すると折りたたむ。


「ゼクスに渡せば即受理だ。行くぞ」


 アリアスが婚姻届を埋めている間、嬉し恥ずかしという顔をして見つめていたエフィリーネの腕を取った。

 善は急げと歩を早めるアリアスに待ったがかかる。


「あの、そちらでは方向が違うのですが?」


 エフィリーネの疑問はもっともである。だが、方向は間違っていない。


「ゼクスならシェリルの所にいる。さっさと渡して初夜だ」

「!?」


 これでもかという程に赤くなるエフィリーネ。ゼクスの寵愛を受けているシェリルの痴態を想像したのか、アリアスとの初夜を想像したのか。

 どっちでも構わなかったアリアスは、沸騰しているエフィリーネに近寄ると耳元へ囁く。


「狩った獲物は新鮮なうちに料理する。鉄則だぞ」

「私は料理人では……」


 色気の無い囁きはエフィリーネを正気に返らせたようだ。アリアスは残念に思いながらもニヤつく。


「料理するのは俺だ」

「……狩ったのは私ですが……」


 流れ的にはエフィリーネの狩りが成功した。そう見えるが、アリアスは諦めたフリをしてその実、最後の賭けに出ていた。アリアスにしてはかなり消極的な方法であったが。


「そう思うか?」

「なっ……」


 エフィリーネは問いかけられたものの、答えが出ていることに気付いたようで、呆気に取られていた。


「獲物を罠へ誘い込む。それも狩りの醍醐味だ」


 将軍であるアリアスは自身を餌にした。エフィリーネは男としてのアリアスを見てはいなかったが、将軍のアリアスは尊敬しているようだった。

 姑息な手であるが、エフィリーネを騎士として手元に置いて結婚を先延ばしにさせつつ、一番近くにいてエフィリーネの気持ちを傾かせようと画策していた。

 狙った獲物は早々にモノにしていたアリアスには考えられない方法である。

 それでもいつの間にかエフィリーネに本気になっていたのだから仕方ない。長い時間をかけてでも欲しいと思った女なのだから。


「私を弄んだのですか!?」

「人聞きの悪いことを。俺は欲しいものを手に入れるために手段を選ばないだけだ」


 驚きから冷めたエフィリーネが睨んでいた。アリアスは自分の姑息さを棚に上げて堂々と主張した。


「……どうしてこんな人に私は……惚れた弱みなんて思いたくないですが……」

「そういうものだ」


 エフィリーネを長い時間をかけて落とさなくて済んだアリアスは、実はこの時かなり有頂天になっていた。

 しかし、このすぐ後に恋愛は計算では成り立たないことと身をもって思い知る。


「はぁぁ。アリアス様の性格は知っていたつもりですが、これなら初恋は実らないと諦めるのではなかったですね……」


 エフィリーネから思いがけないことを言われた。一瞬、アリアスの思考が停止する。


「……ちょっと待て。初恋? まさか……口説く前から俺に惚れてたのか?」


 これが嘘でなければ、今までのことは何だったのか。エフィリーネの手のひらの上で踊らされていたということか。


「ええ。政略結婚でもすれば永遠に忘れられるような気がしたので決意したんですよね」


 エフィリーネは少女に戻ったような可愛らしい表情を見せた。

 混乱しているアリアスに昔語りをする。それによれば、エフィリーネは隊長になった頃のアリアスと会っているらしいのだ。

 しかもそれがきっかけでエフィリーネは騎士になることを誓ったというのだから、年季が入っている。

 ただ、エフィリーネもただ夢見る乙女ではなかったということだ。アリアスが女性遍歴を重ねるごとに諦めの気持ちが大きくなっていったらしく、アリアスが国を出奔したあたりで騎士一本に夢を絞ったというのだ。初恋より騎士を取ったわけである。


 それからエフィリーネは夢に向かって邁進した。

 ところが無事に騎士になれたものの、それなりの年齢になると結婚は避けて通れないものであることを自覚したのだが、アリアス以外との結婚を夢見たことがないエフィリーネは結婚に前向きにはなれず、かなり後ろ向きな行動に走った。

 アリアスでなければ誰でも一緒。むしろアリアスを頭から追い出せるなら政略結婚も使えるという風にねじ曲っていったのだ。

 そんな折、エフィリーネはアリアスと再会を果たしてしまう。アリアスは小さな少女が騎士団を彷徨いていたことなど覚えてはいなかったが。

 そうして初恋をこじらせたエフィリーネはこじらせ過ぎた故に、アリアスの性急な求愛には答えられなかったのだ。

 どうせ自分はアリアスにとって目に入らない存在であり、真面目な女騎士を弄ぼうとしているのだと。

 そこまで聞かされたアリアスは頭を抱えた。

 エフィリーネを口説くには正攻法のみ有効で、興味本位であることを晒したアリアスがどれだけ馬鹿だったのかということに気付かされた今、もはや羞恥以外は感じなかった。これまで手軽な恋愛ばかりしてきたツケだった。


「やられた。この俺が……」


 初めての惨敗を喫したアリアス。一人の女に翻弄されてそれが嫌では無いのだから症状は末期だろう。

 けれど、こんな恋愛も悪くはない。アリアスは悔しそうでいて楽しそうにも見える複雑な笑みを浮かべた。


「アリアス様……?」

「料理されるのは俺だな。料理法は伝習してやる」


 獲物は狩った者が料理するのが鉄則。アリアスは料理される自分を想像してニヤニヤとした。どう料理されるのか楽しみである。

 ただし、エフィリーネはきっと料理下手である。アリアスは手解きできる喜びを噛み締めた。

 そんなアリアスの下心はすっかりエフィリーネに伝わったようだ。


「……お手柔らかにお願いします」

「可愛くねだればな」

「もうっ!」


 アリアスを狩った可愛い騎士はプリプリと怒りながら、それでもアリアスのそばを離れないのだった。

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