将軍が作る絶品料理の仕上げ方 中編
エフィリーネに逃げるように去られたアリアスのその後の行動は迅速であった。
まず、エフィリーネと婚約したことに胡座を掻いているボンクラの素性を徹底的に調べ上げた。
すると、出るわ出るわ。アリアスが呆れ返るほどの醜聞がどっさりと。
「愛人が三人。これだけなら貴族にありがちだが、不倫、結婚詐欺、脅迫、恐喝、暴行、暴行未遂か。これだけやって悠々自適な暮らしを続けられている理由を知りたいものだ」
宰相の手によって暴露された悪事の数々。ロイ・ヘールンツェ個人を調べただけでこれだけ出たということは、ヘールンツェ家が犯した罪はさらに多いだろう。
「辛うじて殺人は犯していないですからね。その程度はもみ消したようですよ」
「まあ、ヘールンツェ家ならやりかねんか」
情報収集はお手の元という宰相ヴァレンテ。ヘールンツェが徹底して隠してきた悪事を暴いてしまった。
長年にわたって悪事を働いてきた年季の入ったヘールンツェ家は、尻尾を掴ませないようにすることが得意なようだが、宰相にかかれば易々と暴かれる程度の小物だったようだ。
それにしてもアリアスが慣れないながらも独自に調べて掴めなかった情報が多岐にわたっていた。
アリアスが突き止められたのは不倫と結婚詐欺までだ。脅迫や暴行未遂については被害者側が口を噤んだために隠蔽されたのだ。
被害者が口を噤まざるを得なかった理由は貴族社会の闇に起因している。暴行未遂だろうがそういう噂というのは広まるのが早く、貴族の令嬢は噂が立つだけで醜聞となり、結婚を破棄されるなどして社会的に殺されるのだ。はっきりいって泣き寝入りである。醜聞にならないように口を閉ざすのが精々できる反撃というのが、悲しい現実であった。
だから、不倫や結婚詐欺のような他愛ない噂は情報収集に長けていないアリアスでさえ、あっさりと入手できた。むろん大きな悪行を隠そうと意図的にもみ消さなかったのだろうが、呆れ返る程の数だったのだ。
特に結婚詐欺は本業を凌ぐ。結婚詐欺師として十分食っていける活動ぶりであった。
「アリアス様。ヘールンツェを調べてどうしようと言うのです?」
「結婚を考えている女の障害を取り除こうと思ってな」
アリアスは隠すことなく理由を告げた。ヴァレンテに嫌われている自覚がありながら使ったのだ。誤魔化しても追及されるなら隠し立てをするだけ無駄である。
「結婚、ですか……? ようやく一人の女性に落ち着く気なったのはいいですが、どこのお嬢さんですか。その気の毒な方は」
アリアスの口から「結婚」の二文字を聞かされるとは思っていなかったヴァレンテが目を見張り、驚きもそこそこに厭みを言った。
「ヴァレンテ。そっくりそのまま返してやる」
結婚適齢期をすっかり通り越して、仕事が恋人というようなヴァレンテだったが、ついに生涯の伴侶を得ることが出来た。異世界人の伴侶とはヴァレンテらしいといえばらしい相手である。
出会いは唐突で、当人たちも戸惑っていたようであるが、急激に仲を深めているようで、アリアスより先に結婚が決まってしまった。
しかし、異世界人だからヴァレンテの腹黒さを知らないだけならいいのだが、ゼクスを差し置いてセイナディカを裏から牛耳っているような人物を生涯の伴侶にしてしまった相手が気の毒である。
そんなアリアスの心配もヴァレンテはのろけで躱すのだ。
「何をおっしゃるやら。私はアリアスさまと違って口説かれた側ですよ」
「……流石異世界人だ」
何度聞いても嘘としか思えない。表向きは無害そうな顔のヴァレンテは、辣腕ぶりと共に黒い噂が絶えないのだ。セイナディカ中に蔓延するぐらい。
ただ、殆どの噂はやっかみで、それ以外はヴァレンテがあえて流した噂らしい。こういうところが本当に厄介な男である。
そんな男に騙されたのではなく自ら口説いたとは、天地がひっくり返る偉業だろう。
「彼女の見る目を誉めてください」
「ふん。お前を選ぶあたり根性の入った女だ」
「そうですねぇ。芯の通った素晴らしい女性です」
「惚気るな。気持ち悪い」
アリアスはいつも通りの胡散臭い笑みを浮かべるヴァレンテから視線を反らした。
「失礼ですね。協力して差し上げたというのに……」
「惚けるな。お前が協力的な理由は他にあるだろうが」
「おや。お気づきで」
ヴァレンテが大袈裟に肩を竦めた。嫌っていることを隠しもしない舐めた態度である。
アリアスはその態度にフンッと鼻を鳴らす。
「数日どころか一日で調べ上げられれば、気付かないほうが無理だ。ヘールンツェは潰しがいがありそうだな」
「ヘールンツェは一線を越えてしまいましからね。酌量の余地はもはやありませんよ。罪状を聞きたいですか?」
「俺は欲しい情報さえ手に入れば、そんなものに興味はない。肉なり焼くなり、殺すなり好きにすればいい」
アリアスがたまたま興味を示した先にロイ・ヘールンツェがいただけ。邪魔者として。
その邪魔者はヴァレンテが調べ上げた情報が無くてもエフィリーネの前から消せることが分かった。それなら無駄な労力を割く気はさらさらない。
「殺したりはしませんよ。あれで使い道はありますので」
「この腹黒が。お前に目をつけられた時点でヘールンツェは終わりだ」
今回の件でアリアスが関わらなかったとしてもいずれヘールンツェは悪事を暴かれ、ヴァレンテによって丸裸にされた上で処分されていた。
「アリアス様にまで目をつけられてご愁傷ですよ。ところでご自分で手を下しますか? 私が動けばその機会はもう訪れませんので」
「俺がそんな腐った輩に労力を割くとでも?」
「おや。珍しいこともあるのですねぇ。今回は高みの見物をするのですか」
いつもならヘールンツェ家を潰す片棒を担いでいたアリアス。今回に限っては手出しをしないことに決めた。
何しろエフィリーネは潔癖そうである。後になってアリアスがヘールンツェ家にしたことがバレたら何を言われるか分かったものではない。
それに腐った連中を成敗するより先にやらならなければならないことがある。どちらが優先されるべきなのか最初から決まっているのだ。
「邪魔者が排除されるなら何でもいい。それに俺はこれから忙しくなるから適当にやっとけ」
「何を企んでいるのです?」
「珍獣を狩りに行く」
エフィリーネを珍獣に例えるとヴァレンテが驚きに目を見張った。
「……いやはや、本気とは。明日の天気は荒れますねぇ」
「馬鹿言え。明日は絶好の狩り日和だ。ついでに珍味も狩ってくる」
「リゼットさんが大喜びですよ」
■■
霧がうっすらとかかっている早朝。アリアスは調達隊の集合場所に姿を現した。
すでに集合場所にいたエフィリーネが目聡くアリアスを見つけて驚愕する。
「ど、どうしてアリアス様がここにいるんですか!?」
「リゼットに話したら喜んで参加を認めてくれたぞ」
「し、仕事はどうしたんですか!?」
「ドラゴンが守護する平和な国に将軍など必要ない。余程の有事でもない限り出番もない。で、料理人は大勢いる。俺一人抜けたところで支障はない。支障を来すようなら解雇だがな」
アリアスは矢継ぎ早な質問に、凶悪な表情を浮かべながら、軟弱な部下を持った覚えはないと豪語した。
堂々としたアリアスの主張にエフィリーネは呆気に取られた後、難しい顔をして再度アリアスに同行の確認する。
「……本当についてこられるのですか?」
「今回だけだ。そう目くじらを立てるな」
怒ったようなキツい眼差しを向けてくるエフィリーネ。そんなエフィリーネの過剰反応が面白くてアリアスは微笑んだ。
「わ、私はそんな……」
「今日の獲物はブルーリールだ。準備を怠るな」
しどろもどろになるエフィリーネにアリアスは今回だけ同行する訳を話した。
ブルーリール狩りは女騎士を参加させるには危険だが、ブルーリール狩りに慣れているアリアスが一緒に行けば、狩れないことはない。
アリアスはブルーリール狩りを夢見ていたエフィリーネの希望を叶えてやることにしたのだが、いきなりの提案にエフィリーネは戸惑っていた。
「え? あ、あの私は行っていいのでしょうか……?」
「条件を呑めるならいいぞ」
アリアスは真剣な眼差しをエフィリーネに向けた。希望は叶えてやれるが、危険と隣り合わせであることは間違いなく、最低限の行動制限はするつもりだった。
この条件提示が飲めないのなら連れてはいけない。
「条件ですか? それはどのようなことです?」
「俺から目を離すな。それだけでいい」
「どんな条件ですか、それ……」
エフィリーネがジーッとアリアスを見据えた。裏がありはしないかと疑っているようだ。
「俺がお前から目を離さないという条件がいいか?」
「遠慮します」
この条件なら好きなだけエフィリーネを見ていられるとほくそ笑むアリアスをエフィリーネは容赦なくぶった切った。
「ふっ。その調子で俺から逃げ続けろ」
逃げる獲物を狩ることに飽きた。アリアスが追うから逃げるというのなら逃げればいい。追わなくても掴み取る手段はいくらでもあるのだから。
「は?」
アリアスの悪巧みはエフィリーネを怪訝に思わせただけだった。
アリアスはそんなエフィリーネの反応を気にせずに話を続ける。
「ブルーリールの狩り方は知っているな?」
「知っていますが……」
「俺が先行して小規模の群れを回避する。団体を見つけ次第乱戦になるから覚悟しろ」
「も、もちろん覚悟はしています」
アリアスがブルーリールの恐ろしさを仄めかすとエフィリーネが拳を握った。多少の怯えは感じ取れたが、ブルーリールに遭遇して逃げ出すようなものではないようだ。
「いい度胸だ。助けてはやらんぞ」
「助けは求めません」
エフィリーネをただ連れて行くだけなら意味はない。本人にやらせないことには。だから敢えてアリアスはそう発破をかけた。
勿論、一緒に行動するからにはエフィリーネに怪我をさえせることなど万に一つも無いという自信があるからだが。
「そうか。隊長はたしかオーバーライトナーだったか。呼んでくれ。俺が勝手に班の構成員を決めるわけにはいかないからな」
「はい。でもアリアス様がいらっしゃるので今回は隊長の交代をすると思いますが……」
「俺は部外者だぞ」
私的な集まりで将軍だからと偉ぶるつもりはなかった。しかもアリアスの気まぐれによる参加である。いきなり顔を出して隊を率いるのは違うだろう。
しかし、アリアスの遠慮は調達隊の隊長の登場によって徒労に終わる。アリアスの参加を聞きつけてきたらしい。
「俺は俄隊長です。今回はアリアス様に従います」
「オーバーライトナーか」
「はい」
早朝にも拘わらず清々しい笑顔を向けてくるオーバーライトナー。貴族でありながら荒くれ者の多い第二騎士団へ移動してきた風変わりな男にアリアスは興味を持っていた。
アリアスが惚れた奏と縁が深いことで、尚更気になることがあったからだ。本人に会ったからにはズバリと疑問をぶつける。
「カナデとリゼットのどっちに振られたんだ? 噂が錯綜してるぞ」
「そんな昔のことを蒸し返さないでください。……カナデです」
「カナデはこんな色男を振ったか。勿体ないことだ」
「どうも……」
奏の男を見る目を疑うわけではないが、オーバーライトナーは若手の騎士の中で実力もさることながら、女性の虜にする色男だ。爵位は継がないらしいが将来は有望で、奏が恋人に選んだスリーより結婚相手としては上である。
そんなオーバーライトナーはあっさりと奏に振られたようだ。
そして、アリアスも粘りに粘ったが結局はまったく相手にされなかった。奏は最初から一人しか目に入っていなかったのだ。
「カナデは罪作りな女だ。俺を袖にした」
奏に振られたことはすでに過去のこととして引き摺っているわけではないが、うっかり愚痴をこぼせば、オーバーライトナーが同情の眼差しを向けてくる。
「アリアス様をですか……」
「振られた者同志仲良くやるか、オーバーライトナー」
「お手柔らかに頼みます」
アリアスが冗談めかして言うとオーバーライトナーが苦笑いを返してきた。
「そう言えば、この隊にセドがいると聞いたが……」
気になっていた疑問を一つ解決したアリアスは、さらなる疑問を解消すべくオーバーライトナーにセドの所在を聞いた。
「山ごもりをするとかでしばらく欠席だそうです」
「噂じゃ、爺さんが孫娘を誑かされたから怒り狂っているらしいが、一緒に山ごもりをしているならがせか」
アリアスとセドの接点は騎士団に関係ないところで発生していた。その接点は何かというと、暗殺者であるシジマをセドが追いかけ回していたことに端を発する。
暗殺者の処遇についてゼクスと意見が一致しなかったアリアスは、暗殺者を観察対象として見ていた。料理長という仕事があるため常に見張っているという訳にはいかなかったが、情報はヴァレンテから逐一報告を上げさせていた。
ヴァレンテによれば暗殺者は大人しくゼクスに従っているらしい。そのため様子を見るだけに留めていたが、いきなりセドとやり合っているところに遭遇したアリアスは、暗殺者に返り討ちにあったセドを捕まえて尋問したのだ。「何をやっているのか」と。
そこで発覚したのが、セドを鍛えるための追いかけごっこである。それを聞いたアリアスは暇を見つけてセドに助言をしてきた。暗殺者に勝たせるために。
そんな風に始まった付き合いはかれこれひと月になろうとするがセドは暗殺者に勝てていなかった。
アリアスが口を出すだけではなく、セドを鍛えてやるべきか思案をはじめた頃、別の噂がアリアスの耳に届いた。
付き合ってみればセドはかなり愉快な男で、アリアスが耳にした噂も満更嘘ではないと思わせるところがあったが、相手が元将軍となると勝手が違った。何しろ元将軍はアリアスの師であり、未だに負け越している目の上のたんこぶである。
若い頃に妻に先立たれ、それをきっかけに将軍を辞して山に籠もったというのに、現役の将軍を負かすような強者だ。
その元将軍が目に入れても痛くないほど可愛がっている孫娘を誑かすという珍事を、まさかセドがしでかすとは信じがたく、アリアスは事実を確かめたかったのだが、生憎本人が不在で肩すかしを食らった気分だった。
「あの……?」
「ああ、こっちの話だ。全員揃ったならそろそろ出発するぞ」
どうやら噂は限定的らしくオーバーライトナーは何も知らないようである。
アリアスは会話を強引に終わらせると、隊員を集めるように指示を出した。
「あ、はい。どこへ向かいますか?」
「この隊は普段はどこで狩りをしている」
「主に北側の湿地です」
「なるほど。あの辺りならブルーリールの狩り場から遠くていい。だが、今回は西側の山脈でブルーリールを狩ることにする」
ブルーリールの主な生息域は西と南である。北側の湿地は時折よる狩り場らしく、それほどブルーリールと遭遇することはない。群れの数も比較的少なく、ブルーリールを狩るのなら絶好の場所だ。
しかし、今回は確実に群れを捕まえるため、アリアスは生息域を目指すことに決めた。何しろ今日一日しかない。北側の湿地では数日かかってしまう可能性が高い。
迅速に狩るためには生息域に行く他ないのだが、それを聞いたオーバーライトナーが驚きの声を上げる。
「に、西ですか!?」
「南よりいいだろう。この隊の実力なら楽勝だ」
南の生息域はアリアスでもおいそれとは近寄れない。行けばブルーリールは探すまでも無く群れているからだ。
それに比べれば北は比較的群れが散けているため狩りには適しているだろう。
「しかし、西側の山脈にはブルーリールの群れが多いと聞いています」
「山脈の奥はな。何日もブルーリールの群れに追いかけられるへまはしでかさないから安心しろ」
「了解しました。それでアリアス様の班ですが、特に希望がないようでしたらヴァイシュとオーカーにしようと思うのですが、どうでしょうか?」
「エフィリーネだけでいい」
隊で一二を争う実力者の名前が上げられたが、アリアスが頷くことは無かった。
エフィリーネたった一人を連れて行くことを告げると、案の定オーバーライトナーの眉が不服を唱えるように顰められる。
「エフィリーネですか。ブルーリールを狩る時に参加をさせるのは……」
「常なら俺一人でブルーリールは狩れるが、エフィリーネの希望があるから側に置く」
「それはエフィリーネを守るということですか?」
「いや。自分の身は自分で守る。それが騎士だ。俺に同行させるのはあくまでも保険だ。女騎士を危険に晒したとあっては貴族共がうるさくて叶わん」
エフィリーネを守る気はあるものの、過保護にするつもりもなかった。アリアスは女騎士の扱いの難しさを知りつつ、他の騎士と区別することは考えていなかった。
そんなアリアスの考えは真面目なオーバーライトナーに通じることはなかった。
「……エフィリーネを狩りに参加させることは賛成出来ません」
「女のおねだりは聞くものだ」
貴族のしがらみはオーバーライトナーとて知っているはず。それでもエフィリーネを心配する好青年ぶりにアリアスは揶揄うような笑みを向けた。
「お、おねだりなどしておりません!」
エフィリーネの頬が朱で染まる。大人しく会話を聞いているだけだったが、アリアスの冗談を真に受けて抗議してきた。
アリアスはそんなエフィリーネに向かって片目を詰むってみせる。エフィリーネが息を飲んだ。
「エフィリーネは連れて行く。拒否するならこの隊は解散だ」
「横暴です!」
アリアスの独断にエフィリーネが悲鳴のような声を出した。
「ふん。将軍の許可なしで活動していることを分かっているか。ゼクスの許可を得ているからと勝手が出来るわけではない」
そもそも将軍の許可など必要ないのだが、アリアスは素知らぬ顔をして言い切った。
「……私的な活動に許可はいりません」
「女騎士が参加しているならそういうわけにもいかない。貴族としての自覚が薄いぞ」
エフィリーネの反論をアリアスは尤もらしいことを言って封じ込める。
「そ、それは……」
言葉に詰まるエフィリーネ。
アリアスは何も意地悪したかったわけではなく、この程度のことで引き下がるようなら狩りに参加させることを見合わせようとエフィリーネを試したのだ。
本来ならブルーリール狩りに女騎士を参加させるなど言語道断。アリアスが将軍の権限を使ったとしても、女騎士の身に何かあれば処分は免れないのだ。
だから、興味があるというだけの軽い気持ちでは参加させられない。
ただ今回は、あくまでも私的な集まりによるもので、責任は個々に委ねられる。
アリアスが参加していることが貴族連中にばれれば一緒なのだが、それはそれこれはこれで誤魔化す予定なので、エフィリーネがそれほど脅される謂われはないのだ。実のところ。
「俺は解散しても構いません」
アリアスの思惑が見事に滑って別方向へ転がった。オーバーライトナーは鬱憤が溜まっていたらしい。
アリアスは軽く口角を上げると成り行きに任せることにした。
「ちょっと、フレイ!?」
この宣言にギョッとしたのはエフィリーネだ。オーバーライトナーに詰め寄っていった。
「俺は巻き込まれただけだ。リゼットの企みで……」
食糧調達隊結成を仕組まれたオーバーライトナーはリゼットに振り回されて疲れているようだった。
そんなオーバーライトナーの心中を察したアリアスだったが、食糧調達隊がゼクスの肝いりであることを忘れてはいなかった。この隊が許可された裏事情を暴露する。
「オーバーライトナーの言う通り、リゼットのために結成されたような隊だが、ゼクスはある実験のために許可している節がある。解散は時期尚早だ。俺の権限で解散させるわけにはいかない。よってエフィリーネは強制連行だ」
「「……」」
食糧調達隊がお気楽で居られないことを悟った二人が顔を強ばらせた。
オーバーライトナーは気の毒だが、若手の中で急成長を遂げているため、いずれは誰かの目に留まったはずだ。それが遅いか早いかだけである。
ただ、リゼットと関わったばかりにゼクスに名前を覚えられ、あまつさえ次期隊長候補に名を連ねたと知ったら、オーバーライトナーがどう思うか。単純に出世できることを喜ぶような性格には見えないから葛藤しそうである。
身内の思惑に踊らされる若い騎士の今後を思うと、他人に厳しいアリアスでさえ同情を禁じ得ない。
余計なことを暴露した反省を込めて話題を転換する。
「オーバーライトナーはエフィリーネに惚れているのか?」
「はっ?」
オーバーライトナーの反応は分りやすかった。
近くにいる色男が、エフィリーネに転んだりしないかという危惧からアリアスが冗談交じりに繰り出した問いは空振りに終わった。
「……戯れ言だ。話はここまでだ。出発するぞ」
アリアスは知らずに安堵の息を吐き出していた。