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療養先は!?  作者: 春夏秋いづき
番外 宰相編
177/201

もう一度あなたに 11

 ふて腐れたシジマが出て行ってからヴァレンテはジェナをどう口説こうかと思案していた。

 すでに両想いといっても過言ではないのだが、一方的に迫られてオロオロとするしかなかった自分の情けなさを挽回したいと思ったのだ。

 それに「口説く余地が欲しい」と言った手前、そのままというのもおかしな話だ。


 ヴァレンテはジェナに惹かれていた。

 しかし、ジェナが同じ想いでいてくれるとは露ほども思ってはいなかった。それがまさかあんなに積極的に口説かれるとは。

 嬉しさの反面、本当に良かったのかと自問する。ジェナの気持ちが気の迷いだとまだ疑ってしまう。

 ジェナの気持ちを否定したくはないが、そうでなければジェナのような若くて美しい女性に口説かれるなんて僥倖に恵まれるはずはないのだ。


 ヴァレンテは自分自身を客観的に見て考えたが、結果はやはり同じだった。これは何かの間違いではないか、と思ってしまうのだ。


 ジェナは本来あまり恋愛に積極的ではないという。

 そのジェナが出会ったばかりのヴァレンテを口説くのはどう考えてもおかしい。

 もしやドラゴンの血がジェナを惑わせているのではないか、とヴァレンテは考えていた。


 それと同時にジェナのような聡明な女性が、そんなわけのわからないものに惑わされるわけがない、という思いもあった。

 そのためにヴァレンテは必死に自制したのだ。

 ジェナがどれほど「好きだ」と口にしようと、すぐに答えようとしなかったのはそのためだ。


 しかし、ヴァレンテの足掻きは無駄だった。どんなに抗おうとジェナはヴァレンテを惹き付けてやまない。

 もうジェナがいいというなら自分のものにしてしまおう、とヴァレンテは開き直った。


 その結果、美しいジェナを目の前に悩むという、どうしようもない状態に陥っているわけだ。

 シジマがこの場にいれば「さっさと口説けよ! めんどくせーな」とでも言われそうだ。


「ねぇ。ヴァレンテはその格好で寒くないの?」


 ジェナがモジモジとしながら言った。

 ヴァレンテはそういえば上半身が裸だった、といまさらながらに気づいた。

 シジマが包帯を巻きつけていったので、ほとんど肌はさらしていないが、ジェナにとっては目の毒といったところか。

 ヴァレンテは今まで、そんな風に女性に反応されたことがなかったから失念していた。


「みっともないですね」

「そ、そんなことないわよ。……意外と逞しくてびっくりしたわ」


 ジェナがチラチラと見てくる。見たいけれど見てはいけない、といった感じだ。

 ヴァレンテは頬が緩まないように我慢するのに苦労した。ジェナはあまりにも可愛らしい反応をしてくれる。

 ヴァレンテはジェナの反応に気を良くした。もはや自制などできそうにない。


「ジェナ。触れてもいいでしょうか」

「い、いい、いいわよ」


 ジェナは少し前までの積極性が嘘のような態度だった。

 ヴァレンテに迫るのはよくても迫られると、どうしていいかわからないのだろう。真っ赤な顔でヴァレンテが触れるのを待っている。

 それでも動揺して目が泳いでいるが、逃げるそぶりは見せない。


「そんなに緊張しないでくれますか」

「む、無理よ」


 ジェナの緊張が移ってヴァレンテも照れた。今まで付き合った女性はこんな初々しい反応をすることはなかった。

 ヴァレンテはくすりと笑うとジェナの頬に触れた。その頬は熱かった。潤んだ瞳がヴァレンテを映す。


「ジェナは澄んだ瞳をしていますね。綺麗ですよ」


 セイナディカで女性の瞳を誉めることは、独占欲を示す口説きの常套句だった。

 ヴァレンテはあまり使ったことはないが、純粋にジェナの瞳が美しい、と思ったからすんなり口からこぼれ落ちていた。

 あまり口説いたという自覚はなかったが、どうやらジェナには通じたようだ。盛大に照れている。


「これってお返しするべき?」

「どうでしょう。私の瞳は一般的なので、誉める要素はないように思いますが」

「そんなことは……。え? ヴァレンテってこんな瞳の色だった?」


 ジェナがマジマジと見ていた。瞳の色の変化に気づいたらしい。


「どんな色です?」

「……水色? じゃないわね。緑かしら」


 ジェナが顔を近づけてきた。ヴァレンテは逆らわずジェナの好きにさせた。


「おかしいわね。どうして琥珀色じゃないのよ」

「何故セイナディカで瞳を誉めるのかわかりますか?」

「瞳の色が変化するのが普通なの?」

「そうですね。セイナディカの特徴です。ドラゴンの血のなせる技でしょうか」


 瞳の色が変化することは、昔からセイナディカの謎とされていた。

 ヴァレンテは、セイナディカの人間には「ドラゴンの血が流れている」と聞いて、すぐに合点がいった。


「すごいわね。じゃあ、どの人も変わって見えるのね」

「そうですが、普通にしていたらわかりませんよ」


 相手の瞳の色が判別できるのは近距離でのみ。それほど近づく間柄でないと瞳の変化はわからない。だからこそ、口説きの常套句なのだ。


「この距離ならいつでも見られますよ。ジェナは琥珀がいいのですか?」

「……どっちの色も好きよ」


 ジェナが近づき過ぎたと慌てだした。

 ヴァレンテはジェナを捕まえると微笑んだ。「胡散臭い」といわれた笑みではなかった。


「あなたの笑顔は心臓に悪いのよ」

「以前もそう言いましたね。私の笑顔は嫌い、ということでしょうか?」

「違うわよ」

「では、なぜでしょうか?」

「……だって、絡め取られそうで怖く感じるのよね」


 ヴァレンテはジェナの本能的な直感にますます笑みを深めた。どうやら最初からジェナを逃がすつもりはなかったということだ。


「もう逃がしませんよ」


 ヴァレンテはそう宣言するとジェナを部屋へ連れ込んだ。

 ジェナはヴァレンテが満足するまで貪られ、手加減なしの愛に翻弄されたのだった。

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