もう一度あなたに 10
ジェナはヴァレンテの話に衝撃を受けていた。どれも信じられないような話だったが、ヴァレンテが嘘をついているようには思えなかった。
シジマにドラゴンがいると聞かされたときは冗談だと一蹴したことも、ヴァレンテに淡々とした口調で説明されれば、不思議と納得できた。こんなことをシジマに言えば抗議されそうだったが。
シジマの生い立ちは同情に値したが、シェリルを召喚したことについては許せそうになかった。
事情があったことは理解した。
けれど心は反発する。どうしてシェリルを巻き込んだのか、と。
それでもシェリルが幸せならジェナはこれ以上何も言えなかった。帰れないという事実も遠くの国に嫁いだと考えれば、それほど悲しいことではなかった。
両親は嘆き悲しんでいるだろうが、シェリルが元気でいることを伝えるすべはない。ジェナが帰ることができればいいのだが、どうやらそれも無理そうだ。
ジェナがどうやってセイナディカにきたのかはっきりしない。
ヴァレンテとシジマの話ではイレギュラーに召喚されたのではないか、という話だったが、それも推測に過ぎなかった。
結局はこの先ジェナがどうなるのか、誰にもわからないのだった。
それに気になるのはヴァレンテとの関係だった。まるでジェナがヴァレンテに惹きつけられているようにシジマは言った。
そして、それはあながち間違っていないとジェナは思っていた。
最初に出会った時からヴァレンテのことは気になっていた。会話が出来なかった時も会話をしてからも、その瞳を向けられると落ち着かなくなった。
ヴァレンテにこうして抱きしめられていると、どうにかなってしまいそうで、それでいて安心して身を任せられていることにジェナは戸惑った。
正直に言えば、ヴァレンテは好みというわけではない。普通に国で出会っていたら見向きもしなかっただろう。
けれどジェナはヴァレンテが「恋人のふりをしなくていい」と言ったとき、酷く落胆したのだった。拒否されたと感じた。
ジェナは恋愛にどちらかといえば消極的だったが、ヴァレンテには何故か積極性を発揮できた。腕を絡めるなんていう恥ずかしい行為も自然とできたが、やんわりと腕をはずされた時はショックだった。なんでもない風を装ってはいたが。
そんなヴァレンテが、シジマとの会話の端々でジェナに独占欲を滲ませるようなことを言っていた。シジマにデートに誘われた時にも怒りをあらわにしていた。
もしかしてヴァレンテも好意を持っていてくれるのか、とジェナは内心で喜んだ。
それもつかの間、「別の相手が現れる」とヴァレンテに突き放された。
ヴァレンテがジェナをどう思っているのか。その態度からは図ることは難しかった。ヴァレンテの腕の中にいても遠くに感じた。
ジェナはしらずにため息を洩らしていた。色々と混乱して疲れていた。
そんなジェナに気づいたヴァレンテが声をかけてきた。
「ジェナ。どうしました?」
ヴァレンテの口調が戻っていた。すっかり宰相といった感じになっている。
ジェナは少し残念に思った。騎士のヴァレンテは少し怖いけれど、ジェナはときめいていた。命令口調で有無を言わせない感じが、ドキドキと胸を高鳴らせた。
ジェナは思ってもみない自分の反応に驚いた。命令されるのがいいなんて、マゾの素質でもあったのか。
ジェナはヴァレンテに一喜一憂させられていると感じていた。
ヴァレンテはジェナを突き放したというのに普通に接してきている。
ほとんど顔色もかわらない冷静なヴァレンテをジェナは崩してやりたくなる。自棄になっている自覚はあったが、ジェナは止まらなかった。
ヴァレンテを振り返った。驚くヴァレンテが目に入ったが、お構いなしに抱きついた。ヴァレンテは背中に怪我をしていて、腕を回すことはできないことが残念で仕方ない。
「……ジェナ。離れてください」
「どうしてよ」
「こんなことはいけません」
「だからどうして? 私はヴァレンテに惹きつけられてきたのよね?」
「それは憶測に過ぎませんよ。その時ドラゴンの血を持つ男が私しかいなかったというだけのことです」
ヴァレンテの手がジェナの肩を押した。
ジェナはヴァレンテから離れまいとしがみついた。
ヴァレンテが動揺した隙を見逃さずもう一度胸元に納まる。
「ぐふっ。ジェナちゃんが積極的に三号に迫るなんて! どんな冗談だ!」
シジマが喚いていた。
ジェナは「迫る」と言われて冷静になった。
いったい自分は何をやらかしてしまったのか。羞恥で身悶えそうになったが、ヴァレンテからは離れられなかった。
「困りましたね」
「うそつけ! なんだそのだらしない顔は!」
「そんな顔などしていませんよ!」
ヴァレンテがシジマの指摘に反論していた。
ジェナはヴァレンテのだらしない顔というのを見たくなって顔を上げた。ヴァレンテと目が合う。
「……だらしない顔しなさいよ」
残念ながらヴァレンテは、だらしない顔はしていなかった。
「一時の気の迷いです」
「そうだ、そうだ!」
ヴァレンテに断言されシジマにも肯定されたジェナは不愉快になった。どうして自分の気持ちを勝手に決め付けるのか。
「そうね。私じゃヴァレンテに釣り合わないわよね」
「……どちらかと言えば、私がジェナと釣り合わないのですが……」
「そうだ、そうだ! 三号はおっさんだ! ジェナちゃんにはもったいない!」
「そうですよ。シジマに言われるのは不愉快ですが、間違ってはいません」
ヴァレンテが気にしているのは年齢なのか、とジェナは初めて気づいた。
たしかにヴァレンテとは十歳の年の差がある。けれどそのくらいの差ならジェナにとっては何の問題もないことだった。
成人もしていない年齢ならともかく、お互いにいい大人なのだ。年齢差を気にするようなことはない。
実際に十歳差のカップルなど珍しくもない。ジェナの周りにも何組かいる。ジェナにはヴァレンテが年齢差に拘る理由が理解できなかった。
「ヴァレンテは年齢差をそんなに気にするの?」
「それはそうでしょう」
「好きになっちゃえば年齢なんて関係ないわよ」
「年齢のこともありますが、私たちは出会ったばかりですよ。それに最初に出会ったのが私だったからジェナは勘違いしているだけです」
「好きになっちゃえば、時間なんか関係ないでしょ。もういいかしら? ヴァレンテが私を突き放す理由がそんなことならこのまま進めるわよ」
「は? なにを言っているかわかっているのですか?」
積極的すぎるジェナにヴァレンテが動揺していた。
ジェナは完全に開き直っていた。なんだかヴァレンテが困れば困るほど、追い詰めたい気持ちになっていく。
「私はヴァレンテを好きになったらいけなかった?」
ジェナがヴァレンテを見つめていえば、ヴァレンテは狼狽したように視線を逸らした。
「……私のどこがそんなに気になるのですか」
「存在自体が気になるわね。こうくっついていると安心するのよ」
ジェナの言葉にヴァレンテがギョッとして身を引いた。
「セイナディカの女性にもそんなに積極的にされた覚えはありませんよ」
「こっちの女性って積極的なの?」
「ええ」
「ヴァレンテは積極的にされるのは苦手?」
「そうですね」
ヴァレンテはジェナに答えながらも決して目を合わせようとはしなかった。
ジェナはそれを不服に思ったが、ヴァレンテが積極的な女性が苦手というなら、これ以上は困らせることはできないと諦めた。
「ごめんなさい。迷惑だったのね。でも、私の気持ちは疑わないで」
「ジェナは謝ってばかりですね」
「そうだったかしら?」
「そうですよ。あなたが謝ることはないのですよ」
そう言うとヴァレンテはジェナを引き寄せた。
腕の中に囲いこまれたジェナは身じろいだ。
「……ジェナが積極的なのは嬉しいですが、私にもジェナを口説く余地を残してください」
「迷惑じゃなかったの?」
「ジェナの勢いに戸惑ったのですよ」
「本当に? さっきは気の迷いとかいっていたわよね」
「ジェナが考え直してれるならそれで良かったのですよ。何も進んで私に捕まることはないでしょう」
「もう逃がしませんから」とヴァレンテに耳元へささやかれたジェナは腰砕けになった。破壊力のあるヴァレンテの声にジェナの全身が赤く染まる。
シジマの「やってらんねぇ」と言うふて腐れた声を聞きながら、ジェナは喜びを噛みしめていた。