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療養先は!?  作者: 春夏秋いずれ
番外 宰相編
173/201

もう一度あなたに 7

 朝になりヴァレンテがジェナの部屋を訪ねると、ジェナは寝付けなかったのかまだ眠そうにしていた。ヴァレンテを拒んだジェナだったが一晩たって冷静になったようだった。

 昨晩は泣いていたのかジェナの目元は赤くなっている。


「眠れませんでしたか?」

「そうね。いろいろ考えちゃって……」


 ジェナは気丈だった。ヴァレンテは芯の強い女性だと改めてジェナに見惚れた。

 昨日は惨い事実を突きつけてしまった。もっと他に言い方があっただろうに、と反省したが、どういったとしてもシェリルが元の世界に帰れないとう事実は覆らない。

 あれからシジマを呼び出してそれとなく召喚について聞いたものの、やはりシェリルが帰れる余地はないようだ。

 ジェナの気持ちを考えればシェリルを帰すすべを模索するべきだが、ゼクス寄りのヴァレンテはそこまで親身に考えることはできそうにない。

 ジェナには悪いがシェリルが帰れなくなって良かったとすら思っていた。

 ジェナに拒まれた時は少なからず苦痛を感じたが、姉妹を奪われたジェナに比べればどうということはなかった。


「ヴァレンテ。私はずっと部屋に閉じこもってないといけないの?」

「今日は外にでてもかまいませんよ。ですが、ジェナは貴族の令嬢ということになっているので異世界については他言無用でお願いしますね」


 やはりゼクスはまだシェリルを開放してはくれないようだった。少し様子を見に行ったが正直いっていかなければ良かったと後悔した。

 ゼクスはどうしてしまったのかという乱れぶりだった。シェリルの身体が心配になったほどだ。

 仕方なく考えついた方法はジェナを貴族の令嬢と偽ることだった。これならば宰相である自分といたとしてもとくに問題はない。ジェナが他国から訪問した貴族とでもしておけば滅多なことは起きないだろう。

 ヴァレンテは最初に気づいておけばよかったと悔やんだ。そうすればジェナに結婚していると偽らせる話を振らずにすんだ。恋人のフリをする必要性もなくなったわけだ。

 しかしヴァレンテはあえてそのことには触れなかった。いくら他国の貴族だと偽ったとしてもジェナは魅力的だ。どんな男に目をつけられてもおかしくはない。このまま恋人のフリをして牽制しておくことにした。

 そんなことを言い訳にしつつ結局はヴァレンテが恋人のフリをしたかったからだが、あまりの身勝手さにジェナの顔をしっかり見ることができなくなっていた。

 こうして話していても視線を合わせられなかった。ヴァレンテはあまりの情けなさに落ち込んでいた。

 ゼクスのことを笑えない。まさか自分が若い娘にうつつを抜かす日がくるとは。しかも成就することはまずありえないのだ。馬鹿だろうと自分を嘲笑わずにはいられなかった。

 そんなヴァレンテの内心など知る由もないジェナはすっかり目が覚めたのか、ヴァレンテに近づいてくると腕を絡めた。

 ヴァレンテは何が起こったのか一瞬理解できずにいた。柔らかいものが腕に押し付けられている気がして視線を下に落として絶句した。


「ジェナ! 何をしているのですか!」

「……なにって恋人のフリよ」


 うろたえるヴァレンテをよそにジェナはますます強く腕を絡めてくる。いくら恋人のフリといっても密着しすぎではないかとヴァレンテは慌ててジェナの腕を外す。


「恋人のフリは必要ありません。聞かれたら恋人がいると答えてくれるだけでいいですから」

「どうしてよ。ヴァレンテはいいって言ったじゃない」


 ジェナは不満げだった。ヴァレンテは悩ましげに息を吐いた。ジェナに触れられるのはやぶさかではないが部屋に二人きりのときは勘弁して欲しかった。自制心が問われる。


「ジェナ。貴族の女性はむやみやたらに男性には触れないものですよ」

「私は貴族じゃないわよ」

「そういうフリをしてください」

「部屋の中なんだからいいじゃない」

「……部屋の中で恋人のフリは必要ないでしょう」


 どんどんおかしな問答になっていた。部屋の外だろうが中だろうがジェナと恋人のフリは必要ない。


「とにかく部屋を出たらそれらしくしてください」

「わかったわよ」


 ジェナが納得したかどうか疑わしかったが、ヴァレンテは仕方ないと肩を竦めた。


 朝食が済んだあとジェナを伴って城を案内することにした。ジェナを外に出すことは心配ではあったが閉じ込めておくわけにもいかない。

 それでなくてもジェナは突然異世界にきてしまったことで精神的に疲れていた。閉じこもっていては気が滅入るだけだ。

 さすがに城の外へ連れ出すわけにはいかないが、城の中なら問題はないだろう。


「この格好は歩きにくいわね」


 ドレスを着たジェナが言った。慣れない服装に戸惑っているようだ。


「似合っていますよ」

「そう? 裾を踏みつけそうで怖いわ」

「……私につかまりますか?」

「そうするわ」


 ジェナの手がそっと触れてきた。照れたように顔を逸らしているジェナが可愛いらしすぎた。

 ヴァレンテは失敗を悟ったが、いまさら部屋に引き返すことはできなかった。外に出られることをジェナは楽しみにしていた。

 ジェナを誰の目にも触れさせたくないという理由で引き返すのはどう考えてもおかしいだろう。それにそんな理由を言えるわけがない。

 ヴァレンテはどんどん深みに嵌っていた。ジェナが帰ることを考えて自重しなければ……。


「城ってこんな感じなのね」


 ジェナはもの珍しいのかしきりに辺りを見回していた。これではドレスでなくてもどこかに躓いて転びそうだ。

 案の定ジェナは何かに気を取られてドレスの裾を踏みつけた。ヴァレンテは慌ててジェナの腰を掴んで体制を立て直した。


「危ないですから気をつけてください」

「……何か面白いものがいるのよ」


 ジェナはヴァレンテの注意など聞いていなかった。窓の外に目を向けている。どうやら気を取られていたのはそのせいらしい。

 ヴァレンテはジェナの視線を追った。そして見つけた危険な害獣に舌打ちした。よりにもよってこんな時に、という気持ちになる。


「ジェナ。部屋に戻ります」

「どうしたの?」

「あれは害獣です。危険ですから近づいてはいけません」

「害獣?」


 異世界にはいないという害獣の説明をしている暇はなかった。ジェナの見つけた害獣はやっかいだった。ジェナがいることに気づく前に部屋へ戻る必要がある。

 まだ距離がある。今なら間に合うとヴァレンテが戸惑うジェナを引き寄せたとき、窓際に害獣が放った牙が突き刺さった。

 害獣に見つかってしまった。ヴァレンテは何か武器になるものはないかと視線を走らせた。すると近くにいた騎士が目に入った。


「ケイレスが城に入り込みました! 騎士を招集しなさい! それから私に剣を!」


 ヴァレンテが声に騎士が反応した。どうやら遠征隊の騎士だったらしくヴァレンテに剣を躊躇なく差し出した。そしてすぐさま踵を返す。

 ヴァンレテは助かったと安堵した。ヴァレンテが元騎士だと知らない相手だったらこんなに早い対応は望めなかった。


「な、なにどうしたの!?」

「ジェナ。落ち着いて聞いてください。私達はこれから害獣の攻撃を受けます。騎士が到着するまでどうにか凌ぎます。冷静に私の指示に従ってください」

「……大丈夫なのよね?」

「ええ。私はこれでも強いですよ。ジェナを守ることなど造作もありません。安心してください」


 ジェナを怯えさせないようにヴァレンテは言った。本当は凌げるか五分五分だったが、ジェナだけは守りきらなければ。

 ヴァレンテは剣を構え、ジェナを自分の後ろに庇った。次の攻撃がきた。ケイレス相手では城の中にいることに意味はない。壁に突き刺さった牙は貫通していた。壁が崩れるのも時間の問題だ。

 ケイレスは害獣の中でも特に凶悪な部類の固体だった。しかもブルーリール並みにしつこい。そして弱い獲物を狙う特徴があった。とくに女性や子供を見つける嗅覚は異常である。

 ヴァレンテは距離があるから時間稼ぎができると踏んでいたが無駄だった。ケイレスはすぐにジェナを見つけてしまった。

 これから怒涛の攻撃が始まる。ケイレスは見えない針を飛ばす。まだ今の段階では牙だが、それは邪魔な壁を崩すことが目的だ。壁が崩されてしまえば身を守るものがなくなる。そうなってからケイレスの本当の攻撃が始まるのだ。

 ヴァレンテはケイレスが牙を飛ばしている間にどうにか移動できないかと機会を窺っていたが、壁が崩されるほうが早かった。脆い壁をケイレスは狙い済ましていた。

 ケイレスが厄介なところは攻撃の凄まじさもあるが、とくに知能が高いことだろう。弱みを見せればそこを突かれるわけだ。


「……怖い生き物がいるのね、こっちには」

「そうですね。それについてはおいおい説明しますよ」


 ジェナの顔色は優れない。危険を感じて怯えていた。ヴァレンテはジェナを庇いながらケイレスの攻撃に備えた。

 ケイレスの攻撃方法は知っている。騎士時代に何度か遭遇しているからだ。

 見えない針といっても実体がないわけではない。ただ早さに目が追いつかないだけだ。こればかりは実体験がなければ何から攻撃を受けたか気づかぬうちに死ぬことになる。

 ヴァレンテはまだケイレスで助かったと思っていた。ケイレスの上位種だったとしたら凌ぐどころかジェナもろとも死んでいたからだ。


(まったく運が悪いですね)


 アリアスはおろか精鋭とされる騎士たちは皆出払っていた。それに加えてシジマもいない。シジマは元暗殺者ではあるが腕は立つ。ケイレスの見えない針でも対処できただろう。

 ヴァレンテが己の不運を呪っている暇はなかった。壁が崩れてケイレスの針が襲ってきたからだ。

 ヴァレンテは剣を振った。次々と針が降ってくるが予測できさえすれば叩き落すことは可能だった。


(ジェナに当たらないようにしなければ)


 ケイレスはジェナに狙いを付けている。標的が決まっているから針が飛んでくる方向はわかりやすかったが油断はできない。

 しばらくすると攻撃がやんだ。ケイレスは考えているはずだ。単調な攻撃はヴァレンテに凌がれる。どうすればヴァレンテに邪魔されないかケイレスは学習して攻撃を変えてくるだろう。


(騎士はまだですか!)


 凌いでいる間に騎士が到着することは難しいかも知れない。

 ヴァレンテが焦りを感じはじめた時、ケイレスの攻撃が再開された。

 今度の攻撃にヴァレンテはすぐに反応できなかった。頭上から降る針を浴びる。とにかくジェナだけは庇わなければと覆いかぶさる。


「ぐっ……」


 ヴァレンテの背中に針が突き刺さった。

 ケイレスの針は細く小さいが数が多い。この針を抜くのは骨だとヴァレンテは憂鬱な気分になった。

痛みはそれほど感じないが出血はしているだろう。


「あ……」

「たいしたことはありませんから」


 食いしばった口から洩れてしまったヴァレンテの呻きにジェナが悲痛な声を上げた。

 ヴァレンテはジェナを立ち上がらせると次の攻撃を待った。

 ケイレスはヴァレンテが弱ったことを知ったはずだ。次からは攻撃を止めたりはしないだろう。


(これはまずいですねぇ)


 背中が燃えるように熱い。ヴァレンテの額から汗が流れ落ちた。


「ジェナ。ゆっくりと下がります。私から離れないでください」


 ヴァレンテは離脱を考えた。悠長に騎士を待ってはいられない。とにかく壁がある場所まで移動するのが先決だった。それでケイレスから逃れられる保障などなかったが。

 ケイレスはジェナを中心に回りの壁をすべて破壊していた。強固な城の壁がガラガラと崩れていく。背後の壁もすぐに崩れてしまうだろう。そうなったら最後だった。背後からの攻撃まで対処するとなるとひとりでは難しかった。

 ヴァレンテはジリジリと下がった。壁際までジェナを後退させてから比較的まだ壁が残っている左側へジェナを押した。

 それがいけなかった。少し離れたところをケイレスに狙われた。隙間を縫ってケイレスの針がジェナを襲う。ヴァレンテは間一髪でケイレスの針を叩き落した。ジェナの身体の近くで剣を振うつもりはなかったがやむをえなかった。ジェナは近くを横切った剣に呆然としていた。

 ヴァレンテは剣でジェナを斬るようなヘマはしないがジェナには刺激が強すぎたようだ。

 しかしヴァレンテがジェナを気遣っている暇はなかった。攻撃は止むどころか続け様だったからだ。

 ガキーンという音が響き渡る。

 ヴァレンテは懸命に針を落とし続けた。背中から血が滴り落ちているが気にしている場合ではなかった。

 背後のジェナが背中の血に気づいて悲鳴を上げる。


(くそ! 騎士は何をしている!)


 だんだんとヴァレンテは余裕がなくなっていた。つい心の中で騎士を罵倒する。あまりにも遅い。


(……まさかケイレスは一頭じゃないのか?)


 可能性は否定できなかった。でなければ騎士の到着がそれほど遅れるはずはなかった。


(冗談じゃない!)


 このままではジェナは守れない。ヴァレンテが歯噛みした。ケイレスの攻撃を凌ぎ続けるには限界がある。

 せめてジェナだけ逃がせないか。しかし余裕がない状態では考えられなかった。

 ヴァレンテが苛立ちにどうしようもなくなった時、緊張感も何もない叫び声とともにシジマが姿を現した。


「イエーイ! シジマ参上!」

「……遅い!」

「そんなに怒んなよ、三号! ケイレスとは相性が悪いんだよ! 俺はいっつも付け狙われんだからよ!」


 シジマは軽口を叩きながらもケイレスの攻撃を軽くいなしていた。さすがだとは思うがヴァレンテは苛立った。


「ケイレスは何頭だ?」

「知らねーよ! こっちにくる途中で二頭は仕留めたけどよ! あとは騎士が相手してんじゃねーの!」

「そうか。お前は余裕そうだな」

「まっね! 三号が美人といるから行けっていわれてさ! 本当に美人だね。お姉さん今度デートしようね!」


 ジェナがシジマに目をつけられた。ヴァレンテは不快感に唸った。


「てめぇ。ジェナを勝手に口説くんじゃねぇよ」

「三号怖っ! 口調が戻ってんよ!」


 シジマはヴァレンテの騎士団時代のガラの悪さを知っていた。伊達に遠征隊を付回していたわけではないようだ。情報収集はお手のものということだろう。


「ジェナちゃんっていうの? 可愛いね! 俺はシジマだよ! よろしくね!」


 ヴァレンテの睨みも何処吹く風でジェナに自己紹介をしていた。

 シジマはその間もケイレスの攻撃を余裕で止めていた。後ろに目でもついているのかと疑わざるを得ない反応速度だった。


「ふざけてんじゃねぇ! さっさとその五月蝿い獣を片付けやがれ!」

「はいはい! そんなに怒鳴るとそっちに攻撃いくよ?」


 ヴァレンテの凶悪な叫びに背後のジェナがビクッとしていた。ヴァレンテは完全に騎士時代の感覚に支配されていた。とうぶん元に戻せそうもない。


「まじでさ! なんで俺のとこばっか攻撃くるかなぁ」

「小さいからだろうが!」

「ひどっ! 三号はとっととジェナちゃん連れてってくんね?」

「いわれなくてもわかってんだよ! てめぇがのびりしてるから退路がねぇんだよ!」


 ケイレスの攻撃はほとんどシジマに集中しているが、ときおりくる攻撃は鋭かった。

 ケイレスはまだジェナを逃す気はない。ヴァレンテが移動する方向に攻撃を仕掛けてくる。逃げ道がない。


「んっじゃ、ちょっとスキつくるから!」

「ああ」

「ほいっ」


 シジマがケイレスに短剣を投げた。たいして威力もないように見えたがケイレスの片目を潰す威力は凄まじかった。短剣が突き刺さったわけでもないのにケイレスの顔半分が吹き飛んだ。


「後は任せた」

「はいよ! 任された!」


 怒り狂ったケイレスはシジマを標的に定めた。まったく攻撃されなくなった隙に、ヴァレンテはジェナを荷物のように抱え上げて走り出した。

 確実にケイレスの目の届かないところまでいかなければ安心はできない。ヴァレンテは背中から血を流しながら部屋まで疾走した。


「……ジェナ。平気か?」

「ちっ、血が!」

「ああ」


 部屋まで辿りつき、ヴァレンテはジェナを下ろした。ジェナはヴァレンテの背中の怪我に動揺している。


「ジェナ。悪いが服を脱がせてくれ」


 血まみれ状態だったがジェナに頼むしかない。背中に刺さっているケイレスの針はヴァレンテでは抜けない。


「……ひどい」

「いいから早くしろ」


 もたもたしていたらケイレスの針はどんどん刺さっていく。

 ケイレスの針に毒性がないのは救いだが、ただの針というわけではない。小さいが針はほうっておくとどんどん肉に食い込んでいくのだ。

 しかも抜けないように針には棘がついていて簡単には抜けないようになっていた。早く抜いてしまわないと非常に苦労することになる。


「ジェナ。躊躇しないでくれ。今はお前しかいないんだ」


 血で張り付いている服は一人では脱げない。ヴァレンテは震える手で服を脱がそうとしているジェナを急かした。

 ようやく服がぬげたところでヴァレンテはドサリとベッドに身体を投げ出した。背中がどんな状態になっているかは見なくてもわかった。ジェナの嗚咽がする。


「針を抜いてくれ」


 ジェナが恐る恐る棘に触れた。痛みにヴァレンテの身体が強張った。ジェナの手が引っ込んだ。


「ジェナ。俺の反応は気にしなくていい。抜いてくれ」


 ジェナが針を引っ張った。力が弱い。恐る恐るやっているからそういうことになる。そんなことでは針は抜けない。


「ジェナ! 力いれてんのか! それじゃ、いつまでたっても抜けねぇ!」

「ひっ」


 ジェナが針を引き抜いた。ブチリという肉の引きちぎられる音がした。ヴァレンテは痛みに顔を顰めつつも決して悲鳴を上げることはなかった。小さな呻きさえもだ。

 ジェナに酷いことをさせている。怯えていることを知っているにもかかわらずだ。そんな中でヴァレンテが弱音を吐けるわけもなかった。

 ジェナは無言で針を抜き続けた。ヴァレンテはまるで拷問を受けているように感じていたがそれも長い間ではなかった。

 ジェナが止めていた息をはいたようだ。どうやら針を抜き終えたらしい。


「……済んだか?」

「まだよ。あと一つあるわ。でも抜けそうにないのよ。すごく深く刺さっているわ」


 ヴァレンテの背中はもう感覚がない。ヴァレンテはムクリと身体を起こした。その拍子に血が飛び散ったが気にせずに立ち上がった。ベッドの下を探って短剣を手に取る。それをジェナに持たせた。


「切れ」

「え?」

「切開して針を抜けといっている」

「む、無理よ」


 ジェナは震える手をヴァレンテに見せた。こんな状態では切れないだろう。

 ヴァレンテは手探りで背中の針を確認した。腰骨より少し上のあたりだった。この位置ならジェナの介助があれば切れなくもない。


「ジェナ。短剣を針の近くに当ててくれ」

「……当てたわ」

「短剣がずれないように支えていろ」


 ヴァレンテはジェナに指示すると短剣を握って突き刺した。脳天を突き抜けるような痛みが襲う。


「ジェナ。抜けそうか?」

「抜けたわ……」


 ヴァレンテは短剣を手放した。ベッドに転がり落ちる。


「……悪かった」


 ジェナが泣いていた。ヴァレンテは無理やり処置をさせたことを詫びた。ほとんど脅していたようなものだ。


「もう大丈夫だから部屋に戻っていろ。あとは寝ていれば直る」


 ケイレスの針は抜いてさえしまえば傷口はすぐにでも塞がる。食い込んだ針が一つだけだったことは幸いだった。

 ヴァレンテはベッドに横たわると目を閉じた。泣いているジェナは気になったが意識は底に沈んでいった。

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