もう一度あなたに 6
ヴァレンテの自室で食事をしながらジェナは自分の大胆な行動を省みていた。ヴァレンテに結婚していることにするよう言われて最終的にヴァレンテが恋人ということになった。
それはジェナが提案したことだったがヴァレンテはあまり乗り気ではなさそうだった。嫌がられてはいないのが救いだった。
ジェナは何故ヴァレンテに恋人のフリをして欲しかったのか自分でもよくわからなかった。何気なく口にだせば、それが一番いいように思えたのだ。
(だって……ヴァレンテしか知らないわ)
言い訳めいたことを思いつつ食事に専念していたが、心ここにあらずといったジェナの様子にヴァレンテが気づいて声をかけてきた。
「口に合いませんか?」
「……おいしいわよ」
別の世界の料理は意外にもジェナの口にあった。メインの料理が濃い目の味ではあったが、さっぱりとしたドレッシングのかかったサラダが添えられていたのでむしろ美味しく感じた。
飲み物もすっきりとして飲みやすく、ジェナはとても気に入った。デザートもあるというので楽しみだった。
「量が多すぎたりはしませんか?」
「ちょうどいいわ。サラダがすごく美味しくてまだ食べられそう」
「それは良かった。やはり文化が違っても同じ世界ですから共通点もあるのですね」
ジェナはヴァレンテの言っていることがわからなかった。明らかにセイナディカというヴァレンテの住んでいる国の話ではなさそうなのだ。
「どこの文化の話なの?」
「たしかニホンでしたか。サラダはわが国にはなかった食文化ですよ」
「日本? どうして日本のサラダを知っているの?」
「こちらにはシェリル様のほかにカナデ様というニホンの方もおりますので」
日本人がいると聞いたジェナは唖然とした。別世界はそんなに行き来が頻繁にできるものなのかと驚く。
「三人が異世界からきているってこと?」
「いえ、実質的にはジェナも含めて四人でしょうか。まぁ一人は特殊な事情があるのですがね」
「四人? それ普通なの?」
「どうでしょうね。私も初めてのことでなんとも。ずいぶん昔に二人ほどこの世界に落ちてきたという事実もあるようです」
人が落ちてきた。ジェナとは違うが突然この世界に現れたところは同じだった。何かこの世界とつながりでもあるのかと思わずにはいられなかった。
実際四人もこの世界にいるのだから何もないわけがない。
「シェリルは落ちてきたわけじゃないわよね?」
「……シェリル様は呼ばれてきました。すみませんが、これ以上は聞かないでもらえると助かります」
ヴァレンテは国の事情にかかわることは話せないという。シェリルが何かに巻き込まれた可能性が高いとジェナは直感的に見抜いた。
「日本の人は?」
「カナデ様はこちらに自ら渡ってこられましたね。最初にこちらにこられた方です」
「……渡るってどうやって?」
「神の力だそうですよ」
「神!?」
ジェナはあまり信仰深いわけではない。神が本当に存在しているとはにわかに信じがたい。ジェナはヴァレンテが騙しているのではないか疑った。
しかしヴァレンテがジェナを騙す意図は感じられなかった。
「驚くのも無理はありませんね。私も実際に会うまでは信じていませんでしたからね。伝承に少しばかりでてくるような存在が本当にいるとは……」
「会ったの!?」
「カナデ様の保護者を名乗っていましたよ」
「その日本の人って何者よ?」
「カナデ様も驚いているようでしたが」
ジェナの頭は混乱した。もう次に何がでてきても驚かない自信がある。
「ジェナ。カナデ様ならすぐに会えますよ。会ってみますか?」
「……なんだか少し怖いわ」
神とかかわりのある人に会うことを躊躇するジェナにヴァレンテは言った。
「カナデ様はごく普通の女性なのですが。そうですね。ジェナがもう少し落ち着いて会ってみようという気持ちになったらということにしましょうか」
「ごめんなさい。そうして……」
本当は日本人には興味を惹かれる。ジェナは何しろシェリルと一緒で日本が好きだった。まだ一度も行った事はないがいつか行ってみたい国だ。
シェリルは日本に行ったこともあり、日本語も堪能だ。ジェナを連れて行っていろいろ案内したいと言っていた。
しかしまだ気持ちが落ち着かない状態で会うのは無理そうだ。いろんな情報を処理しきれていない。ヴァレンテが言うように時期を待つほうがいいだろう。
「実はもう一人には会って欲しかったのですが、止めておきましょうか」
「会う必要があるなら……」
「いえ。会わなくても大丈夫ですよ。ジェナがいれば話が早いかもしれないという程度のことですので。むしろ会わないほうが精神的にはいいでしょう」
それは会えば精神的に疲れるような相手ということだろうか。ジェナの不安に答えるようにヴァレンテが補足した。
「彼もニホンの方ですが、言葉が理解し難いので会わなければそのほうがいいでしょう。ただジェナがここにきた理由を知っているかもしれない人物なので、会わせることも考えたのですよ。まあ、実際に会わなくていいでしょう。私が聞けばいいことですし」
「……ごめんなさい」
「ジェナ。謝る必要はありませんから。そんな顔をしないでください」
ジェナは初対面が苦手なわけではない。けれど異世界からきたという人達に会うのは躊躇した。それは知りたくないことを知ってしまいそうだという恐ろしさを感じたからだ。
ジェナは何故自分が今ここにいるか。その理由を知りたくなかった。知ってしまったら帰らなければならなくなる。そんな気がしたからだ。
「シェリルに会いたい……」
ジェナはポツリと呟いた。その囁きを拾ったヴァレンテが申し訳なさそうに言った。
「すぐにでも会わせてさしあげたいのですが……」
「シェリルは何をしているの?」
「なに……」
ヴァレンテが固まっていた。かすかに耳が赤いのは気のせいだろうか。
「知らないの?」
「知ってはいますが……」
ヴァレンテの歯切れの悪さにジェナは徐々に苛立ちはじめた。シェリルがどうしているか、何故この世界にいるのか、ヴァレンテはちっとも話してはくれない。
「なによ! 言えないことなの!?」
「こういうことをご家族に話すのはどうかと……」
「私は知りたいのよ!」
ヴァレンテがはぁとため息を洩らした。
ジェナはカチンと来て席を立った。
ヴァレンテが五のえないというなら直接シェリルに会って聞こうと思った。
どこにいるかわからなくても探し出してみせる、という勢いで部屋を出て行こうとした。
ヴァレンテが慌てて後を追ってくる。
「ジェナ! 待ってください!」
「もういいわ! 勝手にシェリルを探すから!」
扉のノブに手をかけるとヴァレンテがジェナの腕を掴んだ。ジェナは振り払おうとしたがヴァレンテはびくともしない。
「言いますから! 部屋をでないでください!」
「ならさっさと言って!」
ジェナが睨みつけるとヴァレンテは困った顔をしていた。まだ言うのを迷っているそぶりを見せている。
しかしジェナが黙って睨みつけていると観念したように口を開いた。
「シェリル様はゼクス様の部屋にいます」
「わかっているならどうして会えないのよ!」
「部屋には入れません」
「だからどうしてよ!」
「……最初にシェリル様が王を愛していると申し上げましたね」
「そうね」
シェリルがこの国の王とどういう出会いをしたかわからないが、ジェナが見た夢でもシェリルは王と一緒にいる場面でとても幸せそうにしていた。
シェリルが王を愛しているなんてことは、ヴァレンテに言われなくても知っている。
「愛し合っている二人が部屋に引きこもっているのです。……意味は分かりますね」
ヴァレンテが苦虫を潰したような顔をしていた。いわずに済ませたかったと顔に書いてある。
ジェナはヴァレンテの言わんとすることがわかった。それは確かに家族には言いにくいことだろう。
ジェナの顔は真っ赤に染まった。姉妹の赤裸々な事情とそれを無理やり言わせてしまった羞恥で居たたまれない。
「二人はようやく触れ合えるようになったのですよ。邪魔をできるはずもありません。ジェナのことがあるので踏み込むのもやむを得ないと思ったのですが、それではシェリル様が可哀想です。ゼクス様はどうでもいいのですが……」
ヴァレンテはジェナから目を逸らした。お互いに気まずい雰囲気を察して黙り込んだ。しばらくして顔から熱が冷めたジェナはヴァレンテに謝る。
「あの、無理やり聞き出してごめんなさい」
「いいですよ。中途半端に話した私にも問題がありました」
二人はぎこちなく顔を見合わせた。
ジェナはニコリともしないヴァレンテに見つめられてたじろいだ。
「ジェナ。いずれすべてを話します。それまでに覚悟をしておいてください」
「覚悟?」
「これだけははっきりしています。シェリル様はジェナの元には帰せません」
「どういうことよ」
「シェリル様はこの国に必要だからです。それから帰るすべはありません。もし帰る手段があったとしても私は帰すつもりはありませんが」
「そんな!」
ジェナはヴァレンテの言うことが信じられなかった。シェリルがもう二度と帰れないといわれても鵜呑みにはできなかった。
「……本当にシェリルは帰れないの?」
「そうです。召喚者がそういうのですから間違いないでしょう」
「召喚……」
「シェリル様を巻き込んでしまい申し訳なく思いますよ」
ヴァレンテは淡々と事実を語った。申し訳ないと口にしつつもまるで弁解する様子がないヴァレンテにジェナは憤った。
「シェリルを帰してよ!」
「ジェナ……」
興奮するジェナを宥めようとヴァレンテが手を伸ばす。ジェナはその手を拒んだ。