もう一度あなたに 2
ジェナには大切な妹が二人いる。一人は小さいころから大きくなったらすごい美人になるとうくらい可愛く、もう一人の妹は少し身体が弱いものの頭のいい子だった。
ジェナは二人をとても可愛がっていた。年が少し離れているということも大きかったが、とにかくジェナにとって妹という存在はかけがえのないものだった。
ところがジェナが二十五歳になった頃、妹シェリルが突然行方不明になってしまった。
シェリルは二十歳になり予想どおり美人になっていた。性格はおだやかでしっかりしていて、ジェナよりよほど頼りになるといわれていた。
しかし、シェリルはあまりに綺麗に育ってしまった。年頃になって色々な男性から注目され口説かれるようになると、さすがにジェナは心配ばかりするようになる。
過保護かも知れないと思いつつ、外を出歩くときは気をつけるようにとうるさいぐらい注意をしていた。
その矢先、シェリルは一人の男にしつこく付きまとわれることになった。アメフトをしているその男は容姿に自信があるようで、シェリルがどれだけ断ろうとあきらめようとはしなかった。
おかげでシェリルは男性嫌いになってしまった。とくに筋肉がムキムキな男を嫌悪するようになった。アメフト男のせいである。
幸いシェリルには頼もしい兄が二人いて、ジェナからアメフト男のことを聞くとすぐに対処してくれた。
間違いが起こらないうちにアメフト男に手を引かせることができて安堵していたジェナだったが、ある日、シェリルを一人にしてしまった。
ジェナは恋人とのデートの約束に浮かれていた。兄がすぐに家に帰ってくるというので安心していたせいもあった。
それがそもそもの間違いだった。兄の帰宅が遅れていた。デートの約束時間を気にしていたジェナは、兄を待つべきだったがデートの時間を優先して、兄が帰る前に出掛けてしまった。少しの時間ならシェリルも平気だろうと。
その日からシェリルは見つからない。家族はシェリルをあらゆる伝手を頼って探し続けた。しかし、シェリルは数ヶ月たっても探し出すことはできなかった。
手掛かりさえなく、ジェナは毎日後悔の念で押しつぶされそうになっていた。
あの日、どうして兄を待てなかったのか。どうしてシェリルを一人にしてしまったのか。
どれだけ悔いても悔やみきれなかった。家族がジェナを責めることはなかった。けれど、ジェナは自分を許せそうになかった。
そしてさらに数ヶ月が過ぎ去ったある夜、ジェナは不思議な夢を見る。
「シェリル!?」
懐かしい妹の姿にジェナは夢と解っていたが涙した。
シェリルはとても元気そうだった。背の高い男性に何かをしきりに話しかけているシェリルは、はにかんだ笑顔を見せていた。
ジェナは「シェリルは彼を好きなのね」と、その笑顔を見て思った。男性の近くにいても嫌悪など微塵も感じていない笑顔だった。
ジェナからは男性の後ろ姿しかわからないが、その男性はどうみてもシェリルの嫌いな体格をしていた。鍛え抜かれた肉体は背後からでも十分わかった。その男性に微笑みかけているシェリルはさらに美しく輝いていた。
ジェナは夢から覚めて、シェリルが何処にいるのかわからないが、幸せでいると何故か確信していた。
それから幾度となくシェリルの夢を見た。最初に見た男性はシェリルと共に頻繁に夢に出てきたが、ジェナがその男性の顔を見たことはなかった。
視点は常にシェリルの顔を映しているらしく、シェリルやその男性以外にも何人か登場人物はいたが、誰一人として顔を見ることはできなかった。
そんなある日、ジェナはカフェで友人を待っていたが、突然奇妙な感覚に襲われてパニックになった。カフェにいたはずがいつのまにか見知らぬ部屋にいた。
その部屋はアンティーク風の落ち着いた部屋で、仕事をする部屋なのか沢山の本や書類が棚に入っていた。
ジェナは自分を落ち着かせようと瞬きを繰り返していた。よくわからない現象にそわそわと周囲を見たが、答えは得られそうになかった。どうしたらいいのかわからなくて恐怖にとらわれそうになった時、穏やかな声がジェナの耳にそっと入り込んできた。
ジェナはハッとしてその声の主を見た。目の前に見知らぬ男性がいた。ジェナは動揺のあまり目の前に人がいたことに気づいていなかった。
男性はこの部屋で仕事をしていたようだ。机には大量の書類が積み上げられていた。
「ここはどこなの……」
ジェナは呆然と目の前の男性を見ていた。何も考えられない。すると男性がまた声をかけてきた。
「******************?」
「なに?」
ジェナは言っている言葉が理解できずに困惑した。男性は、ジェナを見て困ったというような顔をしていた。ジェナも同じ気持ちで見つめ返した。
その男性はジェナより年上に見えた。容姿も穏やかな声の印象どおりだ。髪は薄茶色で瞳の色は琥珀色だろうか。理知的な瞳をしている。その瞳に見つめられてジェナは少しだけ落ち着きを取り戻した。
「シェリル**********」
また男性が話しかけてきた。今度は知っている言葉、それもシェリルの名前を言っているように聞こえてジェナは動揺のあまり大きな声を出してしまった。
「シェリル!?」
男性がジェナの声に一瞬大きく目を見開いた。それからジェナを落ち着かせるように微笑む。
「*********」
「あの子はここにいるのね!!」
ジェナはシェリルがこの場所にいると確信した。この人はシェリルを知っている。
それから男性はぶつぶつと何かを呟きはじめた。ジェナは黙って聞いていたが、男性が部屋を出て行こうとしたので慌てた。何もわからない状態でおいていかれてしまうのではないかと動揺した。
「******************」
男性は部屋のドアを開けるとジェナを振り返って手を差し伸べてきた。何を言われているか皆目検討もつかなかったけれど「おいで」と優しく促されているような気がしたジェナは、考えるより先に身体を動かしていた。あと少しで男性の手に触れるというところで景色が一変した。
「え?」
カフェに戻っていた。ジェナは呆然とした。今のは何だったのだろう。
「ジェナ!」
「カリン……」
「どうしたのよ。夢から覚めたような顔しているわよ」
「夢……」
友人の指摘にジェナはそうかも知れないと思った。夢でなければ説明がつかない。
「ジェナ。本当にどうしたのよ。やっぱり息抜きは今度にしようか?」
「大丈夫よ。ちょっと寝不足なだけだから」
「そう? ならいいけど」
友人はそれでも心配そうだった。彼女にはシェリルのことで心配をかけてしまっている。ジェナが罪悪感をもっていることも知っている。
今日はすっかり元気のなくなったジェナに息抜きをさせるために誘ってくれていた。あまり心配をかけるわけにはいかないので夢のことは話していない。今回のことも話すことはないだろう。