マガトの場合
たしかに「恋人が欲しい」と意気込んでいた。
兵団の男が怖くてモテないということは、承知の上で参加した。
案の定、女性たちから遠巻きに見られて、マガトは落ち着かなかった。
せめて一人くらいという考えは甘かったのか、と悩んでいると、声をかけられた。
「マガト様! こちらにいらっしゃったのね!」
弾んだ声で小さな美女が微笑みながら近づいてくるところだった。もう一人、落ち着いた雰囲気の女性と一緒だ。
マガトはその美女に見覚えがあった。リントヴェルムに会いに来た果敢な美女だ。小さいのに度胸がある、とその時は感心したものだ。
「久しぶりだな」
「はい! リントヴェルム様はお元気ですか?」
「ああ」
リントヴェルムはいつも通りだ。
時々、一度だけ会った花嫁を思い出してはため息をついているが。
「また、お会いしたいですね」
「会いにいけばいい」
「でも……」
「どうした?」
「いえ」
リントヴェルムと会話しようと果敢に挑んできた時とは様子が違っていて、マガトはたじろいだ。
こういう時になんと言って慰めたらいいのか。
「リティエル。マガト様が困っているじゃないの」
「あ、お姉様。ごめんなさい。つい……」
一緒に来ていた女性が妹を窘めた。
「それじゃ、俺はこれで……」
何となく会話を続けられなくなったマガトは、二人から離れようとしたが、引き留められる。
「マガト様! お姉様を紹介するので待ってください!」
「紹介って……」
マガトは知り合いに会ったから挨拶に来ただけだ、と思っていた。
「私の姉レオナです」
「ああ……」
いきなりの紹介に驚きつつ、マガトは紹介された女性に目を向けた。
隣の美女とは似ていないが、落ち着いた雰囲気の女性は、マガトに黙礼した。
騒がしい妹とは対照的な性格のようだ。
「マガト様。それでは姉をよろしくお願いします!」
美女はそう言うと颯爽と笑顔で去って行った。二人きりになってしまい、マガトは唖然とした。
「……は?」
なんだかよく分からないことになった。妹に置き去りにされた姉といえば、やはりこの展開についていけていなかった。
二人は顔を見合わせた。
「あの、妹がごめんなさい……」
「いや」
活発な妹が去った途端に言葉が途切れた。マガトはチラリとレオナに目を向けた。
似ていない妹と比べるのはどうかと思うが、やけに落ち着いた雰囲気のしっとりとした美人だった。
どうしても妹の方に目が行ってしまいがちだが、妙に色気のある女性だった。
艶めくまっすぐな髪は淡い金色で、琥珀色の瞳は愁いを帯びていた。吸い込まれそうな瞳というのはこういう感じなのだろう。
マガトはじっくりとレオナを観察していたが、その視線に居心地悪そうにレオナが身じろぎすると、自分の不躾さに気付き、謝った。
「わ、悪い。あまりに綺麗だから……」
「え?」
レオナが驚きに目を見張った。
マガトは思わず口をついて出た言葉に動揺する。
「いや、なんでもない。……それより、俺といても退屈だろう。君なら騎士たちは喜んで話たがるはずだ。行ってきたどうだ?」
粗野な兵団の者よりはよほど騎士の方がいいだろうとレオナに勧める。
すると、レオナは一瞬だけ悲しげな顔をした。
「私は迷惑よね。失礼するわ……」
レオナが踵を返した。マガトはそれを見送り、手持ち無沙汰で遠くを眺めた。
「帰るか……」
やはり場違いだった。奏は「目立つから大丈夫だ」と言っていたが、社交辞令に過ぎなかったようだ、とマガトは嘆息した。
そして、帰ろうとしたのだが、レオナの動揺しきった声が聞えてきて立ち止まる。
「あれは……」
レオナは騎士達に揉みくちゃにされていた。一人きりになったレオナは騎士達の獲物として捕らえられてしまったのだ。
野獣と化した騎士達がレオナを襲っている。
マガトはいても経ってもいられず、騎士達の輪に割り込んだ。
「少しは相手を気遣ったらどうだ」
レオナは強引な騎士達の誘いに怯えていた。
流石に看破できなかったマガトは止めにはいったのだが、マガトを兵団と知っている騎士達はいきり立った。
「どういうつもりで邪魔をする」
「兵団ごときが」
マガトは肩を竦めて騎士達をいなした。こんな場で諍いを起こす気はない。
「邪魔はしたくはないが、怯えている女性を放ってはおけない。それに騎士ならば騎士道に則って女性を扱うべきでは?」
冷静なマガトに騎士達は出鼻をくじかれ、勢いをなくした。兵団を相手にすること自体が馬鹿馬鹿しいと思ったようで、別の相手を求めて散り散りになる。
特に反発もなくレオナを助け出すことができたマガトは安堵した。
「ありがとう」
「いや。気をつけて」
出会いの場に来ていて「気をつけて」はどうなのか。マガトは逡巡した後、レオナに提案した。
「君の妹はこういう意味で俺に君を紹介したらしいな」
「え、そんなことは……」
「俺は目立つからな。騎士達を牽制するにはうってつけだ」
奏が言うようには目立ってはいないが、別の意味で効力は発揮できそうだ。
マガトは諦めの境地で、レオナの護衛を買って出ることにした。
「気に入るような男がいたら言ってくれ。それまでは俺の傍にいたらいい」
「でも、マガト様に迷惑になるわ」
「いいぜ。そういう役回りらしいからな」
レオナが目を見張った。そして、
「マガト様の傍にいたら恨まれてしまうわ」
と、妙なことを言い出した。
「誰に恨まれるんだ。……ああ、俺が君のような人といるから恨まれるって意味か」
勘違いをしたらしい。レオナのような雰囲気のある美人といたら騎士達に恨まれるのはマガトだ。
「違うわ! リティが牽制していたら近寄ってこないだけで、マガト様は女性から注目の的なのよ!」
「……なんだって?」
「マガト様と言えば、ドラゴンを使役したワイルドなイケメンだから、リティが紹介してくれなかったら、私なんて近寄ることもできなかったわ!」
マガトは混乱に陥った。レオナの言っている意味がよく分からない。
「なあ。俺がなんだって? ワイルド? イケメン? 聞いたことない言葉だぜ」
「異世界の言葉よ。ええと、ワイルドが野生的で、イケメンが素敵な男性という意味かしら」
もっと理解できない。マガトはレオナの勘違いを正すように言葉を紡いだ。
「俺は兵団だから粗野なのは認めるが、素敵とは程遠いぜ。それに注目されているとするなら恐いからだろ」
「何を言っているの? みんなマガト様を見ているわよ!」
レオナがビシッと指を差した。その先には女性達の集団が形成されていて、たしかにマガトを見ていた。
が、マガトが視線を飛ばした途端に全員が一斉に目を反らした。
「目を反らされたぜ」
「いきなりマガト様に見られたから照れたのね」
「……照れた」
まさか、という思いでマガトは、もう一度だけ女性達を観察した。
「……嘘だろ」
レオナは冗談を言っていたわけではなかった。マガトの視線の先には真っ赤な顔をした女性達が、キャーキャーと騒がしくしていた。
チラチラとマガトに視線を飛ばしながら、こんなことを言っているではないか。
「きゃっ! マガト様と目が合っちゃったわ!」
「素敵よね。ああ、あの身体に抱かれたい!」
「隣にいる人は誰かしら。悔しいけどお似合いね。でも、私だってマガト様がいいのよ! 二番目でもいいから選んでくれないかしら」
マガトは女性達の言葉を聞いて目を剥いた。
信じられないことだが、奏の言うことは本当だったのだ。
「俺はどうしたら……」
人生でこんなにモテたためしのないマガトは視線を彷徨わせた。
いきなりすぎて自分の望む相手を見つけられるかも知れない、ということさえ失念していた。
しかし、マガトが茫然自失になっている間に、レオナが行動を起こした。
マガトはレオナに腕を取られてギョッとする。
「こっちよ」
レオナがそそくさと女性達の視線の届かない場所へマガトを誘導していく。
マガトは目を白黒させながらも、抵抗することなくレオナについていった。
「ここまでくれば平気ね。マガト様は少し時間がいるでしょ。落ち着いたら彼女達と話したらいいわ」
「……ああ」
レオナの提案にマガトは頷いた。
しばらくレオナと二人で心地よい沈黙に浸った後、マガトはレオナに礼を言う。
「助かった。俺に付き合わせる形になって悪かった」
「いいわよ。私は嬉しかったから……」
レオナはそう言うとマガトからスッと視線を反らした。綺麗な顔が赤く染まっている。
「……なあ。もしかして妹が俺を紹介したのは、レオナの希望があったからか?」
「……」
レオナの無言は肯定のように思えたマガトは、思わず破顔した。
「リゼットが特別席を用意しているらしい。俺達も行ってみないか?」
「特別席って……」
「邪魔が入らずに好きな相手を口説ける場所だ」
会話が弾んだ男女がさらに仲を深めるために用意された席。別名は狩人席。自分が狙った獲物を「絶対に逃がさない」と宣言するための牽制席だった。
マガトは事前にそのことをリゼットから聞いていたが、何人がそのことを知っているのかは不明だ。
「え? 誰を口説くの? もう好きな人を見つけたの?」
「ああ。だから行くぞ」
マガトはレオナの肩を抱くと歩き出した。
「え? え!?」
レオナは口説かれるのが自分だと考えもしなかったらしい。
マガトは驚いているレオナの肩をグッと抱き寄せて、レオナの耳に囁いた。
「口説きたい女はレオナだ。逃がす気はないぜ」
本領を発揮したマガトは、レオナを腕の中に捕らえて極上の笑顔をさらす。
それを真っ正面で見せつけられたレオナは、逃げられない運命を感じたのか、身を震わせた。
追い打ちをかけるようにマガトは宣言する。
「妹公認だ。黙って俺に愛されろ」
そういった瞬間、レオナは全身を赤く染め上げた。
それをうっとりとした目で見つめたマガトが、その後レオナをどうしたのかは、遠くから観察していた二人だけが知っていた。