セドの場合
セドがリゼットの良く分からない企画に参加したのは、将軍の料理が食べ放題という情報に釣られたからだった。
だから、どんな催しなのか知らずにいたせいで、異世界の料理を堪能できる状況ではなくなっていた。
(なんだ、この女どもは……)
美しく着飾った女の群れ。
セドは異世界料理を目前にして邪魔されていた。
「素敵な騎士様ね。私と結婚しましょう」
「……」
「私と結婚よ! 私が先に見つけたのよ、邪魔しないで!」
「……」
「ふふっ。こんな小娘より私とこの後──」
「年増は引っ込んでて!」
「な、何ですってぇ!」
「……」
セドは目の前で繰り広げられている珍妙なバトルを黙って見ていた。
どうやら自分を巡って争っているらしい、とセドは目を細めて成り行きを見守っていたが、空腹の胃袋が激しく主張してくるに至って、このままでは埒が明かないと、鈴なりの女たちに、
「やかましい。余計に腹が減る。そんなに男が欲しけりゃ、裸でいろ。野獣どもが喰いにくる」
と、暴言を吐いた。
セドの暴言は女たちの顰蹙を買った。セドの狙いどおり。
「下品な人ね!」
こうしてセドは、無事(?)に女たちの魔の手から逃れる人ことに成功した。
「何の集まりか知らんが、リゼットがいないんじゃ、つまらん」
セドは色恋に興味は薄かったが、リゼットだけには惹かれていた。何故なら、
(リゼットは侍女じゃねぇだろ。どういうつもりで侍女なんかやってんだか……)
と、野生の嗅覚で、リゼットが侍女でないことを見抜いていた。
リゼットの知られざる裏の顔にセドの興味はウナギ登り。いつか正体を暴いてやりたいと意欲に燃えているのだが、今の所、リゼットは尻尾も掴ませてはくれない。
だから、リゼット企画の行事には百パーセントの出席率のセド。どんなに下らないと思っても、リゼットの近くでリゼットの行動を見張るために、セドは頑張っていたのだ。
そこに色恋が絡まないあたりはセドらしいのだが、本人にその自覚は全くないのだった。
ヴァイシュいわく、
「セドは一生独身だねぇ。女より食い気。しかも戦いにしか興味がないんだから。男前なのに勿体ないねぇ」
という、身も蓋もないのが、セドという男だった。
実は奏に「セドさんって残念なイケメン」と影で言われていたことなど知るよしもない。
そんな風に残念がられているセドといえば、当初の目的をようやく果たせると、料理が並んだテーブルに陣取って、異世界料理に舌鼓を打っていた。
「さすが将軍だ」
アリアス渾身の料理をそれこそ貪る勢いでセドは攻略していた。
どの料理も絶品。特に異世界の「カレー」にセドは箸が止まらなくなっていた。
「辛い。美味い。辛い。美味い。この辛さが癖になるな」
「そうよね。でも、もう少し辛くても美味しいわよね」
「そうだな」
「リゼットに頼もうかしら」
「それはいいな」
セドはカレーを頬張るのを止めた。
同じテーブルに、自分と同じように料理に夢中の女がいることに気付いてはいたが、暗黙の了解で互いが手を付けた料理の皿は奪わないように食べ進めていたので、まさか流れるように会話が成立するとは思っていなかったのだ。
本当に自然の流れで料理について語り合っていたが、珍しくセドはその女に興味を引かれた。リゼットと同じ匂いしたから。
「あんた、誰だ?」
「私? シルヴァーナ・エルサ・メイエリングよ」
(メイエリング……。どこかで聞いた気がするが思い出せん)
もとより記憶することが苦手なセドは、異世界料理を小さな口で上品に、恐ろしい勢いで食べ進めている、自分よりかなり下の位置になっている蜂蜜色の髪の女を見下ろし、
「セドだ」
と、思い出すことを放棄して、名乗った。
名前については思い出せないのならそれでいい。
「あなたがセド……」
「俺は有名か?」
「ある意味でね」
シルヴァーナは意味深な視線を飛ばしてきた。
「メニリューンの害獣指定が解除されたわ。あなたのお陰で」
「……俺は知らん」
暗殺者が勝手な噂を流してくれたお陰で、セドは肩身が狭い思いをしていた。
凶悪な顔をしていて、可愛い物が好きなんて噂が、騎士団中を駆け巡ってしまい、もはやどんな言い訳をしようが聞く耳などない連中が、セドを楽しくからかってくるので、セドの忍耐力は試され続けているのだが、シルヴァーナには内心の動揺を悟られないように素っ気なく返した。
「ふふっ。そういうことにしておくわ」
「……」
「あ! そうそう! 今度、おじい様と手合わせする予定なの。セドも一緒にどう?」
セドは目を瞬いた。いきなりの話題転換についていけない。
「あんたの爺さんと手合わせ? 爺さん死ぬだろ」
「あら。おじい様は強いわよ。あなたが死なないといいけど」
「へぇ」
老いぼれに何ができるのか。セドは興味を引かれつつも、表情を変えずにいた。
「明日、迎えに行くわ」
「勝手に決めるな」
「あなたが後悔しないなら、私は一人で行くわ。おじい様は山にいるの。……だから、お弁当を持参でいくわ。アリアス様のお手製よ」
「……腹ごなしのついでだ」
「ふふっ。そうこなくっちゃ」
◇◇◇◇
シルヴァーナは早朝にやってきた。セドは眠気をかみ殺しつつ、シルヴァーナと馬を走らせていた。
「遠いのか?」
「そうね。お昼過ぎには着くわ」
セドは言葉少ないシルヴァーナを訝しく思いながら先を急いだ。
昼を前に将軍特製の弁当に舌鼓を打った後、いざシルヴァーナの祖父を前にして、セドは恐ろしい殺気を浴びせられて固まっていた。
「シルヴァーナや。そこな若造は誰だ?」
殺気の主はセドを縫い付けたまま、孫のシルヴァーナに優しく声をかけた。眼光は鋭いままで口調とは合っていないが。
そんな祖父に対して、シルヴァーナは気色を浮かべて、セドを紹介する。
「私のお婿さんです!」
「ぶほぅっ!!」
セドは吹き出した。幻聴が聞えた。
「ほおう。そんな戯言をほざく命知らずがいたとはな……」
「大丈夫です。おじい様に命を取られたりしません」
「そこそこできそうだが……死ね!」
幻聴に踊らされて戸惑っていたセドだったが、頭上から振ってくる剣には反応した。あわや真っ二つになる寸前に紙一重で避ける。
「……っ! な、なにか誤解をっ! 結婚どころか昨日知り合ったばかりだっ!」
「誤解? 我が孫が気に入らないと?」
「いやいや! 気に入るとか気に入らないとかじゃなくてっ!」
セドは一瞬でも気を抜けば斬り刻まれそうな攻撃を、辛うじて避けながら、いつの間にか発生した誤解を解こうと必死だった。
「手合わせする」と言うから興味を引かれて着いてきて、シルヴァーナには指一本触れていないというのに、どうして結婚話が持ち上がったのか、見当もつかない。
「ほう。気に入らないとな……」
「いや、だからっ!」
「どこが気に入らん!」
「どこ」と問われたセドは、楽しそうに観戦しているシルヴァーナを横目でチラリ。
「美人だな」
かなり今更だが、シルヴァーナは女神もかくやの美しさだった。蜂蜜色の髪は朝日に輝く川を想像するように華奢な身体を被っている。
深緑の目は切れ長で、女性にしてはキツい容姿であったが、まろやかな頬の曲線がそのキツさを緩和させていた。
そのまま舐めたくなるような綺麗な肌が妙な色香を放っていた。
今まで目に入っていなかったのが不思議なほどに、セドを惹き付けてやまない。
「だろう!」
孫娘を褒められたシルヴァーナの祖父は満面の笑みだ。心なしか攻撃が緩んだ。
その隙にセドは、シルヴァーナを頭の上から爪先までゆっくりじっくりと視姦した。
シルヴァーナがその視線に敏感に反応して、頬を赤く染める。
「馬鹿者がぁああ! どこを見ているのだ!」
「どこって……、全身だが?」
「そんなイヤらしい目で我が孫を見るのではない!」
「いや見るだろ。見ない男は男じゃねぇな。極上の女を見ないなんて男が廃る」
「むうぅううううううううううう……」
セドの持論にシルヴァーナの祖父が臍をかんだ。孫娘を褒められて嬉しいが、じっくりと見られるのは気に入らないのだ。
「それに結婚したら見るだけじゃ済まないぞ。……そりゃあ、色々と……」
シルヴァーナの痴態に想像を巡らせる。結婚に微塵も興味はなかったが、それもいいか、とセドはシルヴァーナに熱い視線を送った。シルヴァーナの頬が益々赤くなる。
それを見たシルヴァーナの祖父が猛り狂う。
「我が孫が欲しくば、私を倒せい!」
「了解だ」
セドは戦闘体勢に入る。獲物は二人。舌なめずりをして獲物の動向を窺う。
「……む。シルヴァーナや。面白い婿殿だ」
「そうでしょう! 一目惚れなの!」
「ほほう。殺してはいかんか?」
放たれた殺気をセドは受け止めた。しかし、獲物二人の会話は続いている。
「駄目よ! おじい様は後継者探していたでしょ!」
「将軍はアリアスに決まったはず。それに次はスリーが控えている。婿殿の順番はその次になるが?」
「おじい様が鍛えればすぐよ!」
「まあ。そうか……」
セドは二人の会話を唖然として聞いていた。
「……将軍? ……メイエリング……元将軍!?」
風の噂で元将軍が山に籠もっていることは知っていたが、それがシルヴァーナの祖父とは思ってもみなかった。
「ふっ。今頃気付いたのか」
「ふふっ。セドのそういうところが可愛いのよね」
セドは二人の獲物から笑われて、あまつさえ「可愛い」などと言われて、茫然自失となった。
そして、その間にシルヴァーナとの結婚が確定され、それから三ヶ月間、メイエリング元将軍と山に籠もって、シルヴァーナを賭けた果たし合いをする羽目になるのだった。
シルヴァーナの愛を乞うより先に、シルヴァーナとの結婚を許されたセドは、結婚当日にやっとシルヴァーナをかき口説くという順番無視の恋愛劇を繰り広げ、後にヴァイシュに大爆笑され、フレイに気の毒がられるのだった。