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療養先は!?  作者: 春夏秋いずれ
番外 合コン編
163/201

フレイの場合

 フレイは、リゼット主催の合コンパーティーに強制参加させられていた。

 「遠征隊のために用意した褒美のようなものだ」と言われては断りきれなかった。


 リゼットが絡んでいるなら、ただでは済まない、とフレイは学習していたはずだが、煌びやかな女性に囲まれるに至って、何故死ぬ気で断らなかったのか、と激しく後悔していた。

 何の因果か、パーティー開始と同時に女性たちが大挙して押し寄せてきた。

 一人二人ならともかく十数人も一度にこられては、フレイでも相手をしきれず困惑するだけだった。


 女性達は隙あらば、フレイに触れようとしてきた。そこに女性達の競争原理が働き、フレイはもみくちゃにされた。

 しばらく我慢していたフレイだったが、騎士服を脱がされそうになった段階で、さすがに堪忍袋の尾が切れた。

 女性に乱暴を働くわけにはいかない、という自制心は、この時には既になくなっていた。


「俺に触るんじゃない!」


 フレイが語気を荒げると女性達が一斉にフレイを見た。どの顔もフレイがこんなに怒るとは思わなかった、という表情でポカンとしていた。

 フレイは女性達の動きが止まった隙にその場から逃げ出した。


 そして、フレイはそこから情けないくらい、こそこそ行動する羽目になった。いい加減こんな茶番を演じるくらいなら帰ろうとしたところで、調達隊の仲間の一人であるヴァイシュを見つけた。

 どうやらヴァイシュも帰るようだ、とフレイは声をかけよと考えたが、絡まれると面倒な性格を思い出して思い止まった。


 フレイは一人で帰ることを決めたが、途中で料理の匂いにつられて方向転換した。将軍の料理を食べずに帰るのは非常に勿体無いだろう。

 それに調達隊で苦労して狩ってきたブルーリールの肉も料理として振舞われている。せっかくだから食べて帰ろうと決めた。


 どのみち恋人を作る予定はない。

 リゼットが帰ったことを聞けばいい顔をしないだろうが、知ったことではない、とフレイは開き直った。


 パーティーは立食形式だったが思った以上に料理は豪華だった。将軍はパーティーに参加せずに料理に専念するということだったが、腕によりをかけたようだ。

 フレイはリゼットと違って食い意地がはっているわけではなかったが、目の前の料理の数々には思わず唾を飲み込んでいた。

 いそいそと料理を取り分けようと皿に手を伸ばすと、後ろから誰かがぶつかってきてフレイは鼻白んだ。

 今日は厄日なのか。何か行動をおこす前に邪魔をされるようだ。


「ああああ!!! ごめんなさいぃぃ!!!」


 悲鳴のような謝罪を浴びせられた。

 フレイは仕方なく背後を振り返った。


 そこには大きな目に涙を溜めた女性がいた。手に持った皿には何も乗せられていないが汚れているということは、そこに料理が乗せられていたのは間違いないだろう。

 とすると、その料理はどこに消えたのか。女性の慌てようからフレイは嫌な推測を導き出した。

 案の定、料理はフレイの背中にべったりとこびりついていた。


「わ、わたしはなんてことをしてしまったの!! もう死んでお詫びするしか!!」

「……必要ない」


 フレイは女性の言葉にギョッとしたものの、極めて冷静に女性を制止した。この程度のことで死なれては困る。


「でも騎士様! そんな高そうな服なんて弁償できないぃぃ!!!」


 それは当然だろう。騎士服はそれ相応の生地を使っている。

 特に今日は、正装に近い格好をフレイはしていた。

 式典用に比べれば地味な装いだが、それなりの格好だ。普段着ている訓練用とは違って、騎士服は簡単に弁償できるような値段ではない。

 それに女性は貴族には見えなかった。城の侍女ではないだろうか。女性が庶民だとすれば、まず弁償は不可能だ。


「ちょっと落ち着け。弁償は必要ない。それに請求先は決まっているから気にするな」


 城の侍女ならリゼットと知り合い、もしくは友人だろう。

 弁償の請求はリゼットにすればいい。強引にフレイを参加させたのだから、そのくらいは当然してしかるべきだ。


「ほ、本当に?」

「ああ」


 フレイが女性を安心させるように言えば、女性はボロボロと大粒の涙を流した。本当に命の危険を感じたのだろう。震えていた。


 フレイは貴族だ。女性の不始末を罰することができる。

 しかし、フレイは身分差を嵩にきるようなマネは死んでもごめんだった。

 それにこの程度で、いちいち怒るほど短気ではない。その辺はもう奏やリゼットで慣れている。甚だ遺憾ではあるが。


「騎士様! このご恩は決して忘れない!」

「大げさだな」

「とんでもない! 騎士様は神なの!?」

「なんだそれは……」

「だって首を斬られなかった!」


 いくらなんでも斬ったりはしない。罰を与えるにしてもそれでは重すぎるだろう。


「騎士が城の者を斬ったらまずいだろう」

「そんなことない! わたしは何回か貴族の……あわわわ!」


 女性は余計なことを言いそうになったのか慌てだした。フレイはそれを咎める気にはなれなかったが、興味はひかれた。


「貴族に何かされそうになったのか?」

「……なんでもない」

「ふぅん。やっぱり弁償させるか……」


 フレイが意地悪を言うと、女性は激しく動揺した後、観念したように過去の過ちを語りだした。


「一度目はうっかり転んだ時に掃除用具を騎士様にぶつけて怒鳴られて、それから二度目は近所の子供が変態の餌食になりそうだったから助けようとして、貴族の方に目をつけられて……えーと他にもいろいろあったけど、とにかく二度とも剣を突きつけられたことはたしかで……」

「転んだのは不可抗力だな。それに子供を餌食にするような変態貴族が城にうろうろしているなんて恐ろしいな。ちょっとそいつの名前か、特徴を教えろ」

「へ?」

「おまえに非はない。それとも変態は野放しでいいのか?」

「いいえ! 変態はいまだに活動中! 退治してくれるの!?」


 変態は駆除する方向で進める。憂さ晴らしにちょうど良さそうな獲物だった。

 フレイはすぐにでもゼクスに許可を求めることを心に決めた。


「すぐに変態は排除される。もう心配はいらないな」

「き、騎士様! あなたはやはり神!」

「やめろ。フレイ・オーバーライトナーだ。フレイと呼べ」


 勝手に神聖化をする女性を黙らせるようにフレイは名乗った。

 女性の名前を聞いていないと口を開こうとして、女性が驚愕の表情を浮かべていることにフレイは気づいた。


「どうした?」

「あなたが、あのフレイ・オーバーライトナーなの……」


(あのって、何だ)


 フレイは訝しんだ。そして、嫌な予感に顔を引きつらせた。これは間違いなくリゼット絡みだ、と直感する。


「説明してくれ」

「え? リゼットさんを追いかけまわしているへん……、じゃなくて人だって噂に聞いたけど。振られたのに未だにしつこくしている、とか……」


 女性が言いかけた言葉はフレイを打ちのめした。女性は気を使って途中で止めたが「変態」と言おうとしていたのは、聞き違いではないようだ。

 それにリゼットに振られたことになっている。告白さえしていないのに、何故振られる。


「それは俺じゃない。それにリゼットに振られていない」

「まさかこれから告白!?」

「あのな。好きでもない女に告白なんかするか!」


 女性が目を見張った。そんなに驚かれる理由がフレイには理解できなかった。


「あんな美人のリゼットさんを好きじゃない人なんているんだ……」

「美人は認めるが、性格が問題だらけだ」


 リゼットは騎士がこぞって惚れるような美人だが、常日頃から振り回されているフレイは、いくら美人でも惚れたりしない自信があった。

 リゼットに惚れたりしたらこの先は波乱万丈な人生を歩まされることなる。そんな人生は遠慮する。


「騎士様は素敵だから美人じゃないと釣り合わない」

「リゼットから離れてくれないか……」

「リゼット以外にもたくさんいるよ?」


 女性がある方向を指差した。

 フレイはギクリと身体を強張らせた。あの女性の集団には覚えがある。


「騎士様? もしかして隠れているの? でも隠れきれてないけど……」


 フレイは思わず女性を盾に身を隠そうとした。冷静な判断を失っていた。


「わ、悪い」


 フレイは盛大にため息をついた。今日は本当にろくでもない日だ。


「騎士様。こっち向いて」


 フレイは恐ろしい集団に背中を向けるように女性に促された。


「これなら寄ってこないよ!」

「そうだな」


 フレイの背中は料理の汚れで酷い有様だ。

 あの女性の集団は貴族だろう。服を汚しきった男には近づきもしないはずだ。

 フレイは「助かった」と安堵した。騎士服は脱ごうと考えていたが、このまま着ておくのが無難だろう。


「本当にごめんなさい。これじゃ女の子と話ができないね……」

「いやいい。料理を食べたら帰るつもりだ」

「騎士様は恋人いらないの?」

「なあ。その騎士様って、やめないか」


 名乗った意味がない。それにいつまでも「騎士様」と他人行儀に呼ばれるのは、どうだという話だ。


「じゃあ、フレイ様?」

「フレイって呼べ」

「どうしよう。呼んでも怒らない?」

「呼べよ」


 フレイは不毛な会話を打ち切るように言った。

 女性はフレイを貴族と見ているから遠慮しているが、フレイはいうほど偉い身分ではない。貴族としては底辺だ。


「フ、フレイ! いっちゃった!」


 女性は「えへへ」とはにかんだ。


「お前、名前は?」

「ユスティカっていうの」

「ユスティカは誰かと話をしなくていいのか?」

「話しているけど」


 ユスティカはフレイを指差した。

 フレイはそういう意味で言った訳ではなかったが、ユスティカと話していれば、女性達に追い回される心配がないかもしれない、と考え直した。


「フレイはリゼットにどんな人が好みだって教えたの?」

「好み? リゼットにそんなことは聞かれていない」

「ええ!? だってリゼットは参加者全員に聞いて回っていたはずだよ!」


 リゼットがこのパーティーに並々ならぬ意欲を燃やしていることは聞いていたが、まさかそんな面倒なことをしていたとは驚きだ。

 そして何より一人蚊帳の外に置かれたフレイはリゼットに疑惑を持った。

 参加者の好みを把握しているリゼットが動いているというのに、何故フレイだけが女性に追い回される羽目に陥ったのか。

 それは即ち、リゼットがそう仕向けたに他ならない。


「あいつは俺をどうしたい……」


 奏に振られたフレイに追い討ちをかける所業だった。

 振られたことはいい加減ふっきれてきたとはいえ、リゼットに玩ばれているようで腹が立った。


「フレイはリゼットと仲がいいんだね」

「ちょっと縁があっただけだ」

「そうなんだ。フレイは美人が好きってわけじゃないんだね」


 フレイは特に女性を選り好みしたことはない。過去に美しい女性と付き合ったこともあるが容姿で選んだわけではなかった。


「さっきからやけに美人を推すな」

「美男美女! 素敵だよ!」

「へぇ。俺はいい男か?」

「そりゃあ!」


 フレイは冗談で言ったつもりだった。

 それをユスティカに真顔で返されて面食らった。


「ああ! 私ってば素で恥ずかしいことを言っちゃったよ!」

「そうだな。誉められて悪い気分じゃないが、そんな風にいえば男に勘違いされるぞ」


 ユスティカは頭で考える前に言葉がでてしまう性格なのだろう。この調子でうっかりを連発するから貴族に睨まれるのだ。

 フレイはおっちょこちょいのユスティカが心配になった。ユスティカは放って置けば、また何か仕出かしそうである。


「フレイは勘違いした?」

「してないな」

「なんだ、残念」


 ユスティカはしょんぼりしていた。

 フレイは慰めるようにユスティカの頭を撫でる。


「勘違いしてやるから落ち込むな」

「へ? なんで!?」

「気に入ったからだ」


 ユスティカのフワフワしている蜂蜜色の髪を指に絡ませて言えば、ユスティカは驚きに目を見張った。

 最初の時にも思ったが、ユスティカの目は零れ落ちそうに思えるほど大きかった。キラキラと輝く瞳がフレイを捉えている。


「ユスティカの瞳は紫色なんだな。どんな色に変化するか見てみたい」


 セイナディカでは珍しい色合いだ。少し薄い紫はユスティカによく似合っていた。


「私は美人じゃないよ!?」

「いい加減それから離れろ」


 ユスティカはたしかに美人ではなかった。どちらかといえば可愛い系統の顔立ちだった。くるくると変わる豊かな表情がそう見せているのだろう。


「……『美人は三日で飽きる』って言葉が異世界にはあるらしい」

「たった三日!?」

「ユスティカは三日で飽きられたいか?」

「そんなの嫌だよ!」

「もう俺に美人を勧めないな?」


 ユスティカは躊躇いを見せた。

 フレイはここぞとばかりに畳み掛ける。


「俺は三日でユスティカに飽きられるかもな」

「ありえないよ! フレイに飽きるわけないもん!」

「じゃあ問題ないな」


 フレイはそういうと騎士服を脱ぎ去った。もう汚れた姿を晒しておく必要はない。


「ユスティカは次の休暇はいつになる?」

「え? 休暇は明後日だけど……」

「わかった。どこに迎えにいけばいいんだ?」

「フレイがどうして迎えにくるの?」


 困惑しているユスティカにフレイは誘いをかける。


「デートの誘いなんだが……」

「……デート」

「嫌か?」


 性急すぎたかも知れない、とフレイはユスティカを窺った。ユスティカは眉間に皺を寄せていた。


「嫌じゃないよ。でも、着ていく服がないよ」

「服は贈ろうか?」

「え? そ、そんなことしないでよ!」

「着飾ったユスティカを見たかったんだけどな」


 大げさに言えばユスティカは狼狽した。

 フレイは冗談が過ぎた、とユスティカを安心させるように微笑んだ。


「普段の格好でかまわない。俺もそうする」

「騎士服じゃないの?」

「そうだな」

「格好いいのに……」


 ユスティカは騎士服がいいようだ。


「俺と付き合えばいつでも見られるぞ」

「え? つきあうの?」


 少し不安そうにするユスティカにフレイは、勘違いの元となっている不安の原因を取り除くように説明する。


「俺は貴族といっても身分は低い。それに次男だ。家を継ぐ必要がないから騎士でいる」

「実家に帰らない?」

「帰る予定はない。ユスティカを紹介するために帰るということはあるかもな」


 先走り過ぎたことを言えば、ユスティカが狼狽えた。

 結婚をチラつかせたのは早かったか、と思っていたが、ユスティカの心配はまったく違っていた。


「私で大丈夫なのかな。ご両親はやっぱり貴族のお嬢様がいいんじゃ……」

「大丈夫だ。母親さえ攻略できれば問題ない」


 フレイの母親は可愛い物が好きだった。それでいけば、ユスティカを気に入らないということは決してない。

 そして、母の尻に敷かれている父については、それこそ簡単だ。


「そう? でも、あ、あれ? どうして結婚することになっているの?」

「俺は結婚前提で付き合いたい」

「いいのかな。こんな男前と付き合ったりして刺されないかな」


 ユスティカの見当違いな心配にフレイは噴き出した。

 健全な付き合いしかしたことがない。さすがに女性の恨みを買って刺されるようなことはないはずだ。

 それにユスティカを害するような真似をさせるつもりはない。


「心配はないから安心しろ。それにリゼットに言っておけば、大事にならないだろ」

「リゼットさん公認なら安心ね!」

「そうだな」


 釈然としないが、リゼットに任せておけばユスティカの安全は守られる。


「それで返事は?」

「あの、お願いがあるんだけど……」


 ユスティカが、もじもじしながら言いづらそうな顔をした。

 フレイはそんなユスティカの可愛らしさに、どんな願いでも叶えたい、と思ってしまった。


「言ってみろ」

「騎士服のフレイに求婚されてみたい」

「いいぞ」


 ほとんど求婚しているようなものだが、もう一度ユスティカには正式に求婚することにはなる。その時は正装する予定だ。それは騎士服になるだろう。


「ほ、ほんとに?」

「本当だ」

「じゃあ、お付き合いする!」


 ユスティカの返事は嬉しいが動機が微妙すぎた。

 好かれているのは分かっているが、騎士服に釣られているだけだ、とは思いたくない。


「デートが楽しみだな」

「うん」


 フレイは嬉しそうにはにかむユスティカに我慢しきれず、衝動的に唇を奪っていた。

 顔を真っ赤にしたユスティカに満足して、フレイは合コン会場を後にした。

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