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第160話

 スリーに与えた時間は五分。きっと本気のスリーはすぐに追いついてくるはずだ。


(もっと時間をとればよかったかも……)


 騎士との身体能力の差を測り間違えた、と奏は焦っていた。

 スリーから逃げ切るには時間が足りない。もたもたしていたら目的地にたどり着く前に捕まえられてしまいそうだ。


 ここは奏に与えられた自室へいたる廊下だ。

 奏は足がもつれそうになりながら、必死で城の廊下を駆け抜けていた。


 奏はセイナディカにきたばかりのことを思い出した。

 こうして無人の廊下をひた走った。あの時は軽く感じる身体に有頂天になっていた。


 しかし今はどうだろう。自分から仕掛けたとはいえ追われている。それも国の誇る英雄と呼ばれる騎士に。

 奏は後ろから聞こえてきたかすかな足音にハッとする。スリーが追いついてきたのだ。


(もう? うそでしょ!?)


 スリーを決して侮っていたわけではない。五分ならぎりぎりいけると思ったが、とんでもなかった。

 後ろを確認する余裕はなかった。確実に足音は近づいてくる。


 奏は速度をあげた。追いつかれることは考えないように無心で走る。あともう少し。

 背後に威圧感がある。スリーが間近に迫っていることをヒシヒシと感じる。


 奏は部屋にたどり着き、開いている扉に目を見張る。

 誰かは知らないが、開けておいてくれてありがとう、と感謝の念を送りながら部屋へ飛び込む。


「カナデ!」


 とうとうスリーに追いつかれた。

 奏はスリーの気配を感じながらも走る速度は落とさなかった。


 そしてバルコニーに走って行くと躊躇せずに飛び降りた。


「な!」


 スリーの驚く声が頭上から聞こえた。

 奏は着地と同時にくるりと振り返ると、バルコニーから飛び降りようとするスリーに待ったをかける。


「スリーさんはそこにいて!」


 奏は乱れた呼吸を整えるように深呼吸を繰り返す。やはり時間が短すぎた。全力疾走は少し身体に負担をかけたようだ。

 あまり成長していない。こんなことではスリーに心配をかけるばかりだ。

 けれど以前とは少し違う。バルコニーから飛び降りてもわりと平気だった。

 前の時は足に痛みを感じた。それを感じなかっただけでもよしとしよう。


「カナデ。平気なの?」

「うん。大丈夫。十点満点中六点ってところかな」


 あの時のフレイが八点だとすると奏は五点以下だった。少しは進歩しているようだ。


「まさかまた飛び降りるとはね」

「驚いた?」

「あまり冷や冷やさせないで欲しいね」


 心配性のスリーの心は穏やかではなかったようだ。


「王様が普通はこんな所から飛び降りるなんて無理だって」

「そうだね。騎士でも厳しい高さだよ」


 騎士でもなかなか無理のある高さだ。そもそもここから飛び降りようとする人間はまずいないのだが……。

 奏自身も二度ここから飛び降りることになるとは思っていなかった。最初のきっかけは事故のようなものだったからだ。


「カナデ、どうしてこんなことしたの?」

「ちょっと確認したかったんだよね。あとは決意表明かな。普通じゃないことができるんだからそんなに心配しなくていいよって所をスリーさんに見て欲しかったんだよね」


 病気が治らないのは仕方ない。それでスリーが心配をするのもある程度は納得できる。

 でも、いつまでも過保護に接して欲しいわけではない。スリーに負担と思って欲しくはない。


「……わかったからもう無茶はしないで欲しい」

「うん。もうしない」

「じゃあ、そっちに行っても──」

「まだ駄目」


 バルコニーから飛び降りて見せたのはただの確認だ。


 奏にはもう一つの目的があった。

 それを実行するまではスリーを近寄らせるつもりはない。うっかり止められては困るから。


 奏は大きく深呼吸をする。緊張から頬が高潮する。

 その緊張をスリーに気取られる前に、奏はもう一度大きく息を吸い込むと想いのたけを叫ぶ。


「スリーさん! 私と結婚して下さい!!」


 スリーに顔に穴が開くのではないかというくらい凝視される。沈黙が痛い。

 奏が失敗した、と思った瞬間、スリーがバルコニーから飛び降りた。


「じゅ、十点満点!」


 スリーの見事な着地。羽が生えているのではないかと錯覚すらしてしまった。

 スリーは無言で奏を見下ろす。

 そして、奏の前に跪くと手を取り口づける。


「喜んで」


 奏の必死の逆プロポーズに対する返事は肯定。奏は心臓を押さえた。喜びが苦しいくらいに押し寄せてくる。


「いつもカナデには驚かされるね。まさか求婚されるとは……」


 スリーはそういうと子供を抱くような体勢で奏を抱き上げる。スリーの頭より高くなった視線に奏は驚いたものの大人しくスリーの腕に納まった。


「責任をとろうかと思って」

「何の責任?」

「スリーさんを不安にさせたから……」


 スリーが感じていた不安に今の今まで全く気づかなかった。いくら恋に有頂天になっていたとしてもそれはない。

 しかも周りはスリーの態度に気づいていた。たぶんアリアスだけではなく宰相も気づいていたはずだ。

 それなのに奏は考えもしなかった。いつか奏がこの世界から去るとスリーが思っていたなんてことは。


「……情けないね。答えを聞きたくなくて先延ばしにしたからこのザマだよ」

「スリーさんは情けなくなんかないよ。私がはっきりしなかったのが悪いんだから」

「俺はそれを聞きさえしなかったよ」


 スリーはいくらでも機会があった。それにもかかわらず聞くそぶりさえ見せなかった。態度にでてしまっていたが、それは故意ではなかったのだ。


「でも今日は聞こうとしていたんだよね?」

「いや少し違うよ。距離を置こうと思ったんだよ。すぐには無理でも少しずつなら離れていけると思ったからね」

「私が帰る前提なんだね……」


 スリーは奏を手放す気だった。それを聞いて奏はガックリと落ち込む。


「強引に攫ってどこかに閉じ込めて帰したくはないと思ったよ。でもそれはしたくなかった。カナデが幸せでなければ意味がない。俺一人が幸せだったとしてもね」


 仄暗い感情を吐露するスリーに奏は驚く。スリーは気持ちを押し殺してまで奏の幸せを優先してくれたのだ。


「監禁もありだったかな」

「俺の趣味じゃないね。カナデは監禁されたかったの?」


 奏はフルフルと首を横に振った。そんな趣味は持ち合わせていない。ただ、愛されていると実感できそうと想像しただけだ。


「さっきね、アリアスに会ったんだ。スリーさんが私から距離を置いたらアリアスが黙っていなかったと思うけど」

「そうかも知れないね」


 アリアスはスリーが身を引くのを待っている。徐々に距離を置こうがアリアスには関係がない。少しでも隙を見せればアリアスはすぐに行動を起すはずだ。


 その時、奏はアリアスを拒める自信はなかった。スリーに振られて弱っているところを付け込まれたとしても縋ってしまいそうで。


 スリーはアリアスに散々弱さを責められていた。距離を置くことでアリアスがどう出るか分かっている。それを分かっていて距離を置くことを選択したスリーの気持ちが理解できない。


「スリーさんはそれでもよかったんだ」

「よくはないね。けれどアリアス様ならカナデが帰りたくないと思うほど、愛してくれたと思うよ」


 スリーはあくまでも奏の気持ちを考えて行動する。そこに自分の意志は必要ない、と思っている。


 奏はスリーに大して好かれていないのではないかと邪推する。プロポーズに答えてくれたのも奏の気持ちを優先しただけで、本当はあまり嬉しくなかったのではないかと……。


「私ね、この世界にくるまではずっと自分が我慢すればいいって思っていたんだ。こんな身体だから人に迷惑ばかりかけていたし、辛いって言えなかった。でも我慢ばかりしていても結局はそれで迷惑をかけることになって、意味がないことに我慢していたんだなって。我慢してもしなくても迷惑がかかるなら我慢しないほうがいいよね。迷惑をかけたとしても今度はその分を恩返ししたらいいって考えるようになったんだよね。それってスリーさんにも言えることだと思うよ。私はスリーさんに我慢してまで結婚して欲しいなんて思えないよ。結婚するならもっと私を欲しがって。じゃないと残る意味がないよ」


 奏がセイナディカに残る選択をした時に真っ先にスリーのことを考えた。この人と離れたくない、と思った。


 スリーと出会う前にも恋はした。けれど初めての恋は穏やかで燃えるような恋ではなかった。それこそ少し失敗したくらいで簡単に別れられる程度のものだった。


 スリーに恋をして今度は簡単に諦められるようなものではないと自覚した。スリーに最後のチャンスを与えたつもりで、奏自身も気持ちを確かめていた。


 もしスリーが追いかけてこなかったらどうするのか。自問して答えはとっくに出ていた。

 スリーが追いかけてこないなら今度は自分が追いかけようと。


 そのくらい諦められない恋をしていた。もうそれは愛と呼べるぐらいに強い感情だ。

 だからスリーの気持ちが少しでも奏と違っていたとしたら結婚はできない。そんな気持ちでは先は続かないからだ。

 奏は重い気持ちをスリーに押し付けていると自覚していた。


「……我慢していたつもりはなかったけれど、カナデが監禁して欲しいぐらい愛されたいと思っていてくれるなら遠慮はしないよ」

「監禁して欲しいわけじゃないよ。……あのスリーさんは本当に結婚してもいいって思ってくれている?」


 スリーは奏を帰したくないと思っていたようだが、距離を置く選択をスリーにされたことで奏の自信は揺らいでしまった。

 「遠慮はしない」という言葉さえ信じていいのか、もう分からない。


「俺は自分が辛くならないために間違った選択をしようとしたね。今更こんなことを言えた義理じゃないけれど、俺はもう気持ちを誤魔化したりはしないよ。カナデ、愛している。この先もずっと元の世界へ帰れると思わないで」


 奏は見上げてくるスリーの真摯な瞳を見ていた。

 そこにもう不安や恐れ、そして諦めの感情はなかった。ただただ愛しいという気持ちが伝わってくるだけだ。

 スリーにグッと抱きしめられる。

 スリーの力強い腕に抱かれて奏は歓喜する。


「スリーさん! 大好き!!」


 奏はスリーの頭を抱き寄せるとそっとつむじにキスを贈った。


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