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第159話

 リゼットからゼクスが蜜月中と聞いた奏は少し羨ましくなった。

 さすがに部屋に軟禁状態は嫌だが、スリーに激しく求められたいという願望は常にもっている。

 スリーとはまだ深い関係には至っていない。いつも何か邪魔がはいって進むことができないのだ。

 最近はスリーが護衛を外れたために会う機会がめっきり減ってしまった。時々デートはしていたけれど、奏は不満だった。


 もうゼクスは我慢を解禁して突き進んでいる。

 奏はスリーとの関係を深めたいと思っていた。

 スリーがゼクスのように我慢しているかどうかわからないが、もしそうなら奏としては「いつでもかかって来い」状態のため遠慮はいらない。


「でも、こっちから誘うのは、さすがにあれかな……」


 一度はいい雰囲気になった。その時はリゼットに乱入されて寸止めになって残念だった。

 それにスリーは誘われて困っているようなのだ。無表情なのであくまでも困っているような雰囲気を感じるだけだったが。


「明日は会えるよね。そのとき、探ってみようかなぁ」


 本当は今からでも突撃したい。けれど残念ながらスリーはいない。

 なぜならリントヴェルムが一度洞窟の様子を見に行くというから同行しているからだ。

 リントヴェルムの力が宿る鉱石を採掘したいという宰相の要望もあって、三日前から出掛けてしまっていた。

 明日には帰ってくると聞いていた。その時にスリーは何か話したいことがあると言っていた。


 いい機会だった。奏も今後について聞いておきたいことがあった。

 もうドラゴンの生け贄ではなくなったし、いつまでもお客様扱いを受けているわけにはいかない。そろそろ働くということも考えていかなければいけないだろう。そのあたりも相談したかった。


 実はゼクスにも以前から相談はしていた。けれど、働くことについてはいろんな問題が解決してから、スリーと話し合うように言い含められていた。

 ようやく何も問題もなくなったのだ。スリーと話しておかないといけないだろう。


「明日かぁ。スリーさん、早く帰ってこないかなぁ」


 スリーに会えない寂しさに奏は小さくため息をついた。


◇◇◇


 スリーが戻ったと聞いた奏は足早に廊下を歩いていた。逸る気持ちを抑えつつ急いでいると前からアリアスが近づいてきた。


「カナデ、そんな急いでどこに行くんだ?」

「ちょっとスリーさんと約束しているから」

「……なんだ。まだ別れてないのか。チッ、しぶといぜ」

「あのねぇ。いちいち突っかからないでよ!」


 アリアスは会うたびに別れるだのなんだの言ってくる。いい加減にして欲しかった。


「本当に約束があるのか?」

「なんでよ! 帰ったら話があるって言っていたし、約束しているに決まっているでしょ!」

「話? ああ、やっと別れ話をする気になったのか」

「ふざけないで!」


 さすがにカチンと来た。どうしたらそんな風に話を捻じ曲げられるのか。


「なんにも気づいてないのか」

「なにがいいたいの?」

「……まあいい。約束があるんだろ。さっさと行け」

「呼び止めておいて何? アリアスの馬鹿!」

「次に会った時は慰めてやる」


 アリアスは罵倒されたのに上機嫌になっていた。そして謎の言葉を残して去っていく。

 取り残された奏の頭は疑問で一杯になった。何を慰めるつもりかさっぱりだ。


「いったいどういうつもりなんだろ……」


 アリアスの言葉は不可解だ。いつも通りといえばいつも通りだが。

 ただ気になることはスリーの話を別れ話と決め付けていたことだ。


 奏はふと不安を過ぎらせた。あれはアリアスの戯言のはずだ。万に一つもスリーと別れることなどない。

 けれど心に錘をつけられた気分に陥る。


「ないない! 危なくアリアスに騙されるところだった!」


 アリアスの不吉な言葉を振り払うように奏は頭を振った。

 そして、呼び止められた時間が無駄とばかりに急いでスリーの元へ向かった。


 スリーと待ち合わせをしていたのは中庭だ。ここは何故かいつでも人気がない。

 最近はリントヴェルムがよく姿を現すということで見直されてきたが、それでもちらほらと人影がある程度だ。


 ここにはあまりいい思い出がない。もしかしたらそういう曰くがある場所かも知れない。

 奏はつい不吉なことを考えてしまった。アリアスの言葉が尾をひいているのだ。

 気を取り直してスリーを探す。それほど広くない中庭だ。すぐにスリーを見つけることができた。


「スリーさん! お待たせ!」

「いや」


 スリーは中庭に咲く美しい花を見ていた。

 奏が声をかけると振り返ったが目線は合わない。言葉少ないスリーの様子に奏は言い知れぬ不安を感じた。どこか空気が重い。


「スリーさん、もしかして帰ってきてそのままここにきたの?」

「そうだね」


 スリーの態度は素っ気無かった。久しぶりに会う恋人に対する態度にしてはぎこちない。

 奏は戸惑った。スリーがこんなに無口だったことは今までになかった。無表情を払拭するくらいにどちらかといえば口数が多かった。

 スリーが無言でいるとまるで気持ちが伝わってこなかった。


 奏はチラリとスリーを見る。それでスリーが何を考えているかわかるわけではない。スリーは基本的に無表情だからだ。


 しかしこの時のスリーは違っていた。何かを堪えているような厳しい表情をしていた。

 美しい花を見据える横顔は殺伐としていて近寄り難く、まるで仕事の最中であるかのようだった。

 いやそれよりも悪かった。

 奏が必死に視線を合わせようと顔を近づけても反応することはなかった。

 そのうえ顔を背けられた。あきらかに顔を見たくないという態度だ。

 奏はあまりのショックに言葉が出ない。呆然とスリーの横顔を見て突っ立っているだけだ。


 しばらく静寂が続いた。口火をきったのはスリーだった。


「本当は遠征から帰ってすぐに話そうと考えていた」


 スリーが拳を握りこんだ。

 ギリッという音が聞こえて奏は震え上がった。スリーの言わんとしていることが、決していいことではないとわかる。


「俺はもう──」

「スリーさん!」


 奏はスリーの言葉を遮った。嫌な予感がする。この先の言葉をスリーに言わせたくない。

 無駄な抵抗としりつつも奏は必死だった。スリーの腕を掴む。


 スリーがハッとして奏を見る。視線があって奏は息を飲んだ。

 スリーは辛そうな表情をしていた。スリーのこんなに悲しそうな眼を見たことがない。

 奏の脳裏にアリアスの言葉が浮かんで消えていった。


(うそ! 本当にスリーさんは別れ話をしようとしているの!?)


 この重苦しい空気は別れを感じさせた。

 奏はほとんどパニック状態だ。

 スリーとの交際は順調だったはずだ。喧嘩もしていない。思い当たる理由がなかった。


(わ、わたし、スリーさんに何かした?)


 奏は必死にこれまでのことを思い返していた。どこかでスリーが別れ話を切り出すような出来事があったのだ。


(え? なんで? さ、さっぱりわからない……)


 それでも何も浮かばない。奏は頭を抱え込んで唸った。だんだん悲しくなってきて涙が滲む。


「スリーさんはもう私が好きじゃなくなったの?」

「え? そんなことは──」

「じゃ、じゃあ、が、我慢させちゃっていたとか?」

「我慢ってそれ──」

「私に魅力がないのはわかるけど! はっ、まさか浮気を疑われて……」

「は? カナデが浮気はな──」

「これって別れ話じゃないの!?」


 頭の奥で何かがプチッと切れた。奏は抱え込んでいた頭を上げるとスリーを見据える。その眼から滝のように涙が溢れた。

 スリーと視線が重なった。驚きに眼を見張るスリーを奏は凝視する。霞む視界の先に揺れるスリーの瞳の奥に不安と恐れを見た。


 そこで奏は何かがおかしいと思った。別れ話にしてはスリーの態度は煮え切らない。

 愛情がなくなったわけでもなければ、奏の浮気を疑っているわけでもない。我慢については置いておくとしても恋人と別れたいと思っている人の態度にしては不自然だった。


 スリーから感じるのは不安と恐れ。それからこれは諦めだろうか。


(あ! まさか!)


 奏の中でカチリとパズルのピースが嵌った。じっとスリーの眼を見つめる。もう涙は流れなかった。


「ねぇスリーさん。私と別れたいの?」

「それは……」


 スリーは逡巡していた。はっきりと別れを告げない。スリーは決して別れたいわけではないのだ。


(そっか。やっぱりこれって別れたいって話じゃないんだ)


 スリーは奏に別れを切り出してはいない。何か心にわだかまっていることがあってそれを聞きたいのだ。

 そして、奏の答えによっては別れもありうるということだろう。

 思い返してみればスリーはつねに一歩引いていた。あれだけ奏がアプローチしても最後の最後でためらっていた。

 人目がある場所では触れてきた。そして人目がないところでは、触れてはくるもののそれ以上踏み込んではこなかった。

 それは人目があれば自制できたからだろう。スリーは自制する必要があったのだ。

 言い換えれば奏との距離をこれ以上深めたくないという意志の表れであった。

 ただそれは愛情がなくなったということではない。

 好きだから触れたい。けれど最後の一線を越えることはできない。スリーはそんなジレンマに苛まれていたのだ。

 奏はスリーの態度が腑に落ちて安堵した。そして憤った。


(はっきりしなかった私も悪いけどね。スリーさんは勝手に結論をだそうとしているよね)


 スリーはたんに恐れていただけだ。奏がいつか元の世界へ戻ってしまうのではないか、と。


 奏は確かにはっきりとスリーに言ったわけではなかった。

 けれどイソラが帰ったときに宣言していた。こちらの世界に残ると。

 それはスリーも聞いていたはずだ。


(あの時、イソラはなんって言ったっけ?)


 奏は思い出していた。イソラとの別れを。

 そして、その時にイソラが言った言葉をもう一度脳裏に思い浮かべる。


(えっと……「生贄になるような真似したら攫いにくる」だっけ? あとは「日本に帰りたくなったら呼べ」、それから「その男に愛想がつきたら俺が嫁にしてやる」って問題発言ばっかりじゃないの!)


 ついでにいえば了承の返事もしていた気がする。こんな問題発言をされていたらスリーが不安になるわけだ。

 それにあの時は混乱もしていた。きっとスリーは後になってイソラの問題発言を思い出したのだろう。

 イソラに「愛している」と言ったことは誤解がとけていた。それでもスリーの不安は呼び起こされてしまったのだろう。

 どうりで異常に過保護だったわけだ。あれは病気の奏を心配したというより、いつかくる別れを心の内に押さえ込んでいた反動だったのだろう。

 そしてトドメは奏が生け贄になることを撤回しなかったことだ。スリーはイソラがいつ攫いくるのかと戦々恐々していたはずだ。

 こんな状態でよくスリーは我慢できたものだ。

 奏はスリーと立場を置き換えて考えてみて思った。

 スリーはどれだけ我慢強かったのか。奏ならこんな不安をずっと抱えるくらいなら、涙をのんで別れを選んでいた。


(アリアスは気づいていたんだね)


 アリアスがしつこく「別れる」と言っていたのは、スリーの態度に気づいたからだ。

 奏が元の世界に戻ってしまうかも知れないという不安を、スリーが抱いていると見抜いていた。

 アリアスは終わりをスリーにつきつけて、後は別れるのを待つだけとゆったり構えていた。ときおりイラついてはいたが。


 奏は想像してみた。もしアリアスが恋人だったらどうだったか。

 きっとアリアスなら奏が帰りたくても返してはくれなかっただろう。何も言わずに奏を攫ったはずだ。

 アリアスは自分勝手だが迷うことがない。そういうところはスリーに見習って欲しいと思う。


 スリーは優しくて真面目だ。奏が嫌がることは決してしない。

 けれどもし奏が決断できないなら攫うぐらいして欲しかった。

 この場合、奏はセイナディカに残ることをとっくに決断しているから当てはまらないが、そのくらいにスリーに求めて欲しかった。

 あんな諦めの感情がスリーにあることを気づかせて欲しくなかった。


 スリーは悪くない。けれど、スリーが諦められる程度の感情しか持てないとしたら悲しかった。

 そして、奏はそれが酷く気に入らなかった。


(うん。決めた!)


 くだくだと悩むのはやめた。スリーが不安で仕方ないのなら解消すればいいだけだ。


「もういいよ。わかったから」

「カナデ? 俺はまだ何も──」

「スリーさんは何もいわなくていいよ」


 スリーが何を言おうがもう聞く気はなかった。

 スリーが一歩踏み出した。奏に触れようと手を伸ばす。


(さすが騎士だね)


 スリーは奏が逃げ出そうとする気配を敏感に察知していた。


「追いかけてはこないでね。でも五分たったら動いていいよ」


 奏は微笑んだ。

 そして脱兎のごとく走り出す。


(スリーさん。最後のチャンスをあげる)


 奏は勝手に終わらせようとしていたスリーに怒っていた。

 どうしてずっと不安に耐えていたのか。どうして一人で抱え込んだのか。


 スリーに当たる筋合いはないとわかっていた。それでもスリーにはもっと一緒にいることを望んで欲しかった。

 これでもしスリーが何の行動も起さなかったら、その時は覚悟を決めようと奏は決意した。

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