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第158話

 リントヴェルムお披露目の裏舞台をリゼットは面白おかしく語った。


「リントヴェルムの衣装ってそんな風になっていたんだね」

「ええ。侍女の総力をかけて作った力作です! 最終的には影も形も残りませんが国民の心には強く残ることでしょう!」


 リントヴェルムの衣装はドラゴンになったときに自然と細切れになる仕様だった。花吹雪にまぎれてチラチラと舞っていたのは衣装の布だという。


「リントヴェルムが国民の前で裸ってわけにはいかないもんね」

「そうなのですよ。最初リントヴェルム様は普通に裸になろうとしていました。危ないところでした」

「人型になれていないもんね。服は着ていても着ていなくても一緒なんだろうね」


 ドラゴンが裸になっても羞恥心はないだろう。つねに裸だから。

 それは人型になっても変わることはない。リゼットが止めなかったら露出狂を疑われていた。


「マガト様がなんとか言いくるめてくださいまして。一応はことなきを得ました。ドラゴンになる際は服が台無しになるとリントヴェルム様は恐縮しておりましたが」

「そういうところは律儀だよね。偉そうな口ぶりのわりに」


 リントヴェルムは尊大な口調とは裏腹に腰が低い。マガトに対してはとくに顕著だった。マガトに嫌われたくないばかりに低姿勢。大きいなりをしているのに残念なドラゴンだ。


「ですからリントヴェルム様にも楽しんでいただけるように工夫しました。布吹雪にするなら服が破れることが前提ですし、リントヴェルム様もとても喜んでおりました」

「本当に大変だったんだね。ご苦労様!」

「いえいえ。私より花吹雪担当は相当大変だったようですよ」

「そうなんだ。花吹雪担当って誰だったの?」

「アリアス様率いる騎士団です」


 リゼットにかかれば騎士団もただの何でも屋だった。アリアスが率先したとは思えない。とするとリゼットがゼクスに掛け合ったのだろう。


「あんなに大量の花をどうやって用意したんだろうね」

「リントヴェルム様が太古の庭で花を咲かせたのですよ。それを騎士団が必死で摘んだというわけです」


 花咲かじいさんならぬ花咲かドラゴンだ。

 しかも騎士団が花摘み。厳つい男達が綺麗な花をせっせと摘んでいたなんて笑える。


「その摘んだ花をリントヴェルムの衣装に仕込んだってこと?」

「そうです。国民から見えないように背中に吊るしました。リントヴェルム様は平然としていましたが、運んできた騎士たちはぐったりとしていましたよ」


 それはそうだろう。あの花吹雪はすぐに終わることはなかった。


「なにも手伝わなくてごめんね」

「大丈夫ですよ。重労働は騎士団が請け負ってくれましたし、衣装作りは侍女の管轄です。それにヴァレンテ様がおっしゃっていましたよ。カナデ様がシジマを連れ出してくれて助かったと」

「シジマが邪魔だったんだ……」

「ええ。あの男はろくなことをしません。手伝いにはならないので」

「リゼットはシジマに会ったんだ?」

「ええ。思い出したくもないですね! アリアス様が始末してくださると思っていましたが……」


 リゼットはシジマに大層な怒りを感じていた。それは奏を暗殺しようと企てたことが大きかった。


「リゼットはどこでシジマと会ったの?」

「リントヴェルム様と中庭にいたときですよ。最初は何事かと思いました。あの男が号泣してリントヴェルム様に謝る姿は滑稽でしたね!」


 リゼットはシジマが土下座をした現場にいたらしい。それにしてもシジマはリゼットに嫌われまくっていた。名前を呼ぶのも拒否されるとは。


「あのね、リゼット。シジマに怒るのも無理はないと思うんだけど──」

「怒ってはいません。抹殺したいだけです」

「えっとシジマの事情とか──」

「そんなもの聞く価値あるのですか?」


 リゼットは取り付く暇もなかった。どうやらシジマに関する事情は全く知らないようだ。


「ごめん、ちょっと聞いて欲しい」

「あの男を弁護するのですか」

「弁護っていうか、いろいろと誤解があるみたいだから、そこだけは知っておいてもらいたいんだよね。それでもリゼットがシジマを許せないと思うならそれは仕方ないことだけどね」


 シジマのしたことは許される類のものではない。それは奏も重々承知していた。けれど許す許さない以前にシジマの歩んできた人生をリゼットに知って貰いたいと思った。

 これからシジマはゼクスの元で生きていくことになる。必然的にリゼットと会うことも多くなるだろう。そうなったとき必要以上にわだかまりがあっては互いに大変だろう。


「何が誤解だというのです?」

「リゼットがどこまで聞いているかわからないけど、シジマも好きで暗殺を企てたわけじゃないんだよね」


 奏がリゼットに話したことは遠征についての簡単な概要だけだった。シジマについては何も言っていない。中途半端に情報を与えてリゼットの怒りに火をつけたくなかったからだ。

 とくにシジマは特異な存在だ。ドラゴンとの関わりもありすぎる。ゼクスがリゼットに説明をしていないのに勝手に話していいことではなかったのだ。


「私があの男について知っていることはたしかに少ないです。カナデ様を暗殺しようとしたこと、それからシェリル様を生け贄にするために召喚したこと。国を謀る重罪を犯しています。そこにどんな事情があろうと許せるものではありません。なぜゼクス様があの男を手元に置き、あまつさえ野放しにしているのか。私にはゼクス様の考えがわかりません」


 リゼットはゼクスにさえ不信感を持ってしまっていた。これはさすがにゼクスの失態だろう。いくらリゼット離れを決めたとはいえ、ほとんどリゼットは蚊帳の外だった。


「もう何をどう言ったらいいかわからなくなりそうだよ。王様も何しているの、本当に……」

「ゼクス様ならシェリル様と蜜月中です。遠征後からゼクス様とはまともに会っておりません」

「まさかシェリルと部屋に籠もっていたの!?」

「そうですが」


 奏は一度、シジマの決闘うんぬんの話をした時にゼクスと会っている。普通にしていたからまったく気づかなかった。

 もしやフレイはシェリルと部屋にいたゼクスに決闘の許可を貰いにいったというのか。フレイには悪いことをした。さぞかし気まずい思いをしただろう。

 今思えばやけにゼクスがピリピリしていた。その理由はシェリルとの蜜月を邪魔されたことを不快に思っていたからだろう。


「じゃあ、王様はリゼットにわざと黙っていたわけじゃなさそうだね」

「蜜月中のゼクス様がわざわざ一介の侍女ごときに何を語ろうというのでしょう。そんな暇、いえ時間など割こうとは思わないでしょう」


 リゼットは機嫌を損ねていた。あくまでもシェリルと蜜月中なので我慢しているといった感じだ。


「王様がそんな状態だって知らなかったよ。じゃあ、私がリゼットに言っても問題なさそうだね」

「そうですね。最初からカナデ様に聞くべきでした。ゼクス様はシェリル様といちゃいちゃすることに忙しいのですからね」

「ま、まあ、そこは許してあげて。王様もやっとシェリルに触れられるようになったわけだし……」


 ゼクスは我慢強い。それが今は完全に振り切れてしまった。リゼットをほったらかしにしても仕方ないだろう。


「わかっております。私とてシェリル様のことは喜ばしく思っております。ですが! リントヴェルム様のお披露目が無事に済んだというのに、まだシェリル様を離さないのですよ。シェリル様が心配でなりません」

「え? なにそれ。シェリルを監禁でもしているの?」


 そういえばシェリルの姿をしばらく見ていなかった。


「あれは監禁と呼んでも差し支えないかと……」

「も、もう少し様子をみよう。それでも駄目なら私がシェリルを救出するよ」

「そうしていただけると助かります」


 ゼクスが暴走した。気持ちはわからなくはないがシェリルがどうなっている心配だ。

 シェリルのことは気がかりだが、危害を加えられているわけではない。ゼクス次第だが気が済めばシェリルは解放されるはずだ。

 それより今はシジマの事情を上手くリゼットに伝えなくてはならない。

 奏はシジマに絆されていた。シジマ寄りの考えで話をすることになる。それでリゼットの心象が悪くなりはしないか不安だ。

 けれど、結局どう伝えてもリゼットの受け止め方次第だ。上手く伝えようと無理をして伝えきれないなんてことになったらそのほうが問題だ。

 奏は肩から力を抜く。思ったことをそのままリゼットに伝えよう。


「まずはシジマの正体なんだけど、すばり異世界人だったりするんだよ。あ、ちなみに私と同郷なんだ!」

「は?」

「五百年前にこっちの世界に落ちてきたんだって。でね、十六歳から不老になって──」

「ちょ、ちょっとお待ちください! まったく話についていけません!」


 リゼットに静止された。リゼットにとっては予想外のことばかりだったようだ。上手く伝えるもなにもシジマは普通ではないからそもそも無理だった。

 奏はあっけらかんと言った。


「いきなりでごめん。でもこれは序の口。シジマはもう存在自体がおかしいから!」

「え、ええ。あの男が普通でないことは分かっていました。というか分かっていたつもりでしたが……」

「シジマを普通じゃないって思うのは暗殺者だから?」

「いえ。なんというか言動が、意味が分からない言葉をわめき倒すのが、もはや異常としか思えないのです」


 リゼットは侍女で言葉遣いは丁寧だ。シジマの崩れた日本語は理解の範疇外だったようだ。弾丸トークにも慣れていないのかも知れない。


「あれは性格だから! あと日本語がおかしいせいだね! 若いから仕方ないところもあるけどね」

「そうなのですか。カナデ様の言葉は普通ですが」

「私は一応大人なんで。シジマみたいに話したりはしないよ。でも意味はわかるから話そうとすれば、まあ話せないこともないかなぁ」


 そうはいっても奏は若者言葉になじみはない。しかもシジマは色々と混ざっている。

 時には大人のような会話も普通にしてこなしているから普通にできないわけではなく、たんにふざけているのだろう。シジマの言葉は適当に聞き流すのが一番だ。


「カナデ様はそのままでお願いいたします」

「心配しなくてもシジマみたいになる予定はないから。マネするのは無理だよ。絶対に舌を噛みそう」


 シジマのマネは早口言葉を話すようなものだ。それに意味もない。シジマのアイデンティティーだと思って軽く付き合うぐらいがいいだろう。


「もう性格だけで無理です」

「あはは! まあそういわずに」

「……あの、五百年というのは本当なのですか?」

「そうらしいね。こっちに落ちてきたとき死にかけてドラゴンの血を飲まされたんだって」

「ドラゴンの血ですか……」

「人体実験をしている国に運悪く落ちたんだって。ドラゴンの血のお陰で死なずにはすんだみたいなんだけど、そのせいで不老になって五百年生きることになったから命を救われたとはいえないよね」


 シジマの命が助かったのは奇跡的だったが、人体実験によって苦しめられた代償は大きい。シジマは死んだほうがマシという苦痛を与えられた。生きていて良かったとは決していえない。


「リゼットはドラゴンの伝承を知っているよね。シジマは関係者だよ」

「それはいったいどういう……」

「シジマを人体実験した国は、ドラゴンを使役していた国でもあったんだよ。シジマが出会ったドラゴンの子供の親だったんだ。子供を盾にとってドラゴンを戦争に使っていたっていう話なんだけど、そのドラゴンが伝承のドラゴンだったんだよ」

「そんな酷いことが……」

「うん。セイナディカはとばっちりだったわけだけど、シジマはドラゴンを止められなかったことを悔いていてね。それでドラゴンのために人生を捧げてきたんだよ」


 ドラゴンがセイナディカで虐殺を行ったことはシジマのせいではない。それでもきっかけを作ったことをシジマは悔いていた。

 そしてこれはシジマが決して言わなかったことだが、シジマは生きていることすら悔いているようだった。

 セイラと出会ったことで生きていく意味を見出した。それからシジマの人生はドラゴン一色。まるでドラゴンのためだけに生きているようだった。


「十六歳ということですがそうは見えませんね」

「本人はまったく気づいていなかったみたいなんだけど、いつの間にか不老じゃなくなっていたみたいだね」


 シジマは自分よりドラゴンを優先する人生を歩んできた。そのせいか自分には無頓着で成長していることにまるで気づいていなかった。


「カナデ様の同郷ということですが黒髪ではないのですね。日本人は黒髪黒眼ではありませんでしたか?」

「シジマも昔はそうだったよ。でもドラゴンの血のせいなのか、死にかけたからなのか、それはわからないけれど、色素が抜け落ちてしまったらしいね」


 本人曰く年寄りみたいで嫌だというがシジマには似合っている。暗殺者としては目立ち過ぎて問題だったろうが、もう暗殺者ではないのだから日のあたる場所を歩いてほしい。セイナディカではそれほど目立つ色ではないのだから。


「それから〈ドラゴンの花嫁〉をセイナディカに広めたのはシジマだよ」

「え!?」

「〈ドラゴンの花嫁〉の物語を考えた人はセイラっていう人なんだけど、リントヴェルムのおじいさんの元へ生け贄になるために来た人でね。シジマはそのセイラさんの意志を継いでドラゴンの悪評を〈ドラゴンの花嫁〉を広めることによって覆したんだよ」

「そ、そんな! あの人はそんな人だったのですか!?」


 リゼットは混乱していた。一度に明かされた事実を前に気持ちが追いつかないのだ。


「リゼットは無理にシジマを理解しようとしなくていいと思うよ」

「ですが……」

「許されないことをしたのは事実だしね。贖罪にしてもやり方に問題があったわけだし、王様はそこに目をつけてシジマを扱き使うつもりらしいけど」

「ゼクス様らしい考えですね」

「シジマは野放しにみえるけど、王様はがっちり手綱を握っているよ」

「そうでしょうとも!」


 ゼクスはシジマを放し飼いにしているだけだった。自由にさせているようでいて手の上で転がしている。


「シジマの罪はこれからセイナディカに貢献することで許されていくことになるね」

「ゼクス様はあの人に絆されていませんか?」

「あ、そういうところもあるかな。なんかシジマは王様にとっては十六歳のまま成長していないように見えるらしくて」

「子供は暗殺などしませんよ」

「そこらへんは事情があるっぽいんだよね。シジマは話さないけど……」


 シジマが暗殺をしていた理由は誰にも語らなかった。必要に迫られてしかたなくといった感じだが、暗殺術磨くことには余念がなかった。

 瞬殺術を磨く理由は暗殺する相手を苦しませないため。それ以上のことは口を噤むばかりだ。

シジマが暗殺者になった理由はゼクスもあえて聞いてはいないようだった。


「シジマがどんな人間か知りたいってリゼットが思えたら話してみたらいいよ」

「とくに興味はありません。むしろゼクス様に悪影響を及ぼしそうで心配ですね」

「そうかなぁ。影響されているのはシジマのほうだと思うよ」


 ゼクスのそばにいることはシジマにとってはとてもいいことだ。ゼクス個人が友人になりえることはないが、城にいることでいろんな人とのつながりができた。

 ずっと一人で生きてきたシジマがようやく落ち着ける場所を見つけた。まだ受け入れる準備ができていないリゼットも、いずれはシジマと違う関係を作っていって欲しい。奏は切に願うのだった。

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