第156話
セドが男泣きをしていた理由、それこそがセドが周りの迷惑を顧みず暴走していた真の理由だった。
「セド! あんたはなんていいヤツなんだ! 俺は誤解していた脳筋なんて言って……言ったのはカナデだったか? ま、どうでもいっか! で、えーと、とにかく感動した!」
シジマはセドの男気溢れる行動にひどく感動していた。興奮しすぎて自分でも何を言っているからなくなっている。
しかし、ヴァイシュはあまりにも可愛らしい理由に苦笑していた。可愛いもの好きもここまでくると若干引かなくもないといった顔だ。
「なんか知りたくもない一面を知った気分だよ。その優しさを俺達にもわけて欲しいもんだねぇ」
「お前達に優しくしてやっても仕方ないだろ」
「うわぁ。なんてヒドイ言い草だよ。俺はともかくお前の尻拭いしている隊長が気の毒だよ」
調達隊で主に被害を被っているのはフレイだった。
セドに迷惑をかけられているヴァイシュはなれたものだが、知り合ったばかりのフレイはセドに振り回されて大変な苦労をしていた。
「む、隊長はできる男だ。なんの問題もない」
「お前が言うんじゃないよ!」
セドはフレイを信頼しているようだ。奏は男達の友情を羨ましいと思った。
「フレイがストレスで将来禿げたりしないといいんだけど……」
「はは! だよな! でもよ、イケメンだから禿げてもイケメンなんじゃね?」
「いくらイケメンでも無理なんじゃないかなぁ」
禿げてもイケメン。想像がつかなかった。
「勝手に禿げにしたら隊長が可哀想だよ」
「そうだ! 隊長が禿げることはない!」
何故かセドが断言する。
「フレイが禿げるとかどうでもいいんだけど。それでシジマは本当にセドさんが強くなれると思うの?」
「なれるって! むしろ俺の予想を覆してくれてやりやすくなったっての!」
「シジマの予想って?」
「理由なき殺戮? ただのストレス発散だったら問答無用で殺したかなぁ。人格破綻してるヤツを矯正するよりそのほうが断然早いって! 生まれ直してこい的な? そうじゃなくて良かったなってさ!」
シジマはかなり恐ろしい予想をしていた。しかも死んで生まれ直してこいとは。
人格破綻者に育成という情熱は傾けられないというのだろう。
「おおう、さすが暗殺者。容赦ねぇわ」
「俺はスパルタを目指す! これで王様は俺を手放せない!」
シジマの私情はいりまくりの言葉にヴァイシュが笑った。
「セドは大変だねぇ。ま、頑張って!」
「ちょいとヴァイシュさん。他人事みたいに言ってっけど、俺は二人まとめて面倒みるつもりだけどよ!」
「なに、俺にも何かあんの?」
「あるとも! セドの後で教えんね! 楽しみに待ってていーよ!」
「なんか暗殺者が怖いわ」
ノリノリのシジマにヴァイシュが言った。言葉の割に嬉しそうだ。ヴァイシュは期待に目を輝かせていた。
「では! セドにワシの助言を授けよう!」
「なんでワシ?」
「気分だっての! カナデに突っ込まれるように言ったつもりだ!」
「あのねぇ……」
突っ込みを期待した発言だったらしい。
シジマはかまわれたがりだ。よほど寂しかったのだろう。
それもそうか、と奏は思った。五百年は長すぎる。
「遊んでないで真面目に言うけどよ。セドはもうちょい考えて戦うことを覚えなよ。冷静さはそのまんま維持! んで、動体視力を駆使した神速の剣を会得した後、仲間と連携して戦うことを覚えるべし! ついでに連携方法を編み出して指示するべし! 優しさをすべて力に変換するべし!」
「うん。それ全部はセドには無理だと思うよ?」
「だよなぁ」
ヴァイシュに言われてシジマはへにょりと笑った。無理を言った自覚はあるようだ。
「これ全部できたら将軍になれっけど?」
「まじか!」
シジマに言われたことを一つも理解できなかったセドだが、将軍という言葉にはものすごくいい反応をする。
「セドさんは将軍になりたとか?」
「アリアス将軍のような強さが欲しいぜ」
「一号かよ。あれは真似しちゃいかんヤツだって! 人間やめたいならいいけどよ……」
シジマの基準ではアリアスはもう人間を超越した何かになっていた。アリアスに拳一つで黙らされたシジマはその恐ろしさを思い出して身震いする。
「アリアスってたしかに強いみたいだけど、人間外じゃないと思うよ」
「カナデは一号の恐ろしさを知らないな! あれは鬼人だって! もう神の領域だ! あれを目指すなら血反吐を吐くまで頑張って、死なないといいなくらいな気持ちでやらないと! いや、セドなら確実に五回は死なねーと無理だっての! あ、ヴァイシュは四回な!」
シジマは力説した。だがしかし、ヴァイシュとセドはそんなことより死の回数が気になったようだ。
「あ、俺は一回少ないんだね」
「なんで俺は五回……」
回数が一回分ヴァイシュより多かったセドが悔しげに言った。
「とりあえずアリアスのことは置いといたら?」
「そうだ! 一号のことは忘れてよし! どっちにしてもセドが将軍になることは万に一つもないからよ!」
「じゃあなんで将軍になれるなんていうかなぁ」
奏は呆れ返った。将軍になれないと断言されたセドが少しばかり可哀想になる。
「セドは優しすぎんの! 将軍は非情! 一号ぐらいじゃないと無理! あ、二号は特別枠でなれる! なぜなら仲間に慕われてっから! 勝手に二号を守る図式が完成してっから大丈夫! ついでにいえばセドより断然強い!」
「ちょっとセドさんが項垂れているよ!」
シジマの容赦ない言葉にセドは打ちのめされていた。ただでさえシジマに瞬殺されて自信をなくしていた。トドメを刺さなくてもよかったのではないか。
「セドは将軍になんなくていいって! 将軍なんてめんどくせーだけじゃん。それにスタンドプレーが許されるのは一号ぐらいなもんだって! セドは人間をやめて欲しくねぇしよ!」
アリアスと戦闘スタイルが似ているセドが将軍になるなら、人間をやめる必要があるようだ。あくまでもシジマ的には、という話ではあったが。
「ま、まあいい。将軍になれなくても強くさえなれれば……」
セドが言った。少し涙目なのは見なかったことにする。
「俺はセドに期待してんだよ! ってことでしばらく俺を殺しにくるように! いつでもいいからよ! あ、寝込みは襲わないこと! これ厳守! 寝ぼけてるときは手加減できないってことで!」
「えー! セドさんになにやらせるつもり?」
「だってアホには言うだけ無駄じゃんよ。実戦経験が一番!」
シジマはセドに言葉でわからせることを諦めたのだった。アホ呼ばわりされたセドといえば、それももっともだという理解を示している。
「いいだろう。昼夜問わず殺しに行く」
「人の話をちゃんと聞けよなぁ。夜は本当に殺しちゃうって! 優しいセドを殺るのは俺的にアウトなんだって!」
「夜はやめておこう……」
こうしてシジマとセドのおかしな師弟関係が成立した。
そして、これを聞いていたヴァイシュが「次は俺の番か」と戦々恐々とした気分になっていた。
「お待ちどう! 次はヴァイシュ!」
「お、おう」
「ヴァイシュはまあ無難に一言! 野獣になれ! 以上!」
「シジマ、意味がわからないけど……」
シジマの助言ともいえない言葉に奏は突っ込んだ。今度は突っ込みを想定して言ったのではないと思いたい。
「ヴァイシュはセドとは逆に自分を抑えすぎ! たまには本能をむき出しにしてよし! 尻拭いはフレイがするからよ!」
フレイに丸投げするシジマにヴァイシュが目を丸くする。思っていたこととは違うことを言われたようだ。
「本能むき出しって。そんなことしたら隊長が可哀想だねぇ」
「ヴァイシュって気遣い屋なんだなぁ。まぁ、だから副隊長に向いてんだけどよ! でもそれじゃ成長はできないって!」
「ふうん。で、俺も暗殺者を殺しに行くべき?」
「うんにゃ。俺が行くから! くくく、腕が鳴る。殺さないようにしないと……」
「うげぇ!」
空恐ろしいことを呟くシジマにヴァイシュが仰け反った。下手をすればセドより過酷な環境におかれることになる。元とはいえ暗殺者につけ狙われるのだ。毎日気が抜けないだろう。
「ヴァイシュは短期間ですませっから! あと殺気も抑えない! だから殺されないよう気張れって!」
「お、お手柔らかにね」
ヴァイシュが顔を引きつらせながら言った。
シジマはそんなヴァイシュを見てニヤリと笑った。奏はその顔の裏にシジマの本音を見た気がした。
(あ、これって意趣返しもかねているんだ!)
シジマの性格はカラッとしていて明るいが、暗殺者としてのシジマはやられたことはやりかえす怖さがあった。
散々二人に馬鹿にされたことは根に持っていないようなことを言っていたが方便だったようだ。
「ああ、超楽しい!」
シジマは一人ご満悦だ。
それもそのはず、それからしばらくしてこんな話がセイナディカ中を駆け巡ることになったのは、シジマの嫌がらせの賜物だったからだ。
──知っているかい? 騎士団にはとても優しい若者がいるって。その若者はね、害獣にいたく同情しているってさぁ。え? 害獣は悪い生き物だって? それはそうだけどね。中にはたいして害もないのに害獣扱いされて狩りつくされた可哀想な害獣もいるんだって話さ。
そいつはメニリューンっていってさ。数が多い時はそりゃあ悪さをしていたさ。けどさ、人間に駆りつくされて数が減ってからはとくに悪さなんかしなくなった。
そんなメニリューンは害獣の中でも小さな生き物だった。あるとき若者が出会ったメニリューンはそりゃあ人懐っこくて可愛かったっていうよ! そしてその若者はメニリューンを見逃したんだと! 本当は狩らなくちゃならないところをさ!
ところがメニリューンは人間が狩らなくても別の害獣に襲われたりしたんだよ。若者はさ、そんなことは知らずにいたのさ。
そして運が悪いことにメニリューンが襲われた後の現場を見ちまったんだよ! 若者はあまりにも凄惨な現場に愕然としたっていうよ! そりゃそうだろうね。当たりは血の海だったってさ! でもそんな時に奇跡は起こった! なんと、メニリューンの子供が助かったんだってね。ああ良かった! 若者はそう思ったらしいよ。でも奇跡なんてもんはそんなに簡単には……。
そうだよ、子供が助かったのはその一度だけ。あとはどうなったか想像しなくてもかわるだろう?
若者はその子供のことが気になってちょくちょく様子を見に行ったそうだ。けれど一度起こっちまったことは二度ある。そう……子供はまた襲われちまった。
そして若者は子供の死を目の当たりにして誓ったのさ。もう二度とこんな悲惨なことが起こらないようにと。
それから若者は死にものぐるいで害獣を狩りはじめた。とくにブルーリールなんかは念入りにさ。なんて泣かせる話なんだろうね!
でもすごいよ。あのブルーリールを狩るだなんて! あんな凶悪な害獣は他にいないっていうよ!
それにしても不思議だねぇ。どうしてそんな可愛いメニリューンは害獣に指定されているんだろうね。もうメニリューンは絶滅しそうだって話だよ。
ここは王様にちょっと考えをあらためて貰っても罰はあたんないんじゃないか? あんたらもそうは思わないかい? ──
「てめぇぇぇ!!! くそ暗殺者がぁ!!! なにしてくれてんだぁ!!!」
「いやぁ。こんな泣ける話は広めておかないと! いいじゃん。セドの名前は伏せてんだからさ!」
「ぜんんぜん伏せてねぇ!! 騎士団の連中は全員知っていたぞ!!」
「そりゃ、みんなセドの可愛い趣味をしってっからじゃん。俺のせいじゃないっての!」
「な、なんだと!?」
セドの暴走理由をシジマは嫌がらせのようにセイナディカ中に広めていた。
それを知ったセドがシジマを追い掛け回していたわけだが、可愛いもの好きというセドの趣味を騎士団の全員が知っていたと聞かされてセドは愕然とする。
「くくく、セドが追いかけてこないなら俺はヴァイシュを襲いにいこうかなぁ」
「逃がさん!」
こうしてシジマを追いかけまわすセドの姿が頻繁に目撃されることになった。
そして、国民からの直談判によって、メニリューンが害獣指定からはずされたのだった。
それを聞いた奏がゼクスにメニリューンを強請るのは、まだ先の話だったが、恩恵を得たのは何も奏ばかりではなかったことは想像に難くなかった。