第155話
二人の騎士がシジマに向かって土下座をしていた。シジマはそんな二人を見下ろした。踏ん反り返って上機嫌に言う。
「ふふふふふ。土下座を習得したな! お前達も立派な日本人だ!」
「誤解するようなこと言わないでよ! 日本人だって滅多に土下座なんかしないよ。私だって一度もしたことないんだからね!」
「ってことは俺ってば土下座マスターってことか! 二度もしちまったからな!」
シジマはご満悦だが散々扱き下ろされて悔しかったのではなかったのか。ヴァイシュとセドに土下座をさせている意味がない。
「この体勢はなかなかキツイぜ」
「足がなんか痺れてきた気がするよ」
土下座中の二人がぶつぶつと言っていた。土下座に不満を洩らすもシジマから許しが出ないため仕方なく続けている。形ばかりの土下座はまるで気持ちがこもっていない。
「反省してないみたいだね」
「そうかぁ。そのうち根をあげんじゃねぇか」
「我慢大会しているんじゃないんだから……」
すっかり趣旨が変わっている。謝罪はどうした。
「なんか眠いぜ」
「うぇ。腹を圧迫しているせいか苦しいね」
セドは完全にリラックス状態だった。比べてヴァイシュはウンウンと唸っている。
「セドには重石一丁! ヴァイシュは足伸ばしてもいいよ。……チョイ!」
「ひいぃぃ。触んないでくれる!?」
シジマは近くで拾った石をセドの背中に載せた後、足を崩してリラックス体勢なっていたヴァイシュの足をつついた。痺れた足をつつかれたヴァイシュが飛び上がった。
シジマはニヤニヤしながらヴァイシュの足を狙ってにじり寄る。
「こ、こら! 本当にやめてぇ!」
「うん? 聞こえないなぁ。ごめんなさいが言えない大人にはお仕置きだっての!」
「悪かったって!」
「気持ちがこもってないと思うのは俺だけかな?」
「ううん。私も謝っているように聞こえなかったよ」
奏はシジマの疑問に答えると、シジマから逃げ惑っているヴァイシュの足をつついた。奏を警戒していなかったため、ヴァイシュは逃れられなかった。
「うひょう!」
痺れた足をつつきまわされたヴァイシュが倒れた。
「本当にこの人を副団長になんかして大丈夫なのかなぁ」
「騎士団ってのは人格は無視するんだな。てか、二号はわりと普通の兄ちゃんだと思ったけど実は特殊な性癖があったりしてな!」
「性癖って何!? スリーさんは普通です!」
騎士団の序列が戦闘能力だけと思いたくない。スリーは騎士団の仲間に慕われていた。ヴァイシュと違って副団長の地位に相応しい人物だ。
「そういや二号はなんで団長じゃないんだろ」
「アスターさんが団長なんだよね」
洞窟で会った時のアスターはスリーを団長にしろとゼクスに迫っていた。というか現団長を殺しに行くと息巻いていた。
それが蓋を開ければアスターが団長になるという。どうなっているのだろうか。
「最近のアスターは不気味だ」
「この間はすごく不機嫌だったんだよね。それが二、三日したらご機嫌になっていたよ」
セドとヴァイシュもアスターが団長になるとは聞いていなかった。ヴァイシュは副団長の打診を受けていたようだが、アスターに言われてその話は流れてものと思っていた。ゼクスに決定事項だと告げられて寝耳に水だったらしい。
「宰相さんはちゃんと仕事をしたらしいね」
「三号はやるだろ。きっと容赦なかっただろうなぁ。くわばらくわばら」
現団長をアスターに殺させるわけにはいかなかった。その代案として宰相が裏から手を回すと確約していた。
そして無事に現団長はその地位から引きずり落とされたようだ。宰相がどんな手を使ったかは想像したくもなかった。
シジマが胸元で十字を切っていた。気持ちはよく理解できる。
「……はぁ。にしても副団長ねぇ。なんで俺? いつも不真面目だって怒られてんのにね」
「戦闘能力の問題だろ」
「それいったらアスターはどうなんのよ。あいつはお前より強いわけじゃないよ」
「人徳?」
「おおい。お前は自分に人徳がないって言っているの?」
「なんだと!」
ヴァイシュに馬鹿にされたと思ったセドがガバッと身体を起こした。セドは絶賛土下座中だったため、背中の乗せられていた石が勢いよく落ちた。
「こらそこ! 誰が土下座をやめていいっていったぁ!」
「なにを! ヴァイシュはとっくにやめてんじゃねぇか!」
「ヴァイシュはまだ足が痺れ中! チョイチョイチョイ!」
「ぎゃあぁぁぁ! さ、触らないでえぇぇぇ!」
慣れない正座と土下座でヴァイシュの足は激しく痺れていた。シジマが容赦なくつつき倒す。
「セドには土下座を極めるまでやってもらうからな!」
「なんでだ!?」
「ヴァイシュは十分面白くなった! チョイチョイチョイチョイ!」
「だ、だから本当に勘弁して……」
ヴァイシュが涙目でシジマに懇願した。それにしてもシジマの基準が分からない。謝罪に面白味を求めてどうする。
「ったく! 土下座ぐらいで足を痺れさせんなよ」
「俺はお前みたいに超人じゃないよ」
セドを超人と呼ぶヴァイシュ。けれど奏はセドよりヴァイシュのほうが強いとフレイから聞いていた。
「でも、その超人よりヴァイシュさんは強いんでしょ」
「それは単純に技術の問題だよ。セドはなんっていうかとりあえず、斬っとけって感じ? 何も考えてないから遅れをとるんだ」
「……それの何が問題だ」
セドの声がムッとしていた。土下座中につき顔は見えないが不機嫌そうだ。
「問題がないと思っているなら別にいいんじゃないの」
「む、お前が理解できん。それに王が言ったことも意味不明だ」
「おいおい。それ真面目に言ってんの?」
ヴァイシュが驚きのあまり呆けていた。「嘘だろ」という言葉とともにお手上げと天を仰ぐ。
「そこまでアホだとは……」
「な、なんだよ! お前は意味がわかっているのか!」
「わかるでしょ! お前の鬱憤は騎士団じゃなくて調達隊で解消しろってことだよ! 戦闘でお前のイカレぶりは封印しろって言ってんの! 王は遠まわしに注意したんだよ! ほんとに隊長が可哀想になってきたよ! お前の手綱なんか握らされて!」
フレイはゼクスに命令されて意気消沈していた。第二騎士団へ移る代償がセドの暴走を止める役割なんて悲惨だ。
だからセドと一秒たりとも一緒にいたくないとさっさと何処かへ行ってしまった。ゼクスの後を追ったようだから何か話しがあったのかも知れないが。
「……これがいわゆる脳筋」
「カナデさん。ちょっと失礼だよ」
とかいいつつシジマも笑いを堪えている。セドのアホぶりにヴァイシュが切れていた。
「お前はそのうち隊長に追い抜かされるんじゃないの!? きっとそれが騎士団のためになるよね!」
「そこまで言うか!」
「言うとも! 理解してないくせに王に向かって『はい』なんて返事すんじゃないよ!」
「いやそれは、ああ言わないとまずい雰囲気だったし……」
セドはばつが悪そうに言った。ゼクスの怒りに触れてしまえば仕方ない選択だ。
「空気は読めるんだね」
「だな!」
セドがアホなのは本当だろう。が、ゼクスに楯突くほどではなかったようだ。
「ヴァイシュ、そんなに怒ると血管きれんじゃねぇ?」
「もう切れている!」
「まあまあ。ちょっと俺がいいこと教えてやっから落ち着けって。な!」
シジマがヴァイシュを宥めはじめた。こういうところは大人の対応だ。伊達に五百年生きていない。
「セドは今より強くなりたくねーの?」
「なれるもんならなりたいぜ」
「ふぅん。イカレた戦いっぷりってことは見境ないってことだよなぁ。戦いの間は冷静になれないわけ?」
「冷静だ」
セドの言うことが本当かどうかシジマはヴァイシュに確かめる。本人だけが冷静と思っている可能性もある。
「ヴァイシュはどう思う?」
「冷静だよ。冷静なのにどうして暴走するかな」
セドはヴァイシュの理解を超えている。常に冷静に戦うことができるというのに、とにかく見つけた獲物を狩りつくさないと気がすまない。まるで人間版ブルーリールのような男なのだ。
仲間の迷惑を顧みない猪突猛進ぶりにヴァイシュは辟易していた。
普段は空気も読める。どちらかといえば冷静なセドだが、こと戦いのこととなると問題ばかり起こす。
戦闘能力が高いゆえに頼りになる仲間なのだが、それ以上に迷惑を被ることが多かった。
凶悪な害獣相手に立ち向かう勇気は認めるがときには逃げるという選択肢を考えてほしいものだった。無謀と思える行動はいまだ問題になってはいないが、それも今後どうなるかわからない。
セドがどうしてそういう行動をとり続けるのか、騎士団の誰一人として知ることはなかった。
「セドは戦うのが好きとか?」
「いや」
「ふうん? じゃあ、害獣を憎んでんの?」
シジマの追求にセドがふて腐れたように言う。
「……奴らが嫌いなだけだ」
「どんな理由?」
「やけに突っ込むな」
「面白そうだって俺のカンが告げている!」
シジマがふざけて言えばセドが嫌そうな顔をする。
「誰が言うか!」
「なんでさ!」
「そんなもの知ってどうする!」
「それはさぁ。俺が強くなる方法を知ってるからだな! 素直に吐けば?」
「嫌だ」
セドはどうしても理由を話したくなさそうだ。シジマはセドの頑なさに嘆息した。一人では無理と判断すると奏に助けを求める。
「セドを素直にさせるにはどうすればいっかなぁ。カナデはなんかいい手ない?」
「う~ん。ヴァイシュさん、セドさんの弱点を知らない?」
「弱点ねぇ。あ、そういえばセドは可愛いものが大好きだ!」
ヴァイシュが意外なことを言った。セドの弱点なのかは微妙なところだが、攻略するきっかけにはなりそうなネタだ。
「てめ! ばらすんじゃない!」
「顔に似合わずってね!」
セドの容姿は整っているものの強面だ。体格もそうとういいので威圧感が半端ない。
シジマが隣にいると気の毒になるくらいの身長差だ。そんなセドは可愛いもの好きだという意外な一面を持っていた。
「ねぇ、シジマ。セイナディカにもふもふしている生き物っているかな?」
「もふもふかぁ。たしかウサギっぽいのがいた。あれなんっていったっけ? メニューだか、メニョンだか……」
シジマが思い出せずに頭を悩ませているとヴァイシュがポンと手を打つ。
「メニリューンのことかな」
「それだ!」
メニリューンは害獣の一種だが、強暴ではないため、あまり問題になることがない固体だった。
昔はそうとうな数がセイナディカに生息していたため狩られる対象であったが、近年では滅多にお目にかかることがない希少種でもあった。繁殖力が低いため一度に狩ったせいで激減してしまったのだ。
「もふもふしたい!」
奏は、もふもふがいると知って目を輝かせた。セイナディカで目にしたことがあるのは主に爬虫類だけだ。シンランには幾分なれたとはいえ爬虫類は苦手だ。
メニリューンという生き物は希少種というから無理かもしれないが、どこかで見つけられないかとシジマに期待の目を向ける。
「俺だってもふもふしたいぜ。でもなぁ、あれを見たのはかれこれ二百……うぉ、口を滑らすところだった!」
不老だったという秘密をうっかりばらしそうになったシジマが焦る。額の汗をぬぐうしぐさで誤魔化す。
そんなシジマにヴァイシュは気づくことはなかった。昔を思い出しているのか少し遠い目をしている。
「メニリューンか。俺が見たのは五、六年くらい前かな。ふわふわの毛並みはたしかに癒されるよね」
「ふ、ふわふわ……」
「カナデちゃんの期待の眼差しが痛いねぇ。でも害獣だから飼えないよ?」
セイナディカでは害獣認定されている生物はどんなに凶暴性がなくても所有することはできない。無断で所有していることが発覚すれば処罰の対象となるのだ。
「シンランは飼えるのになんでぇ……」
「王が所有しているサイリは益獣だからね」
益獣と害獣の区別は難しい。人間に害を及ぼす獣も一概にすべてが害獣として認識されているわけではない。
しかし、メニリューンは間違いなく害獣の一種だった。それは人間の作った作物をすべて食い尽くすからだ。
それに比べてサイリは鋭い牙を持ってはいるが害獣とはされていない。それは温和な性格ということもあるが、人間の感情に引きずられる一面を持っているため利用価値があるという理由によるところが大きかった。
事実、サイリを使えば嘘を見抜くことが可能となるため重宝されていた。王族がサイリを所有している理由でもあった。
「益獣にもふもふはいないの!?」
「いるけどねぇ。あれはお勧めしないよ」
「どうして!?」
「飼うには馬鹿でかいからね」
奏はガクリと項垂れた。セイナディカでもふもふは堪能できないらしい。
「カナデ、もふもふは諦めんだな! ってか、なんでもふもふがいるんだ?」
「もふもふがいればセドさんが釣れるかなぁって思ったんだけど……」
可愛いものが好きなセドならもふもふな生き物に必ず絆されるはずだ。
もふもふをチラつかせて口を割らせる。それが奏の考えた方法だったが、もふもふ入手が困難なため別の手を考えなければいけない。
「セドが気に入るような可愛いのはいないよ。可愛くてもほとんど害獣だから捕まえられないんだよね」
「うう、残念すぎる」
「本音がただ洩れになってねーか、カナデ! セドがどうとかって、ただの口実じゃん!」
「つ、ついでだよ! セドさんを釣った後に、ちょっともふもふできればいいかなぁってね!」
奏はシジマに図星をさされて必死に言い訳をした。あまりの必死ぶりにシジマは噴き出す。
「冗談だって! 俺だってもふれる動物がいれば飼いたいつーの! にしてもセドが可愛い物好きには驚いたぜ!」
「隠してるみだいたけど、ばればれなんだよ」
実は騎士団でセドの可愛いもの好き有名だった。知らぬは本人ばかり。
「んじゃ、可愛いものでつれねーとなるとどうすっかなぁ」
「なぁ暗殺者。なんでそんなに理由が知りたいわけ?」
「もったいねーって思ってさ! セドはもっと強くなれるって感じんだよ! でもさぁ、暴走理由がわかんねーと対策のしようもないじゃんよ!」
セドの暴走理由がわかればシジマはセドに助言をできるという。セドとヴァイシュを瞬殺できるほど強いシジマは二人がどうすれば強くなれるか知っている。
ただ、その方法はそれぞれの特性に合わせるべきで、そのためには二人の人となりを知る必要があるのだ。
「暗殺者はお人好しだね。俺たちはお前をいたぶってたんだが……」
「ああそうだったっけ? 俺って過ぎたことは気にしないたちだからなぁ。そんなことより興味を惹かれることのほうが重要だっての!」
少々のいじめなどシジマにとってはどうということもなかった。信じられない理由で笑われたというのにずいぶんと心が広いことだ。
「興味ねぇ。セドのどこにそんな興味をもったのか知りたいね」
「実験台として興味があんだよ!」
「え?」
不穏なことを言うシジマに奏は驚く。実験台にされたことがあるシジマがいうとどうも構えてしまう。
「あ、実験台っていっても人体実験とは違うからよ! どっちかってーと育成って感じか? 王様もなんか考えがあるみたいだしよ。俺も協力できんじゃねーかって思ってよ!」
「なるほどね。たしかにゼクス王は騎士団の再編成を考えているようだね。調達隊の活動を目溢ししている理由はそれに関係あるみたいだからね」
今の騎士団は第一と第二に分かれていた。それは主に貴族とそうでない庶民が区別されているからだ。
ゼクスはそれを解消しようとしていた。ただ貴族の反発は少なからずあり、調達隊という私設の隊を自由にさせることで様子を見ていた。
本来なら私設とはいえ騎士が勝手に行動するのは許されることではないのだが、調達隊に第一と第二という区別の垣根がなく、ゼクスにとっては都合がよかったようだ。
それに第一騎士団から第二騎士団へ異動を希望する騎士は意外にも多かった。そのことからゼクスが騎士団の再編成を考え始めたのだろう。
「へぇ。シジマって意外に考えているんだね」
「いやぁ、あんまりに王様業がブラックだったから気の毒になってよ! こりゃ、俺が手伝ってやんねーとシェリルちゃんが未亡人になっちまう! やっべーみたいな?」
たしかにゼクスは常に働きづめだった。いつ過労死してもおかしくない。
「それってシジマが流した噂のせいでもあるんじゃないの」
「それは言うなっての! 反省してんだから!」
シジマは本気で反省していた。失われた働き手はすぐには取り戻せないが、シジマは変わりに奮闘しようとしているらしい。まずはセドを鍛え直したいというわけだ。
そのセドはまだ土下座の最中だった。奏は気になってシジマに聞く。
「セドさんの土下座はいつまで続けさせるの?」
「そういえばまだしてたっけ? なんかずいぶん大人しいけどよ。は! まさか、寝てんじゃねーだろうな!?」
セドは土下座の最中もリラックスしていた。「眠い」とも言っていた。本当に寝ていたりしないかシジマが確かめる。
「おい! セド!」
「……な、なんだ。ずずっ」
ゼドは寝てはいなかった。しかし、様子がおかしい。
「もう土下座はいいぜ!」
「……ずずっ、気にするな」
シジマに許されたがセドは土下座を続けている。
怪訝に思ったシジマがセドの肩を掴んで揺さぶった。その際に一瞬見えたセドの顔は涙で濡れていた。
なぜかセドは男泣きをしていた。シジマはあまりのことに息を飲む。
「うえぇぇぇ! まさか俺が泣かした!?」
シジマの絶叫が木霊した。