第154話
「それで決闘をしたいという馬鹿はカナデか?」
「そ、それは違うよ! シジマだよ!」
「……シジマ。処分されたいなら構わないぞ」
「いやいやいや! 決闘はしないから!」
決闘の許可を取りに行っていたフレイを伴ってゼクスが訓練場に現れた。
絶対零度の視線を向けられた奏とシジマは正座をしてゼクスを出迎えた。何故か二人の騎士もシジマの隣で正座をしている。
決闘はすでに済んでしまっていたが、本当のことは言えない。奏は必死に口を噤む。
「決闘はしないということでいいか」
「「「「はい」」」」
ゼクスの怒りに触れた恐怖で四人の返事がみごとに重なった。嘘を突き通せば誠になると信じて四人は結束した。
二人の騎士が神妙な表情でゼクスを見上げる。
「第二騎士団ヴァイシュとセドだな。シジマが世話になった」
「いえ(うげぇ、暗殺者ってゼクス王の子飼いになったのかよ)」
二人の騎士、ヴァイシュとセドが顔を引きつらせていた。シジマのボスが誰か知って動揺している。
「ヴァイシュ」
「は!」
「もうすぐ副団長になるというのに、シジマにかまっている余裕があるとは頼もしい限りだ」
ゼクスがあからさまな嫌味を言った。決闘に至る経緯はフレイに聞いているようだ。
「副団長はアスターだと聞いていますが……」
「アスターは団長だ」
「え? しかし、アスターは団長にはならないはずでは……」
「アスターから何を聞いたか知らないが、アスターが次の団長で決定している」
「……そうですか」
ヴァイシュは納得できていないのか渋い顔をする。ゼクスはそんなヴァイシュには気を止めず、セドに話しかける。
「セド」
「は!」
「隊長としての自覚はあるか」
「……はい」
「お前の受け皿は別にあるはずだ。騎士団とは切り離して考えろ」
「はい」
ゼクスはセドに厳しい言葉をかけた。二人とも実力主義の騎士団で相当腕が立つようだ。
セドは隊長。ヴァイシュにいたっては次の副団長だという。そんな人達がシジマをいたぶっていたとは信じがたかった。
「オーバーライトナーは第二騎士団への異動願いを出しているな」
「はい」
「来週に異動しろ。ゼドの隊に入れ」
「……了解しました」
「ゼドの手綱を握るのは大変だろうが、他に任せられそうにない」
「そうでしょうね」
「もし手に余るようならいつでも隊は異動できる。オーカーはいつでも歓迎するといっていたぞ」
「そうですか……」
フレイがこっそりため息をついていた。どうやらこれでセドと行動を共にしなければならなくなったようだ。
セドの手綱を握るためとはいえ、かなりおかしな人事だった。どっちが隊長なのかわからない。
「で、シジマ。何分かかった?」
「そんなにかかっちゃい……はっ! 誘導尋問にひっかかった! 王様! エグイよ!」
ゼクスに決闘後だとばれていた。あっさりと暴露させられたシジマが慌てる。散々からかわれる元となった土下座でゼクスに許しを請う。
「ち、ちゃんと殺さないように手加減したよ! 秒殺だ! あんなの決闘のうちにはいらないよね!?」
「なるほど秒か。騎士団は鍛えなおすべきか……」
「カナデがやっちゃっていいっていうから! 俺だって笑われて地味に傷ついてたんだって! 土下座は日本人の伝統文化なんだからよ!」
日本人には聞かせられない言い訳だ。そんな伝統文化は嫌だ、と奏は思った。捏造するにも程がある。
「おい聞いたか? あれが伝統文化だとよ」
「暗殺者は気が多いのかねぇ」
「そうだよな。ドラゴンの次は王に土下座だ。好みの顔なのか?」
「ドラゴンは一夫多妻(夫)らしいよ。問題なくない?」
「一夫多夫……。俺には理解できんな」
ヴァイシュとセドがこそこそと話していた。土下座について話しているようだが内容はかけ離れていっている。本当に土下座の話なのだろうか。
「気持ち悪いのは暗殺者だけじゃなかったってことか」
「異世界の国は独自の文化があるんだね。いじって悪かったかなぁ」
二人は土下座を気持ち悪い文化だと認識している。奏はそこで土下座について二人が勘違いをしているのではないかと気づいた。
必死でゼクスに謝っているシジマを横目に二人を追及する。
「ねぇ、二人は土下座をどう解釈しているの?」
「「求婚」」
勘違いどころかまったく違う意味に捉えられていた。土下座を求婚だと思っていた二人はシジマを不愉快に思っていたらしい。シジマはドラゴンに求婚した変態だと思われていた。
「それってリゼットから聞いた?」
「俺はヴァイシュから聞いた」
「俺はエフィリーネと侍女の会話を聞いたよ」
ヴァイシュが聞きかじったことをセドに話したのだった。
「その侍女さん達はどんなこと話していたか覚えている? 本当に土下座が求婚だって言っていた?」
「なんか求婚するならあれはないとか何とか言っていたから土下座のことだと思ったんだけど。もしかして違うとか?」
ヴァイシュが言った。奏は呆れ果てた。二人はよく確かめもせずに間違った認識でシジマを責めていたのだ。
「あなた達がシジマに土下座するべきだね。土下座はね、最上級の謝罪方法だよ」
「……謝罪? なるほどそれなら納得だ。おかしいと思っていたんだよな。ドラゴンに求婚はねぇだろ」
「ありゃ、間違っちゃったか! ごめん、ごめん!」
「ヴァイシュ。いくらなんでもそれはないぜ。軽く済ませんじゃねぇよ!」
セドが憤慨してヴァイシュを殴った。
いい加減な情報のせいでゼクスに苦言を呈されたことをセドは根に持っていた。ヴァイシュが原因だと知ると怒りの矛先を向けたが、奏の怒気を浴びせられて黙り込んだ。
「あのね、セドさん! あなたはヴァイシュさんの言ったことを鵜呑みにしたよね! それでヴァイシュさんよりシジマを痛めつけたでしょ! どっちもシジマにちゃんと謝って!」
奏はヴァイシュの軽さとセドの適当さに腹が立った。騎士団はこんな程度の低い人間を使っているのかと思うと不愉快でならなかった。
「王様! 人事は白紙に戻すべきだと思う!」
「カナデの意見はもっともだが、その判断はシジマに任せたらどうだ?」
「むぅ。それもそうだね。でもシジマはあっさり許しそうなんだよね」
「そうか? 何か考えているようだが」
ゼクスに言われてシジマを見ると頭を抱えて唸っていた。考えているというよりは何かをひねり出そうとしているように見える。
「土下座行脚ってよくね?」
「どこに行脚する気?」
ヴァイシュとセドが謝る相手はシジマ一人だ。行脚する意味がない。
「土下座を文化にすれば俺が笑われる心配はなくなるからよ!」
「土下座の意味を知っていれば笑われないから」
シジマは土下座をセイナディカに広めたいらしいが、奏は断固として反対だった。
ただでさえ日本の伝統文化にされて白い目で見られた後だ。誰が好き好んで広めたいものか。
「いいと思ったんだけどな」
「リゼットに正しい土下座の意味を周知させるからいいよ」
このとき奏は気づいていなかった。リゼットによって改ざんされた日本語がすでに流行の兆しを見せていたことを。
後になってシジマを止めるより、まずリゼットを教育しておくべきだったと後悔することになるのだった。




