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第153話

「それでドラゴンの鱗、ぐふぅ……を売って賠償金にしたってことなんだね」

「ええ。シジマは大量に集めていましたからね。まだ在庫はありますが一度に流通させてしまうと価格が下落する恐れがあるので調整しています」


 ドラゴンの鱗と口にするとどうしても笑いの発作がでてしまう。どうにか我慢しながら奏は会話を続ける。


「シジマはちまちまと集めていたんだ」

「ちまちまで悪かったな!」

「いえ助かりましたよ。土下座をするとは思ってもみませんでしたが……」

「それは忘れろ! 今すぐ記憶の彼方に消し飛ばせぇ!」


 シジマはリントヴェルムに内緒でドラゴンの鱗を売っていた。しかも大量に在庫を持つほどせっせと集めていた。

 それをいざ売るという段階になってリントヴェルムに許可を得ることになったのだが、シジマはドラゴンの鱗を人間でいうところの垢と認識していたため、勝手に売っていたことを謝罪しなければいけないと思ったらしい。

 そこでシジマのとった行動が土下座だった。さすがに垢を売っていたという事実を伝えにくかったために過度のストレスがシジマにかかった。

 そのためほとんど錯乱していたといっても過言ではなかった。リントヴェルムと目があった瞬間、スライディングで土下座をした。

 それを目撃した騎士達は誰一人土下座をするシジマに声をかけられなかったという。

 土下座の意味がわからなかったことと、シジマの号泣しながらの謝罪にドン引きしたせいだった。

 そこで初めてドラゴンの鱗が垢ではなく髪という事実を知ったシジマは羞恥でいたたまれなくなって逃げたらしい。

 そこに我に返った騎士達の笑いがトドメをさすようにシジマの耳に届いた。その日以来、シジマは出会う騎士から笑われ続けて今に至る。

 土下座の意味もリゼットによって城中に広まっていた。とんだ赤っ恥をかいたシジマはずっと消沈しているのだ。


「リントヴェルムは許してくれたのだから良かったでしょう」

「リントヴェルムはいいんだよ! それよりあいつらだ。ぐぬぅう。完全に馬鹿にされてるぜ!」

「護衛の騎士?」

「ちげぇよ! なんだかわからない騎士の集団だっての!」


 シジマを笑いのネタにしている騎士は独自の集団を形成しているようだ。その集団がことあるごとにシジマをからかっては楽しんでいた。

 護衛の騎士はむしろ気の毒そうに慰めてくれるというのだ。


「騎士も色々なんだね。わりと真面目だと思っていたんだけど」

「あの集団はちょっと特殊なのですよ。仕事とは別に活動しているので気安い集まりのようですね。あ、そういえば隊長はカナデ様もご存知だと思いますよ」

「誰?」

「フレイ・オーバーライトナーですよ」

「フレイ? ちょっと意外だな。集団とか嫌いって感じなのに」


 フレイと言えば遠征隊にもいたが直接会話をする機会はなかった。ちょくちょく姿は見ていたので声をかけようと思ったが、すぐにそれどころではなくなってしまったからだ。

 その時、たしかに誰かと行動していたようには思う。ただ不機嫌そうな顔をしていたことは覚えている。

 そのフレイがプライベートでも騎士と行動を共にするとは思えなかった。仕事とプライベートはきっちり分けて考えている感じがしたからだ。

 フレイと訓練に明け暮れていた頃も同僚とは一線を引いていた。


「食糧がどうとかいうふざけたネーミングだったぜ!」

「正式名称は『リゼットのための食糧調達隊』ですよ」

「なにそれ!? リゼットが首謀者?」

「さあ? 彼女が絡んでいることは間違いないでしょうが、詳しいことは私にもわかりかねますね。ゼクス様の肝いりと言われています」


 リゼットは騎士を牛耳っているという疑惑がある。まさかフレイが巻き込まれていたとは。しかもゼクスの肝いりというのはどういうことだろうか。リゼットはどこへ突き進んでいるのか。


「フレイが気の毒すぎる……」

「あ、金髪のイケメンあんちゃんか? あいつだけは俺を笑ったりしなかった。なんていいヤツなんだって思ってたんだけどよ。なんか悲壮な顔してたぜ?」


 シジマはフレイに会ったことがあるようだ。シジマに気にされるほど悲壮な顔をしていたというから心配だ。


「ちょっとフレイの様子を見にいったほうがいいのかな……」

「会いに行くなら俺も行きたい!」


 シジマが元気よく挙手する。そして宰相をちら見していた。宰相の許可が必要らしい。

 ゼクスがいない場合は宰相権限でシジマの行動を制限していた。


「かまいませんよ。リントヴェルムのお披露目は、まだ調整が終わっていませんからしばらくは空き時間が取れます。ただし呼び出しにはすぐに応じることを約束してください」

「了解! じゃ、カナデ行こうぜ!」

「第一騎士団なら訓練場にいるはずです。あまり羽目をはずさないように」


 宰相がシジマに釘をさしたがシジマは聞いていなかった。心はすでに違うところに飛んでいた。


◇◇◇


 奏が訓練場にくるのは久々だった。少し緊張しながらフレイを探す。すぐに見つかって声をかける。


「久しぶりだな、カナデ。どうした?」

「久しぶり。えっと、シジマから聞いたんだけど、元気がないっていうから少し気になって」

「シジマって……ああ暗殺者か」

「おっす!」


 面識があるとはいえシジマの軽さに眩暈がした。フレイが怒ったのではないかと恐る恐る顔色を窺う。


「……本当に元気がないね」

「どこで判断した」

「シジマに怒ってないから?」


 いつものフレイなら何かしらの突っ込みがあったはずだ。それがまったく何の反応も示していない。

 シジマが騎士に受け入れられつつあるといっても二人きりでいてお小言さえ言わない。


「あいつらが悪かったな」


 フレイはシジマを一瞥して言った。


「あんちゃんが謝る必要ねーと思うけど?」

「……あんちゃんって、俺のことか。フレイと呼べ。お前はシジマっていったな。俺はお前を笑ったりはしないが、カナデに何かするようなら斬りにいく。覚えておけ」

「こ、怖っ! 俺はカナデに何もしねぇつーの!」

「ならいい」


 フレイはどこか殺伐としていた。生真面目さはかわらないが、シジマに容赦なく脅しをかけていた。


「ちょっとフレイってば性格かわった?」

「なぜだ」

「いやなんかワイルド感が半端ないっていうか……」

「おおう! ワイルド! イケメンがワイルド! これは女子がキャーキャー言うぞ!」

「シジマ、五月蝿い」


 奏は茶々を入れるシジマを黙らせる。


「なんか無口になっちゃって」

「俺はもとからそんなお喋りじゃない」

「そうなんだけど……」


 フレイは決してしゃべるタイプではないが無口というほどではなかった。会話に詰まることもなかったし、からかわれることも多かった。

 それがまったくなりを顰めていた。シジマが一緒だからと言えなくもないがそれにしては様子がおかしい。


「カナデ、とくに用がないならもういいか?」

「え?」

「……ここにはもうくるな。あいつら──」


 フレイがギクリと身体を強張らせて言葉を途切れさせた。


「隊長! みぃつけた!」

「カナデ! 今すぐ逃げろ!」


 フレイが騎士の一人に後ろから羽交い絞めにされていた。そこから逃げようと暴れながら奏に怒鳴りつけた。


「隊長! 探したぜ!」

「ふ、ふざけんな! こら! 離せ!」


 別の騎士がフレイの前に立ちふさがった。フレイは二人の騎士に前後から押さえつけられて身動きが取れない。


「シ、シジマ! カナデを連れて行け!」

「なんで?」

「どうでもいいからさっ──」


 フレイは騎士に口を塞がれた。

 シジマが暢気に返事を返すとシジマに気づいた二人の騎士が次々に言った。その言葉に悪意は感じられなかったが、シジマの顔色が変わった。


「お、暗殺者じゃーん。土下座がもう一回見たいね!」

「暗殺者だって? 俺に土下座ってやつ伝授してくれね? あれは酒場で笑いが取れる!」

「お、まえら……」


 フレイが暴れて何とか口から騎士の手を剥ぎ取ったがすぐにまた塞がれた。奏は目を白黒させて騎士達の暴挙を見ているだけだ。


「……この人たち誰?」

「あ! カナデちゃんだ! 副隊長をものにした魔性の女!」

「おお! カナデちゃん!? ドラゴンをあっさりふった剛毅な女!」

「黙れ! 馬鹿どもが!」


 騎士の拘束を解いたフレイが怒鳴った。怒り心頭のフレイは肩で息をしている。


「なぜここにいる」

「それはお仕事が終わったからだね!」

「そろそろ狩りに行こうぜ!」

「勝手に行け! お前達にはつきあうつもりはない!」


 二人の騎士は顔を見合わせる。そして笑った。その笑い方は奏さえもゾッとするようなものだった。


「じゃ、暗殺者につきあってもらおっかな!」

「カナデちゃんも一緒がいいね!」


 シジマが捕まった。同じように奏も捕まりそうになったがフレイが阻止する。


「一般人を巻き込むな!」

「暗殺者が一般人? そりゃないぜ」


 笑っていた騎士が真顔でシジマの顔を覗き込んだ。騎士とシジマの身長差は威圧するには十分過ぎた。シジマの顔色がどんどん悪くなっていく。


「ちょっと! どちら様か知らないけどシジマをいじめないでよ!」

「カナデちゃんはちょっと剛毅すぎやしないか? 暗殺者をかばい立てするなんておいたが過ぎるぜ」

「もうシジマは暗殺者じゃないよ!」

「へぇ。性根はそんなに簡単にかわるもんじゃないって誰にも教わらなかったか?」

「そうだね! じゃあ、シジマはあなた達よりはよっぽど人間ができているってことね!」


 シジマの様子から奏は二人の騎士がシジマにしつこく絡んでいる相手だと推測した。

 シジマはあまりくわしく話したがらなかった。こんなに性質が悪いと知っていればフレイを呼び出すなりして訓練場にくるような真似はしなかった。

 騎士が集まる訓練場は遭遇率が高い。フレイが会話を手短に済ませようとするわけだ。


「カナデちゃんは命が惜しくないんだ。生け贄に志願するくらいだし?」

「命は惜しいに決まっているでしょ! へんな絡み方しないでよ! それからシジマをさっさと離して!」

「いやだぜ。これには教育的指導が必要だ。とうぶん返してやらないぜ」


 騎士は教育的指導と称してシジマをいたぶる気なのだ。シジマは決して弱くはないがゼクスの命令がない限り何もできない。

 シジマは必死に我慢をしている。顔色が悪いのは反撃できない怒りを抑えているからだ。内心は二人の騎士をひねり潰したくて仕方ないはずだ。


「ねぇ。シジマが誰の物になったのか知っているの?」

「これを欲しがるヤツがいるんだ?」

「……知らないんだ。それは良かった。後で死ぬほど後悔すればいい!」


 奏は言い終わるや否や騎士の前に躍り出た。驚く騎士の顔を目がけて腕をフルスイングする。捻りの効いた平手が騎士の顔に炸裂した。


「なにしやがる!」

「シジマの代わりにやったまでだけど? あなた達は弱い者いじめをしているつもりだろうけど、シジマはそんなに弱くはないよ」

「こんなに震えているじゃねぇか」

「まさか暗殺者が伊達とか思っているの?」

「暗殺に失敗してんだからその程度だろ」


 騎士がシジマを見てせせら笑った。


「おい。おまえらいい加減にしろ!」

「隊長はちょっと黙ってってくんない? 俺はカナデちゃんに喧嘩を売られたらしいんだよ」

「そうだよ、フレイ。これは私の喧嘩だから。邪魔しないで!」

「そういうわけにはいかないだろ……」

「そう? じゃあ、お願いがあるんだけど」


 フレイは奏と騎士の板ばさみで対応をこまねいている。どちらの味方もできないのだ。

 それは二人の騎士がフレイにとって大事な相手だから。どんなに性格が悪くても信頼関係が出来上がっているのだろう。

 それを考えると奏は無理をしてフレイに割って入って欲しいとは思えなかった。フレイにできることがあるとすれば伝言をゼクスに届けることぐらいだろう。


「決闘の許可を貰ってきて。事後承諾になるだろうけど」

「は? 決闘ってカナデが? そんな許可はゼ──」

「それは内緒ね。決闘はシジマがするから大丈夫!」

「そうか。無茶はするなよ」

「うん」


 これでゼクスに事後承諾でも許可をもらったという体裁は整えた。

 きっとゼクスは許可など出さない。それでもいい。

 奏は一方的に言いがかりをつける騎士には我慢がならない。それはシジマも一緒だろう。ゼクスの信頼に応えようと耐え忍んでいるシジマが可哀想だ。


「決闘ねぇ。本気で勝てるとでも思っているわけ?」

「完膚泣きまでにやられちゃえばいい!」

「いうじゃねぇか。本気で殺していいか?」

「いいんじゃね? お前にかかれば相手になんねぇだろ」


 二人の騎士は凶悪な顔をして笑う。奏は二人が本当に騎士なのか疑問に思った。まるで兵団のように粗野だ。騎士でこのタイプにお目にかかったことがない。


「シジマを返して!」

「おらよ」


 騎士が手を離した。シジマは無言で奏を見る。


「……あとで一緒に怒られてあげるね」

「そりゃ嬉しいけどよ。本当にいいのかぁ」

「いいから! コテンパンにのしちゃって!」

「俺だけが怒られると思うんだけどなぁ……」


 シジマはあまり乗り気ではなさそうだ。怒りのピークは過ぎ去ったのだろう。


「この先もチクチクいたぶられたい?」

「それは嫌だな! よし! 瞬殺しよう! それならたぶんたいして怒られない……かなぁ」


 ゼクスに知られた後のことを考えるとシジマは不安なのだ。

 ゼクスはシジマを簡単に切り捨てることはないのだが、シジマはそこまでの信頼をゼクスに寄せていない。信頼関係を築くことは容易ではない。


「ま、なるようになるか! 駄目だったらカナデが責任とって俺を使ってくれな!」

「え、それは考えてなかった」


 奏が元暗殺者のシジマを使うような機会はまずない。もしそうなったらどうしようと思案していると二人の騎士が痺れを切らして言う。


「もういい?」

「ちょっと退屈になってきたんだけど」


 彼らは自信満々だった。シジマが二人をねめつけた。本気の顔になっている。


「おお! 暗殺者が本気になった!」

「瞬殺とか豪語していたけどハッタリだよね!」


 今度はシジマを馬鹿にして笑う二人の騎士に奏の怒りが爆発する。


「あなた達! 負けたらどうなるか覚悟しておいて!」

「カナデ、あんま興奮すんなよ」

「シジマはなんでそんなに冷静なの!」

「暗殺者が冷静になれなくてどうする」


 シジマはもっともなことを言う。短気な暗殺者なんてそれだけで駄目な気がする。


「じゃ、ちょっと殺ってくるかなぁ」

「殺しちゃ駄目だよ」

「わかってるって! 精神的には殺ってもいいよな!」


 侮っている相手に負けたら騎士の心は確実に折れそうだ。そういう意味なら何の問題もない。


「はいはい。こっちは準備万端だぜ。いつでもいいからかかってこいよ」

「う~ん、あんた一人? 俺的には二人でもいいけど、どうする?」

「それは俺の後にあいつとって意味か?」

「んにゃ。二対一でって意味だけど」

「……お前、殺されたいのか」


 二対一の決闘を申し出たシジマに怒れる騎士。

 白熱しそうな対戦に奏は不謹慎にもわくわくした。シジマが万に一つ負けることはないと信じているからこその余裕だった。


「どっちでもいいか。二人ともかまえてくれよ」

「ちっ。死んでもしらねぇからな!」


 二人の騎士は剣を構えた。シジマは目を細めると笑った。

 次の瞬間一人が倒された。残ったもう一人の騎士は驚きに目を見張った後に何もできずにシジマに打ち据えられた。

 シジマは無手だった。主刀で騎士二人を瞬殺した。勝利を祝って喜びのVサインを奏に向ける。


「うわぁ。本当に瞬殺だね! シジマが瞬間移動したのかと思ったよ!」

「俺のスタイルって瞬殺なんだぜ! ターゲットは自分が死んだことにすら気づいてない。……できるだけ苦しめたくないからさ」


 シジマは暗殺で生計を立てていたわけではない。それどころか最低限の暗殺しかしていないという。暗殺自体が嫌いで必要に迫られた場合に限られていた。

 シジマは暗殺が悪いことだと思っていても実行することに躊躇はない。それは必要悪を認めているからだ。奏はシジマが瞬殺に磨きをかけた理由を知った。


「そこの二人が目覚めてから見ものだね!」

「そうだなぁ。記憶喪失になってなきゃいいけどよ」

「あはは! 記憶喪失を装ったりして! 負け犬になりたくないからって!」


 シジマに倒された二人を揶揄っていると後に倒された騎士がむくりと起き上がった。


「……馬鹿いえ。そんな真似しないよ」

「あれ? ずいぶんと早いお目覚めだなぁ。急所はずした?」

「ああ。あいつが先にやられてなきゃ、対処できなかったなぁ。まあ、結局あっさりやられたわけだけどね」


 騎士はシジマの動きを見て寸前に少しだけ急所を逸らしていた。反撃する前に意識が混濁して倒れたが、すぐに起き上がることができたのはそのためだった。


「失敗した。あんたのほうが強そうだったから残したんだ。楽しめなかったけどよ」

「あいつほど侮っちゃいなかったんだけど目で追えないとは驚きだね」

「反応してたのは俺も驚いた! 鈍ったかなぁ。最後に暗殺したのっていつだったっけ? 思い出せないなぁ」


 五百年も生きていると時間の感覚もおかしくなるのか。それとも身体は十六歳でとまっていても常に活動していた脳は五百年たって衰えたのか。

 シジマは時々十六歳とは思えない言動をする。老成しているのだ。やはり五百年生きるということはどこか人と違ってしまうのだろうか。


「……いってぇな。って、おい! なんで楽しそうに会話しているんだ!」

「おはよう。もう朝だよ?」

「嘘付け! 俺はそんなに寝てねぇ!」

「頭は大丈夫かぁ。瞬殺されたの覚えている?」

「忘れてぇよ!」


 先に倒された騎士が目を覚ました。シジマに負けた屈辱に身体を震わせて悔しがっている。負けを認める潔さはあるようだ。


「お前、弱いふりしてひでぇな」

「え、弱いふりなんかしてないし!」

「俺に押さえつけられて震えていただろ!」

「あほか! んなもん、ぶち殺したいの我慢してただけだ! 無意識に殺しそうになって焦ったぜ!」

「うげぇ。まじか!」


 最初に仕掛けてきた騎士がもう一人の騎士に「よかったね。殺されなくて」と励まされていた。決闘までしたわりに普通に会話している。


「こいつは戦闘ぐるいでね。止めても聞かないのが玉に瑕なんだよ。本当はそんなに悪いヤツじゃないと思うよ」

「同じ狢が何をいっているかな」


 自分も加担したくせに正当化しようとする騎士を奏は睨みつけた。なごやかな空気をかもし出すのをやめて欲しいものだ。


「まあまあ、カナデ。喧嘩両成敗っていうじゃん? 許してやれば?」

「シジマ! 被害者は誰! いびられて泣いていたでしょ!」

「待て! 泣いてなんかねーよ!」

「涙ぐんでいたよ!」

「あれは欠伸したからだ!」

「紛らわしい!」

「なんで怒るよ! 勘違いしたのはカナデだろ!」


 「これだから男同士は!」と奏は憤慨した。拳で語り合って解決か。シジマのために奮起した意味があったのだろうか。喧嘩をふっかけた意味がない。


「もういいよ。シジマならどうぞ好きにいたぶって!」

「なんで売る! カナデ、ひでぇよ!」

「知らないよ。男同士で仲良くどーぞ!」

「じゃ、遠慮なく」

「お、いいね」


 二人の騎士はシジマの肩に手を回して捕獲した。雁字搦めにされたシジマが助けを求めるように奏に視線を向けた。

 微塵も助ける気がない奏はシジマを放置して、晴れ渡った空を見上げたのだった。

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