第152話
リントヴェルムが神格化され、リゼットにも認められるに至って、ゼクスはドラゴンの存在を公にするため行動を起こした。
奏は展開の速さについていけず不安を感じていたが、下準備は着々と進められていて、もう計画自体は止められる段階にはなかった。
「ゼクス様。フェルデ公爵が到着いたしました」
「そうか。シジマはどうした?」
「……どこをほっつき歩いているやら。探してきます」
宰相は頭痛がするというように頭を揉んでいた。誰かに振り回されている宰相というのは珍しかった。
「シジマは元気なの?」
「一応はな」
アリアスに連行されていったシジマにあれ以来会っていない。
奏はゼクスの言い様が気になったものの元気なら良かったとホッとした。罪人として処分されてもいないようだ。
ゼクスがシジマの身柄を預かるといっていたから信じてはいたが、別れ際のアリアスの剣幕には少なからず不安を感じていた。
「もしかして王様はシジマをさっそく扱き使ったとか?」
「人聞きの悪いことを言うな。仕事をさせたまでだ」
「あ、やっぱり。リントヴェルムの噂はシジマが流したんだ」
「そうだがよくわかったな」
ゼクスが意外そうに言った。気づかれているとは思っていなかったらしい。
「シジマって子供っぽいからそうは見えないけど、かなり頭はいいよね」
「悪知恵は働くな」
シジマは外見から想像がつかないほど頭の回転はいい。「勉強は嫌いだ」と聞かれもしないのに主張していたが、シジマはやる気がなかっただけで頭が悪いわけではない。
シジマは過酷な環境を生き抜いた。それこそ生き残るために色々なことを考えたのだろう。そして実践してきた。それが今に繋がっている。
そしてセイナディカを混乱させるに十分な噂を撒き散らした。それも誰にもその存在を気取られずにだ。
そんな知恵の回る人材が目の前に現れたら使いたいと思うだろう。シジマは元暗殺者で危険人物ではあるが、上手く使えさえすれば非常に役に立つ人材だ。
ゼクスのように善政を行う王ならシジマを手元においても悪いようには使わないだろう。
「でも面白い方法を使ったよね。あれは王様が考えたの?」
「いや。シジマの意見を採用した」
まずドラゴンの悪評が流された。そこからどうしたら神格化まで噂が進化したのか疑問だった。
「生け贄のことがばれてちょっと焦ったよ」
「人食いドラゴンと言われていたな」
「木の実好きの温和な生き物なのにね」
悪い噂というのは害意があろうがなかろうが広まってしまえば関係ない。人の噂も七十五日というがリントヴェルムの悪評はそんなに簡単に消え去る類のものではなく、むしろその悪評はどんどんと広まりさえしていた。
「悪評を流す必要があったのかな」
「それはシジマに聞けばよく分かるだろう」
「呼ばれてシジマ参上! カナデは俺に何が聞きたいんだ?」
シジマが宰相に連れられてやってきた。ゼクスは説明をシジマにさせるようだが、理解できるように話してもらえるのだろうか。
「リントヴェルムを悪くいう必要があったのかなって。いい噂だけ流せばよかった気がするんだけど」
「いい噂は簡単に広まらないぜ。それにリントヴェルムがやらかしたことが後からばれるほうがヤバイって!」
「やらかしたって……」
「故意じゃなくても地震はリントヴェルムのせいだろ。どんなに隠したってそういうのはいずればれんだよ。とくにドラゴンがいい印象を持たれた後にばれてみろ。騙されたって非難されんじゃねぇか!」
「う、そうかも」
地震は大きな被害をもたらした。それが故意でなかったとしても被害をうけた人々が納得するかといえば、それは無理があるとしか言えない。国境付近の町や村がもはや人が住めるような場所ではなくなった。それを思えば言い訳をするべきではない。
「でも生け贄のことまで流さなくても」
「悪りいな! でもそれセットだから!」
「セット?」
「シェリルちゃんは生け贄でした! しかし! ドラゴンの生け贄になるどころか! 王妃様になったぜ! ひゃっほう! 美談成立! という具合になっていく予定だぜ!」
奏は〈ドラゴンの花嫁〉について、ゼクスが「同情心を煽る構成だ」と言っていたことを思い出した。
今回の噂も内容は違えども〈ドラゴンの花嫁〉と同じように同情心に着目していた。生け贄として召喚されたシェリルが殺されることなく王妃となり幸せになる。国民にこの噂が真実だと伝えたら大騒ぎになりそうだ。
しかし、このシンデレラストーリーに女性は興味津々で食いついてくるはず。
そして、この出来事によって生け贄にされそうになったという事実は徐々に忘れ去られていくのだろう。
「リントヴェルムの人食いの噂はどうやって払拭したの?」
「ドラゴンは菜食主義って噂を流したあとに見学ツアーを決行した!」
「は? 見学ツアーってまさかリントヴェルムの!?」
「いやぁ、なんつーか屋台のおやじがすげー頑固で、菜食主義のドラゴンなんかいねーなんて抜かしやがるから、こっそりリントヴェルムの生態を観察させてやったんだな!」
「え! あのカルガモ親子っぷりを見せたの!?」
「カルガモ親子って……、ぷっ、マジかぁ! ウケル!!!!」
奏はうっかり口を滑らせた。マガトとリントヴェルムの関係を勝手にカルガモ親子に例えていたことを知ったシジマが爆笑した。
「だって、リントヴェルムがマガトの後を一生懸命についていく姿がかぶっちゃってね」
「ドラゴンつかまえてカルガモって! 死ぬ、笑い死ぬ! ぎゃははははは!!!!」
シジマは壷に入ったのか泣きながら笑うという器用なことをしていた。
「そんなに笑わなくたっていいじゃない!」
「カナデのネーミングセンス、マジサイコー!」
シジマが親指を立てた。実は内心で自画自賛していた奏は、親指を立ててシジマに答える。
「もういつまでも笑ってないでよ! 見学ツアーってどういうことか聞きたいんだけど!」
「ひゃははは、ぐ、ぐるじい。本当に笑い死ぬ……。ひっひっふぅ。よし! 見学ツアーはそのまんまだ! ドラゴン観察ツアーだ! 口コミで広がって大忙しだ! こんなことなら金とればよかったぜ!」
「ちょっと勝手になにやって」
「いいじゃん。リントヴェルムは大人気だぜ? 屋台のおやじが頬を染めてリントヴェルムに釘付け! 気色悪いのなんのって! あ、女性にも大人気! 可愛いってさ!」
リントヴェルムは知らぬ間にシジマによってアイドルに仕立て上げられていた。神格化についてはここから派生したらしい。
「よく屋台のおじさんは信じたよね」
「ああそれは騎士のお陰かな。リントヴェルムがドラゴンだって遠征に行った騎士は知ってんだろ。ありゃ、怖いものみたさってやつか? ちょくちょく様子を見にきてるやつらがいたぜ。んでもって木の実とか野菜とかもってくんだよ。あいつらは餌付けでもする気か? 最初は警戒してたリントヴェルムもはにかみながら受け取ったりしてたな。マガトにべったりなのはかわんねーけどよ」
「いつの間に!」
驚きの事実だった。たしかに遠征に同行した騎士たちはリントヴェルムの正体を知っている。ゼクスはリゼットにリントヴェルムの正体を知られないように緘口令をしいていたが、本人に接触することまでは禁じていない。
それこそ騎士達は、何も知らないリゼットにしたらリントヴェルムの護衛という認識があった。リントヴェルムは異国からの客人という体で何人かの護衛もつけられていたからだ。
まさかその騎士達がリントヴェルムを餌付けしようとしていたとは。ドラゴンの恐怖が忘れられた今だからこそ、興味の対象となったに違いなかった。
「俺もびっくりしたぜ。どうやっておやじにリントヴェルムがドラゴンってことを信じさせようか悩んでたんだけどよ。ちょっと騎士にお願いしたらあっさり解決! リントヴェルムは器用なんだぜ。身体の一部分だけドラゴン化してみたり、小さいドラゴンブレスを見せたりってさ! おやじがびびって腰抜かしてたぜ!」
「なんて気の毒な……」
シジマに付き合わされた屋台のおやじさんに同情した。
「屋台のおやじは落としておく必要があったんだよ。あの辺じゃ一番の古株だってんだからな。まあ、まさかリントヴェルムを神格化させるとは驚いたけどよ」
「それってシジマが誘導したせいでしょ」
「まあそうだな! でもあわよくばぐらいの気持ちだったぜ? 実際にセイナディカを守ってたわけだしな。そうなってもおかしくなかったけどよ。俺としちゃ、そこまでは求めちゃいなかった。神格化までいかなくても国民に受け入れられればいいってな。王様はどうだか知らんけどさ」
シジマがゼクスをちらりと見た。何も言わないところを見るとゼクスはリントヴェルムの神格化は予想していたようだ。
「王様は見学ツアーまで許しちゃうわけ? どれだけ自由なのかな」
「見学か。そんなことをしていたとはな」
「……王様は知らなかったんだ」
「シジマに一任していたからな」
なんて恐ろしい。奏は身震いした。
シジマに自由を与えた上に好き勝手やる権限まで与えてしまったゼクスが信じられなかった。
ゼクスの器が大きいとは思っていたが、シジマを野放しにして平気でいられる神経が異常に思える。
「王様はどこまでが計算?」
「なんのことだ」
「あ、とぼけるんだ! シジマが失敗したらどうなっていたことか!」
「そうはならなかった。失敗すればどうなるかシジマはよく知っている」
「うおおおお! 失敗したら処分されるうぅぅ!」
ゼクスはシジマの手綱をがっちりと掴んでいた。その手綱はきっと鋼鉄製だ。
シジマはもう逃げられない。自ら首を差し出しことを今頃になって後悔しているようだが後の祭りだ。
「まあ落ち着け。見込みのない人間に仕事は任せない」
「うぅ、飴が降ってきた。さすが王様! 俺の使い道を熟知しているとは!」
シジマが感動に打ち震えていた。成果を誉められて嬉しいようだ。シジマはこうして着実にゼクスに絡め取られていった。
「王様、ひとつ疑問なんだけど」
「なんだ?」
「リントヴェルムの人気はいいとして、実際に被害を受けた人達はどう思っているのかなって」
城の近辺に住む国民がドラゴンを受け入れるのはそれほど難しいことではない。地震の被害をほとんどうけていないからだ。ドラゴンが人間を襲うような恐ろしい生き物ではないと知ればなおさらだろう。
しかし、地震の被害を被った人達はどうだろうか。慣れ親しんだ場所が破壊されて住むことができなくなった。追い出されて今は批難生活を余儀なくされている。
そんな状態で果たしてドラゴンを許すことができるのか。受け入れることはできるのか。神格化されたといってもそれは一部の人達だけに過ぎないのではないかと思うのだ。
「どうやら彼らが率先してリントヴェルムを神格化しているようだな」
「はい? 意味がわからないんだけど……」
「はは! 俺も意味がわからなかったぜ! 三号がうまいことやったらしいぜ。くわしいことは知らねーけどな!」
「宰相さんが? それにしたって何をどうしたら神格化になるのかなぁ」
国は被害者を救済する措置は当然とっていただろう。
しかしドラゴンが齎した被害は簡単に復興するものではない。たとえ復興に時間がかからなくてもその時に感じた恐怖を拭い去るには長い月日が必要になるだろう。
それにもかかわらず地震の被害者が加害者すなわちドラゴンを神格化しているという。奏の理解の範疇を超えていた。
「説明いたしましょうか?」
「うん。どうも納得できない」
シジマと連れ立ってきてから空気のような存在だった宰相が、何とも現実的な説明を始める。
「高額の賠償金を払いました。彼らはそれでようやく新天地へ居住地を移すことができたのでドラゴンに感謝をしているのです」
「お金の問題なの……」
「そうではないですよ。地震の被害は主に国境付近の町と村です。国境付近に住む人々は常に戦争によって危険にさらされてきました。それでも彼らはそこに住み続けなければならなかった。それは住む場所を選ぶ余地がなかったからです。主に金銭的な問題で」
「高額な賠償金ってリントヴェルムがよく用意できたね」
「おかげさまで賠償金を支払ってもまだ余裕があります。今後もわが国は潤うでしょうね」
宰相は上機嫌だった。地震による被害額は相当だったはずだが、リントヴェルムからどれだけの賠償金をせしめたのだろうか。
ドラゴンとお金。奏にはピンとこない組み合わせだった。
「それじゃ危ない場所から引っ越せて良かっただけで済んじゃったんだ」
「ありていにいえばそうです。もともと移住計画はあったらしいのですが、その度に戦争で邪魔をされていたようですね。住み慣れた場所に愛着はあったのでしょうが、あまり混乱もせずに移住は完了しました。まだ整備が必要な土地ですから落ち着くには時間がかかるでしょうね」
「そっか。安心して暮らせる所に行きたかったんだね」
奏は戦争を知らない。テレビでニュースを見て日本以外の外国で戦争があることは知っていても実感するようなことはなかった。
セイナディカでも同じだ。戦争は過去の話として語られていた。戦争によって我慢を強いられてきた人々が何を考えてきたのか知ることもなかった。
まさか住み慣れた場所を離れる理由が、安全を優先してのことだとは考えたこともなかった。それはどれだけ戦争が大きな脅威だったかを物語っていた。
「実はお金の問題が大きかったことは確かですが、それよりもドラゴンが国境を近隣国から守っていたという事実に人々は感謝をしているようです。たしかに国境に比べれば安全と呼べる居住地へ移ることはできましたが、戦争がある限りは真に安心することなどできません。その憂いをドラゴンが取り払ってくれた。安心して暮らせる未来を描かせてくれた。そこからドラゴンはセイナディカの守り神のような存在だと人々に受け入れられたというわけです」
「生け贄とかわりとどうでもいいみたいだね」
「ドラゴンに実害を被った人間がいないことが幸いしたようです。生け贄になった人間もいなければ地震によって亡くなった人間もいない。運が良かったですよ」
地震による被害は土地や家屋のみだった。怪我をした人はいたようだが、誰一人として死んだ人間はいなかったのだ。
その上、生け贄も実はドラゴンは要求していないという事実があった。そこでドラゴンが実はセイナディカの国民を守っていたという噂が流れてくれば人々は何を信じるだろう。
結果がよければすべてが良しとはいかないが、ドラゴンの存在は人々に希望を齎したのだった。
「でもちょっとぐらいはドラゴンを悪く言う人だっていたよね。家を壊されたわけだし」
「まあそれはいましたよ。しかし人間側の事情でドラゴンとの約束を破ったことを伝えましたら納得してくれましたよ。そもそも国境沿いに居を構えないという取り決めがなされていたようですからね」
「リントヴェルムのおじいさんが王子と交わしたっていう約束のことだね」
「ええ。リントヴェルムは人間が約束をたがえたとは思っていませんでしたから。セイナディカの人々を害するために力を行使したわけではないことは皆様に理解して頂けました」
宰相は信憑性の薄い噂を確実にするために事実を伝えたのだ。事実を伝える前に噂を聞いていた人々は納得するのも早かった。やはりあの噂は本当だったのかと。
下地があったところで事実を伝えたのだ。それを信じない人間はほとんどいなかったという。
「先にリントヴェルムのしたことを言っておいて良かったんだね」
「正直に伝えたことで人々にドラゴンへの信頼が生まれました。悪評は徐々に収束していくでしょうね」
「シジマはよくこんな風に考えられたよね」
「そりゃ俺って天才だし! っ痛てぇよ、三号!」
「どの口がいうのかと思いましてね」
宰相は口より先に手を出した。少し小突かれたくらいで五月蝿いシジマを視線で黙らせる。
「実際に根回ししたのはシジマですが、それを実行させたゼクス様の手腕が素晴らしいのですよ。あなたを脱線させないようにどれだけ苦労したと思っているのですか」
「ちょっとぐらいいいじゃねーか。三号だってトバーの串焼き食っただろ!」
「そんな買い食いのことなどどうでもいいですよ。私が知らないと思っているのですか? シジマ」
「な、なにを言ってるのかなぁ……」
シジマが挙動不審になった。あからさまな反応だ。
「さっさと吐いたほうがいいと思うよ」
「カナデ! なんで俺が悪いって決めつけんだよ!」
「じゃなに、その滝みたいな汗は。言い逃れするには相手が悪いと思うけど」
理詰めで責めてくる宰相を相手にするにはシジマは性格が素直すぎた。動揺が顔にでているうちは敵うはずがない。
「シジマ、懐に隠し持っているものを出しましょうか?」
「ううっ。何故ばれた? 俺の苦労が報われない……」
シジマがしぶしぶと懐から取り出したものは小さな鉱石だった。虹色に輝く不思議な石に奏は魅了される。
「すごい綺麗な石だね」
「ええ。リントヴェルムの力が宿っているようです」
「へぇ。そんなことあるんだ」
「リントヴェルムは長年あの洞窟で眠っていたので、ドラゴンの力が洞窟内の石に蓄積されたとしても不思議はありません。シジマの話では洞窟が崩れたために採取は不可能ということでしたが……。なぜ持っているのです?」
宰相の容赦ない追求にシジマが盛大なため息をついた後に答える。
「採取不可能は本当だよ。これはちょっと様子を見に行ったときに拾っただけだからな!」
「で、それを売ろうと?」
「いいだろ! こんなちっちゃい欠片ぐらい!」
「デスバリに狙われている自覚がないのですか? 小さい欠片だろうが流通すれば足が付きますよ。以前のことで学習しているはずですが、五百年もすると忘れるのですか?」
「人を耄碌ジジイ扱いすんな! ちょっと魔が指しただけだつーの。売らなかったんだからいいだろ!」
シジマが開き直った。宰相相手に食って掛かる。
それを奏はスポーツ観戦を見るように眺めていた。勝敗が決まっている出来レースだ。
「よくありません。売らなかったといいますが、私が売らせなかったのですよ。あれは紛いもので売買は禁止されていると通達しておいて良かったですよ」
「なにぃ。先回りだぁ。なんてヤツだ!」
「保険です。シジマは何をするかわかりませんでしたからね」
「くそぅ。俺からリントヴェルムの鱗を全部取り上げたくせに! まだ俺から奪うつもりか! 三号はガメツイ! 横暴だ!」
シジマは劣勢ということに気づいていない。どんなに悪態をつこうが宰相はびくともしていない。さらにシジマを追い込むべく口を開く。
「勝手に流通させられたら困るのですよ。それは没収します」
「ふざけんなぁ! てめぇが売る気じゃないだろうな!?」
「シジマ、ダダをこねないでもらえますか」
「今度は子供扱いかよ! 俺がどんな気持ちでリントヴェルムに土下座したと思ってんだよ! あれからみんなの笑いもんだ! 三号はわかってて黙ってただろ!」
シジマが涙目だった。いい加減に非を認めればいいのに、と奏は成り行きを見守る。
リントヴェルムの鱗とか土下座とか気になる話題が満載だったが、宰相に打ちのめされて萎れていくシジマが面白くてあえて邪魔はしない。知りたいことはシジマが宰相に屈したあとにでも聞けばいい。
「訂正する暇がなかったのですよ」
「いけしゃあしゃあというんじゃねー!」
「まあそれについては謝りますよ。私もシジマと同じで勘違いをしていましたから気づいたときにすぐに言えばよかったですね」
「え? そうなの? ドラゴンの鱗は垢って思ってた?」
「ええ」
シジマはあっさりと騙されている。宰相の顔には「チョロイ」と書いてあった。
それにしてもドラゴンの鱗が垢とは噴き出しそうだ。奏は必死に笑いを堪える。
「カナデ様。笑いたければ笑えばよろしいですよ」
「ぶはっ! もうやだ、我慢できない! あっははは! ぶひゃははは!」
奏は乙女にあるまじき笑いで身悶えた。シジマが顔を赤くして怒っている。それも笑いに拍車をかけて苦しい。
「ひ、ひぃ、ぶっふうぅ!」
「女の笑い方じゃねぇよ……」
怒っていたシジマが若干引いていた。宰相への怒りは、奏の異常な笑いによって鎮火したのだった。