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第151話

 リントヴェルムに事情を話すと奏はすぐにリゼットの元へ向かった。ゼクスが部屋の前で待っている。


「リゼットはまだ部屋に入れてくれない?」

「ああ。返事もないな」


 ゼクスが完全に無視されていた。リゼットの怒りは相当だろう。まるで天岩戸だ。


『私が話そう』

「でも……」


 リントヴェルムの声はリゼットに届かない。ゼクスにも答えないのだ。通訳を介したリントヴェルムの話など聞いてはくれないだろう。


「……リゼットと直接話そう」

「え? リントヴェルム、声はどうしたの?」

「力を使った。声帯に影響するだけだから問題はない」


 リゼットと話すためにリントヴェルムは力を使ったという。驚きの美声だった。


「リゼット。リントヴェルムだ。ここを開けてはくれぬか?」

「……リントヴェルム様。ああ、本当にあなたがドラゴンなのですね」

「済まぬ。騙すつもりはなかった」


 リントヴェルムにリゼットを騙す意図はなかった。ゼクスの指示に従っただけだ。

 そして、いきなりドラゴンであることを明かすには準備が足りなかった。

 リントヴェルムにとって関係者以外で正体を明かすのはリゼットが初めてだ。リントヴェルムの声にはどこか怯えのようなものがあった。


「どうぞお入りください。ゼクス様とカナデ様も……。マガト様もいらっしゃればご一緒にどうぞ」


 部屋の扉から小さく音がした。リゼットが鍵を開けた音だ。


「お、おじゃまします」


 奏は恐る恐る足を踏み入れた。自室に入るのに気を使うのは初めてだ。


「カナデ様。追い出してしまい申し訳ありませんでした」

「いいよ。リゼット、本当にごめんね」

「カナデ様に怒ってはおりませんよ。どうせゼクス様の差し金ですから」


 まったくその通りだが、ゼクスと共謀していた事実は変えられない。


「皆様にお茶を入れますので少々お待ちを」

「お、おかまいなく」


 リゼットにソファに座っているように促された。黙って全員が着席する。


「王様ぁ。リゼットが怖い……」

「覚悟の上だ」

「王様はそうなんだろうけど!」


 ゼクスはリゼット離れをしたいので嫌われてもいいが、とばっちりでリゼットに嫌われるなんてごめんだ。


「お待たせいたしました。私の特性ブレンドです。ゼクス様にはこちらを……」


 ゼクスの前に置かれたカップに注がれているお茶は真っ赤だった。


「リ、リリ、リゼット! 毒殺は駄目だよ!」

「気持ちだけですが」


 リゼットは気持ちの上ではゼクスを毒殺していた。無表情で話すのはやめて欲しい。無表情はスリーだけで間に合っている。


「リントヴェルム様のお口に合えばよろしいのですが」

「いただこう」


 リントヴェルムがためらうことなくリゼットの入れたお茶を飲んだ。

 ゼクスに入れられたお茶ほどではないが、リントヴェルムのお茶も目に痛い毒々しい色をしている。色は濃い紫。お茶に何が混入されていても驚かない。


「どうでしょうか?」

「美味いな。爽やかな酸味が疲れを取りそうだ」

「そうですか。よかったです。マガト様もどうぞお召し上がりください」

「ああ」


 マガトが恐る恐るお茶を飲んだ。こちらのお茶も信じられない色をしている。色は桃色だ。


「……甘いな」

「苦手でしたか?」

「いや。少し疲れているからちょうどいい甘さだ」


 最近のリントヴェルムのしつこさは尋常ではない。マガトは精神疲労で参っていた。


「カナデ様もどうぞ」


 奏の目の前には青色のお茶が鎮座していた。口をつけるとピリッとした刺激を舌に感じる。味はすっきりとしている。なんだか身体がぽかぽかしてきた。


「美味しいね。香辛料が入ってるのかな」

「ええ。カナデ様は冷え性ですから身体を温めるものを用意しました」


 リゼットが怒っているのはどうもゼクスに対してだけらしい。ゼクスにはまったく声をかけようとしない。

 ゼクスは黙ってお茶を飲み干した。とたんにゴホゴホと噎せ込む。


「リゼット、王様のお茶に何を入れたの?」

「アリアス様から辛味の調味料をいただきました。それを溶かしてみました」


 ゼクスのお茶のみ嫌がらせ仕様だった。


「……そのお茶は調味料の量を加減すれば美味しく飲めます。ゼクス様にはいい刺激でしたね」

「次は刺激を加減しろ」

「それはゼクス様次第ですが」


 ゼクスはリゼットに嫌われるのを覚悟で仕掛けた。当然の報いだろう。リゼットの機嫌が直るかどうかは今後のゼクスの行動次第だ。


「ところでリントヴェルムがドラゴンだと何故気づいた?」

「あれで隠しているつもりでしたか。最初からおかしいとは感じていたのですよ。リントヴェルム様はゼクス様に似すぎです。それからカナデ様はリントヴェルム様について隠す気がないように思いました。あんなに詳しく語られては気づくなというほうが無理でしょうね」

「あ、あれ?」


 そんなに詳しく語っただろうか。簡単にばれるようなことは言っていないつもりだった。


「ドラゴンは黒色の身体で瞳は赤色でしたね。リントヴェルム様も同じです。そんな珍しい色彩はなかなかないですよ。それから異国の友人がいるとか。マガト様のことだと思いました」

「カナデは本当に隠していないな」

「ご、ごめん、王様!」

「いやいい。お前に嘘をつかせるのは酷だったな」


 奏は最初についた嘘が元で完全にトラウマになっていた。それからどうしても嘘をつくことが苦手なのだ。

 どうしても嘘をつかなければいけない場合は口を噤む。それしか方法を思いつかなかった。

 口を開けば嘘をつけない。ほとんど自己防衛だ。もう二度と嘘をついたことであんな苦しい思いをしたくないから。


「ゼクス様はカナデ様を巻き込まないで下さい」

「ああ」


 ゼクスは頷いた。リゼットに言われるまでもなかった。


 リゼットの気持ちが落ちついたところを見計らってリントヴェルムが問いかける。リゼットにどう思われているか気になってずっと落ち着けなかったようだ。


「……リゼットは私が恐ろしくはないのか?」

「ドラゴンの姿を見ていないのでなんともいえませんが、あまり恐ろしいとは思えませんね」

「本当か?」

「カナデ様の話しを聞いた後では恐ろしさは半減です。マガト様がお好きですか?」

「マガトは私に遠慮がない。私を恐れもしない。私は時々マガトを恐ろしく感じる時がある」

「おい!」


 リントヴェルムに恐ろしいといわれたマガトが抗議の声を上げる。


「リントヴェルム様はマガト様に頭が上がらないということでしょうか?」

「怒らせないように気をつけているが……」


 あれでもマガトに気を使っていたらしい。傍目から見ていてもマガトがイラつく気持ちがわかるくらい四六時中付きまとっていた気がしたが。

 すっかり城では名物コンビだ。奏はひそかにカルガモ親子と呼んでいる。


「お前はいつまでも俺にくっついてないで友人をつくってこい!」

「何故」

「いい加減に解禁だろ。リゼットにばれたんだから」


 リントヴェルムはリゼットに一応は受け入れられた。リゼットが大丈夫なら他も平気だというゼクスを信じるなら、リントヴェルムの正体をセイナディカの国民に明かしても問題はない。

 そうなれば必然的にマガト以外と関わることになる。いつまでもマガトと一緒にはいられないだろう。


「マ、マガトは私を見捨てるのか!?」

「そうじゃないだろ。一緒にいるだけが友人ってわけじゃない。それとも何か、離れたとたんに俺はいらないって?」

「そんな馬鹿なことを言うな!」

「じゃあいいな。俺は明日帰るぜ」

「な、そんなに早くか!?」

「早くねぇよ。もう一月になるぜ。いい加減に仕事にいかないと職を失いそうだ」


 マガトはリントヴェルムに付き合って仕事を休んでいる。兵団には休暇申請をしているから職を失うことはないだろうが、そろそろ復帰したいのだろう。


「もう城へは来ないのか?」

「来てやる。誰かさんは寂しがりやだしな」

「毎日か?」

「そんなに暇じゃないぜ。大人しく待っていろ」


 これから遠距離恋愛をはじめるカップルのような会話だ。さしずめマガトが彼氏か。

 そんな想像を巡らせているとリゼットを目があった。同じような感想を持ったらしい。いい笑顔だった。


「リントヴェルム様は可愛らしいですね。よろしければ私と仲良くしてください」

「リゼット。こんな私でいいのか?」

「よろしいですよ。マガト様の代わりとはいきませんが」

「マガト! 私に友人が!」

「よかったな」


 リントヴェルムにとってマガトは友人というより保護者に近い感覚なのだろう。嬉々として友人ができたと報告している。

 奏はそんなカルガモ親子を暖かく見守った。

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