第150話
リントヴェルムが神に昇格した。いつの間にかセイナディカの国民に拝まれる存在になっていたのだ。
「王様が何かしたのは間違いないよね」
奏はこの不思議現象の犯人を見抜いた。ドラゴンの悪評が広まったと思ったら、今度は逆転するように好意的な噂ばかりを聞くようになった。
そしてドラゴンはセイナディカを守る神獣と言われるようになった。
実際にリントヴェムルはセイナディカを守っていた。それでもリントヴェルムが城へ来てから一月もたっていない。どう考えても不自然だった。
「どうすればそんなことに……」
「だよねぇ。リゼットはドラゴンがまだ怖い?」
「怖いわけではないのですが複雑な気分です」
リゼットが困惑するのは当然だろう。ゼクスはまだリントヴェルムの正体をリゼットに明かしていないがそろそろ動くかもしれない。
「カナデ様は実際にドラゴンと会っていますけど、どういう感じなのですか?」
リゼットがドラゴンに興味を示した。
遠征から帰ってすぐにリントヴェルムがドラゴンという事実以外の顛末はすべてリゼットに話している。
それでもリゼットがドラゴンについて何かを語ることはなかった。そのリゼットがこうしてドラゴンについて聞いてくるとは良い傾向である。
「そうだね。全体的に黒くて鱗がピカピカしていたかな。目は赤くて宝石みたいに綺麗だったよ。性格は優しいかな。口調が偉そうだから誤解されていたけどね。あと結構おしゃべりだね」
「そ、そうなんですね」
「根が真面目だから冗談は通じないけど、可愛いところもあるかな。最近は友達に夢中なんだよ。あれって初めての友達かな」
「ドラゴンに友達ですか……。その方は人間ですか?」
ドラゴンの具体像を話すとリゼットが目を白黒させていた。友達がいると知ると驚愕した。
ドラゴンはもうリントヴェルム以外は絶滅していると話したはずだが、人間がドラゴンの友達とは信じられないらしい。
「ちゃんと人間だよ。異国の人だけどね」
「はぁ。その人は大丈夫なんでしょうか?」
「鬱陶しいとは思っているみたいだけど好きにさせているかな。時々トンチンカンなことを言うからキレそうになっているけど」
人間世界に慣れていないリントヴェルムは興味を持ったことは聞かずにいられないようで、そのたびにマガトが四苦八苦しながら説明していた。
マガトにも知らないことがある。何でもかんでも質問されて時々イラついていた。最近は見捨てられないようで諦めの境地に至っている。
「……まるで人間のようですね」
「友達ができてはしゃいだりするからね。そんなに違いはないかもね。あ、人型になっているとドラゴンってこと忘れそうになるかな」
「は? 人型? 聞いていませんが!」
「あれ? 言ってなかったかな」
リントヴェルムの正体をしゃべってしまわない自信がなかった奏は、あえて口を噤んでいた。ドラゴンの話をするのは遠征後の報告をして以来だ。
「人型とは一体どういうことですか!?」
「えっと人間に変身できるんだけど」
「〈ドラゴンの花嫁〉と同じなのですか……」
〈ドラゴンの花嫁〉にドラゴンが人型になったというくだりがある。伝承も同じだったはずだが、リゼットは今しがた気づいたかのような反応を示した。
「……ドラゴンは今どこにいるのですか?」
「え? それはちょっと言いづらいというか……」
奏はリゼットに追求されて焦った。ゼクスがリントヴェルムの正体を明かす前に知られるわけにはいかない。
「まさか連れてきたということは……」
「はははっ。まさか」
奏はリゼットから目を逸らした。手に汗が滲む。嘘をつくのはどうも苦手だ。
「ゼクス様はご存知ですよね?」
「はい」
リゼットに気づかれてしまった。
◇◇◇
「カナデ、くれぐれも注意しろと言わなかったか?」
「はい」
「まったく。何を言った?」
「人型になるって言ったかな」
「それだけで何故ばれる」
「どうしてかな?」
ゼクスに説教されながら考える。リゼットに何故ばれたのかいまいちはっきりしない。
「それでリゼットはどうしているんだ?」
「部屋に籠城中だね」
お冠のリゼットは奏を部屋から追い出して引き籠ってしまった。追い出された奏はこうしてゼクスに報告しているというわけだ。
「……リントヴェルムに会わせるとするか」
「大丈夫なのかな。リゼットが何に対して怒っているのかよくわからないんだけど」
リゼットの態度だけでは嘘をついていたゼクスに対して怒っているのか、それともドラゴンを城へ連れ帰ったことに対して怒りを感じているのかわからなかった。
それに怒っているにしてはやけに静かだった。淡々としていたからまさか部屋から追い出されるとは思ってもみなかった。
「とにかくリントヴェルムを呼べ」
ゼクスがドラゴンを神格化するような噂を広めた理由はリントヴェルムの地盤固めにほかならない。
そして準備が整った今、リゼットにリントヴェルムの正体を明かすことは必然だろう。
「呼んでくるよ」
ばれてしまったものは仕方ない。奏は諦めの境地でリントヴェムルを呼びに向かった。