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第149話

「セイナディカにドラゴンが潜んでいるって話しじゃないか」

「ドラゴン? そんな与太話を信じているのか?」

「あんたは知らないのか? 国境付近の町が壊滅したんだぞ。セイナディカに地震なんて昔はなかった」

「たしかに俺が通ってきた場所は何もなかったな……」


 旅人を装ったシジマは屋台のおやじと話していた。

 片手にはセイナディカ名物のトバーの串焼きを持っている。シジマは串焼きをかじりながらおやじに言う。


「ドラゴンか。そんなものがいたらお目にかかりたいもんだ」

「あんた正気か! 人間を喰うって話しだぞ!」

「人間を喰うねぇ。ドラゴンって山のように大きいってきいたぞ。人間なんか喰っても腹の足しにもならないだろ」

「量の問題じゃないかも知れん。もう何人か食われているらしい……」

「人間は美味って? これと同じに美味いのかねぇ」


 シジマはトバーの肉が刺さっていた串を振った。おやじにもう一本追加注文すると屋台を後にした。


「なかなか順調だなぁ。そろそろ次の段階に進めてもいっかなぁ」


 シジマが流したドラゴンの噂はセイナディカにジワジワとではあったが確実に広まっていた。

 予定よりずいぶんと早い。やはり恐怖という負の感情は簡単に広がるものだとシジマは実感した。事実でもないことが誇張されている。


「のんきに買い食いですか?」

「屋台にいって何も買わないのは駄目じゃん? それにこれは三号に買ってきたんだぜ」


 シジマは手に持ったトバーの串焼きを宰相に渡した。


「これが名物の串焼きですか。食べるのは初めてですね」

「あんた働きすぎでしょ。こんなところでもブラックかよ。ああ嫌だね!」


 何食わぬ顔で合流した宰相の仕事ぶりにシジマは寒気を感じて身震いした。


「……誰のせいだと思っているのですか」

「あれ? まだあの噂が尾を引いてんだ」

「そうですよ。あれから人員補充がされていません。それに今回の件でまた減ってしまいそうですね」

「うわぁ。三号は過労死か。南無……」

「勝手に殺さないでいただけますか」


 国が滅びるという噂と、ドラゴンの噂のダブルパンチで働き手が他国へ流れていっている。今回の件は仕方ないとしてもなかなかに辛い現状だ。


「三号が死ぬ前に増員できるといいね」

「人事のように話さないほうがいいのでは? ゼクス様は人使いが荒いですよ。シジマも過労死ですね」

「うげっ! ジワジワ来るってヤツか!」

「そうですよ。ですから仕事を早めてください」


 ドラゴンを貶める噂はずいぶん流した。ゼクスに限度を超えないように釘を刺されている。もうリントヴェルムは人食いドラゴンに昇格した。これ以上は必要ないだろう。


「んじゃまあ。次にいってみっか!」


 ドラゴンを地に落とした。後は上げていくだけだが、ここからはそう簡単な話ではない。


「どこから攻めます?」

「事実だけじゃ弱いよな。あ、これは三号にいっとくけどドラゴンって金になるよ」

「それはそれは。賠償金の心配はいらないようですね」

「まあね。そこらへんはタイミングを見計らうかな。二通りの方法があんだけど?」

「ほう」


 宰相が興味を持った。シジマはにんまりと笑う。


「ドラゴンの鱗って売れんだよね」


 定期的に生え変わるドラゴンの鱗をシジマは時々売っては生計を立てていた。シジマの外見では一所に落ち着いて働くことは難しかったからだ。

 成人していれば困ることもなかったが、所詮十六歳の外見ではまともに働かせては貰えないうえに、成長しない身体は何年かすれば周りに不自然さを感じさせてしまう。ごまかし続けることは難しかった。

 それでなくても目立つ外見をしている。怪しまれないほうが無理だったのだ。


「なかなか流通しない幻の素材アダマストですね」

「三号は知ってんだ」

「それはそうですよ。私を誰だと思っているのですか」


 セイナディカでもごく稀に流通していた。最高クラスの硬度を持つアダマンティンの上位クラスの素材だ。

 武器にするも良し、装飾品を作るも良しという素直な素材で、職人がこぞって欲しがった。

 シジマは下手に足がついては困る理由があり、積極的に売ることをしてこなかった。在庫は山ほどある。宰相が流通ルートを確保できればセイナディカはかなり潤うはずだ。


「リントヴェルムに内緒で売ってたんだけどよ。言っておいたほうがいいかな?」

「内緒ですか」

「あんなもん売ってるって知ったら機嫌を損ねそうだからなぁ」


 小出しに売っているくらいならリントヴェルムに知られることはないが、本格的に売るようになれば必ず知られてしまう。そうなったときのリントヴェルムの反応が怖い。


「あんなものですか?」

「身体から剥がれた鱗だぜ。人間でいうところの垢みたいなもんだ。それ売ったらまずいっしょ」

「……それはまずいどころの話しではありませんよ」


 人間でも身体の一部、たとえば髪を売るようなことはある。しかし、垢は売ったりしない。リントヴェルムが知ったら怒りのあまり暴れそうだ。


「さっさと謝りましょう」

「許してくれっかな?」

「もし暴れるようなことがあれば賠償問題を突きつけます」


 リントヴェルムをまた脅すことになるが致し方あるまい。


「しかしリントヴェルム次第ではアダマストを売ることが難しくなりそうですね」

「うっそ! 俺は大量の在庫を抱えてるんだぞ!」


 シジマはリントヴェルムの知らぬ間にこっそり集めていたようだ。リントヴェルムの機嫌を取らないと話し自体が頓挫しそうだった。


「もう一つの方法とは?」

「リントヴェルムの力を内包した鉱石だよ。でもこっちは無理かもなぁ。リントヴェルムが洞窟を破壊しただろ。残ってるか微妙だぜ。まあちょっと見てくるけどよ」

「流通はしていませんね」

「俺に採掘技術はねえし、大昔に上手い具合に落下した欠片を売ったらとんでもないことになってさ。それ以来売ってねえ。つーか売れねえ。どこぞの貴族に目をつけられて拐かされるところだったぜ! 手元にいくつかあっけど見る?」

「ええ、是非」


 身体検査はしているはずだが、小さいとはいえシジマが隠しもっていたことに驚いた。そして、シジマが懐から出した鉱石を見て宰相の目が驚きに見開かれた。

 虹色に輝く鉱石だ。しかも手に取るとまるで重さを感じない。それでいて硬さはアダマストに匹敵するというから驚きだ。どれだけの価値があるか検討もつかない。


「……これは凄いですね」

「だろ! 売らない手はないんだけどよ。俺には無理だな」


 まともな商人でもないシジマが売るには難しいだろう。それほど価値の高い鉱石なのだ。


「もしやデスバリはこれを狙っているのですかね」

「それはないと思うんだけどなぁ」


 シジマは追われる身だ。身を隠すすべは心得ている。当然、価値の高い鉱石を隠匿することなど造作もない。デスバリが知りえるはずもない情報だった。


「どっかでヘマしたかな」


 シジマにはデスバリに狙われる覚えはないようだ。


「鉱石について知られていないとすればアダマストでしょうか」

「それならあるかなぁ。神出鬼没の商人ってことになってんだけどよ」


 シジマは細心の注意を払ってアダマストを売っていた。それでも情報を辿れば行き着けないことはない。シジマ一人にかける労力を思えば誰もやらないだろうが。


「デスバリについて今は考えないことにしましょう。アダマストの件はリントヴェルムに快く了承してもらうとして、次の一手を講じましょうか」

「おう! ちょっと行ってくるぜ!」


 シジマは目をつけた屋台へ駆け出した。いろんな情報を持つ商売人は噂を広げるにはうってつけだからだ。


「さて、忙しくなりそうですね」


 宰相は、旅人に扮して演技をするシジマの背を視線で追いながら、過労死にならないように息抜きをすることを心に誓った。

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