第148話
ゼクスはソファで菓子を頬張り寛いでいるシジマを見据えた。
アリアスに連行されたシジマだったが、アリアスが厨房に篭ると放置された。形ばかりの罪人仕様だった。
その後、騎士によってゼクスの執務室へ連れてこられた。
「なあ王様。俺は牢屋にいなくていいのかぁ?」
「期待させて悪いが」
「期待なんかしてねぇつーの! 俺はアウトドア派だ!」
「……理解できる言葉を話せ」
シジマの使う難解な日本語にゼクスはこの場に奏を呼ぶべきか頭を悩ませる。
「おっと悪りぃ! ちょっと横文字は使わないようにすっかな!」
日本語の多用を自粛はするようだ。どこまでシジマが我慢できるかはこの際考えるべきではないだろう。
「シジマの意見を聞きたい」
「う~ん? なんだよ?」
菓子を食い尽くして満足したシジマが身体を伸ばした。アリアスに殴られた腹が痛いのかしきりに撫でている。
「ドラゴンの存在を公にするならどういった方法が有効だ?」
「リントヴェルムの花嫁探しだろ? いきなりってのは難しいよな。ま、こういう場合は面倒くせーけど、ジワジワ浸透させるのが一番いいな!」
「例えば?」
「あれだ! 俺がやった方法があんだろ?」
「噂か」
「そうそう! 情報操作だ!」
ゼクスはシジマの流した噂に完全に踊らされた。そして噂を流した張本人は雲隠れし、どれだけゼクスが探ろうと最後までシジマに辿り着くことはできなかった。
シジマは頭脳派には決して見えないが恐ろしく知恵が回る。それは五百年を生き抜き培ったものだ。
「〈ドラゴンの花嫁〉を広めた時も同じ方法を取ったか?」
「いいや。あんときは地道にやったぜ」
〈ドラゴンの花嫁〉はなかなか人々には浸透しなかった。ドラゴンが恐れられていた時代では難しかったということもあるが、悪評を覆すことは好意を広めるより困難なことだったのだ。
「時間をかけられないとしたら?」
「落として上げる」
シジマは何でもないことのように言う。ゼクスにとってはこれほど有用な策はないというのにシジマは理解していないようだ。
「いまやドラゴンの存在は忘れ去れている。良くも悪くもだ」
「まあそりゃそうだろ。もうリントヴェルムしかいねーんだから」
「ドラゴンを増やしたいのではなかったか?」
「純粋なドラゴンは無理じゃん? いつか先祖返りなんか生まれるのを待つしかねーんだけどよ」
シジマの感覚はもう人間のそれとは違っていた。ゼクスは痛ましく感じた。成人もしていない齢十六歳の少年が歩むには過酷な人生だ。
「リントヴェルムの花嫁を探すことはその第一歩というわけだな」
「おう! 俺は余生をすべてそれにかけるぜ!」
「余生? 随分早いと思うが……」
「そうかぁ? 俺はとっくに死んでるはずだったんだぜ。余生ってのも違うけどよ。ま、第三の人生ってヤツだな!」
どんなに人生が過酷だったとしてもシジマの性格は根っこの部分では何も変わってはいなかった。
シジマの本来の性格は明るく前向きで、そして何事にも真摯だった。
ゼクスはそんなシジマだからこそ手元に置くことを考えた。
それはシジマのすべてに責任を持つことだった。シジマの存在が脅威となりえたその時は手にかけることさえ厭わないだろう。
「デスバリに行く前に仕事をしてもらおう」
「何すんの?」
「ドラゴンを落として上げてこい」
「へぇ。王様は全部計算してんのかよ。俺は合格?」
「それ以上だ」
ゼクスはリントヴェルムをどう公表するか考えていなかったわけでも迷っていたわけでもなかった。
そしてシジマに意見を聞くという形を取ったのは、ゼクスの考える方法がどれだけ確実か図るためだった。
シジマは噂を巧みに使うすべを知っている。この方法を実行して成功させられる人物がいるとしたらシジマだけだろう。
「がっつり落としていいんだ?」
「お前に任せる。限度は超えるな」
「了解! うっしっし! 暗躍するぜ!」
シジマの目が生き生きと輝いた。
それからほどなくして、ドラゴンがセイナディカを震撼させた地震の原因であったという噂が国内を駆け巡った。
そしてドラゴンが生け贄を求め、実際に捧げられたという噂もまことしやかに語られはじめたのだった。