第15話
地震の被害はどの程度なのだろう。奏は気になってしまい、部屋に戻ってからも落ち着きなく、部屋を歩き回っていた。
「お茶でも入れましょうか?」
「ごめん。なんか落ち着かなくて……」
「仕方ありませんよ。私も気になりますから」
リゼットは浮かない顔をしながらも、てきぱきとお茶の用意をしている。
「何か手伝える事はある?」
奏は手持無沙汰で余計に落ち着けない。
「休める時に休むことが大事ですよ。被害が大きいなら手も足りなくなるでしょうから」
「そうだよね……」
奏は日本という地震が多い国に住んではいたが、奏自身は直接被害をうけたことはなく、ニュースで被災地の様子を聞いて他人ごとではないと常々感じていたのだ。
何か出来ることがないかと思わずにはいられない。
「ねえ、リゼット。この国は地震が多いの?」
「そうですね。最近は特に多いです。昔はそうでもなかったはずなのですが………」
「最近?」
「ここ数年のことです。それまでは、むしろ地震がないことが普通でした」
少なかった地震が多くなっていることを奏は不安に思う。リゼットも同じなのか疲れたような表情をしている。
「リゼットも休まないと……」
「カナデ様?」
「疲れているって顔をしているよ」
リゼットが疲れを誤魔化すようにうっすらと微笑みを浮かべたが、奏は誤魔化されまいとリゼットに強い視線を向ける。
「カナデ様は誤魔化されてくれませんね」
「そう! リゼットはしっかりしているけど、無茶はしそうなんだよね」
「無茶はカナデ様がするのでは?」
「や、確かに無茶はしたけど、もうしないように気を付けるよ」
リゼットの断定に、奏は朝からやらかしてしまったことを思い出して苦笑いする。
無茶をしようと思ってしたわけではないけれど、泣きそうな顔をしていたリゼットにこれ以上の心配をかけてはいけない。
「う! もしやリゼットを疲れさせたのは私か!」
「そんなことはないですから!」
リゼットは慌てて否定をするが、ほんの少し笑っているので否定しきれていない。
「リゼット! ここに座って!」
「え?」
「いいからほらここ!」
奏は自分の隣のソファを指さして、リゼットを手招く。
「疲れさせた責任はとるから!」
「どういうことでしょう?」
「はい! リラックス!」
奏は戸惑っているリゼットを無理やりソファに座らせると背後にまわる。肩に手を置くと猛然と揉みだす。
「カ、カナデ様!」
「うわ~。凝っているよ! 凄いよ!」
「あ、いたっ、あううっ」
「強すぎたかな。じゃ、ここは?」
「!」
「あ、痛い?」
「いえ、痛いですけど……」
「大丈夫みたいだね!」
凝り固まったところを揉みほぐしていくうちに、リゼットの緊張もほぐれていったようだ。
「カナデ様にこのようなことをさせるなど……」
「リゼットの肩は深刻な状態だから!」
お世話をする相手に世話をさせているという慣れない状況にリゼットは困惑していた。
しかし、嬉々として肩を揉みほぐしている奏は、リゼットの戸惑いなど全く気にしていない。
「そこまでひどくはないはずですが……」
「ええ! 自覚なし!?」
「凝ったと感じたことはあまりないですね」
「だからって放置!?」
リゼットは不思議そうな顔をする。肩こりなど特にたいしたことはないと思っているようだ。
「人に触られるのが好きではないので……」
「え!」
奏は驚いてリゼットの肩から慌てて手を放す。
「ご、ごごごめん!」
「いえ、カナデ様は平気ですよ。女性だからでしょうか。普段なら投げ飛ばしてしまうのですが……」
リゼットの拒否反応の激しさに奏は慄いた。投げ飛ばされなくて良かった。
「あ、そういえば、ゼクス様も平気ですね」
どんな状況でゼクスに触られたのか、奏はとても気になった。それに何気ない発言ではあったけれど、人に触られるのが苦手というのに、ゼクスだけ平気なんて聞き捨てならない。
「王様と付き合っているの!?」
「いえ、それはありえません」
(王様とリゼットってどういう関係?)
やけに親しいとは思っていた。特に言及しなかったが、よくよく考えればおかしい。
仮にもゼクスは王である。普通は一介の侍女と二人きりになる機会などないはずだ。
(まさか!?)
権力者にはよくありそうな話だ。ゼクスがリゼットに手をつけた。そんな考えが過ぎって、奏は愕然とする。
(いやいや、そんなこと王様はしないよね? 何かの間違いだよね……)
「愛はあるよね!?」
「なにを考えました?」
「王様が!」
「カナデ様。落ち着いてください。ゼクス様に危害を加えられたことはありませんよ」
奏が想像したようなことは全くないとリゼットは断言する。
リゼットの落ち着きぶりに奏は安堵する。妄想はほどほどにしておくに限る。
「ゼクス様とはイトコなので、それなりに親しくさせていただいております」
「イトコ! そんな人がどうして侍女!?」
リゼットの身分が高いという驚愕の事実に奏は絶句する。
リゼットに世話をさせるだけでなく迷惑までかけている。恐れ多いことだ。
「趣味ですよ」
「へ?」
「ですから、侍女は趣味です。ゼクス様にお願いして快諾させました」
「ええ!」
「野望のためには犠牲はやむを得ません」
堂々とのたまうリゼットに仰け反る奏。突っ込みどころが分からない。
「……今度、その野望とやらを詳しく教えて」
「ふふ、楽しみですね」
リゼットの心からの微笑みに、聞くのが恐くなる奏だった。