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第145話

 城へ続く地下通路を遠征隊は進んでいた。

 人手が加わっていない道は歩くにはいささか不向きで、奏は何度も足を取られた。おのずと歩みはゆっくりとなり、先行している騎士団との距離は開いていった。

 シジマに説明によれば東の森を経由するより断然早いというが、こうも進み難いとまったく進めているように感じられない。


「二人が並んでいるとすごく派手だよね」


 奏は最後尾で一緒に歩いている二人が気になった。

 橙色の髪に深紅色の眼を持つマガトの横に、銀色まじりの黒髪に赤眼のリントヴェルムが並び立っている。

 しかも二人とも大柄でとにかく目立った。

 リントヴェルムはマガトにしきりと話しかけていた。しつこいくらいだ。

 そんなリントヴェルムにうんざりしながらもマガトはちゃんと相手をしていた。

 リントヴェルムはどうやらマガトと会話をするのが楽しくてしかたないらしい。


『マガトの瞳は私の色と似ているな。髪色はまるで満開のイアルのように美しい』


 イアルというのはオレンジ色の花でリントヴェルムがセイナディカに来る前にいた場所に咲いていたという。

 昔を懐かしみウットリとマガトを見ている。

 突然の美辞麗句にマガトが狼狽する。


「き、気色悪いことを言うな!」

『美しいといわれて何故不機嫌になるのだ』


 リントヴェルムは純粋に誉めているのだが、口説いているようにしか聞こえなかった。


「マガトが子供を産めればいいのにね」

「……カナデ様。それはどういう意味だ?」

「子供が産めたらリントヴェルムのお嫁さんになれるのになぁって」


 冗談めかして言ってみれば、マガトに哀れみの目を向けられた。


「カナデ様は頭が残念だぜ」

「酷いなぁ。ちょっとからかっただけなのに」


 奏はからかう相手を間違えたと気づいた。

 真面目なスリーをからかった時のような虚しさを味わう。

 やはり、からかうのなら打てば響く反応を示してくれるジーンに限る。


「どこまでも景色が一緒だと飽きるよ」

「仕方ないだろ。地下だぞ」


 ひたすら歩くことに嫌気が差してきた。

 奏がぼやくとマガトがもっともなことを言う。


「どのぐらい進んだのかな。まだ着かないのかな……」

『もうすぐ中間地点だ』

「あれ? 意外に進んだんだ」


 代わり映えのしない景色は感覚を鈍らせていたようだ。

 ゆっくりと歩いていたが進みは決して遅くなかったということだ。


 中間地点が近づくにつれリントヴェルムの様子が変わった。

 マガトをしきりに気にしていたかと思えば、ムッツリと黙り込んだ後、唐突に命令口調でマガトに言う。


『マガト。先に行け。騎士団と合流しろ』

「なんだ? 突然どうした?」

『私といればいらぬ苦痛を味わうことになる』

「いまさらだろ。それにカナデ様の護衛がある」


 護衛は他にもいる。一人離れたところで支障はないが、マガトは境界線での失態を取り返したいと思っているのか梃子でも動きそうになかった。


『……後悔しても知らぬ』

「なんとかなるだろ」


 マガトは首を竦めた。リントヴェルムは説得を諦めて長々とため息をついた。


 中間地点にはゼクスが待っていた。シェリルの姿は見えない。騎士団とともに先へ進んだのだろう。


『ゼクス王。なぜここにいる』

「言い出した本人が見届けなくてどうする」


 責任感の強いゼクスならそう言うだろう。

 それにしても全部を引き受けなくてもいいのではなかろうか。

 シェリルという癒し要員がいなければ大変なことになりそうだ。

 ゼクスが責任という重圧に押しつぶされている姿は想像できそうにないが。


『……仕方ない。ゼクス王に影響がないことが救いだ』


 リントヴェルムはちらっとマガトを見た。「心配だ」と顔に書いてある。


「さっそくはじめてくれ」

『わかった。マガト、きついぞ』


 リントヴェルムはそう言うと力を解き放った。恐ろしいほどの圧力がマガトを襲った。マガトが膝をつく。

 同じようにジーンとスリーも身体に圧力がのしかかった。

 二人は膝をつくことはなかったが、苦痛の表情をしていた。

 護衛の中で平然としているのは、アドリアンただ一人だけ。


 リントヴェルムは意識を集中した。洞窟の入り口から徐々に崩壊させていく。

 ズウゥウンという鈍い音が大きくなっていった。

 奏の頭上でミシミシと音がする。

 小さな亀裂が走りパラパラと破片が落ち出す。


『この場もすぐに崩れるだろう。しばらくは持たせるが』


 当初の予定では遠征隊が城へ戻った後に、リントヴェルムが洞窟を破壊するはずだったが、近隣国の動きが予想以上に早く、やむを得ず、リントヴェルムが移動しつつ破壊するという段取りとなった。

 遠征隊が戻る時間がなかったのだが、かなりの強攻策といえる。

 リントヴェルムにも力を使える範囲というものがあった。

 地下通路の中間地点が最長距離でそれより遠くなると範囲外となる。こんな中途半端なところで力を使う理由だった。

 下手をすれば地下通路が崩壊して生き埋めになる危険性があった。

 リントヴェルムが力である程度は崩壊を抑えられるからできた荒業である。


「急いで城へ戻れ」

『……マガトは動けぬ』


 リントヴェルムは力を抑えるわけにはいかなかった。そんなことをすれば、地下通路の崩壊を防げないからだ。

 しかし、一番に影響を受けているマガトは動けそうにない。


「置いて行けよ」

『なにを馬鹿なことを!』


 苦痛の滲んだ声でマガトが言った。


「ど、どうしよう!」


 マガトを置いて行くことはできない。

 奏がオロオロとしているとアドリアンが提案する。


「俺が担いでいく」

「大丈夫なの?」

「多少重いがいけるぜ」


 アドリアンが頼もしい。

 リントヴェルムの力の影響を受けていないとはいえ、体格のいいマガトを担いでいくのは大変だろう。

 それでも仲間を置いて行く選択肢はない、という強い意志があった。


「……すまん」

「いいぜ。帰ったら死ぬほど飲ませろ」

「ああ」


 アドリアンがマガトを担いだ。俵担ぎだった。

 マガトは大きな身体を縮こませて居心地が悪そうにしていた。


「行くか」

「アドリアンは力があるんだね」


 アドリアンとマガトに体格差はない。

 それなのにアドリアンは割りと平気そうにしていた。重さを感じていないように見える。


「そうだな。担いでも走れるぜ。動けなくなったのがマガトで良かったぜ。ジーンは無理だからな」


 ジーンはマガトと体格差はあまりないようたがマガトより重いという。


「俺も担いで欲しかったぜ」


 ジーンが苦痛を堪えた掠れた声でぼやく。


「しっかり走れよ」

「ふぅ。しかたねぇ。死ぬ気で走るか」


 そこからは地下通路崩壊との競争だった。

 奏は必死に走った。

 道の状態が悪く何度も滑っては転んだ。満身創痍だ。


「カナデ。もう少しだから頑張って」

「う、うん。大丈夫」


 力の影響を受けているスリーは、奏を助ける余裕がまったくなかった。そのことを詫びられたが、奏はむしろスリーを心配していた。

 スリーの膝は明らかに笑っている。普通なら走ることは不可能だ。


「あ、明るくなってきたよ。スリーさん、もうすぐだからね」

「ああ」


 激しく息を乱しているスリーを応援する。返事を返すのも億劫そうだったが、地下通路の出口が見えてくると力を取り戻した。

 奏は先頭を走るゼクスを追いかけた。

 最後尾にいるアドリアンが気になったが、注意を怠るとすぐに転んでしまうので先だけを見据えて走り続ける。


 ようやく出口に辿り着いた。

 奏は崩れ落ちるように地面に倒れこんだ。息が上がって喉が痛い。

 呼吸を整えているとスリーとジーンが隣に倒れ込んで来た。ゼイゼイと息をしている。これほど余裕のない二人は見たことがなかった。

 しばらくするとリントヴェルム、続いてマガトを担いだアドリアンが到着した。

 これで全員が無事に地下通路を抜けることができた。

 互いに無事を確認して安堵で笑顔が戻った頃、地下通路は完全に崩れ落ちた。


「はあぁぁ。しんどかった」


 まさか異世界でフルマラソンを体験する羽目になるとは思っても見なかった。

 それでもボロボロになりながらも必死に頑張ったせいか、妙な達成感があった。


「カナデ、どこか不調はないか?」

「うん。大丈夫みたい。ちょっと不安だったんだけどね」


 決して強い身体ではない。必死で身体を動かしていたが、突然動けなくなったりしないか、不安だった。どうにかなって良かった。


「お前は元気だから少し忘れていた」

「あはは! 私も似たようなものだから気にしないで良いよ!」


 あまりにも酷い有様になった奏を見てゼクスは心配になったらしい。

 しかし、死屍累々で転がっている護衛たちが、いまだに復活できていないことを思えば、軽症で済んでいるだろう。

 息苦しさもなくなって奏はあたりを見回す余裕ができた。

 地下通路は城へ直通というが、ここから城は見えない。


「ここどこ?」

「ああ、太古の庭の裏手だ」

「え? そうなんだ」


 たしかに城へ直通だった。しかも太古の庭という、隠れるにはもってこいの場所に続いている。

 こんな場所へ敵に入り込まれたら大変なことになっていた。

 気づいた時にはすでに遅かった、という最悪な事態になっていたかも知れない。


「洞窟は潰して正解だった」

「本当に危なかったね」


 本当に間一髪だった。敵の襲撃を未然に防ぐことができたと、奏はホッと胸を撫で下ろした。

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