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第142話

 長かった旅もこれで終わりだ。憂いとなっていた全てのことを無事に解決することができた。

 奏がドラゴンの生け贄になることもなく、シェリルの手に余る力もなくすことができた。後は城へ帰るだけになり、騎士達も帰り支度を始めていた。

 これでリントヴェルムとも別れとなる。奏はせっかく仲良くなれたのにと、寂しい気持ちになった。


「リントヴェルムはずっとここにいるの?」

『また眠りにつくことになる』


 小さな可能性をリントヴェルムは捨てられない。いつか何処かにドラゴンが現れるまで長い眠りつくという。

 奏は、なんとかしてリントヴェルムに花嫁を見つけてあげたいと思っていた。

 そこで考えついたのがシェリルの力を譲渡するという案だったのだが、シジマが花嫁を新たに召喚することは難しい上に、ドラゴンが受け入れられていない状態ではセイナディカで見つけられる余地はなかった。

 ところが眠りにつくというリントヴェルムにゼクスがある提案を持ちかける。


「リントヴェルム、よければ城にこないか?」

『私はここを動けない』

「なぜだ?」


 奏はとてもいい考えだと思ったが、リントヴェルムはゼクスの誘いを断った。

 リントヴェルムの意思というよりは、そうしなければならない事情があるというのだ。

 それがなければリントヴェルムは喜んで誘いに応じたはずだ。それはリントヴェルムの物悲しそうな表情が物語っている。

 リントヴェルムは申し訳なさそうに言う。


『私のことを気にかけてもらえて嬉しいが、この場所はセイナディカにとって重要な場所だ。私の意志では動けぬ』

「お、あれか! リントヴェルムがそこにいないと城攻めされるからか!」


 重要な場所と聞いてシジマが反応した。そしてゼクスにとっては看破できないことを言った。


「それはどういうことだ!」

「リントヴェルムが眠ってた場所の奥に城へ直通でいけるルートがあるんだ。俺もそこからちょくちょくここに来てたってわけ!」


 ドラゴンの力の影響がないとはいえシジマがリントヴェルムに簡単に近づけたわけだ。


『近隣国がこの場所を嗅ぎつけた』

「あ、わりっ! それって俺のせいかも!」


 シジマが悪びれなく言った。次の瞬間アリアスの鉄拳がシジマを襲った。


「痛って! 悪かったって! まさかデスバリに目をつけられてるなんて思っても見なかったんだって!」

「デスバリか。確かドラゴンが壊滅に追いやった国だな」


 ドラゴンを使役していた国だ。シジマも人体実験の被験者として監禁されていたこともある。

 ドラゴンに壊滅させられても復興を果たしたようだが、その教訓はまったく生かされていなかった。シジマに目をつけて今度は何を目論んでいるのだろうか。


「デスバリは遠い。セイナディカを狙っているとは思えないが……」

「デスバリの狙いは俺だ! いまさら俺になんの用だつーの! セイナディカから動かないから引きずり出そうって魂胆だ!」

「……リントヴェルムがいるかぎり手を出せないか」


 偶然に過ぎないがリントヴェルムの力がシジマを守っている。

 シジマを狙うデスバリは、なんとしてでもセイナディカからシジマを引き離したいと考えていた。近隣国に情報を流しセイナディカを襲わせて、シジマがセイナディカにいられないようにしようと画策しているのだった。


「はた迷惑な!」

「カナデ、それはいわないでくれよ! ちょっとデスバリに行って俺を付け狙うクソヤローをぶっ殺してくるからさ!」


 結局いつでもセイナディカはとばっちりを受けている。

 今回の件もそうだ。リントヴェルムがセイナディカを守っていなかったら戦争が始まっていた。せっかく取り戻した平和を壊されては堪らない。


「こいつを差し出せば解決だ」


 アリアスが事も無げに言った。

 シジマが項垂れる。散々国を引っ掻き回した自覚があるのか反論はしなかった。

 しかし、ゼクスの考えは違ったようだ。


「それでデスバリは大人しくなるだろうがセイナディカの状況はかわらない」


 すでにこの場所は知られている。近隣国は少しでも隙を見せれば襲ってくるだろう。


「やはりリントヴェルムには動いてもらおうか」

『私は動けないと言っている!』

「この場所の重要性はわかるが、それではリントヴェルムに犠牲を強いるだけだ。それに本当にこの場所は必要か?」

『何が言いたい』

「リントヴェルムが眠る場所はここでなければ問題があるのか?」

『……眠るだけならここである必要はないが……』


 リントヴェルムはゼクスの意図を図りかねていた。誰もがゼクスの考えを読めない中、ゼクスがさらりと爆弾を投下した。


「セイナディカにとって不都合ならば壊してしまえばいい」


 奏は呆気に取られた。いくらなんでも流石にそれはない。重要な場所という前にリントヴェルムにとっては、セイラとの思い出の場所でもある。簡単に壊せるわけがない。


『……セイナディカの王は無茶を言う。だが、それもいいだろう』

「え、よくないよ! だって思い出の場所じゃない!」

『私は祖父の意志を継いだ。必要とあらばやむを得ない』

「でも……」

『思い出は色褪せない。それに居場所というものは自分で作ることができる』


 居場所は重要ではない。壊したからからといって思い出がなくなることはない。リントヴェルムの言葉が奏の心に染み込んでいった。


「リントヴェルムがそういうならもう何も言わないよ。一緒に来てくれるなら嬉しいしね!」

『ゼクス王よ。世話になる』

「歓迎しよう」


 重要拠点だが破壊するということで一応は決着がついた。だが、もう一つの問題があった。


「で、こいつはどうするんだ?」


 アリアスが項垂れていたシジマを小突いた。シジマは不愉快そうな顔をしたものの黙っている。


「連れて行く」

「え? 俺も行っていいのか?」

「手駒が欲しかった」


 ゼクスが悪巧みを思いついたようにニヤリとした。シジマをデスバリに引き渡すより上手く使うほうが有効と判断したらしい。

 それにしても暗殺者でもあったシジマをよく信用できたものだ。ゼクスの懐の大きさに奏は呆れを通り越して感心するばかりだ。


「って、おい! さりげなく酷いこと言ってんじゃねーよ!」

「最初の任務はデスバリでの工作を考えている」

「オッケー! あんたの下僕になるぜ!」


 シジマはあっさりゼクスに懐柔された。デスバリに行けるとシジマは喜色満面の笑みを浮かべている。

 シジマを野放しにしたらデスバリは必ず混乱に陥れられるだろう。ゼクスの狙いはそこにありそうだが、本気でやらせようとするあたりがエグイ。

 奏は、ゼクスを敵に回すと恐ろしいと今回ほど思ったことはなかった。


「こいつは暗殺者だぞ。そんなヤツを使うだと? ゼクスは何を考えている」

「シジマが何者か明かすことはできない。どのみち裁くことが難しいとすれば、尻拭いぐらいはさせるべきだと思うが」


 シジマの存在をおおやけにするには事情が込み入っている。そもそも五百年も生きているような人間がいることは公表などできない。

 シジマのように何を仕出かすかわからない人間は、むしろ近くに置いて監視するほうがいいだろう。

 その上でゼクスはセイナディカを混乱に陥れた罪を別の方法で償わせようとしていた。

 しかし、アリアスは危険人物をゼクスの近くに置きたくないようだ。渋面でシジマを睨んでいる。


「ヴァレンテも同じ意見か?」

「全面的に賛成とはいえませんが……」


 宰相はシジマを信用していなかったが、危険であると同時に使える人材であるとゼクスの意見を容認した。

 それにシジマは五百年を生きた稀有な存在だ。まだ引き出せる情報があるだろう。手に入れる価値は大きい。


「チッ、どうなっても知らないぞ」

「使えなければ人知れず始末しましょう。暗殺者の末路などそんなものですよ」

「ふ、ふざけんな、三号! 俺はセイナディカの忠実な犬だ!」

「言質はとりましたが、いまいち信用できませんね」

「なんだと! 俺は恩を仇で返すようなクソじゃねー!」


 本来シジマの罪は極刑であり許されるようなものではない。それをゼクスの温情で免れることができた。

 ゼクスの手駒になることなどシジマにとっては枷になりえなかった。この場で殺されなかっただけありがたいとさえ思っていた。

 アリアスはゼクスが抑えていなければ、シジマを生かしてはおかなかったはずだ。それはシジマをいまだに警戒しているアリアスの態度を見ればわかる。


「し、しかたねー! 三号を殺るか……」

「てめぇは馬鹿か? 暗殺者ごときがヴァレンテを殺れるわけないだろうが!」

「は? 三号って宰相じゃん? 俺より強いわけがない!」

「てめぇの基準じゃ三番手なんだろう」


 シジマがハッとした。本能で強い相手を嗅ぎ分けていたが、強さの程度までは測れていなかった。


「げ、うそだろ……。じゃ、一号は神レベルで、二号は超人ってことになるじゃねーか!」

「私はそれほど強くはありませんよ。アリアス様の買いかぶりです」


 宰相は謙遜しているが、シジマは逆に怯えた表情をした。宰相の笑顔の裏に何かを読み取って震えている。


「カ、カナデ! 俺は悪魔に魂を売ったのか!」

「シジマ、ちょっと落ち着こうか。宰相さんは悪魔じゃないよ、たぶん……」


 奏は自信なげに宰相をフォローした。正直言って宰相の人となりをよく知っているわけではない。いつも笑顔が胡散臭いと感じていただけに、シジマが怯える気持ちはわからなくはなかった。


「たぶんってなんだ! やっぱり三号はヤバイ。そ、そうだった三号は拷問が得意だったはずだ。俺はそれを計算にいれていなかった! 実は一号より怖いヤツだったとは!」

「失礼ですね。拷問が得意なわけありませんよ」


 宰相の笑顔が神々しい。シジマは完全に怯えきってゼクスに助けを求める。この場にいる四人の中で比較的ましな人物という認定をしたようだ。


「お、俺は王様専属で!」


 何でもするから見捨てないでという視線でゼクスに迫る。シジマは必死だった。


「……早まったか?」

「ちょ、王様! お願い! 俺はちょー役に立つよ!」

「王様。かわいそうでしょ。意地悪しないでよ」


 ゼクスがくくっと笑う。シジマの慌てぶりをからかっただけらしい。


「自ら首を差し出すか」

「え、首輪くれんの?」


 奏は犬じゃあるまいしと思ったが、シジマが嬉しそうにしているので、まあいいかと首を竦めた。


「王様は鬱陶しくないの?」

「まあ仕方あるまい。精神年齢が十六と思えば腹も立たない」


 ゼクスはどこまでも寛容だった。

 シジマが嬉しそうにゼクスの周りをぐるぐる回っている。あれを許容できる器は、さすが王であると誰しもが生暖かな目で見ていた。

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