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第141話

『使者との話は済んだようだな』

「うん。お待たせ?」

『ははは! ほとんど聞こえていた。待たされてはいない』


 リトヴェルムを放置していたことを謝罪すると笑われた。気遣いのできるドラゴンに恐縮する。


「ところでものは相談なんだけどね」

『なんだ?』

「えーとドラゴンの花嫁の力って譲渡できる?」

『譲渡?』

「たとえばリトヴェルムがどうにかシェリルから力だけをこう吸収できないかなって。それでリトヴェルムの花嫁になりたいって人にその力を与えるとかできればいいなあって考えてみたんだけど、どうかな?」


 ドラゴンの花嫁に必要な力というのは、人間がドラゴンに触れられるようにする力だ。その力はドラゴンの持つ力と同じと考えられた。それならドラゴンがその力を操ることができるのではないか、と奏は考えたのだ。

 しかしリトヴェルムに無理だといわれてしまえばそれまでだ。シェリルは力を有したまま不自由な暮らしを余儀なくされるうえに、リトヴェルムに花嫁は期待できない。

 たとえシジマが新たな花嫁を召喚してもドラゴンの花嫁になってもいいと承諾してくれる女性が現れる可能性は非常に低いだろう。


『……可能だ』

「本当!? 良かった!」


 リトヴェルムの返事に安堵した。これで問題は解決だ。


『だが、平気だろうか……』

「え? 何か問題でも?」

『方法に少々問題がある』

「なに?」

『本人に聞くべきか……』


 リトヴェルムは言葉を濁している。花嫁の力を吸収することは簡単ではないのだろうか。


「ちょっとシェリルを呼んでくるね」

『そうしてくれるか』


 雲行きが怪しくなってきた。奏は不安に駆られながらもシェリルを呼びに走った。


◇◇◇


 シェリルを連れてリトヴェルムの元へ戻ると関係者一同が勢揃いしていた。シジマも一緒だ。

 二人でリトヴェルムに話を聞きに行こうとしたところアリアスに止められた。

 シジマは暗殺未遂犯だ。国を混乱に陥れた罪もある。無罪放免とはいかない。そんなシジマをアリアスが野放しにするはずはなかった。


「それでリトヴェルムの返答は?」

「なんとかなるって話だけど方法が難ありだって。シェリルに聞いてみて欲しいみたいだから連れてきたんだけど」


 ゼクスには事前に伝えていた。シェリルの力について色々と調べていたようなので話すべきだと判断したからだ。


「どんな方法だ?」

『触れて吸い出す』

「ん? それってどういう……」

『接吻だ』

「……え!?」


 リトヴェルムの古風な言い回しに一瞬考えてしまったが、ようは口から力を吸い出すということだ。これはたしかに本人に聞く必要があるだろう。


「えっとシェリルどうかな?」


 奏は恐る恐るシェリルに聞いた。シェリルには連れてくる途中で大まかな説明はしていた。その時からシェリルは期待していたはずだ。答えは分かりきっていた。


「この力がなくなるならかまわないわ」

「そっか」


 予想通りの答えだ。ゼクスの手前あまり喜べはしなかったが。


「リトヴェルム。他に方法はないんだよね?」

『あるにはあるが身体に触れて力を引き出せば身体を引き裂くことになりかねない。それからもう一つの方法は聞かないほうがいいだろう』


 口から吸い出すことが一番安全かつ簡単な方法だとリトヴェルムは言った。

 聞かないほうがいい方法については言及しないでおこう。きっとリトヴェルムが口に出すのさえ憚れるようなことなのだ。


「ん? でもリトヴェルム、ドラゴンのままでどうやるの?」

『たしかに不都合だな。久々だが人型となるか』


 そういうとリトヴェルムの身体が光に包まれた。その光が収束すると一人の男性が目の前に現れた。リトヴェルムが人型になっていた。

 奏は唖然とした。ドラゴンが人型になると物語の中では大概美形だが、リトヴェルムもご他聞にもれず大層な美形だった。

 ドラゴンの姿でいたときの色彩をそのままにどことなくゼクスと似ている風貌だ。黒と銀色が混じった髪と目の色はルビーのような赤だ。


『やはり窮屈だな』

「なんか王様と似ているけど参考にしたとか?」

『いや。私が人型となるときはいつでもこの姿だ。変えられないこともないが力を無駄に浪費するだけだ』

「へぇ。じゃあ、似ているのは王様のほうかな」


 ゼクスにはドラゴンの血が流れている。王族に美形が多いのはドラゴンの血せいかも知れない。


『では手早く済ませよう』


 リトヴェルムがシェリルを手招いた。シェリルが一歩踏み出す。ところがゼクスが何を思ったのか、シェリルを抱き寄せると唇を奪った。

 ゼクスの暴挙にその場にいた全員の目が驚きに見開かれていた。いったい何をしているんだろうこの人、という心の声が聞こえてきそうだ。


(王様の気持ちは分かるけど!)


 恋人が別の男と目の前でキスをしなければならなくなった。必要なこととはいえ納得はし難いだろう。

 それにしてもゼクスの行動は唐突だった。


「……まだ何もしてなかったんですか」


 誰もが固唾を飲んでいると宰相がぼそりと言った。ゼクスが暴挙に及ぶはずだ。まだ触れてもいない恋人の唇を何より先に自分のものにしたかったのだ。


「うおぉ! 王様、ちょ、はげし──」

「黙れ」


 シェリルが抵抗できないのをいいことにゼクスはシェリルを翻弄していた。

 シジマがゴクリと唾を飲み込んで二人を食い入るように見つめていた。実況中継でも始めそうなシジマをアリアスが締め上げ黙らせる。

 奏もなんとなく見入ってしまい落ち着かない気分になった。


(そろそろシェリルを離してあげて!)


 奏の心からの叫びはゼクスにまったく通じなかった。ゼクスはシェリルを貪っていた。人間我慢はほどほどにしておかないと爆発するといういい見本である。

 ゼクスに容赦なく攻められたシェリルの身体から力が抜けた。恍惚とした表情で目を潤ませている。

 ゼクスがようやくシェリルを離した。シェリルをリントヴェルムの前へ押し出す。リントヴェルムは、ぼんやりとしているシェリルに手早く触れて力を吸収した。


『これでいいはずだ』


 シェリルから力を無事に吸収することができたようだ。


「シェリル、良かったね!」


 これでシェリルは普通に生活をすることができるようになった。そして何よりゼクスに怪我をさせることなく触れられるようになった。

 しかし力が吸収されたからなのか、それともゼクスのキスの余韻に浸っているからなのか、シェリルの意識はいまだに遠いところにいるようだ。


「シェリル」


 ゼクスがぼんやりとしているシェリルに声をかけた。


「ゼクス……」


 やっとシェリルが戻ってきた。何かを確かめるようにきつく手を握った。そして地面にしゃがみこむと拳を振り上げて叩きつける。


「っ!」


 シェリルが痛みに顔をしかめた。泣き笑いのような顔でゼクスを見上げる。


「平気か」

「平気よ」


 シェリルはゆっくり立ち上がるとゼクスの前に立つ。ゆっくりと手を伸ばす。触れる手前で一瞬だけ躊躇したようだが、そっとゼクスの腕に触れた。


「…痛くない?」

「ああ」


 シェリルが触れてもゼクスが傷つくことはなかった。シェリルの目から涙がこぼれ落ちる。歓喜の声を上げてゼクスに抱きつく。


「ずっとこうしたかったわ!」

「そうか」


 ゼクスの腕がシェリルの背中に回った。この上もなく大切なものを抱いていると誰の目にもわかるような抱擁だ。


「眼福!」


 美しい二人の感動的な抱擁はシジマの残念な一言で終わった。

 盛大に照れたシェリルがゼクスから逃げるように離れ、邪魔されたゼクスがシジマを睨んだ。

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