第140話
自己満足という名の目的はシジマの人生に大きく関わっているという。そのあたりを詳しく話す必要があるとシジマは語り始める。
「おっしゃ! 俺の壮絶人生を語っちゃうかな!」
壮絶人生の想像が相当難しくなりそうな明るい口調でシジマが言った。
そして語り始めたシジマの人生は残酷で壮絶だった。
しかし語る本人はあっけらかんとして恐ろしく陽気だ。
「あの日の俺は最悪だった。ナンパが不発に終わって人生終了! マジか! 次はやるぜって次の獲物を物色してたらいきなり落ちた。いやあ! マンホールに落ちたかと思ってびびったつーの!」
シジマの言葉は通訳が必要だった。日本語がわからない以前にシジマの言葉は乱れ過ぎていた。
謎の言葉に疑問を浮かべるゼクスたちに、奏は仕方なしに小声で通訳を開始した。たぶんシジマが語り終えるまで必要だろう。
「マンホールに落ちて死ぬなんて語り草になるな! おっと、違った! 空中にダイブだった! そのまま落ちたさ! おかしいよなぁ。普通は王子様とか騎士とか助けてくれんのがセオリーじゃね? で、気づいたわけよ。そういえば俺は男だった! そりゃ、BLでもなきゃ誰も助けないよな! んで、ぺちゃんとなったわけ! やべえ、虫の息ってやつだ。俺ってそうとうしぶといね!」
ドン引きだ。誰も突っ込めなかった。そのままシジマは話を続ける。
「あれで死ななかった俺だけどよ。なんでかつーと、ドラゴンの血を死ぬほど流し込まれたからだな! ちょっと人体実験されたんだよ! 生きてて良かったなんて思えるか、ボケ! ってぐらい死にそうになったぜ! 死にかけてさらに死にそうってどうよ? あいつらぶち殺してもすっきりしねーし、帰れねーとか言われるし、なんか死ねない体になってるし! 不老ってか! 身長がのびないじゃねーか! どうしてくれんだって思ったぜ!」
身長がそんなに大事か。セイナディカの男性が本当に心底うらやましいのだろう。
それにしても凄まじいはずの人生を陽気に語れるシジマがある意味怖すぎた。
「まったくクソみたいな生活だったぜ! 監禁ってやつ? うっかり生き残っちゃったばっかりにエライ目にあった! だがしかし! 俺ってばこのままどうなんのって思ったとき、あいつら油断しやがった。従順にしてた甲斐があったな! やっと監禁生活から脱出成功! おめでとう、俺!」
シジマの一人芝居の様相を呈している。それはそうだろう。内容が内容だけに口を挟めない。
「それから一人でなんと生き抜いたさ! そしたらいいことがあるんだな! なんか空からデッカイ卵が落ちてきた。よっしゃ! メシゲット! で、大喜びしたぜ。まあその前にまた死にかけたわけだけどよ! 直撃してたら頭がかち割られて死んだな! 間一髪よけたのはキセキだったな。で、その卵は食えなかった! 俺は自分の非力さを痛感したぜ! 卵が巨大すぎて割れねーとは。そんでもってしばらく放置してたら卵から雛が顔を出した! ドラゴンの雛だったぜ! 俺を見てインプット? 離れたがらねーから育ててみた」
奏は間違いを訂正した。インプットではなくインプリンティングだ。
「だがしかし! それからまた悪夢が始まった! マッドな奴らに俺は拉致られた。また監禁かよ! あいつらは卑怯にも俺のドラゴンを人質に取りやがった! ん? ドラゴン質か? 俺はあいつを置いて逃げるわけにはいかなかった。あいつはまだ小さい。俺を必要としている! でもあいつはよくできた子だった! 俺が育てたとは到底おもえねーくらい利口だった! ちょー自慢の息子? いや娘か? ドラゴンの性別はわからねーな。あいつは俺を逃がしてくれた! 俺は泣く泣く逃げた。それから必死にあいつを助ける手段を探したぜ。そしたら偶然あいつの親に遭遇した! 最初は卵泥棒と勘違いされて食われそうになったぜ! 誤解をといてあいつを助けに行こうとした。でも無理だった! なんでそうなる! 俺は絶望した。ドラゴンを使役? そんなことできんのかよ! あいつの親が捕まった」
ドラゴンを使役するという話はゼクスから聞いた伝承の中でも伝えられていた。
まさかシジマも関わっているとは驚きだった。使役すること自体はシジマもその方法は知らなそうな口ぶりだ。
「それから……」
突然シジマが言葉を詰まらせた。涙目だった。奏はシジマが伝承について語りたがらなかった理由を察した。
「そこは飛ばせ」
ゼクスがシジマに言った。シジマが信じられないというようにゼクスを見た。そして頭を下げた。
「捕まったあいつを俺は助けることができた。あいつの親は駄目だったけどな。あいつの親は最後にその国を燃やした。ドラゴンブレスってやつだな! 俺は便乗してマッドなやつらを皆殺しにしてやった!」
シジマは元気を取り戻した。語り口調も通常状態に戻る。
それにしてもマッド=マッドサイエンティストな科学者達を皆殺しにして復讐を遂げたと、こともなげに言っているが、楽しそうに語るのは切実にやめて欲しかった。
「それから俺はあいつと離れ離れになった。ドラゴンの血はあいつの仲間には受け入れられねーってさ! 気味悪がられたらしかたないじゃん? あいつが元気で生きててくれればそれでよし! あいつは仲間に引き取られていった。んで、俺は旅に出た! それからしばらくしてセイラちゃんに遭遇! 人生激変! 俺は生まれ変わった! 殺伐人生終了宣言! 俺はセイラちゃんのために生きることにした!」
そこからは〈ドラゴンの花嫁〉を広げるためにシジマはセイナディカに留まったということだ。
「それで目的つーのは、まあ、なんっていうか、あれだ! 贖罪っていうのかな? 俺も難しい言葉を覚えられたんだな。そりゃそうか! 五百年以上は生きてるからな! 贖罪っても俺が何したってわけじゃねーけど、ドラゴンが悪の親玉みたいにいわれるようになった原因の発端は俺があいつを拾ったからだしな。俺と一緒にいなけりゃ、あいつが捕まることもなかったし、あいつの親だって……。セイラちゃんが生け贄になる必要もなかった。たまたま結果オーライでセイラちゃんは幸せになったけどな。それでも俺は気に入らなかったんだ! ドラゴンが絶滅とか! マッドなやつらの非道がそんな結果しか生まないなんてさ! だから増やすことにした! ブリーダーに転身! 俺はドラゴンの花嫁を呼ぶことにした!」
「それで召喚か」
「そう! タイミングバッチリで王様がカナデを召喚したのはびっくりだったけどな!」
最初の召喚にシジマは関与していなかった。召喚については貴族達が騒ぎたてたといっていたから噂でも流して誘導したのではないかと疑っていたが。
「カナデはそんなに気にいらなかったか?」
「そりゃそうだろ。俺は子沢山希望!」
「殺す必要はなかったはずだ」
「花嫁じゃなきゃ生け贄だろ? 殺してやったほうが苦しまなくていいと思ったんだよ」
ドラゴンは生け贄を必要としていない。それなのに苦しむとはどういうことか。
「苦しむとは?」
「生け贄が成立してるからだけど?」
「ドラゴンは生け贄に送られた人間がいても送り帰すという話だが」
「生け贄を返されたら困るやつらがいるだろ」
「……なるほど」
ゼクスは納得したようだが奏にはよく分からなかった。疑問を顔に浮かべているとゼクスが苦笑して説明してくれた。
「ドラゴンは生け贄を送り帰すが生け贄が戻ることはなかった。ドラゴンには生け贄を捧げなければならないと考えている人間にとっては生け贄に生きていられると不都合だったわけだ。間違いなくどこかで殺されていただろう」
「それだけならいいけどな。人身売買してる国があるの知ってる? そこに横流しとかしてるやつもいたって話!」
「げっ!」
「カナデは運が良かったな! 王様じゃなけりゃ今頃どうなってたか! 奴隷になって強制労働か、どっかで男をくわ……、おっと下劣すぎたな!」
スリーに睨まれてシジマが慌てた。奏は想像して青褪めた。どうやらゼクスを今後一生拝まなければいけないらしい。
「カナデは殺れなかったけど花嫁は必要! ってことでシェリルちゃんを呼んでみた!」
シジマにはドラゴンの血が流れている。王族ではないが召喚は可能だった。
ゼクスが召喚をしなくても最初からシジマは召喚で嫁を呼ぶつもりでいた。
ところが奏が召喚に便乗してセイナディカに来てしまったためにややこしくなったということだ。
もしシェリルが最初から召喚されていたならシジマが暗殺を企てることもなかったし、スムーズに事は運んだということだ。
ただしシェリルはドラゴンの花嫁にされていたが。
「よくシェリルを拉致しなかったな」
「ん? 最初は拉致ろうとしたぜ! そのために貴族どもに集まるように噂を流したしな! 混乱に乗じてってやつ? でもシェリルちゃんは美人すぎた! 俺には女神は攫えなかった!」
アホがいると奏は思った。シジマはアホだが今回はそのアホさ加減が役に立った。お陰でシェリルは拉致されなかった。
「まあいつでも攫えるからいいかって様子を見てたら遠征隊が組織されたわけ! そっちからきてくれんならいいかなって後をついてきたんだぜ! すぐ一号に捕まったけどな!」
「それでシェリルを花嫁にする気か?」
「それはやめとく。王様はシェリルちゃんラブみたいだしな! それに王様はどうも生け贄制度を廃止したいみたいだし? 今はそっちのが重要! あとは生け贄さえやめてくれたら花嫁はまた呼べばいいからな!」
シジマはシェリルを花嫁にしようと虎視眈々と機会を狙っていた。
しかし、セイラのことがあって生け贄制度が気に入らないシジマは、ゼクスがその制度を廃止するならシェリルは花嫁にしないと方向転換を決めたらしい。
「召喚はもうできないだろう?」
「俺なら召喚可能!」
「媒介の門は壊れた」
「あれはほとんど形だけ! 重要なのはそこじゃない! 血だからな!」
ゼクスに流れているドラゴンの血は薄まっている。媒介の門が必要なのはそのせいだった。シジマはゼクス以上にドラゴンの血が濃い。そのための媒介はまるで必要がなかった。
「そうか。だがまた呼ばれては困るな」
「なんで?」
「呼ばれた女性が拒絶したらどうする」
「あ、そうだよな。考えなかったな! じゃ、どうすっかな……」
花嫁は召喚できればいいというものではない。ドラゴンの花嫁になることは強要できない。それでは生け贄と変わらないからだ。
シジマはウンウンと唸って考えこんでしまった。
「シジマ。私に考えがあるんだけど?」
「お! カナデは救世主か!」
「でもリトヴェルム次第かな」
こればかりは本当に出たとこ勝負だった。可能性は五分五分だろうと奏は踏んでいる。
「おっしゃ! 聞こうぜ!」
「そうだね。考えててもしょうがないもんね」