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第139話

 なんだかんだでシジマはよく喋った。とくにセイラについては尋常ではない惚れ込みようだった。


「セイラちゃんは俺の女神だった。まったく相手にされてなかったけどな!」


 なんでもないように笑うシジマが妙に痛々しい。


「でさ、セイラちゃんが面白いことはじめたんで協力してあげたんだよ!」

「面白いこと?」

「なんか創作活動? ドラゴンがいかに優しいかを色々な人に知って欲しいって息巻いてたぜ」

「あ、それって〈ドラゴンの花嫁〉だよね」

「おお! それそれ! セイナディカじゃドラゴンは生け贄を要求する悪の権化だって言われていたからさ。セイラちゃんが怒ってよ」


 ドラゴンに助けられたセイラは恩を感じていた。

 そして花嫁となってドラゴンを愛すると事実とは異なるドラゴンへの悪意に憤った。

 はじまりは確かにドラゴンが人間を惨殺した痛ましい事件のせいではあったが、すべてのドラゴンが憎まれていることが悲しかったとセイラは語っていたという。

 そんなセイラをシジマは全力で手伝ったのだ。


「ちょっと苦労したぜ。セイラちゃんはドラゴンの巣からは動けないから俺がちょっといってきて〈ドラゴンの花嫁〉を広めようと思ったんだけどよ。なかなか思うようにはいかなくってさ! とくに大人は話になんねえ。子供にちょいちょい話して聞かせてみたら食いついてくれてさ。そっから子供向けに話を考え直したんだぜ」

「最初はおとぎ話じゃなかったんだ!」

「おう。普通の話だったぜ。吟遊人に話したらさ『ドラゴンの話などできない』って拒否されるし、罵倒もされたな。広めるには手っ取り早いと思ったんだけどさ」


 シジマはセイナディカ中を回って話しを広めようと頑張った。大人に話すと大概はいい顔をしなかった。中には兵団に不審人物として通報されることもあった。シジマの涙ぐましい努力はセイラが死んでからも続いた。

 そしてセイナディカの人々がドラゴンの恐怖を忘れはじめた頃から逆に〈ドラゴンの花嫁〉は人々に語られるようになっていった。


「そっか。ドラゴンが登場する物語が〈ドラゴンの花嫁〉以外にないのは、受け入れられた物語が〈ドラゴンの花嫁〉だけだったからなんだね」

「なんだそれ?」

「故意に語らせないようにしていたのかなって」


 ドラゴンの物語は創作しなかったのではなく創作されなかった。それは人々の恐怖がまだ根底に残っていたからだろう。子供向けのおとぎ話だから語ることに寛容になれたのだ。


「広めるので手一杯だったつーの」


 〈ドラゴンの花嫁〉は純粋な気持ちから作られた物語だった。変に勘繰ってしまい申し訳なかった。


「でも上手くいった。これで……」

「え? なに?」


 シジマが小さく呟いた。奏は聞き取れず問い返したがシジマは言葉を濁した。


「なんでもない。で、ものは相談なんだけど、いい加減これどうにかなんない?」


 シジマがアリアスを指した。そういえばシジマはアリアスに胸倉を掴まれたままだった。アリアスが静かだったから忘れていたが。


「おまえは捕虜だ」

「あれ? そうだっけ?」


 シジマの存在はすっかりこの場に溶け込んでいるようだったが、そもそも不審人物として捕らえられていたはずだ。


「カナデ様。楽しい時間を邪魔するようで申し訳ありませんが、そろそろ尋問に戻しましょうか」


 シジマとのおしゃべりを遮るとこなく好きにさせてくれていたようだ。

 奏はその優しさに感謝した。本当はドラゴンの影響に苦しんでいる騎士達のために出来るだけ早く城に戻れるように余計な話をするべきではなかった。


(みんなありがとう)


 きっと遠く故郷を離れた奏が、同郷の人間と話したがっていたことを見抜いて少しだけならと、時間を設けてくれたのだ。

 ただのおしゃべりも情報を得る手段と考えてはいただろうが、どちらかといえば奏の気持ちを慮っていたのだろう。

 宰相が話せて良かったですね、というように笑ってくれた。


「さあ、楽しい大人のおしゃべりの時間だ」

「うげぇ! 一号が怖い!」


 アリアスの薄ら笑いにシジマは恐怖に慄いた。奏も怖かった。どっちが悪人だかわからない。


「では召喚の目的を話してもらおうか」

「なんで俺が素直にしゃべるって思うわけ?」


 シジマが言った。それまで散々しゃべっておいて今頃になって抵抗しようとする。宰相がいるうちは無駄な抵抗でしかない。


「いい度胸だ」


 宰相が脅すまでもなかった。アリアスが掴んでいたシジマの胸倉をさらに絞めた。喉が詰まってシジマが「キュウ」と小動物のような声を出した。


「絞めるな! しゃべれないだろ!」

「文句がいえるならまだ絞められるな」

「一号! やめれ! 助けて、王様!」


 シジマがゼクスに助けを求めた。ゼクスは味方ではない。むしろ敵の代表。これから尋問しようとする一味の仲間なのだが。


「……アリアス。少し緩めてやれ」

「チッ。小賢しいヤツだ」


 シジマは権力者におもねることを知っている。この場でアリアスを押さえられる唯一の人物をわかっていた。


「シジマといったな。二度はアリアスを止めない。それをわかったうえで発言することだ」

「ラジャ! 了解っす! 近づきたくないヤツ一号にしてはまともだ!」

「……なんだそれは」

「一番近づきたくないヤツって意味だよ。王様は一号でシェリルちゃんは二号ね!」


 なんだかわからないがシジマの中では色々なことに順位がつけられているらしい。

 今度は近づきたくない相手と限定してきた。それまでは怖い相手が三人いることを自ら暴露していた。

 奏は謎の順位づけに興味を持つ。


「なんでシェリルが二号?」

「すっげーお近づきになりたいけど、近くであんな美女みちゃったら惚れちゃうだろ! こんな五百歳オーバーの俺なんかきっと相手にしてくんない! 俺って可哀想!」

「ああ、うん。そうだね」


 そのとおりなので肯定する。


「王様が一号なのは?」

「そりゃ。ドラゴンの血が濃ゆいからだな!」

「濃いとなんなの?」

「なんだろな? 頭が湧くから?」


 シジマ自身も明確に答えられないらしい。しきりに首をひねっている。


「王様ちょっと近づいてみてよ」

「またお前は何をいう」

「実践派なんで」


 シジマが嫌がるなら何かあるのだろうと王様に提案したのだが却下される。


「実験台にされるつもりはない」

「ちょっとくらいいいじゃない」


 「減るもんじゃないし」とのたまえばゼクスは嫌そうな顔をした。ゼクスは慎重派だった。


「危険人物だ。もっと考えてからものを言え」

「ワォ! 俺って危険物なんね」


 間違っているが間違っていない。危険人物だろうが、危険物だろうが取り扱いに注意がいるのはどっちも同じだ。


「暗殺を実行しようとする人物だ。それも単独で。何が目的か知るまでは無闇なことをするな」

「そうですよ。同郷だからと油断しては寝首をかかれかねませんよ」


 宰相がゼクスに追従した。奏は図星を指されてスゴスゴと引き下がる。どうやら日本人同士という事実を前に目を曇らされてしまった。


「カナデは大人しく話を聞いていろ」


 出る幕ではないと釘を刺される。あとはゼクスに任せるほかないだろう。


「あんまりカナデを虐めないでやってよ。目的は言うからさ」

「やけにあっさりしているな」

「別に。自己満足を他人に話すのは俺だってためらうんだよ」


 シジマは顔を歪ませた。初めて見る顔だった。

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