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第138話

 召喚ではなく落ちてきた使者。別世界の人間が異世界へ落ちてくる。そんなことが本当にあったのだ。


「五百年前にこちらの世界に落ちてきたということですか……」

「まるでセイラとその友人のようだな」


 ゼクスが思い出したように言った。

 ドラゴンの花嫁となったセイラは「セイナディカに落ちてきた」とリントヴェルムは言っていた。


「セイラちゃんかぁ。懐かしい名前だなぁ」

「知っているの!?」

「まあね。風の噂でドラゴンの生け贄に捧げられた人間がいるっていうから見に行ったら、あらびっくり同郷の子じゃん! しかも生け贄じゃなくって花嫁さんだって! で、仲良くなった!」


 使者は思った以上にいろんなことを知っていそうだ。五百年以上生きているのは伊達ではなかった。時代を知る生き証人だ。


「セイラちゃんに子供が生まれなくてすっごく残念だった。せっかく王子を忘れて幸せになったのにさ」


 使者が悲しそうに言った。


「もしかしてセイラは王子を好きだったの?」

「あ、うん。ハルカちゃんと同じ人を好きになってそれで身を引いたんだ。なんて健気なんだ!」


 使者は当時のことを思い出したのかセイラを思ってさめざめと泣いた。奏を平気で暗殺しようとした人物と同一人物とは思えない。


「セイラちゃんは、まさか友達と同じ人に恋しちゃうなんて思ってもみなかったんだって。でも奪い合いするには優しいすぎたわけ。あっさりハルカちゃんに譲って自分はドラゴンの生け贄になるって城を出たんだぜ」


 「信じられねぇ」と使者は嘆いた。「俺なら奪うぜ」という余計な一言さえなければちょっとは見直したのにと、奏は複雑な心境で使者の話を聞いていた。


「王子もなぁ。あの話をわざわざ聞かせるとか、ないわーって思ったぜ」

「あの話って?」

「王様にきけよ。俺はいいたくない」


 使者はチラリとゼクスを見て黙り込んだ。口にするのも嫌だと顔に書いてあった。


「俺が知る話とは伝承のことか」

「イエス! 正解!」

「それならカナデには話してある」

「うっそ! え? いやいやいやいや。それ聞いてなんで生け贄になる!? イカレてる!」


 奏は使者に驚愕の目で見られたうえに「イカレてる」と言われてショックだった。


「そんなにおかしいかな。国が滅びるよりいいと思うけど……」

「セイラと同じこと言うか! 騙されてるって! ドラゴンに生け贄なんか必要ねーよ!」


 それはリントヴェルムと話して誤解だと分かった。


「勘弁しろよ! この国の王族はお人よしを騙すのが得意だな!」


 使者がゼクスを睨んだ。セイラの境遇に同情しているのは分かるが、ゼクスはその当時の王族とは違う。誰も生け贄にしないように苦慮していた。それこそ貴族に責められて大変だったはずだ。

 それに奏はゼクスに無理強いされたわけではない。志願した。ゼクスを責めるのはお門違いだ。


「王様は悪くないよ。生け贄はちゃんと反対してくれたよ」

「あんたって……。あー、カナデちゃんだっけ? 死にたがりか?」

「死にたくなかったからこっちにきたんだけどね。ほら、やっぱり恩返しって必要だと思ってね」

「鶴か!」


 日本人にしかわからない突っ込みが入る。奏は笑った。こんな些細なことでも久しぶりに日本を思い出して嬉しかった。


「あ、えっと……」

「シジマだよ。カナデぴょん」

「シジマはセイラが騙されたっていうけど王子って嫌なヤツだったとか?」


 この質問に使者シジマはとっさに答えられなかった。「アー」とか「ウー」とか言いながら頭を掻き毟っている。


「……俺的に嫌なヤツだ!」


 シジマの中で結論が出たらしい。王子はどうも良い人のようだ。

 セイラを生け贄にしたことで個人的に嫌っているのだ。


「本当に王子はセイラを騙したのかな?」

「……ドラゴンには生け贄が必要って言った時点で騙してるようなもんだろ!」


 王子がセイラに生け贄になるように言ったわけではなかったのか。


「それにさ、王子はハルカちゃんにはあの話してないんだぜ。おかしいだろ。遠まわしにセイラちゃんに生け贄になれって言ってんじゃん!」


 それは確かにおかしい。王子の意図的がわからない。


「ハルカってどういう人だった?」

「あん? ハルカちゃんか? あの子は妖精だった!」

「ふざけないでくれる?」


 シジマの性格に慣れてきたがこうも理解不能なことを言われると馬鹿にされている気になる。人をおちょくるのもいい加減にして欲しい。


「ふざけてない! 実際にそんな感じの子だったよ。ぽやんってしてて、いつもニコニコ楽しそうだったぜ。ちょっと浮世離れしてる感じだな」

「ふ~ん。セイラはしっかりした感じの人っぽいから正反対の性格だったんだね」

「そうだな! 俺はセイラちゃん派だった!」


 シジマの好みの主張はどうでも良かった。話を戻す。


「王子様って良い人みたいだからハルカに言えなかったんじゃないかな。伝承ってちょっとしゃれにならないくらい怖い話しだし」


 殺戮が行われたという伝承はかなり刺激が強い。ハルカは性格的に聞かせていいような相手ではない気がした。

 少しのことでは動じないリゼットでさえ恐怖したというのだ。ハルカが実際に聞いていたら泣き出しでもしたのではないだろうか。


「そう言われればそうかも。ハルカちゃんは失神したかも。いや……心臓発作とか起こして死んでた気がする。聞かせちゃ駄目じゃん!」

「え、そんなに?」

「おう! ちょっとつついたら死ぬのがハルカちゃんだ。カナりんとは違う!」

「……それはしぶといっていいたいわけ?」


 奏は目を吊り上げた。


「カナッペは力が弱いくせに地味に運がいいんだよ。俺に瞬殺されなかったしな!」

「どうでもいいけどさっきから変な風に呼んでるのなんでよ」

「ん? どれも捨てがたくて悩むよな。やっぱりカナッペが有力候補かなぁ」

「普通に呼び捨てでいいでしょ!」

「それじゃつまらないじゃんか!」


 人の名前で遊ぶなと声を大にしていいたい。


「こういうの楽しいな! セイラちゃん以来なんだよ! ちょっとくらい付き合えよ!」


 シジマは日本人の奏に会って浮かれていた。その気持ちが痛いほど分かってしんみりしてしまう。


「もう好きに呼べばいいよ」

「カナデは優しいな。それにノリもいいから好きだぜ」


 シジマは子供のように笑った。大人なのに何処か憎めない。暗殺されそうになったというのに絆されてしまいそうだ。

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