第14話
「悪かったって。いい加減に機嫌直せよ」
満足いくまで笑い倒したフレイは、ふて腐れてしまった奏に改まって声をかけた。
訓練場にいる数人の騎士達も注目している。そのうえ、遠くから威圧するかのようなリゼットの視線を感じる。
奏は訓練場の隅にうずくまって全身でフレイを非難していた。泣いていると見せかけてフレイの隙をうかがう。
「フレイ覚悟!」
「!」
完璧に意表を突かれたフレイは、奏の手加減なしの攻撃をよけきれずに受けて、派手に吹き飛ばされる。
「……っ」
「フレイ!」
奏は倒れたフレイに驚いて駆け寄る。意識はあるようだが、痛みに呻いている様子に蒼白となる。
意表をついたとはいえ、フレイに攻撃が届くとは思っていなかった。
「フレイ! 怪我をしたの!?」
「……大丈夫だ。驚かせるなよ」
「血が!」
フレイの額から血が流れていた。傷自体は深くなさそうだが、奏は慌てふためく。
「ああ、少し切ったか」
「て、手当てしないと!」
「このくらいで騒ぐなよ」
ゆっくりと立ち上がったフレイは、慌てふためく奏の頭に手を置くと落ち着かせるように言う。
「すごい瞬発力だな」
「なにいっているの。本当に大丈夫なの?」
「打ち身にはなりそうだが、たいしたことはない」
奏は不安そうにフレイを見つめた。確かに出血はそれほどでもないように見えるが、痛みに呻いていた姿を思い出せば、フレイの言葉を鵜呑みにはできない。
奏はフレイに近づくとそっと手を伸ばす。
「こら。どこ触る気だ」
「確認させてよ」
「やめろ。噂にでもなったら困るだろ」
「なんでそうなるの」
何が問題なのか分からず、奏は怪訝な顔をする。怪我をしていないか確認したいだけなのに、一体どう噂になるというのか。
「無暗に男の身体に触るな。どうなっても知らないからな」
冷たく拒否するフレイにションボリとする奏だったが、リゼットが拒否された理由を教えてくれる。
「そうですよ。フレイ様は独身で人気ですから怖いことになりますよ」
「リゼット!」
「心配になってきてみればカナデ様は無防備すぎますね」
騒ぎになってしまったようだ。奏を心配したリゼットが駆け寄ってきた。
「フレイってもてるの?」
「意外そうな顔をするな」
「いや、だって……」
奏は言葉を濁した。確かにフレイは整った容姿をしている。鍛え抜かれた身体をしているし、見た目だけなら文句なしにかっこいい。あくまでも黙っていればの話だ。
「うん、頑張って」
「どういう意味だ?」
「その性格を気にしない人が、きっとどこかにいるから!」
「いい度胸だな!」
フレイは暴言を吐いた奏の頭をつかむと絞め上げる。
「痛いってば! 離して!」
「暴れるな! 傷に響くだろうが!」
「二人とも、注目されていますよ?」
「「え!」」
リゼットの言葉に二人は同時に離れる。
「何を遊んでいる」
「団長!?」
奏の存在はそこにいるだけで注目されていた。二人は騎士達がさりげなく様子を窺い、邪魔をしないように気を遣っていたなどとは知る由もなく、大騒ぎをしたのだ。
気が気ではなくなった騎士達が黙っていられなくなり、団長であるパトリスを呼びに行ってしまったとしても仕方ないだろう。
「怪我をしたなら医務室へ行け」
「いえ、怪我は問題ありません」
「それならば、カナデ様と打ち合いもできるな?」
パトリスはそう言うと持っていた木剣をフレイへ放り投げる。
「カナデ様。オーバーライトナーに攻撃されたら避けてください」
「え?」
奏はパトリスの言葉に慌てる。いきなり何が始まるというのか。
「オーバーライトナー!」
「は!」
木剣を持ったまま茫然としていたフレイだったが、パトリスの声に思わず反応してしまう。条件反射のように構えて木剣を振りぬく。
目の前にいたカナデは、信じられないものでも見たように顔を歪めたが、咄嗟に身体を反らせてフレイの攻撃を避ける。
「どうして!?」
「……ちゃんと避けろよ」
聞かれたフレイは困惑の表情を浮かべている。それでも団長命令に従わないわけにはいかないようだ。
「!」
迷いのあったフレイの攻撃が、だんだんと熱を帯びてくる。奏は必死に避けてはいたが、時々掠めていく木剣に恐怖を感じる。
「あっ!」
奏は混乱状態になりほとんど直感で動いていた。考えている暇をフレイが与えてくれない。
逃げ惑っているうちに、足元の小石に気付かず躓きそうになる。体勢を崩すとフレイの木剣が迫ってくる。
ドン! ゴ、ゴゴゴゴゴゴ!!
フレイの攻撃を避けられそうになく、奏が覚悟をするように瞳を閉じたその時、身体がふらつくほどの地響きが襲ってきた。
「危なかった……」
体勢を崩して支えきれなかった奏の身体は、地面に激突する前にフレイが抱き込むようにして支えてくれていた。
フレイの木剣は奇跡的に軌道を変え、奏に怪我を負わせることはなかった。
「じ、地震?」
「かなり大きな揺れだったな」
大きな地震にフレイは表情を険しくする。
「平気か?」
「う、うん。大丈夫」
奏はフレイに抱き寄せられて動揺していた。地震にも驚いたが、今は別の意味で心臓がバクバクしている。
「これは被害が出ているかも知れない」
「状況確認をしろ」
訓練場は騒然となった。騎士達は慌ただしく動き始める。
「カナデ様。部屋に戻りましょう」
リゼットに促される。
「でも……」
「今日はもう訓練どころじゃない。カナデは部屋で待っていろ」
「フレイはどうするの?」
「被害状況を確認しに行く。ここは平気そうだが他はどうか分からないからな」
フレイはそう言うと騎士達に合流するために駆けていった。