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第137話

『使者だ』


 リントヴェルムの視線が洞窟の入り口に固定されていた。

 奏はハッとして視線を移す。洞窟の入り口にアリアスの姿が見えた。何かを引き摺っている。


「来てやったぜ」

「アリアス。よく来られたな」


 ゼクスが驚いていた。アリアスはドラゴンの力にかなり影響を受けていた。こられるはずはないと諦めていたから尚更だ。


「ああ。境界線で足止めくらってイラついてたんだが、不審なヤツがウロウロしてやがったから捕まえた。ドラゴンがどうとか五月蝿いから連れてきたが、こいつといると影響を受けないらしくてな」


 アリアスが捕まえた不審人物は意識がないのか目を閉じている。髪は灰色。セイナディカでは見たことのない色彩だ。身体はあまり大きくない。アリアスが平然と引き摺っている。


「おい、いい加減起きろ! 寝たふりしているな!」

「なんだよ。怒鳴るなよ。俺は眠いんだよ」


 アリアスが怒りの鉄拳を不審人物に食らわせた。相変わらず容赦がない。


「痛てーよ! いちいち殴んな! くそが! 怖いヤツ一号め!」


 不審人物が派手に悪態をつく。そんな風にアリアスを罵倒する人物がいることに奏は驚いた。


『使者だ』

「使者って……」


 リトヴェルムが不審人物を見て言った。

 アリアスは重要な人物を連れてきた。お手柄だ。

 だが、当の本人は殴り合いが忙しくて声をかけられそうにない。


「使者か。アリアス、とりあえず殴るな」

「チッ」


 一国の将軍がまるでゴロツキのようだ。飽きれる。


「カナデ。そんな目で俺を見るな。いじめられたいのか?」

「なんでよ」

「根性で来た俺にねぎらいの言葉もないのか」

「スゴイね」

「心が篭ってないぞ」


 最近はうっとうしく絡まれる不運に見舞われているらしい。うんざりだ。いちいち付き合うのも馬鹿らしくなって奏は使者に目を向けた。

 アリアスに引きずられていたときにも思ったが使者は小さかった。

 セイナディカの男性は長身が高い。比べると子供に見える。

 使者はしょぼしょぼと眠い目をしきりに擦っている。目の色も灰色だった。


『使者よ』

「あ、なんだよ。つーか、なんで怖いヤツ二号がいる! あ、三号まで。信じられねぇ!」


 使者はブツブツと不満を洩らしている。アリアスに捕まえられたというのに緊張感がない。しかもこの場にいる全員に注目されているのに動じてもいない。


「一号とか二号とかなんだろうね?」

『使者の言葉は理解不能だ』


 リントヴェルムが使者の言葉が理解できないというはずだ。奏も理解できない。


「はぁ、まじか。標的が目の前って今頃かよ」

「お前!」

「げ、怖いヤツ二号!」


 アリアスに取り押さえられている使者が暴れ始めた。スリーから逃げようともがいている。


「こっちくんな!」

「お前、あのときの暗殺者か」


 スリーが使者の顔を確認した。使者は観念したように大人しくなったが、スリーから顔を逸らしている。


「チッ。ばれた」

「てめぇ。暗殺ってどういうことだ?」


 アリアスが使者を睨み、問い詰める。


「げ、怖いヤツ一号に突っ込まれた」

「答えろ!」

「あ、そこの生け贄の女を殺しに行ったけど?」


 奏を指差しながら悪びれもせずに使者は言った。

 アリアスが拳を振り上げた。アリアスが殴る前に、使者はさらにとんでもないことを言い始める。


「あんた殺そうとしても殺せないって不死身? なんでかな。刺したと思ったんだけどいつの間にか城の外に飛ばされててよ。マジで焦ったつーの。怖いヤツ二号があんたに張り付いて面倒くせーうえに、ちょっと拉致ろうとしたら追いかけてくるし、散々だったつーの! 三号は攪乱してやったから遭遇しなくなって良かったけどな」

「なにそれ……」

「お、自覚なしかよ。無防備だったからすぐに殺れるって高を括りすぎたかなぁ」


 使者は無邪気な笑顔で暗殺を語る。空気が張り詰めた。

 しかし、そんな空気も物ともせず、宰相が使者に声をかける。勇者だ。


「三号とはどなたのことでしょう?」

「あんただよ。絶対に腹黒だろ。俺の流した噂に踊らされて大変な目にあったね。俺は楽しくてしかたなかったよ!」


 使者はゲラゲラと笑った。腹をかかえてくの字になった身体をアリアスが胸倉を掴んで引き上げる。


「ああ、なるほど。あの噂を流した犯人はあなたでしたか。いまさら国が滅びるという噂を流す意図が分かりませんでしたが、ただの嫌がらせだったわけですか」

「動じてないね」

「あの程度のことでは揺るぎませんよ」

「なんだよ。つまんねーの!」


 宰相にいなされた使者がふて腐れた。大きな子供がいると奏は思った。


「暗殺は誰の指示だ?」


 重苦しい空気の中、ゼクスが使者に問う。どれだけ探しても見つからなかった、シェリルを召喚した黒幕を知る人物が目の前にいる。奏は固唾を呑んで使者の答えを待った。


「はぁ? 誰の指示でもねーよ。邪魔だったから始末しようとしただけだって! そんな弱い女がドラゴンの花嫁になれるわけないだろ。子供は沢山つくって欲しかったからな!」

「は? 何? どういうこと?」

「だーかーら! 子供産む前に死にそうな女は駄目だってことだよ! 召喚で来たのがあんたとか! 本当にがっかりだよ! がっかりすぎて殺したくなったって仕方ないだろ!」


 聞き捨てならないことを言われた。見ず知らずの相手にがっかりされるいわれはない。さすがの奏もブチ切れる。


「がっかりってなによ! そんなことで人殺しするの!?」

「死んでないんだからいいだろ! 細かいこと突っ込むとか器が小さいな! 小さいのは胸だけにしろ!」

「ヒドイ! 人が気にしていることを! じゃあ言わせてもらうけど、そっちだって小さいじゃないの! 子供並に!」

「俺はそんなに小さくない! こっちの奴らが巨人なだけだ!」


 使者が地団太を踏んだ。小さいは禁句だったようだ。


「くそー! 俺だってもうちょっと成長予定だったのに!」

「大人になったら成長なんかしないでしょ! 小さな希望にすがって恥ずかしくないの!」

「こ、この! 俺が好き好んでこんなところに来たと思ってんのか!? せっかく見逃してやったのにとんだ恩知らずだな!」

「ふん! スリーさんに排除されたくせに! 弱い犬ほどよく吼えるっていうけど、まったくそのとおりよね!」


 不毛な言い合いが続く。

 しかし、息も切れそうな怒鳴り合いも、息継ぎのわずかな間に呟かれたゼクスの言葉によって終わりを告げる。


「……異世界の人間か」

「げっ、なんでばれた!?」


 奏はハッとした。使者の暴言に頭に血が上っていてまともに聞いていなかったが、思い返して見れば使者はところどころでボロを出していた。誰が聞いても別の世界の人間であることをしっかり暴露している。


「すべての黒幕はおまえか」

「な、なんのことだ」


 ゼクスが断言すれば使者は誤魔化した。かなり挙動不審だ。


「おや。この期に及んでとぼけるのですか。尋問が必要なようですねぇ」

「ふ、ふざけるな! 三号!」

「尋問いらずの捕虜と静観していましたが……」


 使者は尋問するまでもなくぺらぺらと五月蝿いぐらいだった。

 話をしていれば勝手にしゃべってくれる面倒のない相手だったが、肝心な部分に至っては口を噤もうとする。


「このサディストが! こんないたいけな少年を拷問する気か!?」

「どこにいたいけな少年が? それに拷問ではなく尋問ですよ」

「俺は十分いたいけな少年だ!」


 踏ん反り返って若さを主張する使者に全員の視線がかわいそうな人を見る目になった。

 女性なら少し若く見られたい願望があるのはわかるが、男が若さを堂々と主張するのは珍しい。大人に見られたくないのか。はたまたピーターパン症候群か。


「あなたは何歳だというのです?」

「十六歳だ!」

「そんな老けた十六歳がいてたまるか!」


 使者はどう見積もっても二十代後半にしか見えない。サバを読むにしても酷すぎると奏は激しく突っ込んだ。


「へ? 俺が老けているって?」


 使者がキョトンとして自分の顔を指す。冗談を言っているようには見えない。


「私より年上でしょ!」

「え? あれ? まじで? ……なんだよ。成長してんのか!?」


 今度はなぜか嬉しそうだ。使者はペタペタと顔を触って悶えている。気持ち悪い。


「鏡なんてないよなぁ。成長を確認できないなんて残念すぎる。はっ! 身長は……、伸びてねぇええええ!!!」


 使者が絶叫した。そして項垂れる。身体の力が抜けた使者の胸倉を掴んだままだったアリアスが額に青筋を立てた。無言で絞め上げる。


「ぐぇえ! 一号! ギブだ! ギブ! 絞めるんじゃねー!」


 使者はアリアスの腕を叩いて抗議する。アリアスが少しだけ力を抜いた。

 とたんにホッとした使者だが、宰相の追及にギクリと身体を強張らせた。


「それで本当は何歳なのです?」

「……十六歳だ!」

「それは拷問希望という──」

「十六歳と五百歳オーバーだよ!」


 宰相の脅しに使者は簡単に屈服した。にわかに信じがたかったが、使者が嘘をついているようには感じられなかった。


「なぜ十六歳と、なのです?」

「それはこっちにきたのが十六歳ん時だったから!」


 使者は十六歳で異世界にくることになったという。だから十六歳という年齢に拘るのだ。


「召喚されたのでしょうか?」

「俺が落ちた時代にそんなもんねーよ」


 次々に明かされる使者の正体に誰もが息を飲んでいた。

 それにしても使者が本当に五百年も生き続けていたとしたらとんでもないことだった。

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