第133話
リントヴェルムから聞いた話をゼクスに伝えると、ゼクスはしばらく黙った後、思いがけないことを言う。
「リゼットにドラゴンを会せたら面白いことになりそうだ」
「なんでリゼット?」
「少し考えていることがある。リゼットに反対されそうだ」
ゼクスは何かリゼットにとって嬉しくないことを考えついたらしい。いつもリゼットに振りまわされている意趣返しでもしたいのだろか。
「たまにはリゼットを困らせてもいいんじゃない?」
「ふっ。カナデは宰相のお眼鏡に叶うだけのことはある。だが、この話はすべて解決してからだ。それよりドラゴンに使者について聞くことが先決だ」
リントヴェルムに近づいた謎の使者。セイナディカで何かが動いている。使者とはいったい何者なのだろうか。
「ねぇ、リントヴェルム。使者ってどんな人だった?」
『変わった男だったな。花嫁を見つけたようだから、セイナディカの使者だと思ったのだが……』
使者はたった一人やってきて突然リントヴェルムに話しかけてきたという。不思議なことに、ほとんど眠りについていたリントヴェルムの目覚めている時間をまるで見計らっていたかのようなタイミングで現れ、花嫁のことだけ語って去っていったという。
「なんでセイナディカの使者だって思ったの?」
『……私の眠りを妨げる人間は後を絶たなかった。何故この場所が知られていたかはわからないが、セイナディカを狙う近隣国からやってきた。私はセイナディカの人間以外を排除する力を行使したが、使者は影響を受けることはなかった』
「セイナディカの人だけって区別できるんだ?」
『ドラゴンの血が色濃く受け継がれている。それ以外を排除する』
リントヴェルムが言う排除の力というのは例の影響のことだろう。ここにくるまでに騎士達は散々苦しめられてきた。人によって影響力に差がある理由はドラゴンの血がどれだけ受け継がれているかによって変ってくるということだった。
「王様は血が濃いのかな」
『王族は特に』
ゼクスがまったく影響を受けないわけだ。
「リントヴェルム。ちょっと王様に変わるね」
ここからの話はゼクスに任せたほうがよさそうだ。奏が思いつくままに質問をしていても埒はあかない。
『王よ。私に知る限りのことは語ろう』
「セイナディカの王ゼクスだ。まずは突然の訪問の非礼を詫びよう」
『丁寧なことだな。私のことはリントヴェルムと呼んでくれ』
ゼクスの礼儀にリントヴェルムは好感を抱いたようだ。
「色々と聞きたいことはあるが一つずつ潰していく」
リントヴェルムから得られる情報は貴重だ。ゼクスは何を優先するべきか熟考していた。
「まずは影響について聞きたい。セイナディカの人々をドラゴンの血の有無で区別しているというが、何故セイナディカだけを排除しない? それはドラゴンの血を受け継いでいるからという理由だけか?」
『否。セイナディカはセイラが愛した国。セイナディカを特別視する理由は祖父の意思を尊重しているからだ』
セイナディカはリントヴェルムにとっても思い入れのある地だ。
特にセイラを愛した祖父の言葉はリントヴェルムに大きな影響を与えている。ドラゴンも人間を特別扱いすることがあるのだ。
そこには人間と同じような情が存在していた。
「リントヴェルムもセイナディカを愛する国民と考えるべきか」
『柔軟な考えだが、国民には受け入れ難い事だろう』
「セイナディカに居を構えていることを考えれば、すでに自国の者だ。国民の心情についてはどうにかなる。リントヴェルムが心配する必要はない」
リントヴェルムはゼクスの考え方に理解が及ばすに戸惑っている。
気持ち的には嬉しいのだが、喜んでしまっていいものか迷っていた。
『歓迎されていることは嬉しいのだが……』
「リントヴェルムは言葉の裏を考えないのだな。人間に騙されないか心配だ」
『ゼクス王は私を騙そうとしているのか?』
「まさか。しかし純粋にリントヴェルムを歓迎しているだけではない」
『利用してくれても構わないが』
リントヴェルムにゼクスの思惑は伝わっていた。ゼクスはドラゴンに存在価値を見出している。それを利用するつもりであることを隠さない。
「王様はいけずだね。どうしてそういう言い方するかな」
「為政者とはそういうものだ」
ゼクスは、リントヴェルムを悪いようにするつもりはないくせに、利用するという体を崩さない。
『ゼクス王のいうとおりだ』
「進んで利用されないでよ」
ゼクスが国を優先するのは仕方ない。
けれどリントヴェルムが利用されることに同意してしまうのはどうかと思う。
奏はリントヴェルムの優しさに付け込むようなゼクスのやり口が気に入らなかった。
「そう怖い顔をするな。リントヴェルムに悪いようにはしない。どちらかといえば得をするぞ」
「なにそれ。詐欺師の手口?」
何が得になるか知らないが、騙そうとしているように聞こえる。
「信用がないな」
「王様には騙された経験があるからね」
ゼクスは、奏が何かを隠していることを知っていたにも関わらず、奏がボロを出すまで泳がせていた。まったく何も気づいていないという顔をして普通に接してきた。完全に詐欺師だ。
「自分のことは棚に上げるつもりか」
「うぐぅ」
ゼクスに痛いところを突かれる。隠し事をしていた罪悪感を思い出して唸る。
「脱線させるな。おまえを虐めても得はない」
「失礼な!」
ストレス解消にすらならないと言外に言われてふて腐れる。虐められ損とはこのことだ。
「リントヴェルム。待たせて悪いな」
『面白いものを見られたから構わない』
リントヴェルムにまで面白がられた。奏はフンッとゼクスから顔をそらす。いいたいように言うがいい。
「次の疑問に答えてもらおう。セイナディカにドラゴンの血が流れているとはどういうことだ? その経緯は何だ?」
『詳しくは知らないが、どうやら王族を助けるために血を提供したということらしい』
「血を?」
『ドラゴンに傷つけられた者に限るが、ドラゴンの血によって怪我を癒すことができる。ドラゴンが人間を傷つけること自体ありえない話だが……』
「人間を花嫁にしたドラゴンがいたと聞いたから混血したと思っていたが……」
『セイラは子供を生むことはできなかった』
「それはドラゴンと人間の間には子供が生まれないということではないのだろう?」
『子供は生まれる。でなければ私が人間の花嫁を娶る意味はない』
リントヴェルムの婚活事情は切実だ。それにしてもドラゴンの血がそんな風にセイナディカに入ってきたことに驚く。
「カナデ。少しいいか?」
「いいよ」
「〈ドラゴンの花嫁〉を覚えているか?」
「うん。それが?」
「物語ではドラゴンが王子の傷を治している。ドラゴンの血で傷を治したと考えられないか?」
「あ、そうか!」
「そして伝承では王族に生き残りがいたことが伝えられている。この二人が同一人物だとしたらどうだ」
同じドラゴンに纏わる話は、一方は子供向けのおとぎ話として、そして一方は王族に伝え続けられた伝承として、長い年月連綿と語り継がれていた。
ドラゴンという接点はあるものの、それ以外で共通するはずもないと思われていた。
ゼクスが指摘したことが事実かどうか、はっきりといえることではなかったが、考えられないことではなかった。
セラとルカにモデルとなる人物いたように、王子のモデルも実在していたと考えることは不自然ではない。
「セイラの友人と結婚した王子が伝承の生き残りの王子だったりして」
「それはリントヴェルムの話を聞いただけでは判断できないな」
たしかに、ルカのモデルであろうセイラの友人と結婚した王族が、王子のモデルである可能性は高いが、伝えられている以上の判断材料はないため推測するだけに留まった。
ゼクスはドラゴンの血の起源を突き詰めることを断念する。推測ばかりでは意味がない。リントヴェルムに聞くべきことは他にもある。
「セイナディカにドラゴンの血が流れている事実はわが国の強みになる。それに関わることでもう一つ疑問がなんだが、カナデやシェリルはドラゴンの血を受け継いではいないはずだが、召喚によってドラゴンの花嫁となれる力を得たから影響を受けないということか?」
『そうだ』
「では、リントヴェルムと意思疎通が可能な理由もそれと同じか?」
『……召喚は理由ではないだろう。セイラは召喚されてセイナディカに来たわけではない。墜ちてきたといっていた』
「異世界人だから、か」
『そう考えるのが妥当だろうな』
一つ疑問を解消したと思えば、また一つ疑問が生じた。なぜ異世界人だけがドラゴンと意思疎通が可能なのか。
「カナデは神の力でセイナディカの言葉を理解しているようだが、それとはまったく関係ないのか?」
「私だけがリントヴェルムと意思疎通しているならそうなんだろうけど、シェリルだって言葉が通じているんだよ。イソラの仕業ってわけじゃないでしょ」
なんでもかんでも神の力であるわけがない。
イソラはドラゴンに会ったことはないといっていた。翻訳機能はセイナディカの言葉限定だろう。
奏としては、英語も網羅して欲しかったと切実に思ったものだが、それは欲張りすぎだろう。
「すべての事象に理由が必要なわけではないか」
世の中には理由なき現象はいくらでもある。神が実在したこともその一つに数えていいだろう。