第131話
「花嫁にはなりません。お断りします!」
奏は堂々と宣言した。リントヴェルムはそんな奏を睥睨して言う。
『それは花嫁の意見か? そなたに断られただけではないのか?』
「花嫁の意見です!」
怒らせるかも知れないと思いつつ言い切った。リントヴェルムがシェリルとジッと見る。シェリルがすかさず顔を逸らした。
『なぜだ?』
「王様と結婚するからです!」
『セイナディカの王か。……それならば仕方ない』
「さっさと諦めて……え? いいの?」
『王とはそこにいる男だろう。ドラゴンの血を引く者から花嫁は奪えない』
「ええ!?」
驚きの事実だ。ゼクスにはドラゴンの血が流れているという。
『そなたが花嫁となればいい』
「ええ!?」
シェリルを諦めてくれたと安堵すれば今度は奏にお鉢が回ってきた。一度断ったくらいではめげないということだ。
「うう、なんてこった……」
「どうした?」
「シェリルが花嫁になれないことは納得してくれたんだけど、今度は私が指名されちゃった……」
「諦めの悪いドラゴンですね」
それはそうかも知れない。リントヴェルムの花嫁は望んでも得られるようなものではないのだ。ようやく現れた花嫁候補をみすみす逃すはずはない。
「カナデ様。作戦決行です」
とうとうリントヴェルムを脅す時がきた。気は進まないが諦めてくれないのだから仕方ない。
「リントヴェルム。国の宰相から話があるんだけど」
『なんだ』
「カナデ様。私の言葉をそのまま伝えてくださいね」
「あまり怒らせないようにしてね」
「大丈夫ですよ」
かなり心配だ。宰相はリントヴェルムの神経を逆撫でするようなことを言いかねない。
ドラゴンを脅すという前代未聞の展開になっているというのに、ドラゴンに怯みもせず笑顔を浮かべる宰相に、本当に任せていいのだろうか。
「私はセイナディカ国の宰相ヴァレンテと申します。まず、そちらの要求は私の話を聞いてから再考をしていただきますよ。ああ、そんなにお怒りになる前に最後まで話をきいて欲しいものですね」
宰相のふざけて聞こえる言葉にリントヴェルムが不快さを滲ませていた。まだ触りも話していない。こんなんで大丈夫かと奏はハラハラしながら通訳に徹する。
「こちらの要求ですが、あなたが破壊した家屋および周辺地域を整備する費用の負担を求めます。セイナディカはあなたのお陰で多大なる被害を受けました。当然の要求です。いかがでしょうか?」
『破壊? 私は破壊などしていない』
「どうやら状況を理解していらっしゃらないようですね」
『……近くに住民が住むような村などないはずだ』
「認識の違いですかね。事実、あなたの起こした地震によって人々が住めなくなった村や町があるのですよ」
宰相は鎮痛な表情でリントヴェルムに事実を告げた。
『私の力の影響か。影響を及ぼす範囲内には人を住まわせないという約束があったはずだが、上手く伝えられてはいないようだ。……その要求は当然だろう。知らぬとはいえ迷惑をかけた』
「理解していただけたようで結構です。賠償が滞りなく行われるまで花嫁については保留としますがよろしいですね?」
『かまわない。花嫁については保留というが、断るつもりでいるように聞こえるが……』
「はい。花嫁を要求できる立場にあると思っているのでしたらお門違いですよ」
『そうなるか。しかし、私も簡単には諦められない。滅びを待つだけの身に起こった奇跡にすがってはいけないのだろうか……』
リントヴェルムの声は悲嘆に暮れていた。奏は滅びを嘆くリントヴェルムの悲しみに触れ、いてもたってもいられない気持ちになったが、花嫁になる決断はできなかった。
「……とりあえず賠償についてのくわしい話は落ち着いてからにしましょうか。後はゼクス様に任せますよ」
リントヴェルムが花嫁を諦めきれない事情を聞いた宰相が何を思ったのか分からないが、必要以上にリントヴェルムを脅そうという気はなくなったようだ。
賠償についてリントヴェルムの理解が早かったということもあるのだろう。使者についてはゼクスに一任して、宰相は後ろに下がった。