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第129話

「ドラゴンは寝ているのかな?」

「ばっちり目が開いているけど、そうなんじゃない?」


 奏は、ドラゴンの死角になる位置までアスターに連れていってもらうとじっくりと観察をはじめた。

 ドラゴンの身体は寝そべっている状態でも山のように大きい。色は黒。見た目はトカゲを大きくしたような感じだ。ファンタジーに出てくるドラゴンと同じと思っておけばいいだろうか。

 ドラゴンの目は開いていたが半眼の状態だ。起きているのか、寝ているのかわかりにくいが、動かないということは寝ているのだろう。


「これからどうしよう」

「目覚めを待つのも手だが……」


 ゼクスは考え込んでいる。ドラゴンの目覚めを待っていても何時になるのかわからない。


「特攻しようか!」

「また、おまえはどうしてそうなんだ……」

「近づいても寝ているかも知れないよ」

「叩き起こすつもりだろう?」

「あ、ばれた」


 ゼクスに考えを読まれていた。


「ここまできて収穫なしは困るでしょ」

「そうだが怖くないのか?」

「怖いけど待つのは辛い」


 恐怖がじわじわと苛んでくる。この状態を続けるほうがキツイ。真綿で首を絞められているようなものだ。いっそのことさっさと終わらせたいという気持ちになるのだ。


「……何か行動を起こすときは言え」

「了解、王様!」


 奏は若干引きつった笑みを浮かべた。ここからは何がどう転ぶか分からない。ギュッと汗ばむ手を握る。


「アスター、先に行け」

「了解」


 極力ドラゴンを刺激しないように近づくことになった。アスターに続いていく。


「カナデ、震えている」

「む、武者震いだから」


 空元気なのは分かっている。近づいていくとドラゴンは凶悪なくらい大きい。こんな洞窟の奥で暴れられたら人間などひとたまりもないだろう。


「!」


 ドラゴンの目が光ったような気がした。奏は視線をドラゴンに固定したまま震え上がった。見られている。


『……花嫁? まさか本当に』

「「え?」」


 突如頭に響いた声はシェリルにも聞こえたようだ。二人の戸惑いの声が重なった。


『なんと美しい』


 また聞こえた。肉声で聞こえる声ではなかった。奏はキョロキョロとあたりを見回した。声の主がわからない。


『私の声が届いているのか』


 ドラゴンの視線が突き刺さっていた。奏はビクッとして立ち止まる。


「……はははっ。まさかドラゴンじゃないよね」

『懐かしい色だ。そなたは異世界人か?』

「嘘……」


 ドラゴンから話かけられた。奏は眩暈を起こしそうになる。「ドラゴンと会話可能」と自分で言っておいてなんだが、実際に話かけられたらパニックになりそうだ。


「カナデ、どうした」

「あ、ええと、たぶん、……ドラゴンに話かけられた!?」


 ゼクスは挙動不審な奏をいぶかしんでいたが、奏のひっくり返ったような大声に目を大きく見張った。


「どういうことだ」

「王様には聞こえない?」

「……何も聞えない」

「頭の中に声が聞こえてきて、どうもドラゴンらしいんだよね」


 奇妙な話だが実際に聞こえてくるのだ。シェリルも反応している。ゼクスに聞こえないとはどういうことか。


「何か質問をしてみろ」

「えーと、じゃあ、花嫁って何?」


 質問に答えるようにドラゴンの視線が一人に集中した。ウットリとした声が聞こえる。


『ああ、なんと美しい花嫁だ』


 ドラゴンはシェリルに釘付けだ。舐めるように見ている気がする。


「王様。シェリルがドラゴンの花嫁らしいよ」

「どういうことだ……」

「う~ん。生け贄の間違いじゃないのかなぁ」

『生け贄を望んだ覚えはない』


 ドラゴンが答えた。視線はシェリルに固定されたままだ。


「じゃあ、望んだのは花嫁ってこと?」

『望んで得られるものではない』


 望んだわけではないが花嫁がやってきて浮かれているということらしい。


「よく分からないけど、ドラゴンは花嫁さん募集中ということかな」

「それでシェリルを寄越せというのか?」


 ゼクスは冷静だった。シェリルを奪われるかもしれないというわりには声に怒りを感じない。


「あげるの?」

「馬鹿をいうな。生け贄だろうが花嫁だろうが差し出すわけがない」

「そうだよね」


 どうしたものかと思案しているとドラゴンは、奏におかしな質問を投げかける。


『そなたも花嫁か?』

「はい?」

『二人も花嫁が存在するとはなんという行幸だ』


 ドラゴンは一夫多妻制なのか二人の花嫁に浮かれきっている。奏は天を仰いだ。これを言ったらスリーは静かに怒り狂いそうだ。


「ごめんなさい。花嫁じゃないです」

『!?』


 ドラゴンがぐわっと牙をむいた。スリーが奏の腕を引いて庇う。


『私を謀るか!』

「ちょっと! 約束もしていないのに一方的じゃないの!」


 言いがかりも甚だしい。奏が怒りをぶつけるとドラゴンは大人しくなった。何かを考えているそぶりを見せる。


『使者の送った花嫁のはず』

「……王様。ドラゴンに使者なんか送った?」

「送った覚えはない。送る意味もない」


 ドラゴンとの意思疎通ができると分かったのは、つい今しがたの話だ。だから使者を送るという話しすらでていない。


「誰が使者なんて送ったんだろうね」

「使者が何であれシェリルはそのために召喚されたということか……」

「そうなるのかな」


 シェリルが突然召喚された理由は、召喚者とともに謎であった。

 ドラゴンの言葉が真実ならシェリルは花嫁という名の生け贄なのだろう。


『そなたの名前はなんという?』

「花嫁じゃないけど」

『花嫁は一人でいい』

「彼女も違うから」

『他に見当たらないが』


 ドラゴンはどうしても花嫁を御所望のようだ。

 さて困った、と思った奏だったが、ドラゴンは話せば分かってくれそうな性格ということが分かり、説得できるかも知れないと希望をもった。

 二人の花嫁が無理と悟って、一人だけ選ぶという切り替えの早さは知能が高いからで、十分説得できる余地を残している。


「私は奏。あなたの名前は?」

『リントヴェルム』

「いい名前だね。呼んでも平気?」


 ドラゴンの機嫌を損ねてはまずいだろうと下手に出た。正解だったようでドラゴンは満足げに奏を見て許可を出してくれる。


『いいだろう。花嫁の名は?』

「シェリル。でも待ってもらえるかな。どうしてシェリルが花嫁なのか教えて」


 リントヴェルムは「他に花嫁はいない」と言った。奏を除外しても騎士の中には二人の女性騎士がいた。花嫁は女性であればいいというわけではないということだ。


『異世界から来たのだろう』

「まあそうだけど。それだけで花嫁になる?」

『……そのための召喚ではないのか? 力を持っている。私の花嫁にふさわしい力を』

「ちなみにどうして力がいるのかな?」

『力を持たずに私に触れることはできないだろう。人間の身体は脆い』


 納得だ。それならドラゴンの花嫁になるためにはそれ相応の力が必要になるだろう。花嫁が潰れては問題だ。

 そうなると召喚されて力を持つことになったシェリルはたしかに花嫁ということになりそうだ。

 奏もシェリルほどではないにしろ、力は持っている。微々たる物だが。

 だからリントヴェルムは「花嫁を二人」と言ったのだろう。


(召喚って生け贄を呼ぶためじゃなかったんだ。でもこのままじゃ花嫁だって似たようなものかな)


 ドラゴンに差し出されるというならどちらでも同じだ。本気で困った。ここはゼクスに意見を求めるべきか。


「リントヴェルム。ちょっと待っていてもらっていいかな? 一人じゃ決められないから相談してから返事をするよ」

『……あまり待たせるな』


 リントヴェルムはスッと目を閉じた。

 奏は了承を得てホッと胸を撫でおろす。有無をいわせず「花嫁を差し出せ」と言われなくて良かった。

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