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第128話

 洞窟内で一夜を過ごし、ゼクスから英気を養った騎士達が動きだした。

 奏は眠い目を擦り起き上がろうとしたが、スリーにつないでいた手を引かれて尻餅をつく。着地地点がスリーの身体の上で慌てる。


「もう少し休んでいていいよ」

「でもストレッチしたい」

「ストレッチ?」

「慣れない場所で寝たから身体が固まったんだよね。解そうと思って」


 昨夜は天幕を張る余裕はなかった。活動できる人間がほとんどいなかったからだ。

 奏は、スリーに寄りかかるようにしてなんとか眠ることができたが、やはりゴツゴツした岩場ではまともに休んだことにはならなかった。


「抱きかかえて眠ればよかったね」

「や、それはそれで問題があると思うけど……」


 そんな恥ずかしい体勢で寝られるかどうか疑問だ。

 それに騎士達の目がある手前、恋人同士とはいえ、いちゃいちゃしているように見える行動は控えたかった。気を使ってくれる騎士達に申し訳ない。


「俺は気にしないよ」

「私が気にするから」


 人目も憚らず触れ合うのは照れる。シャイな日本人に無理を言わないで欲しい。手を繋いで眠るのも意識せずにはいられなかったというのに。


「残念だね。牽制する絶好の機会なんだけど」

「スリーさん。仕事中だよ」

「そうだったね。手を繋いでいるから切り替えが難しいね」


 スリーはどことなく嬉しそうだ。スリーが増長している気がして、奏は思わず手を離す。


「ずっと繋いでいる必要ないよね」

「どうして?」

「元気になったでしょ」

「身体が重いんだけど」


 奏に手を離された途端に襲ってくる影響力にスリーがぼやいた。


「地獄に叩き落された気分だよ」

「頑張れ」


 他の騎士達は苦痛の夜を過ごしたはずだ。スリーは即戦力として弱らせておくわけにはいかなかったが、少しくらいは大丈夫だろうと見放す。

 そんなやり取りを騎士達が生ぬるい目で見守っていたということに、奏は気づいていなかった。


◇◇◇


 スリーを見放して恥ずかしさが軽減された奏は意気揚々と洞窟の奥へ進んでいった。水が流れる足元を滑らないように気をつけて進む。洞窟は昼間にも関わらず薄暗くジメッとしていた。いかにもドラゴンがいそうな雰囲気がある。

 途中、細くなった道に手間取ったものの行程は順調だった。薄暗い道に明るい光が差し込み、目的地が間近に迫り、遠征隊は止まった。

 開けている空間の手前に数人の騎士達がいた。ドラゴンの監視のために残っていた騎士達だ。彼らはあまり影響を受けていないようでリラックスしている。


「お、やっと到着したか」

「ご苦労」

「ゼクスは本当にくるか。こんな危険な場所にこられちゃ困るんだけど」

「城で大人しくしていられるわけないだろう」

「そこは大人しくしていて欲しいね。リゼットはついてきていないだろうな?」

「少しごねられたが大丈夫だ」


 ゼクスとやけに親しげな騎士は、リゼットのことも知っているようだ。奏は興味津々二人の会話を聞いていたが、ゼクスに手招きされて近づいていく。


「カナデだ」

「あ、生け贄の人? よろしく! アスターだよ」

「生け贄の人です。よろしく」


 あけっぴろげに「生け贄」と言われて驚いたが、そこに悪意はなく、奏は思わず笑ってしまう。


「ごめんね。冗談だから! そこの後ろの美女も紹介してよ」

「……シェリルだ」

「ゼクスは面食いだったか! よろしくね。ゼクスを見捨てないでね」

「アスター……」


 完全にアスターのペースだ。ゼクスが呆れ顔をしている。


「それより報告しろ」

「了解。動きはないんだけど、少し前に……目が開いちゃったんだよね!」

「早く言え!」

「いやぁ、びっくりだね!」


 ケタケタと笑うアスター。緊張感がまるでない。


「大丈夫。目は開いているけど動きはないから」

「どこが大丈夫なんだ……」


 ゼクスが盛大なため息をついた。


「王様。大変だね」

「リゼットだけでも頭が痛いというのに、な」


 アスターもリゼットと似たようなタイプらしい。真面目なゼクスは振り回されていそうだ。


「あ、ところで副団長。昇進した?」


 次にアスターは真面目に護衛をしているスリーに矛先を向ける。


「いや、していない。……アスター、副団長と呼ぶな。とっくに辞している」


 任務中のスリーは無表情で答える。声も固い。


「は! 認めた覚えはないな。ゼクス、いい加減にあいつをどうにかしないなら、俺が殺りにいくけどいいか?」


 スリーの答えを聞いてアスターが肩を怒らせる。ゼクスに殺しを認めるように迫る。


「……少し待て」

「待ちくたびれた!」

「そう簡単な話ではない」

「だから俺が始末してやるって」


 殺伐とした会話だ。奏は黙って聞いていたが、アスターが駄々をこねているようにしか見えなかった。


「アスターさん。誰を殺したいの?」

「第二騎士団の団長! あれ殺したい!」

「どうして?」

「無能なくせに副団長をいびるんだよ! これだからお貴族さまは!」

「……アスター、俺は団長にいびられてなどいない」


 スリーの申告は虚しく響いた。話しを聞いていた騎士達がしきりに頷いている。どうやら事実らしい。


「もう排除したい! ゼクスは『待て』ばかりだ! 俺は限界! あいつの下で働きたくない!」

「大変なんだね。スリーさんをいじめるような人、私も許せないな」

「そうでしょ! ゼクス! 今すぐ殺してきていい!?」

「落ち着け!」


 アスターは理解がある同士を得た喜びで興奮している。ゼクスの言葉など聞いていない。


「でも、その人を殺しちゃったら、アスターさんはどうなるの?」

「貴族を殺せば極刑だろうな」

「アスターさんって王様とどういう関係? 仲が良さげだけど」

「幼馴染だな」

「そっか。じゃあ、大切だよね?」

「ああ」


 奏は「ふむ」と頷くとアスターを真顔で諭す。


「殺しちゃ駄目だよ」

「どうしても?」

「殺さない方向で。でも陥れる方法を宰相さんに考えもらおうよ!」


 殺人は駄目だ。アスターが罪人になってしまう。けれど、その団長は排除したい地位的に。


「か、考えつかなかった!」


 アスターにとって青天の霹靂だったようだ。


「カナデ様も悪ですねぇ。私を使うあたりがまた素晴らしい。この案件は非常に難しいですが、お引き受けしましょう」


 話を聞いていた宰相が悪巧みに乗ってくる。そんな宰相をゼクスがチクリと刺す。


「……面倒くさがって後回しにしていただろう」

「人聞きが悪いことを言わないでもらえますか。獲物は吟味する性質なのですよ。小物にかける時間はないので」


 宰相が黒い笑みを見せた。味方にすれば頼もしい人だが、敵には回したくない、と奏は心底思った。

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