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第127話

 日が暮れきってしまう前になんとか洞窟に辿り着いた遠征隊だったが、入り口付近で騎士たちは力つきていた。死屍累々といった様子で、元気に活動できそうな人間は、奏を含めてたったの三人だけだった。

 その元気な三人に触れていれば影響を受けずに済むことがわかったわけだが、三人のうち二人は女性ということで触れることが憚られた。

 緊急事態だからちょっとくらいはいいだろうという空気はない。それもそのはずで、騎士は無暗に婦女子に触れてはならないという不文律があったからだ。

 しかも二人には嫉妬深い恋人がいた。その恋人がいる前でそんな自殺行為をするような騎士は存在しなかった。そのため洞窟に辿り着いたとたんに倒れる騎士が続出した。

 流石にこれでは拙いだろうと話し合った結果、とても言葉では言い表せない光景が奏の目の前で繰り広げられることとなった。

 力尽きる前に影響を少しでも減らそうとする騎士がゼクスに群がっていた。

 実際は少し触れては体力を回復させてから離れるという繰り返しだったわけだが、苦悶の表情でそれこそ這いずりながら次々にゼクスに触れていく騎士を見ていると、まさしく群がっているという表現がしっくりきた。

 ゼクスに触れて一時的とはいえ苦痛を取り除けた騎士は恍惚とした表情をしている。王に触れることは恐れ多いのか、遠慮がちにゼクスの肩に触れたり足元に触れたりしていた。

 ゼクスが何か神がかって見える。

 奏は、美丈夫のゼクスに触れてホッとしている騎士の顔色が薔薇色に染まる様を見せ付けられて微妙な気持ちになった。

 仕方ないとはいえ男に触られまくっているゼクスは終始不機嫌だ。


「王様。顔が怖いよ」

「愉快ではないからな」


 綺麗な顔の男が不機嫌にしていると非常に怖い。ゼクスは冷静な性格なのか滅多に不機嫌を周りに撒き散らしたりしないが、今は触らぬ神にたたりなしといった様子で声をかけるのも恐ろしいくらいだ。


「シェ、シェリルさん! 王様をぜひ癒してあげて!」


 奏はゼクスに恐れをなしてシェリルに助けを求めた。


「どうすればいいかしら?」

「王様の希望は!?」


 恐々とゼクスを窺う。ギロリと睨まれて慌ててスリーの背後へ避難する。


「二人きりにしてもらおうか」

「そ、それだけは勘弁してあげて!」


 こんなところで二人きりにしたらゼクスが暴走しかねない。ゼクスの身の安全が保障できないと懇願する。


「近づくと危ないわ」


 ゼクスしかり誰もがシェリルの近くにいることは危険なため遠巻きにしていた。

 影響範囲内に入ってから力の増してしまったシェリルは少し手を動かしただけで、それまで巻かれていた布をズタズタに引き裂いていた。そのため手の届く範囲に誰も近づくことがないように注意が必要になっていた。

 シェリルは危険物扱いにしょげかえっていた。周りに危険を与えないように小さくなって身動きすら最小限に留めている健気さに、奏は涙を禁じえなかった。

 奏は、ゼクスはもとよりシェリルにも癒しが必要と必死に考えを巡らせる。


「ちょっとシェリルはそこで横になって」

「こ、こう?」


 シェリルが手を突かずに何とか横になったところで、今度はゼクスを手招きする。シェリルの頭のそばに座るように促す。

 そして奏はおもむろに、胡坐をかいて座るゼクスの交差した足の間にシェリルの頭を乗せた。

 本当はゼクスの太ももの上に乗せたかったのだがシェリルの体勢がきつくなりそうで断念する。多少不恰好だが膝枕が完成して満足する。


「よし。王様はシェリルの頭を撫でて」

「……ああ」


 戸惑い気味にゼクスはシェリルの頭に触れた。指どおりのいい髪を何度か梳くと不機嫌そうな表情が緩んだ。

 ゼクスはしばらくシェリルの髪の柔らかさを堪能した後、シェリルに向かって何事か囁いた。とたんに真っ赤な顔をするシェリルに周りが騒然となる。

 照れるシェリルの可愛らしさは騎士達に衝撃を与えたようだ。


「王様は何を言ったの? まさか、イヤらしいことじゃないでしょうね」

「誰がそんなことを言うか」


 ゼクスの脂下がった顔を胡乱げに見る。テレまくっているシェリルは騎士達の注目の的だった。今が遠征中でなかったら血迷った騎士にシェリルは攫われていたかもしれない。そんな空気になっている。

 奏は癒しのつもりが、ただいちゃつかせただけと気づいた。時すでに遅しであったが二人を引き離す。


「王様とシェリルはしばらく接触禁止で」

「なぜだ」

「目に毒だからだよ!」


 甘ったるい空気を醸し出す二人を騎士達の目に晒すのは不憫すぎた。

 奏は、シェリルの照れ顔を見てしまった騎士達の嘆きをはっきりと聴いてしまった。シェリルの笑顔は眼福なのだが、独り身にはキツい光景だったらしい。


「それでしたらカナデ様も一緒では?」

「え? どこが?」


 たしかにスリーと手は繋いでいる。けれど、それは力の影響が大きいスリーを休ませるためだ。他意はない。

 宰相は、ゼクスと背中を合わせて影響を免れていた。元気になったとたんにいつもの調子が戻ったらしい。


「恨めしげな視線を感じていませんか?」

「ええ? そんな視線は……」


 そう言われて周りに視線を向けると目が合った騎士に視線を逸らされた。別の騎士に視線を向けても同じように視線を逸らされる。

 奏は状況を理解して申し訳ない気持ちになる。いちゃついていたのは自分たちも一緒ということだ。


「がんばった騎士には褒美が必要だと思いませんか?」

「そう思うけど……」


 宰相の唐突な質問は意図がよく分からない。褒美は国が何か与えるものではないのだろうか。


「リゼットさんから聞いたのですがね。カナデ様の国には『合コン』という制度があるとか」

「制度っていうほど大げさなものじゃないよ」

「そうですか。何か素晴らしいものと伺いました」


 リゼットに「どのように男女が知り合うか」という質問をされた時に、いろいろと答えたことを思い出した。

 セイナディカは見合い結婚が主流で恋愛結婚が少ない。日本のように自主的に出会いの場を作ることはしないという。

 奏のいた国では「恋愛結婚が主流」と言ったとたんに食いついたリゼットに、経験もないのに合コンの話しをした覚えはある。

 ただし、脚色した覚えはない。


「まあ男女の出会いの場になるけどね」

「出会いの場!?」


 「素晴らしい」と歓喜の声を上げる宰相。いったいリゼットは何を吹き込んだのか。


「こっちにも社交の場ぐらいあるでしょ」

「ありますが貴族ばかりの集まりです。騎士にはあまり関係ないですね」

「そうなんだ。……もしかして合コンしてほしいの?」

「はい! ぜひ!」


 宰相の目がキラリと輝いた。同時に話を聞いていた騎士がざわついた。


「宰相さんも参加?」

「いえ。私は結構ですよ」

「結婚してるとか?」

「独身ですね」

「じゃあ、恋人がいるんだ」

「いませんよ」


 合コンに興味があるにも関わらず参加はしないという。「独身主義なのか」と問えば、恋人を作れない悲しい理由を宰相は語り出す。


「仕事にかまけて時間を作れなければ不幸にしてしまうだけですからね。まあ、ここまで独身でいれば私と結婚しようという女性はいませんよ」

「合コンは騎士へのご褒美?」

「ええ、そうです。褒章は別にありますが、それだけでは味気ないでしょう。生きて帰ることに希望を与えて欲しいのですよ」


 遠征隊は精鋭を集めているが、それでもドラゴンを相手に無事に帰ってこられる保障はない。彼らの士気は決して低くはないが、ドラゴンに接触する前にボロボロ状態になっている。そんな状態を宰相は少しでも払拭したいのだろう。


「いいよ。リゼットに協力してもらえば独身女性は集まるだろうから」


 鍛冶職人のリナルトはほんの数日で恋人を作ることができた。リゼットが手腕を発揮すれば、遠征隊の独身率は極端に減るはずだ。

 何よりリゼットがこんな面白い企画に参加しない理由がない。


「「うおおお!! 神よ!!!」」


 奏がどんな返事をするのか、固唾を飲んで聞き耳を立てていた騎士達が、歓喜の雄叫びを上げた。

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