第126話
影響領域内に入ってからの遠征隊はゆっくりと進んでいた。騎士の中には影響が少なからずある者もいた。そういった騎士達に合わせるとおのずと進みも遅くなっていく。
ドラゴンは影響領域の境目からそれほど遠くない洞窟にいるという。その洞窟に近づくにつれ、それまで影響なく平然としていた騎士にもドラゴンの力は襲い掛かってきた。
もともと影響があったスリーは重い身体を引き摺るよう様に進んでいたが、洞窟が見えてきたあたりでガクリと膝をつく。
「スリーはもう進めそうにないか?」
「……いえ。平気です」
明らかに無理をしている。立ち上がろうとしてまた膝をついた。
「待機しろ」
ゼクスの厳しい命令が下った。スリーが拳を握り、地面に打ち付けた。思い通りに動かない身体に悔しさをにじませて激情を抑えきれずにいるスリーを見て、奏は言葉をかけることができずに立ちすくんでいた。
アリアスに続いてスリーも脱落という事態に動揺する。
スリーがそばにいることが当たり前になっていた奏は、不安に押し潰されそうになる。スリーがそばにいないなんて考えられない。
「カナデ。手を貸して欲しい」
待機を命じられたスリーだったが、それでもあきらめられないと足掻く。奏はスリーの手を取った。スリーは「離れない」と言ってくれた。その言葉を信じたい。
奏はスリーを立ち上がらせようと腕にグッと力を入れた。すると勢いがつきすぎてスリーの身体に押し倒される。
「お、重い」
そんなに力を入れた覚えがないのに、また同じようなことになったと驚く。ゼクスを引っ張ったときにも感じたが、身体に力が漲っている気がする。気のせいではなかったのか。
「カナデに触れていると身体が軽い」
「え? そう?」
スリーはゆっくりと立ち上がった。膝が笑って立てなかったのが嘘のようだ。
「力が漲ってくる感じがするんだけど、そのせいかな?」
「カナデも同じか」
「王様も?」
二人して顔を見合わせる。ドラゴンの力が逆の作用を及ぼしているようだ。
「人間を排除する力だと思っていたが……」
「王様は実はドラゴンだったりする?」
「馬鹿なことを」
「そうだよね。私だって普通の人間だし」
いくら異世界へ転移したからといって人外生物になった覚えはない。
「シェリルは何か感じる?」
「私も同じよ。今何かに触れたら粉砕しそうで怖いわ……」
シェリルは怯えていた。強すぎる力がさらに増していることに脅威を感じた。
ゼクスと妙に距離を保っていると思ったら、そういうことらしい。
最初の被害者にゼクスが真っ先に浮かぶあたり、出会ったときに怪我をさせた事を未だに気にしているということだ。
「王様を粉砕されたら困るね」
「そ、そうよね! ゼクスは私に近寄らないでね!」
シェリルが必死になるのはわからないでもないが、言い方が微妙だった。
ゼクスはわかっているというように鷹揚に頷いたが、表情は寂しそうだ。何度も求婚を断られたことがトラウマになっているのかも知れない。
「そういうことならスリーさんにくっついていれば大丈夫そうだね」
「いいですねぇ。リーゼンフェルトは役得ですね」
宰相にからかわれた。そんなつもりでいったわけではなかったので少し顔が赤くなる。
「あ、手を繋ぐだけならもう一人いけるかな?」
辛そうに歩いている騎士を見て言えば、ゼクスがすかさず反対する。
「浮気を疑われたくなかったらやめておけ」
「手を繋ぐだけだよ?」
「スリーがそう思っていればいいが」
緊急事態の救護措置と同じと考えていたが、スリーが嫌がるならやめておくのが無難だろう。
「王様ならアリアスを連れてこられるんじゃない?」
「手を繋いで、か」
兄弟仲が良くても男同士で手を繋ぐことに抵抗があるらしい。ゼクスは渋面になっていた。戦力を考えればアリアスがいてくれた方がいいと思っての提案だったが無理そうだ。
「アリアス様なら自力で這いずって追いかけてくるでしょうから、放置しておきましょう」
「う~ん。まあ仕方ないかな」
宰相が辛辣に言った。奏は、アリアスなら宰相のいうように自力で追いかけてきそうと放置を容認する。
本当に這いずってきたら怖いな、と思うが、アリアスの根性には期待したかった。
「宰相さん。顔色悪いね」
「そうですか。平気ですよ」
やせ我慢だろう。宰相はアリアスほどではないにしろ、指摘してしまうくらいには酷い顔色をしていた。
まだ軽口を叩く余裕はありそうだったが、ドラゴンに近づくにつれて影響力が増すことを考えれば、あまり無理をさせられない。
「王様と手を──」
「やめてください。想像するのも恐ろしい」
宰相に言葉を被せられた。
「カナデ様の──」
「肩を貸してやる」
ゼクスが宰相の言葉を遮った。奏はその手があったかと手を叩いた。
「アリアスを連れてくる?」
「いや。じきに日が暮れる。戻っている余裕はない」
どちらにしてもアリアスは放置決定となった。